大規模災害では、停電や通信障害で携帯電話網やインターネットが使えなくなることがあります。そのとき必要なのは、家族への連絡だけではありません。
- 避難所はどこか
- どこで給水を受けられるか
- 通行できる道はどこか
- 支援物資や炊き出しはどこか
- 危険箇所はどこか
といった地域の状況を、みんなで見られる形で残すことです。
この記事では、Raspberry Pi 5で作る避難所内の小さな通信網「箱舟プロジェクト(TinyBox)」と、Delta Chatの中で動く共有地図ミニアプリ「ちゃっとピンマップ(v2.4.16)」を組み合わせた、通信遮断環境での情報共有の自衛案を紹介します。
本記事は災害対策技術の実験・研究として書いたものです。実際の運用は、各自治体や専門家の指導のもとでご検討ください。「できること」だけでなく「できないこと」も後半にまとめています。
1. 通信が止まると何が困るのか
- LINEや地図アプリは、インターネットにつながらないと使えない
- 口頭や貼り紙は更新が遅れ、広い避難所では全員に届かない
- 「給水は終わった」「あの道は崩れた」といった状況の変化が共有されない
必要なのは、インターネットがなくても動く小さな通信網と、その上で使える共有の地図の2つです。
2. 箱舟プロジェクトとは
箱舟プロジェクトは、インターネットや携帯電話網に依存せず、地域コミュニティが自律的に情報共有できる環境を目指す取り組みです。基地局の停止、回線の混雑、停電、インターネット障害が起きても、最低限の機能を残す設計思想です。
| 部品 | 役割 |
|---|---|
| TinyBox | Raspberry Pi 5が避難所内だけの通信基地になる。E-Postメールサーバーを搭載し、Wi-Fiアクセスポイントとして動作する。メッシュWi-Fi(BATMAN-adv)で複数台を中継できる |
| Delta Chat | メール方式のチャットアプリ。TinyBoxのサーバーにつなげば、インターネットなしでグループチャットができる |
| ちゃっとピンマップ | チャットに.xdcファイルとして送るだけで動く共有地図(Webxdcミニアプリ) |
設置場所としては、避難所、公民館、自治会館、防災倉庫、災害対策本部などを想定しています。元記事の設計値では、消費電力は3〜8W程度、ポータブル電源で3日以上の稼働を想定、費用は数千円〜数万円規模です(実測値ではありません)。構築手順は元記事を参照してください。
3. Delta ChatとWebxdc
Webxdcは、チャットにファイルとして送るだけで、グループ内で動かせるミニアプリの形式です。サーバーもアカウント登録も要りません。仕組みとしては、地図、アンケート、掲示板などさまざまなアプリをチャットの上で共同利用できます。現時点でこのプロジェクトが提供しているのは地図アプリ(ちゃっとピンマップ)で、ほかのアプリはWebxdc ストアとして順次公開しています。
Delta Chat自体は事前にインストールが必要で、TinyBoxのメールアカウントも設定しておく必要があります。 被災後はアプリストアも使えないため、家族・地域で平時に準備しておく前提の運用です。
4. ちゃっとピンマップとは
写真や画像の地図に、ピンと手描きルートを書き込んでグループで共有するアプリです。チャットに送ったchatto_pinmap-2.4.16.xdcを全員が開けば、同じ地図を見られます。
実機の動作
Android(左)とiPhone(右)で、同じグループの同じ地図(防災用途)を開いたところです。どちらにも「メンバーの位置(手動)」のピンが表示されています。
[AndroidとiPhoneで同じ地図を表示している様子]

操作デモ(地図画像の登録 → ルートの登録 → 地図上での確認)

基本の使い方
- 地図を用意する:紙の地図の写真か、ダウンロードした画像を登録します(元画像30MiB以下。登録時に長辺1600px・約180KB以下へ自動圧縮)。
-
グループに送る:Delta Chatのグループに
.xdcを送り、全員が同じメッセージのアプリを開きます。 - ピンやルートを登録する:「給水」「避難所」「崩落」などの種類を選び、地図をタップしてメモを添えます。
