背景
近年、AI技術の進化とともに、業務効率化や省力化を目指す動きが加速しています。私の勤務先の建設コンサルタント業界でも、「AIを活用して報告書作成の手間を減らせないか」といった意見が多く聞かれるようになりました。特に現地調査に基づく報告書作成は、写真整理や現状分析、改善提案の記述など、多くの工数がかかる業務です。
そこで、2024年11月にAnthropic社から発表された最新のオープンプロトコル「MCP(Model Context Protocol)」に着目し、AIによる報告書作成の自動化にチャレンジしてみました。
今回の試みは、AIの実務活用における課題や可能性を探る“実験的な取り組み”でもあります。成果物としては満足できるレベルには至りませんでしたが、AI導入の現状や課題、今後の改善ポイントを明らかにすることができたため、同じ課題意識を持つ方々の参考になればと考えています。
全体フロー
今回の記事では、AIによる報告書作成の一連の流れを実体験することを目的とし、以下のステップで進めました。
STEP1:成果物イメージの明確化
まず、AIにどのような報告書を作成してもらいたいのか、構成や必要な情報、成果物の保存形式などを具体的に設計しました。これにより、AIに対して的確な指示ができるようになり、プロンプト作成の精度向上につながります。
STEP2:MCP環境の構築
MCPはAIと外部ツール・データソースを連携させるための新しい規格です。従来のAPI連携に比べて、よりシンプルかつ柔軟な連携が可能であり、AI活用の幅を広げることが期待できます。今回は「Claude for Desktop」を用い、初心者向けの手順に沿ってMCP環境を整えました。
STEP3:プロンプトの作成と調整
AIに求める成果物を得るためには、プロンプト(指示文)の内容が非常に重要です。最初はシンプルな指示から始め、成果物を確認しながら何度も修正を加え、AIの出力品質を高める工夫を行います。
STEP4:成果物の確認と評価
AIが生成した報告書を実際に確認し、内容や形式、写真の選定、分析の妥当性などを評価しました。その上で、現実の業務にどの程度活用できるのか、どの部分に課題が残るのかを検証しました。
このように、計画から実装、評価までの一連の流れを通じて、AI活用のリアルな課題と可能性を体感することが出来るステップとしました。フローは以下になります。
上記のフロー通り、まず成果物(報告書)のイメージを決定し、次に環境構築、入力プロンプトの決定、成果物の確認・プロンプト修正という流れで進めました。今回の記事では、内容の精度はさておき、とにかくAIに成果物を出力させることを目標としました。
STEP1:成果物イメージの明確化
成果物である報告書の以下の構成となっています。
- 現地調査
札幌市の河川を現地調査し、写真を撮影。写真の撮影日と説明を記載します。 - 問題点の抽出
現地調査の結果から河川の現状を分析し、問題点があれば指摘します。 - 提案事項
問題点に対する改善策を提案します。
1.現地調査
現地調査は、札幌市内の複数の河川を対象に、2024年8月5日(月)〜6日(火)の2日間で実施しました。以下は現地で撮影した写真の一例です。
精進川
月寒川
望月寒川:放水路吐き口
河道の状況や背後地の様子、河川構造物など、合計140枚の写真を撮影しました。
2. 問題点の抽出
問題点の抽出は、AIに現地で撮影した写真をもとに判断させました。例えば、河川が濁っていればその原因を推測し、構造物に劣化が見られれば補修・修繕の必要性を指摘するなど、AIがどのような分析を行うかも含め、特に制約は設けていません。
河川水質の変化や濁りの有無
写真から水の色や透明度を判別し、濁りがあればその原因(上流からの土砂流入、工事の影響など)を推測します。
河川構造物の劣化・損傷
護岸や橋梁、排水施設などの構造物について、ひび割れや変形、腐食などの劣化兆候がないかを確認します。
周辺環境の変化や危険箇所の有無
河川周辺の土地利用の変化や、ゴミの不法投棄、流木の堆積など、管理上の問題がないかをチェックします。
AIには特段の制約を設けず、写真から読み取れる範囲で自由に課題を抽出させました。
ただし、AIによる画像認識や現状分析には限界があり、実際の現場感覚や専門的な知見とのギャップが生じる可能性がある点も意識しながら評価を行いました。
3. 提案事項
抽出した問題点に対して、AIによる分析結果をもとに効果的な解決策を提案してもらいます。現実的な提案であれば、迅速かつ精度の高い維持管理や改善提案につながると考えています。もちろん、制約を設けていないため、必ずしも現実的な内容になるとは限りません。
