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特殊相対論におけるラピディティの使い方とローレンツ変換の非可換性の数学的説明

Last updated at Posted at 2025-08-19

はじめに

特殊相対論の基礎を理解している人向けに、以下の内容を丁寧な数式展開と言葉で解説してみます:

  • ラピディティの定義とローレンツ変換における役割
  • 微小ローレンツ変換と非可換性の構造
  • Lie 群と Lie 代数の基本的な概念とローレンツ変換との関係
  • 異なる方向のローレンツブーストを順次作用させる場合の具体的な操作(vx → vy → vz)と行列構成

(理論物理の専門家ではないので、間違いなどあればぜひご指摘ください。)

ラピディティの定義とローレンツ変換の基本

特殊相対論では、ラピディティ(英語: rapidity)という概念が用いられます。ラピディティ φ は速度 v を用いて次のように定義されます:

  • φ = artanh(v/c) = $\frac{1}{2}\ln\frac{1+v/c}{1-v/c}$,

ここで c は光速です。artanh は逆双曲正接関数(arctanh)です。この定義により、|v| < c に対して φ は実数全体を取り得ます。低速域では φ ≈ v/c となり、光速に近づくと φ は発散して無限大に達します。ラピディティは速度の代わりに運動の大きさを表す無次元量で、一次元(直線運動)の場合に限れば加法性という便利な性質を持ちます。すなわち、ある慣性系から見た二つの速度 v₁, v₂ を連続して加えるとき、対応するラピディティを φ₁, φ₂ とすると合成後のラピディティ φ は φ = φ₁ + φ₂となります。これは相対論的速度の合成則 $u = \frac{u_1+u_2}{1+u_1 u_2/c^2}$と比べて非常に単純です(実際、速度の合成則において各速度を v = c·tanhφ と書き換えると,tanh関数の加法公式によりラピディティが加算される形になります)。

ラピディティとローレンツ変換の関係は、双曲線関数を用いると明確になります。たとえば、一次元 (時間 + 空間1次元) のローレンツ変換、つまり x方向へのブースト(速度変換)はラピディティ φ を用いて次のように書けます:

\begin{pmatrix} ct' \\ x' \end{pmatrix}
= 
\begin{pmatrix} \cosh\phi & \sinh\phi \\ \sinh\phi & \cosh\phi \end{pmatrix}
\begin{pmatrix} ct \\ x \end{pmatrix} \,,

ここで $\cosh$(ハイパボリック・コサイン)と $\sinh$(ハイパボリック・サイン)は双曲線関数です。この変換は 時空座標の「双曲回転」 に相当し、通常のユークリッド回転(円周上の回転)を虚数角に拡張したものと見なせます。ラピディティ φ とブーストの速度 v の関係は $\tanh \phi = v/c$ であり、対応してローレンツ因子 γ(ガンマ因子)は $\cosh\phi$、光速比 β = v/c と γ の積は $\sinh\phi$ となります。つまり、

  • $\gamma = \cosh \phi = \frac{1}{\sqrt{1-v^2/c^2}}$,
  • $\beta\gamma = \sinh \phi = \frac{v/c}{\sqrt{1-v^2/c^2}},.$

このようにラピディティを用いると、ローレンツ変換は「角度」φによる回転のように表現でき、速度の合成が角度の加法に対応します。特に一次元の場合、ラピディティは単純に加算的なので、例えば基準系Aから見たBのラピディティを φ_AB、Bから見たCのラピディティを φ_BC とすれば、Aから見たCのラピディティは φ_AC = φ_AB + φ_BC となります。一方、対応する相対速度の合成式は複雑ですが、ラピディティを使うと加法で済むことになります。

