2026 年の MLB では、ボール・ストライクの判定に選手が異議を申し立てる「ABS チャレンジ」が始まりました。中継でヘルメットや帽子をポンと叩く場面を見て、ふと気になりました。「チャレンジが通りやすいのは誰なのだろう」「うまい選手とそうでない選手の差は、何から来ているのだろう」。
3A では 1 年早い 2025 年から同じ仕組みが使われていたので、MLB に上がる前の記録も残っています。公式戦が終わったところで、Baseball Savant と MLB StatsAPI の公開データで調べてみました。私は野球の現場の経験者ではなく、公開データを集計してみただけです。
ABS チャレンジの仕組み
MLB の発表によると、仕組みは次のとおりです。
- 判定は今までどおり球審がする。それに対して、打者・投手・捕手だけがその場で異議を申し立てられる
- 各チームは 1 試合 2 回の権利を持ち、失敗すると 1 回減る(成功すれば減らない)
- 判定は Hawk-Eye の追跡データで行う。ゾーンの上端は選手の身長(スパイクなし)の 53.5%、下端は 27% で、ホームベースの中央の上で判定する
チャレンジが通る(判定が覆る)のは、追跡した球の位置が、球審の判定と反対側にあったときです。
使ったデータ
2 種類のデータを使いました。
1. Savant の ABS チャレンジのリーダーボード(選手ごとの集計)
Baseball Savant の ABS Challenges には、選手ごとのチャレンジ数・成功数に加えて、Savant が計算した期待値(平均的な選手がその選手と同じ機会を与えられたら、何回チャレンジして何回通すか)も載っています。このページの CSV 出力には選手 ID が無いので、ページに埋め込まれた JSON を読む関数を自作パッケージ savant-extras に入れて取り出しました。
import savant_extras as sx
# MLB 2026 公式戦の捕手のチャレンジ(1 回もしていない選手も含める)
df = sx.abs_challenges(2026, level="mlb", challenge_type="catcher",
game_type="regular", min_challenges=0)
MLB と 3A、打者・投手・捕手、春季キャンプと公式戦の 15 本を選手 ID でつなぎ、成績と Statcast の集計(ボール球スイング率やフレーミングなど)を付けたものを Kaggle に公開しています(ABS Challenges: Triple-A 2025 to MLB 2026)。この記事の数字は、公式戦が終わった後の最終版です。
2. MLB StatsAPI の試合データ(1 球ごと)
「どんな球にチャレンジしたか」を見るには 1 球ごとのデータが要ります。MLB StatsAPI の試合データ(feed/live、キー不要)には、チャレンジされた球に reviewDetails が付いているので、2026 年の公式戦の全試合から取り出しました(チャレンジがあったのは 2,402 試合)。
取り出すときに、はまりどころが 3 つありました。
- 球の
details.call.descriptionはチャレンジの後の判定です。元の判定は「どちらが申し立てたか」から出します(打つ側ならストライク、守る側ならボールへの異議) - 球に付いている
countはその球の後のカウントです。投げる前のカウントは、1 つ前の球から取ります -
チャレンジの結果で打席が終わったとき(三振・四球)は、
reviewDetailsが球ではなく打席の側に付きます。球の側だけを見ると、この分をまるごと取りこぼします
3 つ目は、最初に集めたときに気づかず、カウント別に集計したら「2 ストライクからの打者のチャレンジは 100% 成功」という、ありえない数字が出て気づきました。失敗すると三振になるチャレンジが、全部抜けていたためです。jq で両方の場所を拾うとこうなります(抜粋)。
.liveData.plays.allPlays[] as $p
| ($p.playEvents) as $ev
| (
# 打席が続いたとき:球の側に付く
( range(0; $ev | length) as $i | select($ev[$i].reviewDetails.reviewType == "MJ")
| {i: $i, rv: $ev[$i].reviewDetails} ),
# 打席が終わったとき:打席の側に付く。チャレンジされたのは打席の最後の球
( select($p.reviewDetails.reviewType == "MJ")
