はじめに
この記事では、大学の物理は一応習った人向けに、"光子"ってなんだろうかという疑問を持った人向けに、下記について簡単に解説してみます。
- 第一量子化と第二量子化の違いとその意味
- 不確定性原理の「原理」としての位置づけ
- 交換関係と反交換関係の数学的構造とその物理的妥当性
- 光子の「位置」と「運動量」という言葉の使われ方が生む誤解とその整理
- 電磁場の量子化の本質と光子の扱いに関する理解の整理
第一量子化と第二量子化の違い
量子論では同種粒子系を扱うのに二通りの方法がある。第一量子化では、N 粒子系の波動関数を1粒子空間のテンソル積上に構成し、波動関数を全交換対称(ボース)あるいは全反対称(フェルミ)に強制する。しかしこの方法では「粒子番号で粒子を区別して別々の位置と運動量を割り当てる」必要があり、同種粒子の不可区別性を扱うのが面倒である。一方、第二量子化では、系の状態をフォック空間で表し、真空状態から生成演算子を作用させて粒子数を増やしていく方法をとる。生成消滅演算子を用いることで、同種粒子の対称性やパウリ排他原理が演算子の交換関係(後述)に自然に組み込まれる。第二量子化とは要するに「場の正準量子化」のことであり、古典場(例:電磁場)を量子化して生成・消滅演算子を導入する手続きである。したがって「第一」と「第二」は形式的・歴史的な区分にすぎず、本質的には同じ物理を記述する別表現に過ぎない(実際「第二量子化」という言葉は誤解を生みやすい名称で、単に古典場のカノニカル量子化を指すにすぎない)。ただし、多体問題や粒子数可変系を扱う際には第二量子化の方が自然で便利である。
不確定性原理の「原理」としての意味
不確定性原理とは、共役量(例:位置と運動量)の取りうる値の散らばり(標準偏差)に下限があることを示す量子力学の基本的な制限である。ハイゼンベルクの原理では「位置と運動量を同時に正確に決定することは原理的に不可能」とされ、具体的には波束の幅Δx と Δp の積が $\hbar/2$ 以下にならない不等式 $\Delta x,\Delta p\ge \hbar/2$ で表される。一般に、任意の二つの正規直交オブザーバブル $\hat A,\hat B$ についてはロバートソンの不等式
(\Delta_\psi \hat A)^2(\Delta_\psi \hat B)^2 \ge \frac{1}{4}|\langle[\hat A,\hat B]\rangle_\psi|^2
が成り立ち、非可換性 $[\hat A,\hat B]\neq0$ が不確定性を生じさせる。つまり、観測値のばらつき(不確定性)は共役演算子の交換子の大きさで下限が決まるのであって、量子状態の数学的性質から導かれる性質である。量子力学における基礎的原理とされるのは、このように原理的に成り立つ一般的な不等式であるからだ。なお「原理」と呼ぶのは、不確定性関係が量子力学の枠組みから一般に導ける普遍的な制約であることを強調するためであり、実際には交換関係に基づく数学的定理である。(系の状態が十分に特殊(例:波束が交換子の定義域外)な場合には不確定性関係が一見破れるような場合もあり、その成立範囲は十分な注意を要する)。
交換関係と反交換関係の自然性
量子場の量子化では、生成消滅演算子に特定の交換関係を課すことで統計性を自動的に組み込む。ボース粒子(整数スピン粒子)では、各モード$i,j$の生成演算子$\hat a_i^\dagger,\hat a_j$ が
[\hat a_i,\hat a_j^\dagger]_- = \hat a_i\hat a_j^\dagger - \hat a_j^\dagger \hat a_i = \delta_{ij}
などの交換関係を満たすと定義する。この交換関係により、同一状態に複数のボース粒子を占有できる自然な占有数表示が得られ($\hat a_i^\dagger|n_i\rangle\propto |n_i+1\rangle$)、多体波動関数の対称性が自動的に実現される。一方、フェルミ粒子(半整数スピン粒子)の場合は、同様の扱いで生成・消滅演算子に反交換関係
\{\hat b_i,\hat b_j^\dagger\}_+
= \hat b_i\hat b_j^\dagger + \hat b_j^\dagger \hat b_i
= \delta_{ij}
