はじめに
X線の吸収体からの発光についての簡単な考え方について整理してみました。想定した舞台は、ブラックホールからのX線を星風が吸収してその透過光と発光を僕らが観測しているような状況です(Cyg X-1 のdipなどを想定)。また、XRISMの観測では、等価幅(EW)をよく使って議論しますが、EWって何??っていう人向けにも少し詳しく説明してみたいと思います。
事前に知っておくとよい基礎情報
この記事は、X線の光電吸収や蛍光X線発生率などの基礎やデータベースについては知っている前提で書いていますので、基礎については下記の記事を参照ください。
この記事は透過光を前提としています。太陽組成の降着円盤からの発光を計算する方法は、
を参照ください。
要点
-
X線の入射と蛍光X線の幾何:
- 反射幾何(一般的な蛍光X線分析や、いわゆる"反射成分"):
- 入射 → 同じ側で検出 → 蛍光の脱出確率は $e^{-\mu(E_{\rm fl})~z}$
- 透過幾何(BH→吸収体→観測者):
- 入射 → 反対側で検出 → 蛍光の脱出確率は $e^{-\mu(E_{\rm fl})(L-z)}$
- 反射幾何(一般的な蛍光X線分析や、いわゆる"反射成分"):
- EW の“分子”は K端より上の広帯域でのネルギー積分、“分母”は 6.4 keV 近傍の透過連続のみ。(なぜ、EWの次元がエネルギーになる理由は補足を読んでください。)
- 高エネルギー光子ほど深部で K 殻を叩き、自己吸収が相対的に効きにくい
- → deep dip で EW が増えやすい。
- 代表値を入れると EW ≃ 数 eV〜10 eV が“自然”。ただし幾何因子(有効立体角)に不定性あり。
1. 前提・記号
- 入射(BH起源など)連続X線スペクトル:$\ I_0(E)=A~E^{-\Gamma}\ $ [ph cm$^{-2}$ s$^{-1}$ keV$^{-1}$]
- 吸収体厚み:$L$(視線方向),総減衰係数:$\mu(E)$(光電+散乱を含む有効量)
- Fe 数密度:$\ n_{\rm Fe}=A_{\rm Fe} ~ n_{\rm H}\ $(例:$A_{\rm Fe}\sim3\times10^{-5}$, $n_{\rm H}$ は水素の柱密度)
- Fe K端:$\ E_K\approx 7.11$ keV(ほぼ中性Fe),Fe Ka線:$\ E_{\rm fl}\approx6.40$ keV(Kα)
- 蛍光収率 $\omega_K$ と Kα 分岐 $Y_\alpha$(代表 $\ \omega_K Y_\alpha\sim0.3$)
- 幾何の不定性(等方・被覆率・散乱など)の塊:$\ \Phi \equiv \Omega_{\rm eff}/4\pi$($\sim0.3$ から 1)
※ 本記事は ほぼ中性の Fe を想定(K端・Kα エネルギーは固定)。高電離では吸収端位置・収率が変動することに注意。
2. 透過幾何の基本式(“分子”の導出)
深さ $z$ での K 殻光電吸収(入射がそこまで届く確率込み):
$$
\text{rate} \propto I_0(E)~\sigma_{K}^{\rm Fe}(E)~e^{-\mu(E)~z}
$$
そこで生じた Kα 光子が反対側へ抜ける確率(透過幾何):
$$
e^{-\mu(E_{\rm fl})~(L-z)}.
$$
したがって、単位深さ・単位エネルギーでの蛍光寄与は
\frac{d^2 F_{\rm line}}{dz~dE}
= \Phi\;\omega_K Y_\alpha\; n_{\rm Fe}~\sigma_{K}^{\rm Fe}(E)\;
I_0(E)~e^{-\mu(E)~z}~e^{-\mu(E_{\rm fl})~(L-z)}.
エネルギー(K端以上)と深さで積分:
F_{\rm line}
=\Phi\;\omega_K Y_\alpha\; A_{\rm Fe}~N_{\rm H}\!
\int_{E_K}^{\infty}\!\!dE~I_0(E)~\sigma_{K}^{\rm Fe}(E)\;
\underbrace{\int_{0}^{L}\!dz\;e^{-\mu(E)~z}~e^{-\mu(E_{\rm fl})~(L-z)}}_{\displaystyle \ell_{\rm eff}(E,E_{\rm fl},L)}.