ただし空間が複数次元の場合には、ラピディティ同士の単純な加減算は一般には成立しません。速度ベクトルが平行(同一方向)であれば上述の加法則が使えますが、異なる方向の運動を組み合わせると事情が変わります。これは後述するようにローレンツ変換の非可換性(順序で結果が変わる性質)に起因します。例えば、直交する2方向の運動に対応するラピディティ φ₁, φ₂ を「合成」した結果の大きさは、ユークリッド幾何で予想される $\sqrt{\phi_1^2 + \phi_2^2}$ より大きくなります(速度空間が負曲率の双曲空間になるためです)。この効果は トーマス歳差(Thomas precession とも関連しており、非平行なローレンツブーストを連続して行うと、単なるブーストではなく座標系の回転を伴う結果となることが知られています(後述)。

微小ローレンツ変換と非可換性

ローレンツ変換(ブーストや空間回転)の 「微小変換」 を考えてみましょう。微小変換とは、パラメータが無限小の変化(例えば極めて小さい角度や極めて小さい速度)である変換のことです。ローレンツ変換行列を $\Lambda^\mu_{\ \nu}$ と書くと、微小な変換は次のように表せます:

{\Lambda^\mu}_{\ \nu} = \delta^\mu_{\ \nu} + \delta\omega^\mu_{\ \nu}\,,

ここで $\delta^\mu_{\ \nu}$ は単位行列成分、$\delta\omega^\mu_{\ \nu}$ は微小な変換を表す行列成分です。$\delta\omega_{\mu\nu}$(添字を下げたもの)はローレンツ変換の条件 $\Lambda^T \eta \Lambda = \eta$ から反対称であることがわかります(ηはミンコフスキー計量、符号 (+,−,−,−) を持つ対角行列)。つまり無限小ローレンツ変換のパラメータ $\delta\omega_{\mu\nu}$ は $\delta\omega_{0i}$(時間-空間成分)と $\delta\omega_{ij}$(空間-空間成分、i,j=1,2,3)からなり、計6個の独立な成分を持ちます。この6つがローレンツ変換群の自由度(次元数6)に対応するパラメータです。

非可換性(順序非交換性) とは、変換Aと変換Bを行う順序によって結果が異なることを意味します。ローレンツ変換は一般に非可換であり、特に異なる方向のブースト(速度変換)同士は交換できません。微小変換の場合、その非可換性は交換子(コミュテータ)を用いて記述できます。交換子 $[X, Y] = X Y - Y X$ は「まずYを行い次にXを行う」操作と「まずXを行い次にYを行う」操作の差を表します。ローレンツ変換の微小生成子に対して交換子を計算すると、興味深い結果が得られます。例えば、x方向のブースト生成子を K_x、y方向のブースト生成子を K_y と表すと、これらの交換子は空間回転の生成子に比例する項を生みます。具体的には、

  • $[K_x, K_y] \propto J_z$,

という関係になります(J_z はz軸周りの微小回転の生成子)。符号や比例係数は約束事によりますが、本質的には異なる軸のブーストを続けて行うと、結果は純粋なブーストにはならず、一部が回転に化けてしまうことを示しています。ローレンツ変換は3次元の回転と同じく可換ではない(交換法則が成り立たない)非可換群の一種です。

この非可換性をもう少しかみ砕いて説明します。微小なブーストを2回、異なる順序で行うことを考えます。例えば、系をほんの僅かだけx方向に速度変換し(ブースト)、次に僅かだけy方向にブーストする操作Aと、その逆にy方向ブーストしてからx方向ブーストする操作Bを比較します。両者は同じではなく、わずかな差としてz軸周りの座標系の回転(微小角度の回転)が残ります。この差がまさに交換子 $[K_x, K_y]$ に対応する効果であり、ローレンツ変換の順序に依存して結果が変わる(非可換である)ことを端的に示しています。