| ([range(0; $ev | length) | select($ev[.].isPitch == true)] | last) as $li
| {i: $li, rv: $p.reviewDetails} )
)
集めた件数は、Savant のリーダーボードの合計と突き合わせて確かめました。公式戦全体で 10,557 件と一致し、挑戦者別でも捕手 5,612 件(Savant 5,613)、打者 4,766 件(4,765)、投手 179 件(179)です。3 つ目の取りこぼしを直す前は、全体の 25% にあたる 2,661 件が抜けていました。
どのレベルでも、捕手のチャレンジが一番通る
MLB 2026 の公式戦では、捕手のチャレンジは 5,613 回のうち 58.6% が通りました。打者は 4,765 回で 48.9%、投手は 179 回で 39.7% です。3A でも順番は同じで、捕手と打者の差は 3A 2026 で 13 ポイントありました。
投手はほとんどチャレンジしません。守る側のチャレンジは、ほぼ捕手の仕事になっています。
3A の捕手は、2025 年の 53.7% から 2026 年は 57.9% に上がりました。打者は 2 年とも 45% で変わっていません。
なぜ捕手のチャレンジは通るのか
捕手が打者より 10 ポイントも多く通すのは、判定を見る目が良いからなのでしょうか。1 球ごとのデータで、チャレンジした球がどんな球だったかを見ました。
StatsAPI の座標から、ボールの表面がゾーンの境目からどれだけ離れているかを出し、次の 3 つに分けています。
- 判定が明らかに違って見える球:判定と反対側に 1 インチ以上離れている(ボール判定なのにゾーンに 1 インチ以上入っている、など)
- 境目から 1 インチ以内
- 判定どおりに見える球:判定と同じ側に 1 インチ以上離れている
このゾーンは自分で計算したもので、ABS の判定とは境目の近くでずれます(付録)。ただ、1 インチ以上離れた球は、捕手でも打者でも 98% 前後以上が「見えたとおり」に判定されていたので、両端の 2 つの区分はほぼ信用できます。
捕手のチャレンジは 38% が「判定が明らかに違って見える球」で、打者は 21% でした。逆に「判定どおりに見える球」は、捕手 16% に対して打者 36% です。
区分ごとの成功率をそのままにして、選ぶ球の配分だけを入れ替える計算もしてみました。打者が捕手と同じ配分で球を選んでいたとすると、打者の成功率は 67.4% になり、捕手の実際の 58.6% を上回ります。逆に捕手が打者と同じ配分なら 40.7% です。どちら向きに計算しても、配分の違いだけで、実際の捕手と打者の差(10 ポイント)より大きな差がつきます。捕手の成功率の高さの大部分は、判定が明らかに違って見える球を多く選んでいることから来ていると言えそうです。捕手はミットで球を受けていて、球の位置を一番近くで見ているので、そういう球を選びやすいのかもしれません。
一方、境目から 1 インチ以内の難しい球では、打者の 64% に対して捕手は 46% しか通していません。ただ、この区分は自前のゾーンのずれの影響を一番受けるところなので(付録)、難しい球を見分ける力が打者のほうが上だとまでは言えません。
では、打者はなぜ判定どおりに見える球にも異議を申し立てるのか。チャレンジした場面を見ました。
チャレンジした球の前のストライク数で分けると、打者は 0 ストライクで 59% 通していたのが、2 ストライクでは 40% まで下がります。捕手は 61%、62%、53% で、それほど変わりません。
2 ストライクからのストライク判定は、そのままなら見逃し三振です。打者のチャレンジの 34% はこの場面(前の図の 2 ストライクと同じ 1,619 回)で、通ったのは 40% でした。それ以外のストライク判定への異議(53%)より 13.5 ポイント低い値です。
見逃し三振への異議のうち 45% は、判定どおりに見える球でした(それ以外のストライク判定への異議では 32%)。三振になるかどうかの場面では、見込みの薄い球への異議が多くなっています。
試合の終盤でも、9 回以降は捕手も打者も成功率が下がりました。捕手のチャレンジのうち判定どおりに見える球の割合は、1〜6 回の 13% から 9 回以降は 28% に増えています。
理由はこのデータだけでは分かりません。権利は試合が終われば無くなるので「残っているなら使ってしまおう」という使い方が増えるのかもしれませんし、終盤は 1 点の重みが大きい場面が多いので、見込みが薄くても申し立てる価値がある、ということなのかもしれません。
