はじめに
菊池雄星投手は、2019年のMLB移籍以降、マリナーズ→ブルージェイズ→アストロズ→エンジェルスと4チームを渡り歩いてきました。日本時代はフォーシームとスライダーの2球種が主体でしたが、MLB7年目の2025年にはスライダーがフォーシームを超えて最多投球球種になるなど、投球スタイルが大きく変化しています。
この記事では、Statcast(MLBが全球場に導入している高精度トラッキングシステム)の投球データを使い、菊池投手の7年間の球種変遷を追います。特に2024年7月のアストロズ移籍を境に起きた「スライダー革命」に焦点を当てます。あくまでデータから読み取れる傾向の紹介であり、投手本人の意図や方針について断定するものではありません。
分析に使用したGoogle Colabノートブックは記事末尾のリンクから実行できます。
キャリア概要
| 期間 | チーム | 先発数 | 投球数 | 全球種平均球速 | 球種数 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2019 | SEA | 32 | 2,721 | 87.3 mph | 5 |
| 2020 | SEA | 9 | 795 | 91.4 mph | 4 |
| 2021 | SEA | 29 | 2,562 | 90.5 mph | 5 |
| 2022 | TOR | 32 | 1,844 | 91.1 mph | 6 |
| 2023 | TOR | 32 | 2,818 | 90.5 mph | 7 |
| 2024前半 | TOR | 22 | 1,955 | 90.7 mph | 4 |
| 2024後半 | HOU | 10 | 971 | 89.9 mph | 4 |
| 2025 | LAA | 33 | 3,109 | 88.5 mph | 6 |
2025年は33先発・3,109球とキャリア最多の投球数を記録しています。
「全球種平均球速」はフォーシーム・スライダー・チェンジアップなど全球種を含む平均です。球種構成によって変わるため、フォーシーム単体の球速変化は後述のセクションで確認します。
球種配分の変遷:3つのフェーズ
菊池投手の7年間の球種変遷は大きく3つのフェーズに分けられます。
フェーズ1: カッター時代(2019-2021、マリナーズ)
| 球種 | 2019 | 2020 | 2021 |
|---|---|---|---|
| FF(フォーシーム) | 48.9% | 37.7% | 35.8% |
| FC(カッター) | 0.0% | 40.0% | 32.9% |
| SL(スライダー) | 28.0% | 16.0% | 20.2% |
| CU(カーブ) | 15.4% | 0.0% | 0.4% |
| CH(チェンジアップ) | 7.6% | 6.3% | 10.7% |
2020年にカッター(FC)が突如40%を占めるようになり、2021年も32.9%と主要球種でした。フォーシームとカッターの二本柱が特徴です。
カッター(FC): フォーシームに近い球速でわずかに横に変化する球種。打者の手元で動くため芯を外しやすい球です。
フェーズ2: フォーシーム主体(2022-2024前半、ブルージェイズ)
| 球種 | 2022 | 2023 | 2024-TOR |
|---|---|---|---|
| FF | 50.5% | 45.2% | 49.6% |
| SL | 30.3% | 26.3% | 17.4% |
| CU | 0.3% | 18.9% | 22.1% |
| CH | 13.4% | 9.1% | 10.9% |
| FC | 5.4% | 0.0% | 0.0% |
ブルージェイズ移籍でカッターはほぼ廃止。フォーシーム約50%を軸に、2023年からカーブが復活して4球種バランス型へ。2024年前半にはスライダーが17.4%まで低下し、フォーシーム依存度が高まっていました。
フェーズ3: スライダー革命(2024後半-2025、アストロズ→エンジェルス)
| 球種 | 2024-TOR | 2024-HOU | 2025 |
|---|---|---|---|
| FF | 49.6% | 41.8% | 34.9% |
| SL | 17.4% | 37.2% | 36.2% |
| CU | 22.1% | 9.4% | 15.4% |
| CH | 10.9% | 11.6% | 12.1% |
2024年7月のアストロズ移籍後、スライダーが17.4%→37.2%(+19.8ポイント)と倍増。2025年エンジェルスではスライダー36.2%がフォーシーム34.9%を上回り、キャリアで初めてスライダーが最多投球球種になっています。
スライダーの詳細分析
スライダーの使用率だけでなく、質の変化も見てみます。
| 期間 | 使用率 | 平均球速 | 回転数 | 空振り率 | 被xBA |
|---|---|---|---|---|---|
| 2022 | 30.3% | 86.6 mph | 2,355 rpm | 31.0% | .366 |