内側の $z$ 積分は閉じて:
\ell_{\rm eff}
= e^{-\mu(E_{\rm fl})L}\;
\frac{1-e^{-[~\mu(E)-\mu(E_{\rm fl})~]~L}}{\mu(E)-\mu(E_{\rm fl})}.
3. 分母(EW の“連続”)
観測される 6.4 keV 近傍の透過連続:
F_{\rm cont}(E_{\rm fl})
= I_0(E_{\rm fl})~e^{-\mu(E_{\rm fl})~L}
= A~E_{\rm fl}^{-\Gamma}~e^{-\mu(E_{\rm fl})~L}.
4. EW の定義と“規格化のキモ”
{\rm EW}\;\equiv\;\frac{F_{\rm line}}{F_{\rm cont}(E_{\rm fl})}
\quad[\text{keV}],
より
{\rm EW}
=\Phi\;\omega_K Y_\alpha\; A_{\rm Fe}~N_{\rm H}\;
\int_{E_K}^{\infty}\!\!dE~
\underbrace{\frac{I_0(E)}{I_0(E_{\rm fl})}}_{\left(\frac{E_{\rm fl}}{E}\right)^{\Gamma}}
\;\sigma_{K}^{\rm Fe}(E)\;
\underbrace{\frac{\ell_{\rm eff}(E,E_{\rm fl},L)}{e^{-\mu(E_{\rm fl})~L}}}_{\displaystyle
\frac{1-e^{-[\mu(E)-\mu(E_{\rm fl})]L}}{\mu(E)-\mu(E_{\rm fl})}}.
すなわち
\boxed{
\frac{d~{\rm EW}}{dz}
\propto \int_{E_K}^{\infty}\! dE\;
\sigma_{K}^{\rm Fe}(E)~
\left(\frac{E_{\rm fl}}{E}\right)^{\Gamma}
~e^{-[\mu(E)-\mu(E_{\rm fl})]~z}
}
(“どの深さが効くか”が見える微分形)。
重要:分子は $E>E_K$ の積分、分母は単点 $E_{\rm fl}$。反射幾何と最大の違いは、蛍光の減衰が $L-z$ になる点(同じ側へ戻る $z$ ではない)。
補足:なぜ EW の単位は eV になるのか?
Equivalent Width (EW) は 「線の強さ」÷「連続の強さ」 で定義されます。
ここで注意しないといけないのは、分子と分母の単位が違うことです。
1. 分子(蛍光線フラックス)
蛍光線は、K端より上のエネルギーで光子が吸収されて出てくるもの。
式で書くと
F_{\rm line} = \int_{E_K}^\infty I_0(E)\,\sigma_K(E)\,\cdots dE
となります。
- 入射スペクトル $I_0(E)$ は $[{\rm ph\ cm^{-2}\ s^{-1}\ keV^{-1}}]$。
- そこに $dE$ を掛けて積分しているので、「per keV」が消える。
したがって、蛍光線フラックス $F_{\rm line}$ の単位は
[{\rm ph\ cm^{-2}\ s^{-1}}]
です。つまり「1秒間に何個の光子が来るか」という総数。
2. 分母(連続成分)
一方で、連続スペクトルは 6.4 keV 近傍の 値そのものを使います:
F_{\rm cont}(E_{\rm fl}) = I_0(E_{\rm fl})\,e^{-\mu(E_{\rm fl})L}
これはスペクトル密度なので、
$$
[{\rm ph\ cm^{-2}\ s^{-1}\ keV^{-1}}]
$$
のまま。
3. 割り算すると…
{\rm EW} = \frac{F_{\rm line}}{F_{\rm cont}(E_{\rm fl})}.
単位を追うと、
\frac{[{\rm ph\ cm^{-2}\ s^{-1}}]}{[{\rm ph\ cm^{-2}\ s^{-1}\ keV^{-1}}]}
= [{\rm keV}].