同じ捕手でも、通す割合は 47% から 81% まで開く
MLB 2026 で 60 回以上チャレンジした捕手 44 人を並べました。一番通したのは J.T. Realmuto で、86 回中 70 回(81%)です。一番低かったのは Francisco Alvarez の 90 回中 42 回(47%)でした。
Savant は、選手ごとに「平均的な選手がその選手と同じ機会を与えられたら、何回チャレンジして何回通すか」という期待値を出しています。Realmuto の期待チャレンジ数は 138 回で、実際は 86 回でした。平均的な捕手より 4 割少なくしか挑んでいません。そのぶん、通りそうな球に絞っていたのかもしれません。Alvarez は期待の 81 回に対して 90 回で、平均より少し多く挑んでいました。2 番目に高い Salvador Perez(65 回中 46 回・71%)は、期待どおりの 65 回挑んでいます。
1 人 60〜90 回だと、偶然のぶれも小さくありません。捕手全体の成功率 58.6% を使って二項分布で計算すると、86 回で 70 回以上通る確率は 10 万分の 1 未満で、44 人の中に 1 人いる確率に直しても 0.03% です。Realmuto は偶然では説明しにくいところにいます。一方、90 回で 42 回以下になる確率は 1.5% で、44 人の中にそういう人が 1 人以上いる確率に直すと 49% です。Alvarez の低さは、偶然でも十分に起こりうる範囲です。
44 人全体で見ても、期待より少なく挑む捕手ほど成功率が高い傾向はありますが(順位相関 −0.26、p = 0.09)、はっきりしたものではありませんでした。
ボール球を振らない打者ほど、チャレンジが通る
MLB 2026 で Statcast 上 100 打席以上の打者 465 人を、ボール球スイング率(ゾーンの外の球を振った割合)で 3 等分しました。振らないほうから 51.3%、48.0%、45.7% と、チャレンジが通る割合が下がります。10 回以上チャレンジした 182 人で見ても、ボール球スイング率との順位相関は −0.20(p = 0.008)でした。
では、選球眼のいい打者は判定を見る目が良いのでしょうか。捕手のときと同じように、チャレンジした球を 3 つに分けてみました(3 グループの打者のチャレンジ 4,603 回)。
- 判定どおりに見える球への異議は、振らないグループ 33%、真ん中 37%、よく振るグループ 39%
- 判定が明らかに違って見える球への異議は、22%、21%、19%
- それぞれの区分の中での成功率は、3 つのグループでほぼ同じ(境目から 1 インチ以内の球は 3 グループとも 63〜64%)
つまり、ボール球を振らない打者は、判定どおりに見える球への異議が少なく、明らかに違って見える球への異議がやや多い、というのが差の中身でした。境目の近くの難しい球を見分ける力に、はっきりした差は見えません。
チャレンジする回数とボール球スイング率は、ほぼ無関係でした(順位相関 −0.04、465 人)。
名前を挙げると、ボール球スイング率が一番低い Taylor Ward(15%)は 15 回中 8 回(53%)、一番高い Ceddanne Rafaela(45%)は 24 回中 6 回(25%)でした。
ストライクに見せる技術と、判定を覆す判断は別もの
捕手には、ボール球をストライクに見せる「フレーミング」という技術があります。Savant の公式のフレーミング指標は MLB にしかないので、Statcast の 1 球ごとのデータから「見逃されたゾーン外の球がストライクと判定された割合」を捕手ごとに出しました。これなら 3A でも計算できます。
左の図のとおり、MLB 2026 ではこの値と公式のフレーミングの順位相関が 0.83(捕手 56 人)で、代わりとして十分使えそうです(3A には公式の指標がないので、3A で同じくらい合うかは確かめられません)。
ところが、この値とチャレンジの上手さ(Savant の期待値との差。付録)は、右の図のとおりほぼ無関係でした(MLB 2026 で 0.03、3A 2026 で 0.08、3A 2025 で 0.14。どれも有意ではありません)。ボール球をストライクに見せる技術と、判定が間違っていると見抜いて申し立てる判断は、別のもののようです。
3A から持ち込まれるのは、挑む回数の癖
同じ選手の 3A 2025 と MLB 2026 を比べました(両方で 5 回以上チャレンジした打者 63 人・捕手 51 人)。
- どれだけ頻繁にチャレンジするかは、はっきり持ち越されます(順位相関 打者 0.37・捕手 0.45)
