システム開発の授業(展示会を目指すプロジェクト)で経験した、プロジェクトの失敗とそこから得た教訓についてまとめます。
1. 終わりの始まり:最初のチームでの崩壊
最初のチームでのプロジェクトは、まさに「地獄」のような状況でした。
1.1. 企画の破綻
- 企画案の妥当性不足: 案として出た「投資勉強アプリ」は、既に市場に大量に存在しているものでした。
- 意見の無視と強行: 私から「これ微妙じゃない?」と進言しましたが無視され、企画発表が近いという理由でゴリ押し決定されました。
1.2. 議論ゼロ問題
- 方向性の未共有: 企画の方向性が全く共有されていませんでした。
- 不満の放置: メンバーの不満も吸い上げなし。
- スピード優先の弊害: 「早く進めること」だけが優先されていました。
1.3. UI戦争の勃発
- UIの壊滅: 出来上がったUIがあまりにひどく驚愕しました。
- 行動の亀裂: 変に触られたくなくなり、別ツールでUIを作り直してスクリーンショットで提出してしまったことで、チーム内に亀裂が発生しました。
1.4. 信用不足と不満の蓄積
- 体調問題の重なり: インフルエンザや腸の病気で、3回ほど授業に参加できませんでした。
- 情報共有の限界: 結果として、Discordで共有をお願いするしかありませんでした。
- 不満の噴出: 良くない企画、良くないUI、話し合いゼロ、信用の薄さが積み重なり、メンバーの不満はずっと溜まっていきました。
2. 「正しい場所」への移籍と学び
「このままじゃ絶対に失敗する」と限界を感じ、「俺が抜けた方がいいかもしれない」と考え、先生に相談し、他のチームへ移籍しました。
移籍先のチームで初めて「ちゃんとしたチーム」を知りました。
- 企画に根拠がある。
- UIの方向が明確。
- 議論ができる。
- メンバーの信用がある。
これは「逃げた」のではなく、「正しい場所」へ移ったのだと確信しています。
3. 気づけばPMへ
新しいチームでは、自然とPM(プロジェクトマネージャー)のような動きをするようになりました。
- 仕様、UIの整理。
- 役割分担。
- 優先順位決め。
- 円滑なコミュニケーションの実現。
地獄の原因であった「信用・話し合い不足・方向性ゼロ」を経験したからこそ、今の強さがあります。今はPMとして楽しく動けています。