つまり、残るのはエネルギー(幅)の単位。これが Equivalent Width が「keV」や「eV」で表される理由です。
4. 直感的なイメージ
- 分子(線フラックス)は「積分」=総光子数。
- 分母(連続)は「密度」=1 keV あたりの光子数。
- その比は「線の光子数を連続の強さに換算すると、連続のスペクトルを何 keV 分積分したのと同じか?」を意味します。
だから「Equivalent Width(相当幅)」と呼ばれます。例えば、「道のり」を「速さ」で割るとその道のりを移動するのにかかる「時間」が求まることと同じです。
5. 手頃な閉じ式(K端直上の近似)と物理の読み方
K端直上で
\sigma_{K}^{\rm Fe}(E)\approx \sigma_K(E_K)(E/E_K)^{-3},\quad
\mu(E)\approx \mu(E_K)(E/E_K)^{-3}
とし、$\ [\mu(E)-\mu(E_{\rm fl})]\ $ を代表値 $\ \Delta\mu\equiv \mu(E_K)-\mu(E_{\rm fl})\ $ で近似すると:
{\rm EW}\ \simeq\
\Phi\;\omega_K Y_\alpha\;A_{\rm Fe}N_{\rm H}\;
\sigma_{K}(E_K)\;
\frac{E_{\rm fl}^{\Gamma}E_K^{-(\Gamma+2)}}{\Gamma+2}\;
\underbrace{\frac{1-e^{-\Delta\mu L}}{\Delta\mu}}_{\text{厚み有効長}}.
- $\Gamma$ が小さい(硬い)ほど $E>E_K$ の寄与が増えやすい
- $E$ が高いほど $\mu(E)$ が小さく、深部発生の寄与が残りやすい
- 厚み因子は $L\to\infty$ で飽和(自己吸収で頭打ち)
反射幾何との差分:反射は $e^{-\mu(E_{\rm fl})z}$ なので、“出口までの距離”が逆。これを取り違えると、深さ依存の物理が逆転してしまう点に注意。反射の場合は、深いところで光電吸収されるほど自己吸収が効くのに対して、透過の場合は深いところで光電吸収されるほど抜けやすい。
6. 数値の手ざわり(“数〜10 eV”が自然に出る)
代表値(オーダー確認):
- $\Gamma=1.7,\ E_K=7.11~\text{keV},\ E_{\rm fl}=6.40~\text{keV}$
- $A_{\rm Fe}=3\times10^{-5}$, $\omega_KY_\alpha\simeq0.30$
- $N_{\rm H}=1\times10^{23}\ \text{cm}^{-2}$(e.g., deep dip時)
- $\sigma_{K}(E_K)\sim3\times10^{-20}\ \text{cm}^2$(目安)
- $\Phi\sim0.5$(半空間相当の素朴な代表)
- 厚み因子 $\frac{1-e^{-\Delta\mu L}}{\Delta\mu}\sim 0.5$(dipの程度で 0.3〜1)と仮定
すると
$\ {\rm EW}\sim \text{数 eV}\ $(例:$\sim 4$ eV)。
$\Phi\to1,\ N_{\rm H}\to 2\times10^{23}$ などで $\sim10$ eV に自然に到達。
主要な不定性は $\Phi$(幾何・被覆・異方)と $\sigma_K$ の代表値選び、そして厚み因子。観測的には“EW が数〜10 eVに達し得る十分条件”を示せればよい。
検算用のメモ
「誰でも電卓で再現できる“10 eV 前後”の検算」を、透過幾何(BH → 吸収体 → 観測者)に合った近似式に具体数を入れて、途中で単位も確認します。
1. 使う近似式(透過幾何・EW の簡易スケーリング)
dip 時の Fe Kα の等価幅(EW, 単位 keV)は、
(定数因子をまとめつつ)次の形で見積もれます:
\boxed{
{\rm EW}\ \simeq\
\underbrace{\Phi}_{\text{幾何/被覆}}
\underbrace{(\omega_K Y_\alpha)}_{\text{蛍光確率}}
\underbrace{A_{\rm Fe} N_{\rm H} \sigma_K(E_K)}_{\text{Fe の K 殻吸収の起こりやすさ}}
\ \times\
\underbrace{\frac{E_K}{\Gamma+2}\Big(\frac{E_{\rm fl}}{E_K}\Big)^{\Gamma}}_{\text{入射 PL と K 端の帯域積分(keV)}}
\ \times\
\underbrace{\frac{1-e^{-|\Delta\mu|L}}{|\Delta\mu|}}_{\mathcal{T}(L)\ \text{厚み因子,}\ \mathcal{O}(1)}
