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可視光TESで単一光子を測るときの「レーザーとパルス」の考え方入門 〜ECDL・AOM・パルスレーザーと光子数の見積もり〜

Last updated at Posted at 2025-12-24

はじめに

可視光TESで単一光子を測るときの「レーザーとパルス」の考え方について、ECDL・AOM・パルスレーザーとは何か、光子数の見積もりはどうするか、を簡単に整理してみます。

背景としては、可視光TES(Transition Edge Sensor)を使って単一光子検出光子数識別の実験を念頭にしています。

そのような状況下では、

  • ECDL
  • AOM
  • パルスレーザー
  • 1パルスあたりの光子数 $n$

といった言葉が次々に出てきます。

しかし、そういう道具を知らないと、

  • 「パルスレーザーって,CWレーザーと何が違うの?」
  • 「CWレーザーをAOMで切ってもパルスなのでは?」
  • 「1パルスに何個の光子が入っているか,どうやって決めているの?」

といった点が,意外と曖昧なままになりがちかもしれません。

この記事では,「パルスレーザー」という“装置の種類”の話と「レーザー光をパルス的に使う」という“使い方”の話をまず整理した上で,

  • ECDL(波長を決める担当)
  • AOM(時間構造を作る担当)
  • 1パルスあたり光子数 $n$ の見積もり方

を,可視光TESで単一光子検出を行う人向けに基礎から丁寧に解説してみます。

本格的なメトロロジーや効率校正の話は控えめにして,「実験系を考えるときの頭の整理ノート」くらいの軽さを目指します。

1. CWレーザーとパルスレーザーの言葉を整理する

1.1 CW(Continuous Wave)レーザーとは?

CWレーザーとは,

時間的に途切れず,連続的に光を出し続けるレーザー

のことです。

  • 出力パワーは(理想的には)一定
  • 時間的には「光が出っぱなし」

という状態です。

半導体レーザーや ECDL(外部共振器半導体レーザー)は,基本的にこの CWレーザーです。

半導体レーザーは、「半導体に電流を流してキャリアの反転分布を作り,誘導放出でレーザー発振させる装置」と考えておきましょう。

1.2 パルスレーザー(固有名詞)とは?

一方で,「パルスレーザー」という名前のレーザーもあります。

これは,

  • モードロックレーザー (波を揃えて超短パルスを作る)
  • Qスイッチレーザー (エネルギーを溜めて一気に出す)

などのように,

レーザー媒質そのものがパルス状に発振する装置

を指します。

特徴としては,

  • fs〜ps など非常に短いパルス幅
  • 非常に大きなピークパワー
  • パルスごとのエネルギー揺らぎ

などが挙げられます。

1.3 「パルス的にレーザーを使う」とは?

ここで重要なのは,

「パルスレーザー」は装置の種類の名前
「パルス的に使う」は光の使い方の話

という点です。

例えば,

  • 出力が安定な CWレーザー
  • それを AOM(音響光学変調器) で ON/OFF する

と,出てくる光は時間的には立派な パルス列になります。

  • 装置としては CWレーザー
  • 出力の使い方としては パルス的

というわけです。

光TES 実験では,この CW + AOM という構成がよく使われるでしょう。

下記の例では、CW + AOM** という構成が使われています。

Takeshi Jodoi, Tetsuya Tsuruta, Mauro Rajteri, Daiji Fukuda,
Evaluation of detection efficiency of a transition edge sensor at C-band wavelength,
Optics & Laser Technology, Volume 192, Part A, 2025, 113414, ISSN 0030-3992,

2. ECDLとは何か?(波長を決める担当)

2.1 ECDLの役割

ECDL(External Cavity Diode Laser) は,

  • 半導体レーザーをベースに
  • 外部共振器(回折格子など)を持たせたレーザー

です。一言で言うと,

「波長を正確に決めて,安定に出し続ける担当」

です。

2.2 ECDL(External Cavity Diode Laser)の特徴

ECDL は、半導体レーザーを利得媒質としつつ、外部共振器(典型的には回折格子)によって発振波長を選択・安定化したレーザー光源です。

主な特徴は以下の通りです。

  • 連続発振(CW)動作
    ECDL は基本的に連続波(CW)で動作し、出力強度および位相が時間的に安定した光を提供する。このため、光子統計は理想的にはコヒーレント状態(ポアソン統計)に近い。

  • 高い波長可変性と再現性
    外部共振器中の回折格子角度や共振器長を制御することで、発振波長を連続的かつ再現性よく掃引できる。これは、TES の検出効率や吸収構造が波長依存性を持つ場合に極めて重要である。