以上の議論から、微小ローレンツ変換の生成子としてのブーストは互いに可換ではなく、その交換子が回転の生成子に等しくなることがわかります。このためブーストだけでは閉じた代数(部分群)を作らず、ローレンツ変換全体を理解するにはブーストと回転を両方含める必要があります。実際、ローレンツ変換群では3つの回転生成子(空間の回転: $J_x, J_y, J_z$)はそれだけで閉じた代数(so(3)に相当)を形成しますが、3つのブースト生成子(時間空間の混合: $K_x, K_y, K_z$)はそれだけでは閉じません。ブースト同士の代数を完結させるためには上記のように回転が不可避的に含まれることになり、結果としてブースト+回転を合わせた全体がローレンツ代数(so(1,3)とも書く)となります。

群・リー群・リー代数とローレンツ変換の関係

群 (Group) とは、ある演算に関して閉じた集合で以下の性質を満たすものです:

  1. 閉包性: 二つの元の積(合成)が常に同じ集合内の元となる。
  2. 単位元の存在: 演算に関する単位元(何も変えない作用)が存在する。
  3. 逆元の存在: 各元に対して、その作用を打ち消す逆元が存在する。
  4. 結合律: 演算の結合順序によらず結果が同じ((AB)C = A(BC))。(注:AB=BAは要請してない。これが成り立つ場合は可換群。)

ローレンツ変換の全体は、この意味で一つのを成します。つまり、二つのローレンツ変換を続けて行えば別のローレンツ変換になりますし、変換を「何もしない」単位操作が存在し、各ローレンツ変換には逆に元の系に戻る逆変換が存在します。これを ローレンツ群 と呼びます。ローレンツ群はより形式的には O(1,3) あるいはその連結部分群 SO$^+$(1,3) と表され、6次元のパラメータ空間を持つ連続群(Lie群)です。6次元とは、ローレンツ変換を特徴付ける独立な実数パラメータが6個あることを意味します。実際、空間の回転は任意の軸に対する角度で3つのパラメータ、ブースト(速度変換)も任意の方向への速さで3つのパラメータ、合わせて6つのパラメータで全ての固有順時ローレンツ変換(時間の向きと空間の向きを保存するローレンツ変換)が記述できます。

リー群 (Lie group) とは、連続的(滑らか)にパラメータ付けられた群のことです。ローレンツ群はまさにこの例で、連続的な変換からなる群です。リー群には微小変換が存在し、それらはしばしばリー代数 (Lie algebra) と呼ばれる構造を作ります。リー代数とは、リー群の単位元(恒等変換)における接空間であり、群の無限小生成子からなる線形空間に交換子(先述のコミュテータ、あるいは交換関係のこと)という演算を備えた代数系です。簡単に言えば、「微小変換どうしの交換子 = 別の微小変換」という関係式の集まりがリー代数を定めます。

ローレンツ群にも対応するリー代数が存在し、これをローレンツ代数(またはso(1,3)と表記)と呼びます。ローレンツ代数は6つの基本生成子から構成されます。それらは例えば次のように選ぶことができます:

  • 回転の生成子: $J_x, J_y, J_z$(空間の3軸まわりの微小回転)
  • ブースト(速度変換)の生成子: $K_x, K_y, K_z$(各軸方向への微小ブースト)

これら生成子どうしの交換関係は以下のようになります(添字の i,j,k は循環順序 1,2,3 を表し、ε$_{ijk}$ はレヴィチビタ記号):

  • $[J_i, J_j] = \epsilon_{ijk} J_k$ (回転同士の代数はSO(3)と同じ)
  • $[J_i, K_j] = \epsilon_{ijk} K_k$ (ブーストはベクトルのように回転の下で変換)
  • $[K_i, K_j] = -\epsilon_{ijk} J_k$ (ブースト同士の交換子は回転に比例)

この最後の式が先ほど述べた「ブーストの非可換性(順序の依存性)」を定量的に示しています。特に、$K_i, K_j$(i≠j)が単純なKにはならずJになるという符号付きの関係がポイントです。ブーストだけでは閉じた部分群とならない理由が、この $[K_i, K_j]$ が0でなくJ項を生むことにあります。

