図書館目録とメタデータ
図書館目録は、図書や資料の書誌情報を体系的に記述・管理するものであり、メタデータの典型的な応用例です。
目録に記載される著者名、書名、出版年、主題などは、資料の検索・識別・保存に必要な属性情報=メタデータです。
図書館では、標題紙や奥付などの情報源からの転記を基本とするため、目録は自己記述的なメタデータに基づいて構成され、いわゆる目録規則は、目録情報を機械可読かつ相互運用可能な形式で記述するために用いられます(図書館情報学的には、もう少し詳細な議論が必要ですが、ここでは省きます)。
自己記述的コンテンツとメタデータ抽出技術
図書館目録や機関リポジトリ、デジタルアーカイブなど、構造化された情報資源において、メタデータは検索性・再利用性・保存性を高めるための不可欠な要素です。近年、生成AIや自然言語処理(NLP)の進展により、メタデータの「自動生成」や「自動抽出」が現実的な選択肢となりつつあります。
本記事では、コンテンツ自体に内在する情報からメタデータを抽出する技術的アプローチについて考察します。ここで前提とするのは、コンテンツが「自己記述的(self-descriptive)」であるという性質です。すなわち、外部の補助情報に依存せず、コンテンツそのものにタイトル・著者・出版年・主題などの記述が含まれている状態を指します。
自己記述性の理論的背景と対象範囲
自己記述性(self-descriptiveness)という概念は、メタデータ設計において重要な位置を占めています。Lorcan DempseyとRachel Heeryによる論文『Metadata: a current view of practice and issues』(1998)では、自己記述的リソースとは「リソース自体がその記述情報(タイトル、著者、主題、形式など)を含んでいること」を意味すると定義されています。
図書館目録は、図書の標題紙や奥付など、資料そのものに記載された情報を転記することを基本とするため、自己記述的な構造を持つ代表的な情報資源です。著者名、書名、出版年、出版社などの記述は、基本的に資料内に明示されており、外部情報に依存せず目録化が可能です。
一方で、数値データや画像データなどの研究データは、自己記述的とは言えません。これらのデータは、ファイル本体に意味的な記述が含まれていない場合が多く、メタデータの作成には外部情報や、人間がデータを読み取って解釈することが不可欠です。
なお、図書であっても中身を分析的に記述するような目録要素については、本記事では扱いません。
このように、自己記述性という設計思想は、図書館目録のような文献型コンテンツにおいては抽出技術の前提となり得ますが、研究データのような構造には適用できないため、技術的アプローチも異なります。
この点を踏まえ、今回は図書館目録におけるNER適用について紹介します。
LLMによる情報抽出技術の進化
情報抽出(Information Extraction, IE)と固有表現抽出(Named Entity Recognition, NER)は、自己記述的コンテンツからメタデータを取り出すための中核技術です。従来はルールベースや辞書ベースの手法が主流でしたが、近年はLLM(大規模言語モデル)による抽出が急速に進化しています。
LangExtractによる抽出
LangExtractはGoogleが開発したLLMベースの情報抽出ライブラリであり、Few-shot学習による柔軟な抽出を特徴とし、少数の例示をもとに文書から、ユーザーが定義した抽出カテゴリに基づき、LLMがエンティティの意味・構造を理解し、情報を抽出します。
手前味噌ですが、「ColabでLangExtractを動かして、書籍のメタデータを抽出する」で簡単な実験を行っています。この記事ではとても簡単な例しか試していないので精度もそこそこでした。
しかし、誰でもこんなに簡単に抽出できることは分かったし、抽出精度を上げていくことについての技術的な展望も明るいことが分かりました。
図書館目録へのNER応用と自動化ワークフロー
NERは、図書館目録自動生成において重要な基盤技術です。資料の本文や書誌情報から著者名、書名、出版年、出版社などの固有情報を自動的に抽出することで、目録データの整備を効率化できそうです。