防災向けの機能
| 機能 | できること |
|---|---|
| 用途テンプレート | 防災・避難所・医療・危険箇所・イベントなどから選べる(避難所、給水、AED、浸水、崩落、救護所など) |
| 確認日時と状態 | 「未確認/確認済/対応中/解消・終了」と確認した日時を残せる |
| ルート描画 | 避難の参考経路などを手描きの線で共有できる(1本2〜300点) |
| 検索・絞り込み | 種類、状態、「24時間以内に確認」などで表示を絞れる |
| カスタム項目 | 自由な名前と色の項目を追加できる(混雑状況や受入状況をピンとメモで表すこともできる) |
| メンバーの位置(手動) | 地図上で自分の居場所を選んで登録できる |
| GPS位置の添付(任意) | ピンに端末の位置・精度・取得日時を添えられる(後述の注意あり) |
| 書き出し | 画像(JPEG/PNG)とJSONバックアップを書き出せる |
5. 情報の信頼性を高める:権限と承認(2.4.16)
災害時は誤情報対策も重要です。誰でも自由に書き込めると、誤情報や悪ふざけで現場が混乱します。2.4.16では、代表管理者が登録内容を確認してから共有する仕組みを使えます。
3つの役割
| 役割 | できること |
|---|---|
| 一般参加者 | 新規登録のみ。既存情報の編集・移動・削除はできない |
| 書き換え権限者 | 管理者が端末ごとに付与する。編集・移動・削除ができる |
| 代表管理者 | 確認待ちの承認・却下、権限の付与・取り消し、設定変更ができる |
「閲覧専用」の役割はありません。チャットの参加者なら誰でも地図は見えます。
承認の流れ
- 最初に信頼できる人が、自分の端末で代表管理者に設定する
- 設定後は、一般参加者の登録・変更は**「確認待ち」**になる
- 管理者は、登録内容の全文と、地図上の仮表示(ピンやルート)を見て、「確認して共有」または「却下」を選ぶ
- 承認されたものだけが全員に共有される
管理者が設定される前は、新規登録がすぐ共有されます。自治体職員や防災担当者が代表管理者を担い、自主防災組織や住民からの報告を確認する、といった運用が考えられます。
なりすまし対策
参加者は初回に、管理者本人から教わった**12文字の確認コード(またはQR)**で「この人が管理者だ」と確認します。QRにパスワードや秘密鍵は含まれません。知らない管理者候補は拒否できます。管理者の設定情報は署名つきで共有されます。
運用で必ず守ってほしいこと
-
初期パスワードは
secretです。 設定後に必ず変更してください(8文字以上)。切替ボタンのタップ回数は、安全な認証の代わりにはなりません。 - 管理者は最初に設定した端末だけです。 管理者未設定の間は、どの端末でも初期パスワードで管理者になれてしまいます。グループ作成の直後に信頼できる人が設定し、確認コードをその場で口頭で配ってください。
- 管理者端末の紛失・パスワード忘れに備えてください。 管理者を別の端末に移すことはできません。
- 管理者がアプリを開いて承認するまで反映されません。 通知は件数バッジと任意の通知音で、アプリを開いている間だけです。
- 承認は真偽の保証ではありません。 管理者が内容を見て判断するだけで、デマを自動で見抜く機能ではありません。
- 名前は自己申告です。 「自治体職員」などの身元は保証されません。管理者は端末確認コードと本人を照合してください。
GPS位置の添付はプライバシーに注意
ピン登録時に端末のGPS位置(緯度・経度・精度・取得日時)を添えられます。取得した位置は参加者全員に共有されます。地図上のピンの位置とは別の情報で、ピンは自動では動きません。位置を知られたくない場面では、添付をオフにしてください。
6. 活用シーン(想定)
実機で確認した範囲ではなく、想定シナリオです。
避難所運営
- 体育館の見取り図を登録し、トイレ・充電・給水・救護にピンを立てる
- 開設中の避難所や給水車の配置を地図で共有する。混雑・受入状況は、カスタム項目やメモで表す
被害情報の共有
- 「浸水」「崩落」「交通危険」のピンと迂回ルートを登録し、解消したら状態を「解消・終了」に変える
- 停電・断水などの範囲(エリア)を直接描く機能はないため、代表的な地点にピンを立てて共有する