リー群とリー代数の関係で重要なのは、有限の変換生成子の指数関数で表されることです。微小変換の生成子を積分(累積)することで有限の変換が得られるイメージです。数学的には、あるリー代数元 X に対して $\exp(X)$ と書けば、それが対応する群元(有限変換)を表します。ローレンツ群の場合、6つの生成子の任意の線形結合 $X = \sum_i a_i J_i + \sum_j b_j K_j$ に対し、群元 $\Lambda = \exp(X)$ が一つのローレンツ変換を与えます。例えば、先ほど一次元の例で出したラピディティ φ のブースト行列 Λ(φ)は、適当な生成子行列 Z を用いて

\Lambda(\phi) = \exp(Z\,\phi)

と表すことができます。実際、一次元のローレンツ代数は2×2の反対角行列

Z = \begin{pmatrix}0 & 1\\ 1 & 0\end{pmatrix}

で張られ、これを指数関数に入れることで先述の双曲線関数によるブースト行列が得られます(テイラー展開すると、偶数次項に$\phi^2$が入る部分がcoshに対応し、奇数次項がsinhに対応します)。四次元時空全体についても、同様に4×4行列で表されるローレンツ代数の指数でローレンツ変換行列が得られます。ローレンツ群はリー群ですから、指数写像によりリー代数上の任意の方向(ある生成子)に沿った1パラメータ部分群(連続的な変換系列)を構成できます。例えば「ある固定軸周りの回転」や「ある一定方向へのブースト」はそれぞれ1パラメータ(角度や速度)の部分群をなし、連続的に変換をパラメータで繋いでいけます。

以上まとめると、ローレンツ変換は6つの基本生成子(3つのJと3つのK)で生成されるリー群SO$^+$(1,3)であり、そのリー代数(so(1,3))における交換関係が物理的にブーストと回転の非可換性を表しています。ローレンツ群の任意の要素は「ある回転」と「あるブースト」を組み合わせたものとして表現でき(実際、任意のローレンツ変換は適当な回転とブーストの積に分解できます)、それゆえ6つの実パラメータで記述されます。微小変換の観点では、ローレンツ代数上の任意の方向に沿った指数が有限変換を与え、その組み合わせで全体をカバーすることになります。

ローレンツ変換と Lie 群/Lie 代数の関係を整理

1. ローレンツ群は Lie 群

  • ローレンツ群 $O(1,3)$:

    \Lambda \in \mathbb{R}^{4\times 4},\quad \Lambda^\top \eta \Lambda = \eta, \quad \det\Lambda = \pm 1
    

    を満たす変換の集合。
    (ここで $\eta=\text{diag}(1,-1,-1,-1)$ はミンコフスキー計量。)

  • これは連続パラメータで記述できる「連続変換群」=Lie 群です。
    特に、物理で扱うのは連続成分 $SO^+(1,3)$(proper, orthochronous Lorentz group)。

2. Lie 代数の定義

Lie 群に対し、「単位元の近く」での微小変換を考えます。

  • 群元を指数写像で

    \Lambda(\epsilon) = e^{\epsilon X},\quad \epsilon\ll 1,
    

    と書けるときの $X$ を 生成子(generator)と呼びます。

  • 生成子全体はLie 代数を作り、閉じた交換関係を持ちます。

3. ローレンツ群の Lie 代数

ローレンツ群の Lie 代数 (ローレンツ代数 $\mathfrak{so}(1,3)$) についてです。

  • 回転生成子 $J_i$
  • ブースト生成子 $K_i$

交換関係は

[J_i, J_j] = i \epsilon_{ijk} J_k, \qquad
[J_i, K_j] = i \epsilon_{ijk} K_k, \qquad
[K_i, K_j] = -i \epsilon_{ijk} J_k.