| 2023 | 26.3% | 88.7 mph | 2,427 rpm | 28.0% | .361 |
| 2024-TOR | 17.4% | 89.0 mph | 2,412 rpm | 27.8% | .343 |
| 2024-HOU | 37.2% | 87.5 mph | 2,380 rpm | 28.1% | .346 |
| 2025 | 36.2% | 87.0 mph | 2,295 rpm | 23.1% | .344 |
空振り率(Whiff Rate) = 空振り数 / スイング総数。打者がバットを振ったうち、どれだけ空振りしたかの割合です。被xBA(Expected Batting Average)は打球速度と角度から算出する予測打率で、低いほど打者が良い打球を打てていないことを意味します。
空振り率は2025年に23.1%とやや低下していますが、被xBAは.343-.346と安定しており、打たせて取る球種として機能しているようにも見えます。使用率が倍増しても被打球の質が悪化していないのは注目に値します。
左打者へのスライダー52%
菊池投手は左投げのため、同じ左打者にはスライダーが逃げていく軌道になります。通常、左投手は対左打者にスライダーを多用するケースは少ないですが、2025年の配球は興味深いパターンを示しています。
2025年の対左打者配球:
| 球種 | 使用率 | 空振り率 |
|---|---|---|
| SL | 52.4% | 23.6% |
| FF | 32.7% | 19.8% |
| CU | 10.5% | 34.3% |
| SI | 4.4% | 20.0% |
対左打者への投球の半分以上がスライダーです。チェンジアップは使わず、スライダー+フォーシーム+カーブのシンプルな3球種構成になっています。
一方、対右打者にはFF 35.7%、SL 32.6%、CU 16.6%、CH 14.7%とバランスの取れた4球種を使い分けています。
フォーシーム球速の推移
フォーシーム(FF)の球速推移を見ます。
| 期間 | 平均球速 | 回転数 |
|---|---|---|
| 2019 | 92.5 mph | 2,096 rpm |
| 2020 | 95.0 mph | 2,172 rpm |
| 2021 | 95.1 mph | 2,214 rpm |
| 2022 | 94.9 mph | 2,271 rpm |
| 2023 | 95.1 mph | 2,339 rpm |
| 2024-TOR | 95.6 mph | 2,276 rpm |
| 2024-HOU | 95.2 mph | 2,322 rpm |
| 2025 | 94.8 mph | 2,185 rpm |
2019年の92.5mphから2020年に95.0mphへ大幅に上昇し、その後は94.8-95.6mphの範囲で安定しています。2025年の94.8mphはキャリア平均の範囲内です。
イニング別の球速変化
2025年にキャリア最多の33先発を達成した菊池投手ですが、イニングが進むにつれた球速低下はどの程度でしょうか。
| イニング | 2023 | 2024-TOR | 2024-HOU | 2025 |
|---|---|---|---|---|
| 1回 | 95.0 | 95.9 | 95.3 | 95.2 |
| 3回 | 95.2 | 95.9 | 95.2 | 95.1 |
| 5回 | 95.0 | 95.3 | 95.2 | 94.5 |
| 7回 | 95.1 | 95.1 | 94.5 | 94.3 |
2025年は1回(95.2)→7回(94.3)で**-0.9mph**の低下。大きな落ち込みではなく、7イニングまで安定して投げ続けるスタミナを示しています。
被打球品質の改善傾向
打たれた時の打球品質を期間別に見ます。
| 期間 | xwOBA | Hard Hit% | 平均Exit Velo |
|---|---|---|---|
| 2019 | .384 | 28.7% | 84.5 mph |
| 2021 | .419 | 28.4% | 84.3 mph |
| 2022 | .456 | 26.9% | 83.6 mph |
| 2023 | .400 | 25.9% | 83.5 mph |
| 2024-HOU | .382 | 25.3% | 82.1 mph |
| 2025 | .385 | 25.1% | 83.5 mph |
- xwOBA(Expected Weighted On-Base Average): 打球速度と打球角度から「統計的にどれくらいヒットになりやすいか」を算出する指標。投手の被xwOBAは低いほど良い。.320前後がMLB平均的な水準
- Hard Hit%: 打球速度95mph以上の強い打球の割合。低いほど投手有利
2022年のxwOBA .456から2025年の.385へと着実に改善しています。Hard Hit%も28.7%(2019)→25.1%(2025)と低下傾向にあり、強い打球を打たせない投球が年々できるようになっている可能性を示唆しています。
