はじめに
メッツの千賀滉大投手は、日本時代から「お化けフォーク」と呼ばれる落差の大きいフォークボールを武器にしてきました。2023年のルーキーイヤーでは空振り率58%を記録し、MLB打者にも通用することを証明しています。
しかし、2025年6月12日のナショナルズ戦でハムストリングを負傷。約1ヶ月のIL(故障者リスト)入りを経て7月に復帰しましたが、復帰後は成績が大きく悪化しました。
この記事では、Statcast(MLBが全球場に導入している高精度トラッキングシステム)の投球データを「2023年」「2024年(故障で1試合のみ)」「2025年前半(好調)」「2025年後半(復帰後)」の4期間に分け、お化けフォークに何が起きたのかをデータで見ていきます。あくまでデータから読み取れる傾向の紹介であり、投手本人の意図や状態について断定するものではありません。
分析に使用したGoogle Colabノートブックは記事末尾のリンクから実行できます。
4期間の概要
| 期間 | 登板 | 投球数 | FF(フォーシーム)平均球速 | 球種数 |
|---|---|---|---|---|
| 2023(ルーキー) | 29試合 | 2,803球 | 95.7 mph | 6種 |
| 2024(故障年) | 1試合 | 73球 | 95.8 mph | 6種 |
| 2025前半(〜6/12負傷前) | 13試合 | 1,180球 | 94.7 mph | 8種 |
| 2025後半(7/11復帰後) | 9試合 | 728球 | 94.7 mph | 8種 |
2024年は肩の故障で1試合(73球)しか投げられていません。2025年前半のERA(防御率)は1.47と好調でしたが、6/12のハムストリング(太もも裏の筋肉)負傷を境に状況が変わっています。
フォーシームの球速は2023年の95.7mphから2025年の94.7mphへ約1mph低下しています。
Statcastでは千賀のフォークボールは FO(Forkball) に分類されています。一般的なスプリッター(FS)とは別分類です。
お化けフォークの空振り率が低下している
千賀の代名詞であるフォーク(FO)の空振り率の推移です。
空振り率(Whiff Rate) = 空振り数 / スイング総数。打者がバットを振ったうち、どれだけ空振りしたかの割合です。高いほど打者にとって打ちにくい球であることを意味します。MLB平均は球種にもよりますが、おおむね25%前後です。
| 期間 | 空振り率 | 投球数 | 2ストライク時空振り率 |
|---|---|---|---|
| 2023 | 58.2% | 664球 | 52.9% |
| 2025前半 | 39.9% | 337球 | 35.3% |
| 2025後半 | 39.4% | 203球 | 34.6% |
2023年の58.2%から2025年には約40%へと大きく低下しています。注目すべきは、この低下が故障前の2025年前半から既に始まっていることです。復帰後の2025年後半(39.4%)と前半(39.9%)の差はわずか0.5ポイントにとどまっています。
2ストライクからの決め球としての信頼度も低下しており、2023年の52.9%から2025年には34-35%に下がっています。
ゾーン分析:チェイスゾーンでの空振り率
お化けフォークの効果が発揮される場面をゾーンで分けてみます。
| 期間 | Chase配球率 | Chase空振り率 | ゾーン内空振り率 |
|---|---|---|---|
| 2023 | 77.4% | 72.8% | 33.6% |
| 2025前半 | 71.8% | 58.6% | 11.7% |
| 2025後半 | 73.9% | 55.6% | 11.1% |
チェイスゾーンはストライクゾーンの外側(ボール球)のエリアです。フォークボールは「ストライクに見えてボールになる」ことで空振りを取る球種であり、チェイスゾーンでの空振り率が生命線です。
2023年はフォークの77%をチェイスゾーンに投げ、そのうち73%を空振りさせていました。2025年にはチェイスゾーンへの空振り率が55-59%に低下しています。
ストライクゾーン内に入った場合の空振り率も33.6%→11%台に低下しており、ゾーン内外を問わずフォークに対するバットコンタクトが増えていることが読み取れます。
3巡目問題:試合後半に効かなくなる
打順周り(Time Through Order: TTO) = 1試合の中で同じ打者と何回目の対戦かを表します。「1巡目」は初対戦、「2巡目」は2回目、「3巡目+」は3回目以降です。一般的に、打者は同じ投手と対戦を重ねるほど球筋に慣れるため、投手は後半ほど不利になる傾向があります。