これがローレンツ群の Lie 代数($\mathfrak{so}(1,3)$)です。

4. 群と代数のつながり

  • Lie 群(有限変換):

    \Lambda = e^{\sum_i \theta_i J_i + \sum_i \eta_i K_i}
    

    と表される。ここで $\theta_i$ は回転角、$\eta_i$ はラピディティ。

  • Lie 代数(無限小変換):

    \Lambda \approx I + \sum_i \theta_i J_i + \sum_i \eta_i K_i
    

    で表され、生成子 $J_i,K_i$ の間の交換関係が「非可換性の本質」を決める。

Baker–Campbell–Hausdorff (BCH) 展開 を使うと

e^A e^B = \exp\!\big(A+B+\tfrac{1}{2}[A,B]+\cdots\big),

という形になり、非可換性が Lie 代数の交換関係として現れます。

5. まとめ(関係性)

  • ローレンツ群 $SO^+(1,3)$ は Lie 群。
  • その Lie 代数 $\mathfrak{so}(1,3)$ は、生成子 $J_i,K_i$ とその交換関係で特徴づけられる。
  • 有限変換は指数写像で $\exp(\text{生成子})$ として得られる。
  • 「微小ローレンツ変換のテイラー展開」=Lie 代数の一次近似。
  • 「非可換性は二次から顕在化」=Lie 代数の交換関係がBCH展開に現れること。

異方向のブーストの逐次合成と単一ブーストについて

順次ブースト $e^{\eta_y K_y}e^{\eta_x K_x}$ と、単一ブースト $e^{\eta ~ \hat{\boldsymbol n}~\cdot~\boldsymbol K}$ との関係を厳密に示し、さらにWigner(Thomas)回転の角度を閉じた式で出します。

以下では計量 $\eta=\mathrm{diag}(+,-,-,-)$、$\beta=v/c$、$\gamma=\cosh\eta$、$\gamma\beta=\sinh\eta$ の約束を使います。

準備:生成子と軸方向ブースト行列

$x$ 方向のブースト(ラピディティ $\eta_x$):

B_x(\eta_x)=
\begin{pmatrix}
\cosh\eta_x & -\sinh\eta_x & 0 & 0\\
-\sinh\eta_x & \cosh\eta_x & 0 & 0\\
0&0&1&0\\
0&0&0&1
\end{pmatrix}.

$y$ 方向のブースト(ラピディティ $\eta_y$):

B_y(\eta_y)=
\begin{pmatrix}
\cosh\eta_y & 0 & -\sinh\eta_y & 0\\
0&1&0&0\\
-\sinh\eta_y & 0 & \cosh\eta_y & 0\\
0&0&0&1
\end{pmatrix}.

以後、簡単のため

c_x=\cosh\eta_x,\quad s_x=\sinh\eta_x,\qquad
c_y=\cosh\eta_y,\quad s_y=\sinh\eta_y

と書きます。

1. 直交二回ブーストの積 M=B_y B_x の明示

行列積をとると(成分は $(t,x,y,z)$ の順):

M \equiv B_y(\eta_y)B_x(\eta_x)
=
\begin{pmatrix}
c_x c_y & -c_y s_x & -s_y & 0\\
-s_x     &  c_x     &  0   & 0\\
- s_y c_x&  s_y s_x &  c_y & 0\\
0&0&0&1
\end{pmatrix}.
\tag{★}

2. 「単一ブースト × 回転」への分解

任意方向 $\hat{\boldsymbol n}=(n_x,n_y,0)$ への単一ブースト $B(\eta,\hat{\boldsymbol n})$ は

B(\eta,\hat{\boldsymbol n})=
\begin{pmatrix}
c & -n_x s & -n_y s & 0\\
- n_x s & 1+(c-1)n_x^2 & (c-1)n_x n_y & 0\\
- n_y s & (c-1)n_x n_y & 1+(c-1)n_y^2 & 0\\
0&0&0&1
\end{pmatrix},
\quad c=\cosh\eta,\ s=\sinh\eta.