}
-
$E_K\simeq 7.11\ \rm keV$(近中性 Fe の K 端)
-
$E_{\rm fl}\simeq 6.40\ \rm keV$(Fe Kα)
-
$\Gamma$:入射パワーローの指数(Cyg X-1 ハード状態で $\sim 1.6-1.8$)
-
$\Phi$:有効立体角(0.3–1 程度の不定性)
-
$\omega_K Y_\alpha \approx 0.30$(蛍光収率×Kα 分枝)
-
$A_{\rm Fe}\sim 3\times 10^{-5}$(太陽近傍の Fe 存在度)
-
$N_{\rm H}$:dip 時の視線方向カラム
-
$\sigma_K(E_K)$:Fe の K 殻光電断面積(端直上の代表値)
-
$\mathcal{T}(L)=[1-e^{-|\Delta\mu|L}]/|\Delta\mu|$:厚み因子(1 に飽和する $\mathcal{O}(1)$ の係数)
- $|\Delta\mu|=\mu(E_{\rm fl})-\mu(E_K)>0$(6.4 keV の方が吸収は強い)
単位チェック:
$A_{\rm Fe}N_{\rm H}\sigma_K$ は無次元、$\Phi,\ \omega_KY_\alpha,\ \mathcal{T}(L)$ も無次元、
中央の括弧が keV → EW は keV(≡ eV)になる。
2. 代表パラメータのセット
- スペクトル:$\Gamma = 1.7$
- エネルギー:$E_K=7.11\ \rm keV,\ E_{\rm fl}=6.40\ \rm keV$
- 存在度(Feのアバンダンス):$A_{\rm Fe}=3\times10^{-5}$(太陽近傍)
- カラム:$N_{\rm H}=1\times10^{23}\ \rm cm^{-2}$(e.g., deep dip時)
- 断面積:$\sigma_K(E_K)=3\times10^{-20}\ \rm cm^2$(K端直上の目安)
- 蛍光確率:$\omega_KY_\alpha=0.30$
- 幾何:$\Phi=0.5$(半空間相当の素朴な代表)
- 厚み因子:$\mathcal{T}(L)=0.6$($|\Delta\mu|L\sim1$ とした時の代表)
3. 一発計算(電卓で追えるように分け算)
(a) Fe の K 殻を叩く“原子側の係数”
A_{\rm Fe} N_{\rm H} \sigma_K
= (3\times10^{-5})\times(1\times10^{23})\times(3\times10^{-20})
指数部:$10^{-5+23-20}=10^{-2}$
数値部:$3\times 3 = 9$
→ $9\times10^{-2}= \mathbf{0.09}$
(b) 幾何×蛍光確率
\Phi\,(\omega_KY_\alpha) = 0.5 \times 0.30 = \mathbf{0.15}
ここまでの積:$0.09\times 0.15 = \mathbf{0.0135}$
(c) パワーローの帯域積分の“keV 因子”
S(\Gamma)\equiv \frac{E_K}{\Gamma+2}\Big(\frac{E_{\rm fl}}{E_K}\Big)^{\Gamma}
= \frac{7.11}{3.7}\times (6.40/7.11)^{1.7}
比 $6.40/7.11= \mathbf{0.900}$(有効数字3桁でOK)
指数 $0.900^{1.7}\approx e^{1.7\ln 0.9} \approx e^{-0.179} \approx \mathbf{0.836}$
分数 $7.11/3.7 \approx \mathbf{1.9216}$
→ $S(\Gamma) \approx 1.9216 \times 0.836 \approx \mathbf{1.61\ keV}$
(d) 厚み因子
\mathcal{T}(L)=\frac{1-e^{-|\Delta\mu|L}}{|\Delta\mu|}\ \ \text{は}\ \ \mathbf{0.6}\ \text{を採用}
($|\Delta\mu|L\sim1$ なら $(1-e^{-1})/1=0.632$ に近い)
(e) ぜんぶ掛ける(→ keV)
{\rm EW}\ \approx\ (0.0135)\ \times\ (1.61)\ \times\ (0.6)
まず $0.0135\times 1.61 \approx 0.02174$
さらに $\times 0.6 \approx \mathbf{0.0130\ keV}$
\boxed{{\rm EW}\ \approx\ 0.013\ \rm keV\ \approx\ 13\ eV}
4. パラメータを少し振ると?