打順周り別にフォークの空振り率を見ると、興味深い傾向が浮かびます。
| 打順周り | 2023 | 2025前半 | 2025後半 |
|---|---|---|---|
| 1巡目 | 62.1% | 46.6% | 38.9% |
| 2巡目 | 55.3% | 41.9% | 45.7% |
| 3巡目+ | 57.1% | 28.6% | 32.1% |
2023年は3巡目でも57.1%の空振り率を維持しており、試合後半にも武器として機能していました。
しかし2025年には3巡目の空振り率が28-32%まで低下しています。1巡目は見逃しても、2巡目・3巡目でアジャストしてくる打者が増えていることを示唆しています。
変化量は増えている:量ではなく質の問題
意外なことに、フォークの変化量自体は年々増加しています。
変化量はボールが「重力以外の力でどれだけ曲がったか」をインチ(in)で表した数値です。水平変化のマイナスは右投手にとってグラブ側(右打者から逃げる方向)への動き、縦変化の数値が小さいほどボールが「落ちる」ことを意味します。
| 期間 | 水平変化 | 縦変化 | 球速 | 回転数 |
|---|---|---|---|---|
| 2023 | -7.2 in | 1.9 in | 83.2 mph | 1,118 rpm |
| 2025前半 | -9.5 in | 0.7 in | 82.7 mph | 1,148 rpm |
| 2025後半 | -10.7 in | 0.7 in | 82.2 mph | 1,269 rpm |
水平方向の変化量は-7.2インチ→-10.7インチと大きくなり、縦方向の変化も1.9→0.7インチとより落ちるようになっています。「より大きく動くフォーク」になっているにもかかわらず空振り率は低下しているのです。
これは変化の「量」ではなく「質」の問題である可能性を示唆しています。変化量が予測可能であれば、たとえ大きく動いても打者はアジャストできます。あるいは、リリースまでの軌道やタイミングに変化が表れている可能性もあります。
FF-FOトンネル効果は維持されている
トンネル効果とは、異なる球種が投手の手を離れる瞬間(リリースポイント)で同じ位置・角度に見えることで、打者が球種を判別しにくくなる現象です。フォーシーム(速球)とフォーク(落ちる球)のリリースポイントが近いほど、打者は「速球が来た」と思って振り出してから落差に対応できなくなります。
お化けフォークが効く理由のひとつは、フォーシーム(FF)と同じリリースポイントから投じられることです。この効果がまだ機能しているかを確認してみます。
| 期間 | X方向の差 | Z方向の差 | FF-FO球速差 |
|---|---|---|---|
| 2023 | 0.05 in | 0.02 in | 12.5 mph |
| 2025前半 | 0.03 in | 0.02 in | 12.0 mph |
| 2025後半 | 0.02 in | 0.05 in | 12.5 mph |
リリースポイントの差は全期間を通じて0.02-0.05インチと極めて小さく、トンネル効果は維持されています。球速差も12-12.5mphとほぼ一定です。
つまり、フォークの空振り率低下は「FFとFOが見分けられるようになった」ことが原因ではなさそうです。リリースポイントの問題ではなく、リリース後の軌道予測が打者側で進んだ可能性が考えられます。
故障後の球種配分変化
2025年前半と後半で球種配分がどう変わったかを見ます。
| 球種 | 2023 | 2025前半 | 2025後半 | 前半→後半の変化 |
|---|---|---|---|---|
| FF(フォーシーム) | 37.0% | 31.0% | 32.3% | +1.3% |
| FO(フォーク) | 23.8% | 28.7% | 27.9% | -0.8% |
| FC(カッター) | 25.0% | 20.6% | 19.8% | -0.8% |
| SL(スライダー) | 5.8% | 8.5% | 1.7% | -6.8% |
| ST(スウィーパー) | 5.9% | 4.4% | 8.9% | +4.5% |
| SI(シンカー) | 0.0% | 5.0% | 7.6% | +2.6% |