  • 狭線幅・高スペクトル純度
    外部共振器による波長選択により、通常の半導体レーザーに比べて発振線幅が狭く、側帯成分やモードホッピングが抑制される。その結果、光子エネルギーが明確に定義された入力光を実現できる。

TES を用いた単一光子検出実験では、

  • 入射光子のエネルギー
  • 吸収効率や検出効率の波長依存性
  • 光子数校正における系統誤差

がすべて波長の定義精度に直接依存する。

この意味で ECDL は、

「どのエネルギー(=どの波長)の光子を、いくつ入射させているか」を決定する基準点

として機能しており、TES 実験系における 光学的なスタート地点と言えるでしょう。(要するに、"光源"ですね。)

3. AOMとは何か?(時間を切る担当)

3.1 AOM(Acousto-Optic Modulator)の基本原理

AOM(音響光学変調器) は、音響波と光波の相互作用(acousto-optic interaction) を利用して光の進行方向および強度を制御するデバイスである。

AOM 内部では、

  • 音響光学結晶(例:TeO₂, Quartz など)
  • 圧電トランスデューサ

を用いて、結晶中に RF 周波数の音波を励起する。

この音波は結晶中を伝搬しながら、

  • 局所的な圧縮・伸長
  • それに伴う屈折率の周期変調

を引き起こす。結果として、結晶内部には

時間的に変化する屈折率の周期的構造(=移動回折格子)

が形成される。

入射したレーザー光は、この回折格子によってブラッグ回折条件を満たす角度で回折され、特定の回折次数(主に 1 次)に分配される。

このとき、回折効率は

  • RF 電力
  • 音波振幅
  • 結晶の音響光学係数

によって連続的に制御可能である。

3.2 0 次光と 1 次回折光の物理的意味

AOM における「ON / OFF」は、光を遮断するというよりも、

光を異なる空間モード(回折次数)へ振り分ける操作

として理解するのが正確である。

具体的には次の二つの状態がある。

  • RF OFF
    音波が存在しないため屈折率は空間的に一様であり、
    光は回折されずにそのまま透過する。
    この成分を 0 次光(非回折光) と呼ぶ。

  • RF ON
    結晶中に音波が存在し、移動回折格子が形成される。
    入射光の一部はブラッグ条件を満たして回折され、
    特定の角度方向へ進行する。
    この成分が 1 次回折光 である。

実験では通常、

  • 1 次回折光のみを信号光として使用
  • 0 次光はビームダンプへ除去

する構成を取る。

この構成により、

  • RF OFF → 信号光なし
  • RF ON → 信号光あり

という 実質的な光スイッチングが実現される。

ただし、回折効率は有限であるため、RF OFF 時にも微小な漏れ光が存在し、これが 消光比(extinction ratio) として評価される。

では、Appendix B で、この extinction ratio について議論している。

Jodoi et al. における消光比 $-32,\mathrm{dB}$ は、線形スケールに直すと

10^{-32/10} \simeq 6\times10^{-4}

に相当し、主パルス光強度の約1/1600、すなわちオーダーとしては $10^{-3}$(1/1000 程度) の漏れ光である。

したがって、AOM による OFF 状態で残存する光は極めて小さく、実験における **基準検出器のパワー測定不確かさ(数 % レベル)と比較すると、その寄与は無視できるという説明をしている。

3.3 AOMの役割

AOM の役割は、

レーザー発振そのものを制御することではなく、既に発振している CW 光の空間モード分配を高速かつ再現性よく制御すること

にある。

したがって AOM は、

  • 光の遮断器(mechanical shutter)
  • レーザー強度制御素子

というよりも、

高速・アナログ制御可能な光学モードスイッチ

として理解するのが適切である。

RF 信号を TTL などで制御することで、

  • パルス幅
  • 繰り返し周波数
  • パルス列のタイミング

電子的に定義できるため、

  • CW レーザー(ECDL)と組み合わせることで
  • 時間構造のみを人工的に付与した
  • 光子統計の扱いやすいパルス光源

を構成できる。

この特性により AOM は、

  • TES による単一光子検出
  • 検出効率の校正
  • 光子数分布測定

といった実験において、時間構造を担う中核的デバイスとして広く用いられているようである。

4. なぜ「パルスレーザー」を使わないのか?