想定される具体的なワークフローは以下の通りです:
- 資料のデジタル化・テキスト化(OCR等)
- 前処理
- NER(固有表現抽出)
- 目録規則に沿った書誌データへの整形
- 検証と補完
- 最終目録化・公開
資料自体がデジタル化されていれば1.は不要ですが、古い図書などを 遡及入力 する場合などは、この労力は馬鹿になりません。
2.前処理について、前掲記事のとおりLangExtractで試してみた限りでは、例えば1,000字程度のどこかにタイトルなどの書誌情報が書かれていれば抽出精度は割と高く、また、モデルによりLLMのトークン入力数の上限も影響が大きい、入力が大きければ処理にも相当な時間がかかる、などことが分かっていますので、それに即した前処理は必要です。
NER出力の目録形式への変換と実装例
NERで抽出した情報を図書館目録の標準形式(MARCやDublin Core)に変換するには、以下の手順を踏みます:
- 抽出結果の整理(属性値としての著者名、タイトル、出版年など)
- 目録形式へのマッピング(MARCフィールドやDublin Core要素への対応)
- フォーマット形式への変換(XMLやJSONなど)
- バリデーションと補正(目録規則準拠の検証)
- データベース等への出力・登録
例えば、Dublin Coreでは以下のようなXML形式で記述されます:
<dc:title>タイトル名</dc:title>
<dc:creator>著者名</dc:creator>
<dc:date>出版年</dc:date>
MARC形式では、以下のようなタグ構造が用いられます:
=245 10$aタイトル名
=100 1\$a著者名
=260 \\$c出版年
抽出されたメタデータの正確性と目録規則との整合性の検証
検証工程は、図書館目録の品質を担保するうえで不可欠です。自動抽出技術が進化する中でも、人手による確認と規則への準拠は省略できません。明治大学図書館の報告書「図書館目録作成における自動抽出技術の活用と課題」(2023年)では、自動抽出された著者名や出版年が、実際の資料記載と異なるケースや、目録規則との不整合が生じる事例が報告されています。
このような検証工程は、自動抽出技術が高精度化しても、目録作成における「記述の根拠」と「規則との整合」は、今後も人間の判断を必要とする重要なプロセスであり続けるでしょう。
余談
目録とは、たとえば「賞金や結納の目録」という例のように、本体の存在を示す代理情報であり、実物が手元になくてもその性質・所在・構成を把握できるようにするものです。図書館目録も、単なる本のリストではなく、「本体の代替」として機能します。これは、メタデータの本質的な機能です。
これも手前味噌ですが、拙文「メタデータによって検索するとはどういうことか考えてみる」という記事もご参照ください。この記事は、図書館目録と本体コンテンツの関係を圏論的に捉えると、「目録は本の射影(射)であり、ある意味で本質的に同型(isomorphic)である」と考えることができるのではないか、という発想に基づいています。
圏論では、対象(object)と射(morphism)の関係性を通じて構造を捉えます。この枠組みで考えると:
- 「本」というコンテンツは対象 $( B )$
- 「目録」はその本に関する記述情報の射影、つまり対象 $( M )$
- 目録作成とは、ある関手$F: \mathcal{B} \to \mathcal{M}$によって、コンテンツ空間から記述空間への写像を定義する操作
ここで重要なのは、自己記述的な本(標題紙・奥付に必要情報が含まれる)に対して、目録がその情報を忠実に写像している場合、目録と本は情報構造として同型(isomorphic)であるとみなせる点です。
つまり、目録は本の「意味的構造」を保ったまま、別の形式(MARCやDublin Coreなど)に変換された像であり、 本の存在を代理する「圏論的な同型対象」 として機能します。
なにが言いたいかというと、同型であればこそ、本(コンテンツ)からの目録(メタデータ)の自動抽出が、技術的なハードルにも関わらず理論上は可能なのだ、ということだと思っています。