最も目立つ変化はスライダー(SL)の激減です。2025年前半は8.5%だった使用率が、復帰後は1.7%にまで低下しています。代わりにスウィーパー(ST)が4.4%→8.9%と倍増し、シンカー(SI)も5.0%→7.6%に増加しています。
- スライダー(SL): 横に鋭く曲がる変化球。手首のスナップで回転をかける
- スウィーパー(ST): スライダーの一種だが、より大きく横に曲がる。近年MLBで流行している球種
- シンカー(SI): 打者の手元で沈む速球系の球種。ゴロを打たせるのに有効
SLは腕の操作で鋭く曲げる球種であり、ハムストリングの負傷が下半身の安定性に影響し、投げにくくなった可能性があります。STやSIといった、より体の動き全体で投げる球種に切り替えているようにも見えます。
ただし球種分類はStatcastの自動分類であり、実際の握りや投球意図とは異なる場合があります。SL→STへのシフトが意図的なものかどうかは、データからは判断できません。
対右打者の優位性が消失
フォーク(FO)の左右別空振り率を見ると、対右打者に顕著な変化があります。
| 期間 | 対左 | 対右 |
|---|---|---|
| 2023 | 51.4% | 64.2% |
| 2025前半 | 38.6% | 41.8% |
| 2025後半 | 40.0% | 38.2% |
2023年は対右打者への空振り率が64.2%と対左(51.4%)を大きく上回っていました。右打者にとってフォークは逃げながら落ちるため、より打ちにくいはずです。
しかし2025年後半には対右が38.2%まで低下し、対左(40.0%)を下回っています。右打者がフォークにアジャストしていることがデータに表れています。
被打球の質
打たれた時の結果を被打球の指標で見ます。
- xwOBA(Expected Weighted On-Base Average): 打球速度と打球角度から「統計的にどれくらいヒットになりやすいか」を算出する指標。守備の影響を除いた打球の質を表します。投手の被xwOBAは低いほど良く、.320前後がMLB平均的な水準です
- Hard Hit%: 打球速度95mph(約153km/h)以上の強い打球の割合。低いほど投手が打ち取れている
- Exit Velo(打球速度): バットに当たった瞬間のボールの速度。高いほど強い打球
| 期間 | xwOBA | Hard Hit% | 平均Exit Velo |
|---|---|---|---|
| 2023 | .377 | 24.1% | 83.1 mph |
| 2025前半 | .323 | 25.2% | 83.3 mph |
| 2025後半 | .383 | 28.6% | 83.7 mph |
2025年前半のxwOBA .323は2023年(.377)よりも良い数値です。好調だったことがデータからも確認できます。
フォーク(FO)に限ると、被xBA(予測打率)は2023年の.307→2025前半の.252と低下しており、「空振りは減ったが当てられた時の被害は抑えていた」のが前半の特徴です。復帰後は全体のxwOBAが.383に悪化し、Hard Hit%も28.6%に上昇しています。
まとめ
千賀投手の2023-2025年のStatcastデータには、以下のような傾向が見られました。
- FO空振り率の大幅低下: 58.2%→39.4%。故障前の2025年前半から既に低下が始まっていた
- 3巡目問題の深刻化: 2023年は3巡目でも57%を維持→2025年は28-32%に低下
- 変化量増加なのに空振り減少: 水平変化-7.2in→-10.7inと増えているが、量ではなく質の問題の可能性
- FF-FOトンネル効果は維持: リリースポイント差0.02-0.05inと変わらず
- 故障後SL激減→ST・SI増加: ハムストリングの影響を示唆する球種変化
- 対右打者の優位性消失: FO空振り率が64.2%→38.2%に低下
故障復帰後の不振は「故障で突然悪くなった」というよりも、故障前から進行していた傾向が加速した構図に見えます。MLB打者のスカウティングによるフォークへの対応と、故障による投球スタイルの変化が重なった結果と考えられます。
注意: 2025年前半(13試合・1,180球)と後半(9試合・728球)はサンプルサイズが限られています。特に球種別・左右別・打順周り別の数値はブレが大きい可能性があります。2024年は1試合73球のみのため、参考値として扱ってください。
Google Colabで分析を再現する
この記事の分析は以下のノートブックで再現できます。PITCHER_IDを変えれば他の投手にも応用可能です。