-
浅めの dip($\mathcal{T}(L)=0.4$):
$0.0135\times 1.61\times 0.4 \approx 0.0087\ \rm keV$ → 8.7 eV -
立体角が大きい($\Phi=1.0$):
上と同じ他条件で係数倍 → 17–22 eV 程度まで上がり得る -
柱密度が大($N_{\rm H}=2\times10^{23}$):
EW は ほぼ線形に 2 倍 → ~26 eV(ただし厚み因子は飽和に近づくので上限あり) -
Fe が多い($A_{\rm Fe}=1\times10^{-4}$):
約 3.3 倍 → 40 eV 級(同上、飽和に注意)
直感:
EW は $\Phi,\ \omega_KY_\alpha,\ A_{\rm Fe},\ N_{\rm H}$ にほぼ線形、
スペクトル因子 $S(\Gamma)$ は $\Gamma$ に中程度感度(硬いほど増)、
$\mathcal{T}(L)$ は $\sim1$ に飽和(いくらでも増えはしない)。
5. まとめ(検算の作法)
- $A_{\rm Fe}N_{\rm H}\sigma_K$ をまず出す(無次元)。
- $\Phi(\omega_KY_\alpha)$ を掛ける(無次元)。
- $S(\Gamma)=\frac{E_K}{\Gamma+2} (E_{\rm fl}/E_K)^\Gamma$ を足す(keV)。
- 厚み因子 $\mathcal{T}(L)\sim 0.4\text{–}0.8$ を掛ける(無次元)。
- 出力が keV → eV に直す(×1000)。
このレシピで、“典型的な dip で EW ≈ 数〜10 eV” を手計算で再現できます。
上の例ではベースラインが 13 eV。$\Phi$ と $N_{\rm H}$ を少し盛れば ~10 eV を超えるのが自然、という感じです。
7. よくある“落とし穴”とチェックリスト
-
反射 vs 透過の指数:
反射は $e^{-\mu(E_{\rm fl})z}$、透過は $e^{-\mu(E_{\rm fl})(L-z)}$。ここを間違えると全て逆。 -
分子の E 積分 vs 分母の単点:
分子は $E>E_K$ の“重み付き積分”、分母は $E_{\rm fl}$ の透過連続のみ。 -
$\mu(E)$ は“バルク”の総減衰:
素過程の足し合わせ(元素組成・イオン化・散乱)で決まる。Fe だけの $\mu$ ではない。 -
ほぼ中性を前提:
高い電離度では $E_K$ や $\omega_K$ がずれ、式の係数が変わる。 -
Thomson/Compton 散乱:
$\tau_T\sim N_{\rm H}\sigma_T$(例:$10^{23}$ で $\sim0.066$)。一次近似では $\mu(E)$ に含めてよいが、連続成分の形状変化(散乱テイル)は厳密には別扱い。 -
部分被覆(clumpy):
実効的には $\sum_i f_i~{\rm EW}(L_i)$ の平均。dip の時間分解解析では特に注意。 -
単位確認:
${\rm EW} = \frac{\text{line flux [ph s}^{-1}\text{ cm}^{-2}]}{\text{cont [ph s}^{-1}\text{ cm}^{-2}\text{ keV}^{-1}]}$ → [keV](eVで表すことが多い)。 -
飽和の理解:
$L\to\infty$ で厚み因子が飽和。無限大にはならない(自己吸収が利く)。
8. 物理的なイメージ(直感の言い換え)
- 深いdip(deep dip) 時は 中性(低電離)吸収が増える → 6 keV 付近の連続は強く減光。
- 一方で 高エネルギー光子($E>E_K$)はより深くまで届き、出口までの距離が短い領域でも K 殻を叩ける → 生成された 6.4 keV は相対的に自己吸収されにくい。
- 結果、分母(連続)が大きく落ちるのに対して、分子(蛍光)は“深い層の寄与”も確保 → EW 増。
- これが 反射幾何と透過幾何の本質的な相違。反射はエネルギーが高く深いところで光電吸収されるほど自己吸収で外に出にくいのに対して、透過は深いところで吸収された方が外に抜けやすい。ただし、厚みが大きいと表面でほぼ光電吸収されるので、反射は出てくるが、裏側には抜けてこれない。
9. 厳密化の道筋
- 角度依存(等方 vs 異方、偏光)・散乱カスケードを含むには モンテカルロ が必要。
- ただし本稿の積分表現+閉じた式で、観測トレンド(EW が数〜10 eV) は十分に定性的・半定量的に説明可能。