を課す。これにより占有数$n_i$は最大1に制限されパウリの排他原理が実現する。すなわち、自然界の統計規則(ボース統計とフェルミ統計)を反映して、同種粒子の統計性に応じて交換関係/反交換関係を用いることが必要なのである。仮にフェルミ粒子にボース型の交換関係を誤って適用すれば排他原理が失われるなど理論的矛盾が生じる。以上より、交換/反交換という代数的構造は、粒子同士の不可区別性と交換対称性を理論に組み込む上で不可欠なものである。
補足:クーパー対と超流動 — BCS理論とBECの視点
フェルミ粒子は単独では反交換関係に従い、同じ量子状態に二つ以上存在できません。しかし、ある条件下ではフェルミ粒子が有効的にボース的挙動を示すことがあります。その代表例が 超伝導と超流動の理論です。
1. クーパー対と BCS 理論
- フェルミ粒子(例えば電子)は、本来パウリの排他原理に従い、同じ状態に二つ同時に存在できません。
- しかし、電子同士が格子振動(フォノン)を介して弱い有効的な引力相互作用を持つと、二つの電子がクーパー対を形成します。
- クーパー対はスピンが逆向き、運動量が逆向きの二電子からなり、全体としてはスピン1のボース的粒子のように振る舞います。
- この多数のクーパー対が協調的に凝縮した状態が BCS理論で説明される超伝導状態であり、マクロな量子コヒーレンス(ギャップ生成、位相の剛性)が実現します。
2. ボース・アインシュタイン凝縮(BEC)
- 一方、もともと整数スピンを持つボース粒子(例えばヘリウム4原子やアルカリ原子気体)は、多数が最低エネルギー状態を占有できます。
- 温度を十分に下げると、多数の粒子が同じ量子状態を占有し、巨視的な波動関数で記述される ボース・アインシュタイン凝縮 (BEC) が生じます。
- BEC 状態では、量子力学的なコヒーレンスが巨視的スケールに拡大し、超流動(粘性ゼロの流れや量子渦など)が観測されます。
3. BCS–BECクロスオーバー
- 現代物理学では、**BCS状態(クーパー対による超伝導)とBEC状態(ボース粒子凝縮による超流動)**は、実は同じ基盤の上で連続的につながると理解されています。フェルミ超流動とボース・アインシュタイン凝縮の統一描像
Keyword: BCS–BEC クロスオーバー などご参照ください。 - 相互作用の強さを変えることで、「ゆるやかに結合したクーパー対の凝縮」(BCS側)から、「強く結合して一つのボソンのように振る舞う二体束縛状態の凝縮」(BEC側)へと連続的に移行できることが超冷却原子気体実験などで確認されています。
- これはフェルミ粒子の統計性とボース統計の境界を理解する鍵であり、量子多体系の物理の中心的テーマの一つです。
量子光学における「位置」と「運動量」の言語的問題点
量子光学(連続変数系)では、空間的に局在しない電磁場のモードを一つの調和振動子とみなし、その振幅と位相に対応する「直交位相振幅」(quadrature)演算子を位置・運動量に見立てて扱うことが多い。具体的には各モードの生成消滅演算子$a,a^\dagger$を用いて
$$
\hat X \propto a+a^\dagger,\qquad \hat P \propto \frac{a-a^\dagger}{i}
$$
と定義され、これは形式的に$x$座標と$p$座標と同じ交換関係を満たす。ところが、光子(電磁場の量子)は質量ゼロで常に光速で運動するため、古典的な意味での「位置演算子」や「運動量演算子」は存在しない。実際、光量子に対しては位置固有状態や固有座標系を定義できず、場の量子化における$\hat X,\hat P$はあくまで電場・磁場の二つの直交する位相成分(余弦成分と正弦成分)を表しているにすぎない。すなわち、量子光学で「位置$x$」「運動量$p$」と呼ばれる演算子は、物理的には光子の空間座標ではなく、あるモードの電場成分と磁場成分に対応する。「光子の場合、$x$と$p$は電場成分と磁場成分(あるいはcos成分とsin成分)に対応する直交位相振幅である」と説明されることもある。したがって言葉のミスリードに注意すべきで、光子に対する「位置と運動量」は古典粒子的概念ではなく、あくまで連続的な場の振幅変動を表す数学的なアナロジーに過ぎない。
「quadrature」という言葉について
「quadrature」という言葉はわかりにくいので、ラテン語の quadratus(四角・直角) に由来し、そこから天文学 → 工学(特に無線通信) → 量子光学へと流れを説明します。
1. 語源:ラテン語 quadratus(四角・直角)