STEP2:MCP環境の構築
MCP(Model Context Protocol/モデル・コンテキスト・プロトコル)は、生成AI(大規模言語モデルなど)が外部ツールやデータソースと簡単かつ標準的に連携できる新しい技術規格で、2024年11月にAnthropicが発表したオープンプロトコルです。
MCPの詳細は多くの記事で解説されていますが、簡単に言えば、従来のAPI通信などで煩雑だったソフトウェア間の連携が、MCPという共通規則を用いることで容易になったというイメージです。
MCPはClaude for Desktopを活用します。MCPの環境構築については【初心者向け🔰】MCP 導入・環境構築〜基本的な使い方の全手順(Claude デスクトップ編)
を参考にしました。
手順通りに環境を整え、PCを再起動するとMCPのアイコンが表示されます。これ以降、Claude for DesktopでMCPを利用していきます。
STEP3:プロンプトの作成と調整
以下のようなプロンプトをMCPサーバで実行しました。STEP1で決定した成果物イメージに、現地調査のまとめ方や報告書の保存方法について加筆しています。
あなたは河川コンサルタントの会社に所属している技術者です。
以下の構成に基づく報告書を作成してください。
1. 現地調査
・札幌市の河川の現地調査を行い写真を撮影。対象の河川、説明、写真の撮影日を記載する。
・下記のフォルダにある写真を報告書に使用してください。
C:\Users\VRkas\Desktop\2024-08
・全ての写真を使用しなくてよいですが、必要な写真を自分で選択してください。
・写真の緯度経度を参照して撮影した河川ごとに1.現地調査の章をまとめてください。
2. 問題点の抽出
現地調査結果から河川の現状を分析し問題点があれば指摘してもらう。
3. 提案事項
問題点に対して改善策を提案してもらう。
作成した報告書は.docxファイルとし、ファイル名は「2025-05-02_test.docx」としてください。
報告書は以下のように保存してください。
C:\Users\VRkas\Desktop\2025-05-02_test.docx
STEP4:成果物の確認と評価
以下のようなファイルがデスクトップ上へ保存されます。.docxファイルでの出力はされましたが、記述されているのはhtmlでWordでは開くことができませんでしたのでHTML形式で保存しなおし、ファイルの中身を確認してみました。以下がそのHTMLによる報告書を一部抜粋したものです。
出力されたHTMLは以下に公開しました。アーティファクトも以下から確認できます。
内容の振り返り
今回AIが出力した報告書の内容を詳細に振り返ると、いくつかの重要な課題が明らかになりました。
1. 事実誤認リスク:調査対象外の河川情報の混入
AIが過去の学習データを基に自動補完する特性により、実際に調査していない創成川・新川・モエレ沼などの情報が報告書に記載されました。これは「生成AIの事実検証機能の限界」を如実に表す事例です。現地調査範囲とAIの知識ベースに乖離が生じた場合、現実に即さない虚偽情報が混入するリスクが顕在化しました。
2. メタデータ活用不足:写真選定・説明の精度低下
緯度経度・撮影時刻などのEXIFデータやファイル命名規則が十分活用されず、写真の選定精度や説明文の具体性に課題が残りました。AIが写真と地理情報を連動させるには、メタデータの構造化とプロンプトでの明示的な指示が不可欠であることが判明しました。
3. 出力形式の不一致:ファイル形式の指定誤り
.docx形式での出力を指示したにも関わらずHTML形式で保存される事象が発生。これはMCPとWordの連携設定不足、あるいはAIのファイル形式解釈エラーが原因と考えられます。形式指定だけでなく「スタイルガイドの明示」や「テンプレート連携」が必要な段階にあることを示唆しています。
これらの課題を踏まえ、AIによる報告書作成を実務レベルで活用するためには、プロンプト設計やデータ整備、出力フォーマットの最適化など、多方面での改善が必要であることが分かりました。次回の記事では、今回抽出した課題に対して改善していきます。
おわりに
今回の取り組みを通じて、AIとMCPを活用した報告書自動作成の現状と課題を実感することができました。AIは膨大なデータをもとに一定レベルのアウトプットを短時間で生成できる一方、現場の実態や業務要件に即した精度・信頼性の高い成果物を得るには、まだ多くの工夫や調整が求められます。
参考