TESの単一光子実験や効率校正では,パルスレーザーをあえて使わないことが多いでしょう。

理由を簡単にまとめると,

  • パルスレーザーは
    • パルスごとのエネルギー揺らぎが大きい
    • 光子統計が扱いにくい
  • 校正で重要なのは
    • 「1パルスあたり,平均で何光子か」
    • を信頼できる形で決めること

だからです。CW + AOM なら,

  • 平均パワーをパワーメータで測る
  • 繰り返し周波数を決める

という 非常にシンプルな方法で,光子数を見積もることができます。

5. 1パルスあたりの光子数 n の見積もり方

5.1 基本的な考え方

必要なのは次の量です。

  • 平均パワー:$P_{\text{avg}}$ [W]
  • 繰り返し周波数:$f_{\text{rep}}$ [Hz]
  • 波長:$\lambda$ [m]

5.2 数式で書くと

1パルスあたりのエネルギーは,

E_{\text{pulse}} = \frac{P_{\text{avg}}}{f_{\text{rep}}}

光子1個のエネルギーは,

E_{\gamma} = \frac{hc}{\lambda}

したがって,1パルスあたりの平均光子数 $n$ は,

n = \frac{E_{\text{pulse}}}{E_{\gamma}}
  = \frac{P_{\text{avg}}\lambda}{hc f_{\text{rep}}}

これが CWレーザーをAOMでパルス化したときの光子数見積もりの基本式です。

5.3 簡単な数値例

例えば,

  • 波長:$ \lambda = 1550\ \mathrm{nm} $
  • 平均パワー:$ P_{\text{avg}} = 1\ \mathrm{nW} $
  • 繰り返し周波数:$ f_{\text{rep}} = 100\ \mathrm{kHz} $

とすると,

  • 1パルスあたりの光子数はおよそ $10^5$ 個 になります。

TESの単一光子実験では,ここからさらに減衰器を入れて,

  • $n \ll 1$

になるように調整して使っていることでしょう。

6. 可視光TESの実験系をざっくり眺める

ここまでを踏まえると,可視光TESの単一光子実験系は次のように整理できます。

  1. ECDL
    → 波長を決める(色担当)
  2. AOM
    → CW光をパルス化(時間担当)
  3. 減衰器・フィルタ
    → 光子数を調整
  4. TES
    → 単一光子検出・光子数識別
  5. 読み出し・解析
    → 波形から光子数を推定

この記事では,特に 1〜3の「光の準備」 に注目しました。

7. まとめ

  • パルスレーザーは固有名詞としての装置名の意味もある

  • パルス的に使うは光の使い方

  • TES実験では,

    • 波長は ECDL
    • 時間構造は AOM
      で分けて設計している
  • 1パルスあたり光子数 $n$ は,

    • 平均パワー
    • 繰り返し周波数
    • 波長
      からシンプルに見積もれる

この「考え方の整理」をしておくと,TESによる単一光子検出や検出効率の議論が,ぐっと見通しよくなるはずです。

おわりに

今回は「軽めの基礎編」として,

  • レーザー
  • パルス
  • 光子数

の考え方を整理しました。

この先には,

  • 絶対検出効率の校正
  • 光子数分布の解析
  • TESのエネルギー分解能や応答速度

といった話題などもあることでしょう。

Appendix:入力光子数評価と統計性検証の実際

本記事では簡単のため、平均光パワーから光子数を見積もる基本式のみを紹介しましたが、Jodoi et al.(Optics Communications, 2025)などでは、単一光子検出効率を高精度に評価するために、入力光の統計性および光子数定義をより厳密に扱っています。以下にその手順を簡単に説明します。

A. 入力光の光子統計(Poisson性)の検証

CW レーザーを AOM によりパルス化し、強く減衰させた入力光について、 「この入力光を Poisson 統計(コヒーレント光)として扱ってよいか」は検証すべき事項です。

手法

入力光の光子統計(Poisson性)をTESを用いて実測的に検証する例として、Jodoi et al. を参考にしつつ説明すると、

  • TES を photon-number resolving 検出器として用い、
  • 1パルスあたりの平均光子数を約 3 photons/pulse に設定
  • 波長 1510–1570 nm(10 nm 刻み)で、
    • 各パルスにおける光子数分布 $P(n)$ を測定
  • 得られた $P(n)$ から、次式により二次自己相関関数を算出:
g^{(2)}(0)
= \frac{\sum_n n(n-1) P(n)}{\left(\sum_n n P(n)\right)^2}

結果と意味

  • 全波長範囲で $g^{(2)}(0) \simeq 1$
  • これは、準備されたパルス光が
    Poisson 統計(コヒーレント状態)に従っていることを示す

したがって、後続の検出効率評価において、入力光を Poisson 分布として扱う仮定は実験的に正当化されている。

g²(0) 強度相関(intensity correlation)の量子光学的な導出については下記を参照ください。

以下では、簡単に思い出せる方法を紹介しておきます。

g²(0) 強度相関(intensity correlation)を 一言で思い出す方法

g²(0) は「同時に2個出る確率」÷「平均強度²」

です。もう少し物理寄りに言うなら:

g²(0) =「2光子同時事象の期待値」を「平均光子数の二乗」で正規化した量

なぜこの形になるのか(超・直感)