- quadra- = 「四」に由来(square = 正方形)。
- quadratus は「直角にされた」「四角い」の意味。
- ここから「直角」「90°」を意味するようになりました。
- 「quadrature = 直角にある状態」と考えるのが一番自然です。
つまり 「4」という数字自体は、正方形=4つの辺→直角、というイメージから来ているのであって、sin/cosが「4個ある」わけではありません。
2. 天文学での quadrature
-
古代〜中世の天文学では、惑星の位置を「伸び角(elongation)」で表現しました。
-
惑星が太陽から見て 90°離れているとき、その位置を「quadrature」と呼びました。
- 火星や木星が地球から見て太陽から直角の方向にあるときなど。
-
ここではまさに「直角 = quadrature」という意味。
3. 無線通信・信号処理での quadrature
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20世紀に入ると、正弦波信号を
$$
A\cos(\omega t) \quad (\text{in-phase})
$$と
$$
B\sin(\omega t) \quad (\text{quadrature}) ~\text{or}~ (\text{out-of-phase})
$$に分ける方法が使われるようになりました。
-
sin は cos から 90°位相がずれた直交成分なので「quadrature component」と呼ばれる。
-
「in-phase (I) と quadrature (Q)」という表現は IQ変調として現代通信技術の基本になっています。
4. 光学・量子光学への導入
-
光の電場も
$$
E(t) = X \cos(\omega t) + P \sin(\omega t)
$$と表されるため、
- cos 成分を「in-phase quadrature」
- sin 成分を「quadrature(直交成分)」
と呼ぶ習慣がそのまま光学に輸入されました。
-
量子化すると、この2つの成分は演算子 $\hat{x}, \hat{p}$ となり、調和振動子の位置・運動量と同じ代数を持つため「quadrature operators」と総称されます。
電磁場の量子化と光子の物理的意味
電磁場の量子化とは、古典的な電磁場をオペレーターに昇格させ、モードごとに調和振動子のように扱うことである。すなわち、古典場のモード振幅(空間ヒルベルト空間上の各固有状態)を生成・消滅演算子で量子化し、その励起が光子と呼ばれる。この手続きにより、電磁場は連続的な場から離散的エネルギー準位系へと変換される。光子は質量ゼロのボース粒子であるが、古典的な粒子像とは全く異なる存在である点に注意が必要です。量子場の励起としての光子には位置演算子がなく、光子同士も不可区別で区別された「玉」のような独立した実体を持たない。物理的には、光子は「電磁場の励起数」を表す抽象概念であり、フォック状態 $|n\rangle$ は場モードに$n$個の光子がいる状態を表すにすぎない。あるいは、場がある励起状態にある場合「どの光子がどれか」を区別する意味はなく、フィールド励起が粒子とみなされるのみと考えます。このため、光子を古典的な点状粒子とみなすことは誤解を招く恐れがあり、光子について語るときは「電磁場の量子状態(フォック状態やコヒーレント状態)」という視点が本質である。第二量子化(場の量子化)では、量子化とは場の変数を量子演算子に置き換える手続きであり、生成・消滅演算子が交換関係を満たすことで物理法則(不確定性原理や統計性など)が自動的に実現される。光子は電磁場の励起である以上、光子自体を古典的な波動や小粒子として区別して考えることはできず、量子場理論の枠組みで統一的に理解しなければならない。
まとめ
以上、第一・第二量子化から不確定性原理、交換関係、量子光学の用語法まで、量子力学の基本構造(交換子代数と場の量子化)に基づいたストーリーを簡単に紹介してみました。"光子"とは言わずに、"モード"と言葉を使う場も注意必要で、"モード"は光子が占有できる箱という意味だけなので、光子が何をあるかは、"モード"に励起された励起子が何個あるか、で捉えるのがよいです。
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