- 実データへの当て込みは、$\Phi$ と $\mu(E)$ の実効形(組成・イオン化・散乱込み)を観測値と比較して検討する。
11. EWについての補足
EW が “eV オーダー”に落ち着くのは、Fe の存在度(アバンダンス)が効いていますが、それ“だけ”ではありません。主因は下の掛け算のスケーリングの総合結果です:
{\rm EW}\ \propto\
\underbrace{\Phi}_{\text{幾何・被覆}}
\underbrace{(\omega_K Y_\alpha)}_{\text{蛍光確率}\sim0.3}
\underbrace{A_{\rm Fe}}_{\text{Fe存在度}\sim3\times10^{-5}}
\underbrace{N_{\rm H}}_{\text{dipで}\sim10^{23}{\rm cm^{-2}}}
\underbrace{\sigma_K(E_K)}_{\text{K殻CS}\sim10^{-20}{\rm cm^2}}
\times \underbrace{\text{(スペクトル因子&厚み因子)}}_{\small E^{-\,\Gamma} \mu(E)\ \text{など}}
- Fe アバンダンスが $A_{\rm Fe}\sim 3\times10^{-5}$(太陽近傍の値;$10^{-4}$ ではなく数×$10^{-5}$ が一般的)でも、
- dip 時の大きなカラム $N_{\rm H}\sim10^{23},\mathrm{cm^{-2}}$、
- 蛍光収率 $\omega_KY_\alpha\sim0.3$、
- K殻断面積 $\sigma_K\sim$ 数$\times10^{-20},\mathrm{cm^2}$、
- 幾何係数 $\Phi\sim0.3$〜1、
- +(透過幾何の)厚み因子・スペクトル因子($\Gamma$、$\mu(E)$の差)
を掛け合わせると、ライン/連続の比はだいたい $10^{-3}$ 前後になり、連続成分は単位keVあたり「keV$^{-1}$」なので、EW は $\sim 10^{-3},\mathrm{keV}=$ 数 eVに自然に出ます。
直感の整理
- Fe が希薄($\sim10^{-5}$) → 1 光子あたりの蛍光発生はそもそも稀
- でも dip で $N_{\rm H}$ が大きい → K端上の光子が相応に Fe K 殻を叩く
- 蛍光確率は~0.3 → 吸収された分のうち 3割くらいが Kα などで返る
- 幾何($\Phi$)と自己吸収 → すべてが観測者方向へは来ない
- 分母(連続)は 6.4 keV “一点” → 分子は $E>E_K$ の“積分”、このアンバランスで EW が数〜10 eV に
アバンダンスを上げたらどうなるか?
- $A_{\rm Fe}$ を $3\times10^{-5}$ → $1\times10^{-4}$ に上げれば、ほぼ線形に EW も ≈3 倍。
- つまり アバンダンスは効くけれど、幾何($\Phi$)や $N_{\rm H}$、スペクトル硬さ($\Gamma$) の影響も同じくらい大きい。
- 観測的に “数 eV → 10 eV 級” へ伸びるのは、アバンダンス増だけでなく カバリングの増減やより深い dip(大きい $N_{\rm H}$) の寄与がセットになっても起きる。
まとめると、
EW が eV オーダーなのは Fe の希薄さ($\sim10^{-5}$)が一因だが、決め手は「Feの希薄さ × 柱密度 × 蛍光確率 × 幾何 × 透過自己吸収」のトータルで決まる。
まとめ
透過幾何では、Fe Kα の 分子は K端上の広帯域エネルギー積分、分母は 6.4 keV 単点、しかも蛍光の減衰は $L-z$。この違いが 深いdip での EW (数〜10 eV)を自然に説明できる(?)気もしますが、「元素のabundunce × 柱密度 × 蛍光確率 × 幾何 × 透過自己吸収」のトータルで決まるので、蛍光X線の起源として、「円盤、星風、星表面、acccretion wake (降着流の尻尾のような場所)... 」が考えられますが、どれか一つに絞るのが難しい。。
おまけの補足(X線天文向け)
BHやAGNの反射成分のEWは、X線を"線"として考えるという地上実験的なイメージよりは、光源は点源で、そこから 2$\pi$方向に光が広がり、広大な円盤 or トーラスで反射が起きたり、光源が隠されたりもするので、EWの計算はもっとジオメトリに依存することが多いです。