はじめに:スピードが命の現場だからこそ
私たちが働く現場は、いわゆる「ベンチャーらしいスピード感」が求められる環境です。
意思決定は日々、時に時間単位で行われています。
中には本来なら十分な検討が必要な判断も含まれており、判断コストの高い課題でさえ即座に決断を迫られる場面が少なくありません。
このスピード感は事業成長の推進力であり、私たちの強みでもあります。
しかしその一方で、現場ではスピード優先の判断によって次のような課題が発生することがあります。
- ものづくりのスピードを重視するあまり、要件定義の段階で「どう作るか?」という具体的な話から始まってしまい、「そもそも何を実現したいのか?」という本質的な目的の検討が後回しになる
- 誰かの一言・行動をその場の印象だけで判断してしまい、背景を知らずに衝突が起きる
こういった事象は、スピードが求められる現場だからこそ生じやすい背景があるのも事実です。
場当たり的な判断や、一側面だけを見た判断が、短期的には素早い意思決定として機能してしまう場面も多く、それがかえって長期的な見落としや摩擦を生んでしまうのです。
この記事では、そうしたスピード感ある現場でも 本質を見失わないための「大枠でとらえる力」 について、マネジメント思考のフレームワークを交えながら紹介します。
「大枠でとらえる」ことがなぜ重要か?
人やシステムの行動は、常に複数の要因と文脈に影響されています。目の前の出来事だけを見て判断してしまうと、
- システムなら設計の破綻
- 人間関係なら誤解と摩擦
が生まれます。
こうした失敗を防ぐためには、状況や関係性を複数の視点から捉える思考が必要です。全体像を俯瞰し、文脈や背景を理解し、意図や目的に照らして判断する——こうしたステップを体系的にサポートするマネジメントのフレームワークが、多く存在しています。
本記事ではその中でも「バリューストリームマッピング」という手法について紹介します。
バリューストリームマッピング(VSM)
概要
バリューストリームマッピング(VSM)は、製品やサービスがユーザーに届くまでの一連の開発工程を全体として俯瞰し、どこに価値があり、どこにムダがあるのかを明らかにすることで、改善の着眼点を導き出す手法です。もともとは製造業で使われてきた考え方ですが、現在ではソフトウェア開発においても導入が進んでいます。重要なのは、「誰にとって、どの工程が価値を生んでいるか」を可視化し、チーム全体で共通認識を持つことです。
具体的な進め方
VSMの導入はシンプルな方法から始められます。まずはホワイトボードや付箋を使って、「ユーザーに価値が届くまでの流れ」を左から右に沿ってざっくりと書き出してみましょう。次に、各工程において「誰が関わっているか」「どんな判断が行われているか」「どこに手戻りや無駄があるか」といった情報を追加していきます。ここで重要なのは、精密さよりもチーム全体の共通理解を得ることです。視覚的に整理することで、見落としていた課題やボトルネックを浮き彫りにすることができます。
応用例:要件定義の初期段階での適用
VSMは特に、開発の初期フェーズにおいて有効です。スピード重視の現場では、要件をざっと洗い出した後「どう実装するか?どういった設計にするか」という技術的な議論が先行しやすく、本来定義すべき価値や目的が後回しにされがちです。VSMを導入することで、開発全体の流れと各工程の関係性を俯瞰し、見落としていた課題や無駄な作業を洗い出すことができます。そこでVSMを活用し、以下の観点からプロジェクトの全体像を見渡すことで、本質を見落とさずに済みます。
- ユーザーにとっての最終的な価値は何か?
- どの工程で価値が生成され、どこでロスが発生しているか?
- それぞれの工程で、誰が何を判断し、どう連携するのか?
人間関係への応用
VSMの考え方は、人間関係においても有効です。ある言動だけを切り取って評価するのではなく、その人の役割や担当業務、組織内での立ち位置といった「コンテキスト」を把握することで、誤解やすれ違いを防ぐことができます。立場に応じた背景を理解しようとする姿勢が、より建設的で前向きなコミュニケーションにつながります。
「大枠でとらえる」ために実践していること
私はVSMの思想を日々のマネジメントや上流工程に活かすために、次のような行動を意識しています:
- まず全体の流れを描いてから個別の課題を見る:目の前の課題や不満だけに反応するのではなく、その背景にある工程全体や前後関係を確認し、どこで価値が生まれ、どこでロスが生じているのかを把握してから判断するようにしています。
- 関係者の立場や役割を整理してから対話に臨む:人間関係での摩擦を避けるためにも、相手がどの工程・責任範囲に立っているのかを踏まえて会話するようにし、言動の背後にある意図や前提を汲み取ることを意識しています。
- 抽象的な目的を明確にしてから具体的な議論へ進む:特に上流工程では、手段や技術に飛びつく前に「この施策は何の価値を届けるためか?」という問いを持ち、議論を構造化するよう努めています。
まとめ
- スピードが求められる現場だからこそ、「全体を俯瞰する視点」が本質的な判断や改善につながる
- バリューストリームマッピング(VSM)は、開発の流れやチーム内の役割構造を整理し、技術的・人的な課題の両方を可視化できる有効なフレームワーク
- 目の前の課題に飛びつく前に、背景や意図をとらえる習慣を持つことが、チームをより良く導く第一歩になる
最後に
目まぐるしく動く現場の中で、すべてを丁寧に見通すことは簡単ではありません。だからこそ、忙しい状況の中でも一度立ち止まり、「全体像」や「背景」「役割構造」を捉え直すことが、技術的にも人間的にも健全な判断を生みます。
バリューストリームマッピングのようなフレームワークは、そのための実践的な支えになります。マネジメントの経験が浅くても、まずは全体を見渡す意識を持つだけで、見えるものが変わってくるはずです。
私たちは自社サービスを展開している以上、プロダクトの成長にひたすら向き合わなければいけない責任があります。
そしてその成長を一時的な成果ではなく、長期的に持続可能な価値として実現するためには、「今見えている範囲」だけではなく、「見えていない全体像」や「構造の理解」から始める姿勢が不可欠です。
未来の判断精度は、今日の視野の広さに比例します。
私自身もマネジメントの経験は浅く、日々スピード感のある現場で試行錯誤していますが、同じような境遇の若手エンジニアの励みになれば幸いです。