ここでの c は「cosh の頭文字」として略記した記号、であることに注意してください。$c=\cosh\eta,\ s=\sinh\eta.$ と略記しています。

また、空間 $xy$ 面内の回転 $R_z(\Omega)$ は

R_z(\Omega)=
\begin{pmatrix}
1&0&0&0\\
0&\cos\Omega&-\sin\Omega&0\\
0&\sin\Omega& \cos\Omega&0\\
0&0&0&1
\end{pmatrix}.

実は

\boxed{\,B_y(\eta_y)B_x(\eta_x) \;=\; R_z(\Omega)\;B(\eta,\hat{\boldsymbol n})\,}

厳密に分解できます。このときのパラメータは以下で与えられます。

(i)等価ブーストの大きさ(ラピディティ)と方向

時間成分(0行)を比べると、

c=\cosh\eta= c_x c_y,\qquad
n_x s = c_y s_x,\quad n_y s = s_y.

となります。

ここで比べているのは、

  1. 順次ブーストの積

    M = B_y(\eta_y)\,B_x(\eta_x)
    

    の 0行(時間成分の並び)。先ほど計算した結果 (★) の最初の行です:

    M_{0\mu} = \big(c_x c_y,\; -c_y s_x,\; -s_y,\; 0\big).
    
  2. 単一ブースト行列
    任意方向 $\hat{\boldsymbol n}=(n_x,n_y,0)$ にラピディティ $\eta$ でブーストしたときの行列:

   B(\eta,\hat n) =
   \begin{pmatrix}
   c & -n_x s & -n_y s & 0\\
   -n_x s & 1+(c-1)n_x^2 & (c-1)n_x n_y & 0\\
   -n_y s & (c-1)n_x n_y & 1+(c-1)n_y^2 & 0\\
   0&0&0&1
   \end{pmatrix},

その 0行

   (c,\; -n_x s,\; -n_y s,\; 0).

具体的な比較

この二つの行列の 0行の要素同士を並べて比較します:

  • $M$ の 0行:
  (c_x c_y,\; -c_y s_x,\; -s_y,\; 0)
  • 単一ブーストの 0行:
  (c,\; -n_x s,\; -n_y s,\; 0)

これを成分ごとに同一視することで次が導かれます:

  1. 先頭成分(00成分)を比較

    c = c_x c_y \quad\Rightarrow\quad \cosh\eta = \cosh\eta_x \cosh\eta_y.
    
  2. x成分を比較

    n_x s = c_y s_x.
    
  3. y成分を比較

    n_y s = s_y.
    

これが「時間成分(0行)を比べると …」という意味で、つまり、「順次ブーストの積行列 M の 0行」と「単一ブースト行列 B の 0行」を成分ごとに照合した、という意味です。

すなわち

\boxed{\ \cosh\eta=\cosh\eta_x\,\cosh\eta_y\ },
\qquad
\boxed{\ n_x=\frac{c_y s_x}{s},\quad n_y=\frac{s_y}{s}\ },

(実際 $n_x^2+n_y^2=1$ が成り立ちます)。

速度 $\boldsymbol\beta_{\rm eff}$ で書くとさらに直感的です。任意方向ブーストでは一般に $s=\gamma_{\rm eff}\beta_{\rm eff}$, $c=\gamma_{\rm eff}$。上式を $\gamma_x=\cosh\eta_x,\ \gamma_y=\cosh\eta_y,\ s_x=\gamma_x\beta_x,\ s_y=\gamma_y\beta_y$ で書き直すと

\gamma_{\rm eff}=\gamma_x\gamma_y,\quad
\gamma_{\rm eff}\beta_{\rm eff} n_x=\gamma_x\gamma_y\beta_x,\quad
\gamma_{\rm eff}\beta_{\rm eff} n_y=\gamma_y\beta_y.

よって

\boxed{\ \beta_{{\rm eff},x}=\beta_x,\qquad
\beta_{{\rm eff},y}=\frac{\beta_y}{\gamma_x},\qquad
\gamma_{\rm eff}=\gamma_x\gamma_y\ }.