特にアストロズ時代(2024-HOU)のxwOBA .382、Hard Hit% 25.3%は好数値で、移籍が投球改善のきっかけになったことがデータからも読み取れます。
空振り率は低下傾向
一方で、全球種の空振り率には課題も見えます。
| 球種 | 2023 | 2024-TOR | 2024-HOU | 2025 |
|---|---|---|---|---|
| FF | 23.1% | 24.0% | 26.5% | 18.0% |
| SL | 28.0% | 27.8% | 28.1% | 23.1% |
| CH | 18.1% | 29.7% | 41.9% | 24.6% |
| CU | 28.0% | 26.3% | 25.0% | 23.8% |
2025年はFF(18.0%)、SL(23.1%)ともに空振り率が低下しています。一方、アストロズ時代にはチェンジアップの空振り率が41.9%と驚異的な数値を記録していましたが、2025年には24.6%に落ち着いています。
全体として「三振よりもゴロや弱い打球で打ち取るスタイル」へシフトしている傾向が見えます。被打球品質が改善していることを考えると、意図的な変化の可能性もあります。
2ストライクからの決め球
追い込んだ後の配球にも変化が見られます。
| 期間 | FF | SL | CU | CH | 最高空振り率球種 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2023 | 39.6% | 36.8% | 15.3% | 7.5% | CU 31.0% |
| 2024-TOR | 39.7% | 25.6% | 19.1% | 15.7% | CH 39.5% |
| 2024-HOU | 42.9% | 36.6% | 9.5% | 11.0% | CH 44.4% |
| 2025 | 36.7% | 30.8% | 14.7% | 16.7% | SL 27.2% |
アストロズ時代の2ストライクからのチェンジアップ空振り率44.4%は際立っています。2025年はフォーシームの比率が下がり、4球種をより均等に使う傾向に変わっています。
打順周り別のパフォーマンス
打順周り(Time Through Order: TTO) = 1試合の中で同じ打者と何回目の対戦かを表します。「1巡目」は初対戦、「3巡目+」は3回目以降。一般的に、打者は対戦を重ねるほど球筋に慣れるため、投手は後半ほど不利になる傾向があります。
| 打順周り | 2023 | 2024-HOU | 2025 |
|---|---|---|---|
| 1巡目 空振り率 | 26.0% | 25.8% | 20.9% |
| 2巡目 空振り率 | 26.0% | 31.9% | 23.0% |
| 3巡目+ 空振り率 | 22.0% | 26.8% | 20.5% |
| 打順周り | 2023 xwOBA | 2024-HOU xwOBA | 2025 xwOBA |
|---|---|---|---|
| 1巡目 | .416 | .393 | .405 |
| 2巡目 | .385 | .367 | .363 |
| 3巡目+ | .399 | .386 | .386 |
2025年の3巡目xwOBA .386は2巡目(.363)より悪化していますが、2023年(.399)と比べると改善しています。アストロズ移籍後の「スライダー革命」が3巡目の耐性向上に寄与している可能性があります。複数球種を使い分けることで、打者の2巡目・3巡目のアジャストを難しくしていると考えられます。
まとめ
菊池投手の2019-2025年のStatcastデータには、以下のような傾向が見られました。
- 3つのフェーズ: カッター時代(2019-21)→フォーシーム主体(2022-24前半)→スライダー主軸(2024後半-25)
- スライダー革命: アストロズ移籍後にSL使用率が17.4%→37.2%に倍増。2025年にはFFを超えて最多球種に(36.2% > 34.9%)
- 被打球品質の改善: xwOBA .456(2022)→.385(2025)、Hard Hit% 28.7%(2019)→25.1%(2025)
- 空振り率は低下: FF 23.1%→18.0%、SL 28.0%→23.1%(2025)。三振よりも弱い打球で打ち取るスタイルへの変化を示唆
- 対左打者にSL 52%: 左投手としては大胆な配球パターン
- 33先発の耐久力: 7回まで球速低下-0.9mphと安定
菊池投手のキャリアは「同じ投手が球種構成を変えることでパフォーマンスを変えられる」ことを示す興味深い事例に見えます。4チームを経験する中で、各チームの投手コーチやデータ部門からの影響を受けながら進化を続けてきたことがデータに表れています。
注意: 2020年(9試合・795球)と2024-HOU(10試合・971球)はサンプルサイズが限られています。特に球種別・状況別の数値にはブレが含まれる可能性があります。
Google Colabで分析を再現する
この記事の分析は以下のノートブックで再現できます。PITCHER_IDを変えれば他の投手にも応用可能です。