- 成功率も、打者では持ち越されます(0.32、p = 0.01)。捕手は 0.24(p = 0.10)です
- ところが、Savant の期待値との差(平均的な選手が同じ機会に挑んだ場合と比べた差し引き)になると、打者 0.05・捕手 0.21 で、どちらもはっきりしません
打者のボール球スイング率そのものは 0.68 と強く持ち越されます。前の節で見たとおり、ボール球を振らない打者は判定どおりに見える球にあまり異議を申し立てないので、成功率の持ち越しもそこから来ている可能性があります(ここは確かめていません)。例として Gary Sánchez は、3A 2025 のチャレンジ率が 16%(7 回)、MLB 2026 でも 16%(37 回)でした。
年齢の差ははっきりしない
MLB 2026 の打者を年齢で 4 つに分けると、34 歳以上の成功率が 54.2% と高めでした。ただ、34 人・334 回と少なく、区間(48.8〜59.5%)はほかの年代と重なります。Savant の期待値との差(1 人あたり)も、25 歳以下 −0.23、26〜29 歳 +0.29、30〜33 歳 −0.30、34 歳以上 +0.73 と並びがばらばらで、年齢で差があるとは言えません。
まとめ
今回のデータでは、次のような結果になりました。
- MLB でも 3A でも、捕手のチャレンジが一番通る(MLB 2026 で 58.6%、打者は 48.9%)
- その差の大部分は、捕手が「判定が明らかに違って見える球」を多く選んでいることから来ていそう(38% 対 21%)。打者は 2 ストライク、特に見逃し三振の場面で、判定どおりに見える球への異議が多い
- 試合の終盤ほど、判定どおりに見える球へのチャレンジが増えて、成功率が下がる
- 捕手の中でも差は大きく、Realmuto は平均より 4 割少なく挑み、86 回中 70 回を通した
- ボール球を振らない打者ほど通るが、差の中身は「判定どおりに見える球への異議が少なく、明らかに違って見える球への異議がやや多い」こと
- フレーミングの上手さと、チャレンジの上手さは別もの
- 3A から MLB へ持ち越されるのは「どれだけ挑むか」の癖で、「どれだけ上手いか」ははっきりしない
付録
用語
- 期待値(Savant):平均的な選手がその選手と同じ機会を与えられたら、何回チャレンジして何回通すか(
exp_chalとexp_chal_gained)。本人がチャレンジした球だけについて計算した値ではありません。この記事の「期待値との差」は、Savant の値から作ったoverturns_vs_exp(覆した数と失敗の数をそれぞれ期待と比べた差し引きから、相手が自分の側に対してしたチャレンジの同じ値を引いたもの)で、挑む回数の多さと成功の両方が入ります - チャレンジ率:チャレンジした回数 ÷ Savant が数えたその選手の機会の数(
n_total_sample) - ボール球スイング率:ゾーンの外の球のうち、スイングした割合(Statcast)
- 順位相関:Spearman の順位相関係数
注意点
- すべて相関で、因果を示すものではありません
- 1 球ごとの節の「ゾーンからの距離」は、StatsAPI の座標(ホームベースの前の端で測った位置)と、StatsAPI に載っているゾーンの上下から自分で計算したものです。ゾーンの上下は 2026 年は打者ごとに一定の値でしたが、ABS はホームベースの中央で判定するので、境目の近くでは実際の判定とずれます。実際、自分のゾーンで境目から 1 インチ以内の球は、打者の異議の 64%・捕手の異議の 46% が覆っていて、捕手に不利な向きにずれている可能性があります。1 インチ以上離れた球では、見えたとおりの判定が 97.9〜99.7% でした
- 選手ごとの成功率は回数が少ないと大きくぶれます。名前を挙げた選手の数字も、1 シーズン分の結果です
データと再現
- データセット:https://www.kaggle.com/datasets/yasunorim/mlb-abs-challenges-aaa-2025-to-mlb-2026 (DOI: 10.34740/kaggle/dsv/20077454)
- 分析ノートブック:ABS Challenges: Who Wins Them, AAA to MLB
- 作成コード:https://github.com/yasumorishima/kaggle-datasets (
abs-challenges-dataset/) - 出典:Baseball Savant / MLB StatsAPI(MLB Advanced Media)