つまり「最初の $x$ ブーストの直交成分は $1/\gamma_x$ に縮む」という有名な結果が、厳密に成立します。

(ii)Wigner(Thomas)回転角

行列の空間を一致させて頑張って式変形をすると、回転角 $\Omega$ は

\boxed{\ \tan\Omega=\frac{s_x s_y}{c_x + c_y}
\;=\;\frac{\sinh\eta_x\,\sinh\eta_y}{\cosh\eta_x+\cosh\eta_y}\ }.

小さいラピディティ($|\eta_{x,y}|\ll1$)では

\tan\Omega \approx \frac{\eta_x\eta_y}{2}\quad\Rightarrow\quad
\boxed{\ \Omega \approx \frac{1}{2}\,\eta_x\eta_y\ } \quad(\text{BCH の二次項と一致}).

※ 逆順 $B_x B_y$ では $\Omega$ の符号が反転します(非可換性)。

3. BCH で見る「回転の出現」(微小近似の直観)

Baker–Campbell–Hausdorff 展開

e^{\eta_y K_y}e^{\eta_x K_x}
=\exp\!\Big(\eta_x K_x+\eta_y K_y + \tfrac12\eta_y\eta_x[K_y,K_x]+\cdots\Big).

ローレンツ代数 $[K_i,K_j]=-\varepsilon_{ijk}J_k$ から

\boxed{\ e^{\eta_y K_y}e^{\eta_x K_x}
\approx \exp\!\big(\eta_x K_x+\eta_y K_y - \tfrac12\eta_x\eta_y J_z\big)\ }.

一次($\eta$)は「合成ブースト」、二次($\eta^2$)から「回転」が現れる、という見通しが $\Omega\simeq\frac12\eta_x\eta_y$ と対応します。

4. まとめ : 異方向のブーストの逐次合成と単一ブーストについて

  • 一気に指数で書けます。 任意方向の単一ブーストは
  \displaystyle \Lambda(\boldsymbol\eta)=\exp\big(\eta\,\hat{\boldsymbol n}\!\cdot\!\boldsymbol K\big)

で定義できます。

  • しかし異方向のブーストを逐次合成したものは、単一ブーストだけでは再現できず、

    \boxed{\ \text{(回転)}\times\text{(単一ブースト)}\ }
    

    に必ず分解されます(Wigner/Thomas 回転)。

  • 直交二回ブーストの厳密式

    \cosh\eta=c_x c_y,\quad
    \beta_{{\rm eff},x}=\beta_x,\ \ \beta_{{\rm eff},y}=\beta_y/\gamma_x,\quad
    \tan\Omega=\frac{\sinh\eta_x\,\sinh\eta_y}{\cosh\eta_x+\cosh\eta_y}.
    

    これで「順次ブースト」と「単一ブースト+回転」の対応関係が俯瞰できたと思います。

まとめ

ローレンツ変換は群構造を持ち、その非可換な性質ゆえに速度の合成は単純ではありません。しかしラピディティという便利なパラメータによってブーストを双曲回転として扱うことで、計算を簡潔にできます。微小変換の観点からはブーストの交換子が回転を生むことが分かり、ローレンツ群のLie代数構造(6つの生成子とその交換関係)が見えてきます。任意の速度への変換も、一軸ずつのブーストを順に行うか、回転と組み合わせることで実現可能であり、その過程で特殊相対論特有の効果(速度空間の非ユークリッド性やトーマス歳差など)が現れることを確認しました。特殊相対論を深く理解するには、このような数式を丁寧に追いながらローレンツ変換の性質を掴むことが重要です。今回述べたラピディティ、Lie群・Lie代数、ブーストの合成といった概念を踏まえると、多少は理解に役立つでしょう。

参考情報

  • ローレンツ群

  • Wigner rotation

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