強度相関の定義から出発

量子光学での定義は:

g^{(2)}(0) = \frac{\langle \hat{I}^2 \rangle}{\langle \hat{I} \rangle^2}

ただし実際には、同じ光子を2回数えないために

\hat{I}^2 \;\rightarrow\; \hat{n}(\hat{n}-1)

に置き換わります。これが n(n−1) の正体です。

n(n−1) の物理的意味(ここが核心)

  • n 個光子があったとき「異なる2個の光子の組み合わせ」は何通り?
n(n-1)

ですね。つまり:

n(n−1) = 同一パルス中に「2光子同時に存在する組」の数

だから確率分布 P(n) で平均すると

\sum_n n(n-1) P(n)

は:

2光子同時事象の期待値

になります。

分母はなぜ ⟨n⟩² ?

\sum_n n P(n) = \langle n \rangle

なので分母は

\langle n \rangle^2

これは 「独立な2光子が来ると仮定したときの基準」 です。

まとめると式の意味はこう

g^{(2)}(0)
= \frac{\text{2光子同時事象の実測期待値}}
       {\text{独立光子と仮定した場合の期待値}}

値の意味が一瞬で分かるまとめ

光の状態 g²(0) 一言
コヒーレント光 1 完全に独立
熱光 2 まとまって来る
単一光子 0 2個同時は不可能

TES 文脈での超短まとめ(暗記用)

g²(0) は「2光子が同時に来やすいか」を平均光子数で割り算した量

最短の思い出しフレーズ(おすすめ)

「n(n−1) はペア数、分母は平均強度²」

これだけ覚えておけば、この式が出てきた瞬間に意味が思い出せます。

B. レーザーパワー安定性の評価(Allan 分散)

次に、入力光の平均パワーが時間的に安定であるかを確認するため、

  • 1 秒間隔で平均レーザーパワーを測定
  • 相対 Allan deviation(Allan 分散の平方根を平均値で規格化)を評価

した。

アラン分散は、「時間 T ごとに平均した値が、次の時間区間でもどれくらい安定か」を調べる指標、とまずは理解しておきましょう。

結果

  • 積分時間 $T \lesssim 10^3$ s において、
    • 相対 Allan deviation ≲ 0.05 %
  • これは、検出効率評価全体の不確かさ(数 %)に比べて十分小さい

また、パワー測定・ファイバー切替・DUT(TES)測定を5 分以内に完了することで、長時間ドリフトの影響を最小化している。

C. 平均入力光子数の定義(式 (1))

TES に入射する平均光子数は、まず参照検出器で測定した平均光パワーを用いて、

\bar{n}_{\rm in}
= \frac{P_{\rm ref}\,10^{-A/10}}{f_{\rm rep}} \cdot \frac{\lambda}{hc}

と定義される。ここで、

  • $P_{\rm ref}$:参照検出器で測定した平均光パワー
  • $A$:可変減衰器の減衰量(dB)
  • $f_{\rm rep}$:パルス繰り返し周波数
  • $\lambda$:光子の波長
  • $h$:プランク定数
  • $c$:光速

である。

この式は、

  1. 平均パワーをパルスエネルギーに変換し
  2. 光子1個のエネルギー $hc/\lambda$ で割る

という、ごく基本的な換算に基づいている。

D. ファイバー端面反射の補正(式 (2))

さらに、

参照検出器測定時と TES 入射時で、ファイバー端面の反射条件が異なる

点も考慮する必要があります。

  • 参照検出器測定時:
    • ファイバー → 空気 → パワーメータ
    • → 屈折率差により端面反射が生じる
  • TES 入射時:
    • fiber–fiber 直結
    • → 端面反射はほぼ生じない

このため、参照検出器で測定されたパワーは、TES に入射する実際のパワーよりも小さく評価されてしまう可能性などもあります。これらを補正するため、端面反射率を $R$ として、

\bar{n}_{\rm in, corr}
= \frac{\bar{n}_{\rm in}}{1 - R}

のように補正した平均入力光子数を最終的に定義している。

実験的に評価された反射率は $R = 3.86$%のようで、この補正を含めて検出効率評価が行われています。

E. Appendix のまとめ

校正手法の特徴としては、

  • 入力光の 光子統計 $(g^{(2)}(0))$ を TES で直接検証

  • レーザーパワーの 時間安定性を Allan 分散で定量評価

  • 平均光子数の定義において、

    • 減衰器
    • 繰り返し周波数
    • 波長
    • ファイバー端面反射
      をすべて明示的に補正

している点が重要でしょう。このように、「1パルスあたり何個の光子が入射しているか」という量を単なる理論式ではなく、実験系全体を通した実効量として定義していることが、高精度な検出効率評価を可能にしている、と言えるでしょう。

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