支援拠点の共有
- 物資の配布所、備蓄倉庫、炊き出し会場、ボランティア拠点の場所を共有する(在庫の管理機能はありません)
平時の訓練
- 防災訓練で、集合場所や危険箇所を実際にピンにしてみる。平時に使い慣れておくことが、いちばん効く備えです。
本アプリは、自治体が運用する本格的なGISの代替ではありません。現場の状況を迅速かつ簡単に共有するための、軽量な地域情報共有ツールという位置づけです。
7. なぜ自衛になるのか
| 従来(貼り紙・LINE) | 本構成 | |
|---|---|---|
| インフラ | 基地局・Wi-Fi・電源に依存 | TinyBoxと電源で避難所内に閉じて動く |
| 情報の更新 | 貼り紙は更新が遅れる | 状態と確認日時を残し、全員が同じ地図を見られる |
| 共通認識 | 「あの角の…」が伝わらない | 地図の上のピンで同じ場所を指せる |
| 誤情報 | 口頭・貼り紙で混入しやすい | 管理者の確認後に共有できる(真偽の保証ではない) |
通信が切れている間も、保存済みの地図は見られ、登録もできます。通信が戻ると、送信待ちの内容がDelta Chat経由で共有されます。
8. 限界と注意点
- 同期は即時ではありません。 送信は一定間隔で行われ、「送信待ちなし」は全員への到着や既読の確認ではありません。
- TinyBox1台が止まると全体が止まります。 電源も必要です。
- GPSの自動追跡も、自動の安全判定もありません。 「確認済」は安全性の保証ではありません。
- 写真の地図とGPS座標の対応付けはしません。 位置は画像上の位置です。ルートも手描きの参考線で、自動経路検索や通行可否の判定はありません。
- センサーやカメラからの自動収集はしません。 現場からの入力が前提です。
- 共有の単位は「同じメッセージのアプリ」です。 送り直したアプリや新バージョンは別の共有場所になります。移行にはJSONバックアップを使います。
- LoRaは本用途に不向きと判断しています。 低速で、日本の電波法上の送信時間制限もあり、地図画像や頻繁なやり取りの同期には向きません。そのためWi-Fiメッシュを選んでいます。
- Wi-Fi機器は技適取得品を使ってください。
- Delta Chatの事前インストールとアカウント設定が必要です。
9. どんな場面で価値が高いか
- **発災直後から数日の「空白期間」**に、準備済みの小さな集団が地図で状況を共有する場面
- 訓練できるグループ(自治会、防災班など)での運用
- 孤立しやすい地域での初動と、衛星通信などがつながるまでのつなぎ
逆に、避難所にインターネットが戻った後や、事前準備がない場合は、メリットは小さくなります。「万能の解決策」ではなく、訓練しておけば初動で効く一案と位置づけています。
10. 今日からできるチェックリスト
- 家族・職場・自治会でDelta Chatを入れて、グループチャットを試す
- 近所の地図(ハザードマップなど)を撮影し、ちゃっとピンマップに登録してみる
- 避難所・給水所・AEDの場所を歩いて、ピンにしてみる
- 試験運用で、管理者の設定と承認の流れを一度通してみる(初期パスワードの変更も)
- 月に一度、JSONでバックアップを保存する
- 地域で導入するなら、「誰が管理者か」「不在のときは誰か」を決めておく
箱舟プロジェクトが目指す未来
災害時に本当に必要なのは、単に「通信できること」ではなく、必要な情報を、必要な人に、分かりやすく届けることだと考えています。地域コミュニティ自身が運用できる防災情報基盤に向けて、箱舟プロジェクトは試験と改良を続けていきます。
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関連リンク
- 箱舟プロジェクト【防災通信】災害時メッシュWi-FiとE-Postで作るポータブル通信システム
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- ちゃっとピンマップ 操作マニュアル
- ちゃっとピンマップ 操作デモ(ブラウザで練習用・端末間共有なし)
- Delta Chat 公式
- webxdc