補遺として電波政策提言編を公開しました。
以前の記事「LTE→5Gはブレークスルーにはならない」は、なんと半年で1万viewを突破して私の上位いいね記事になりました。twitterとかでもしばしばつぶやかれており、かなり好評を博しているようです。私の記事そのものが役立っているのかわかりませんが、少なくとも専門家レベルでは5Gの理解が進み、今となっては、5G万能説を唱えると恥ずかしい状況になってきました。
よって、「そろそろ、さらに逆を行ってみようか(笑)」と思い、5Gを応援する本記事をまとめました。なお、論文やWikipedia風に、注釈リンク集を充実させてみました。
2019/12/4追記 T-Moblieが600MHzで全米をカバーする5G網を提供開始した、とのニュース1が飛び込んできました。エリア問題を解消して米国初のコンシューマ・イノベーションを起こせるかもですね。低い(狭い)周波数帯だと5Gの能力を活かしきれませんが、Sprintとの合併によりそれも補えるとのこと。最強ですね。
2019/12/29追記 T-mobileの作戦はうまく機能していないようです。電波政策提言編をご覧ください。
#1. <5G>界隈のここ半年の状況
前記事の頃からの状況進展を簡単にまとめておきます。
#1.1. 端末は思ったより早く充実する
すでに中国シャオミは599ドルの5Gスマホを投入しています2。さらに、クアルコムもかなりがんばってきて3おり、5GチップとLTEチップを双方搭載する必要がある時代は終わり、LTE/5G統合SoCが登場します。しかも、ハイエンドのSnapdragon8シリーズだけでなく、ミッドレンジである6シリーズ、7シリーズにも統合SoCを出してきます。よって、2020年後半には、iPhoneはもちろんのこと、日本で入手可能な5万円を切るミッドレンジスマホも5G対応になってるくる、と予測します。
端末不足を理由に5G慎重論を唱えるのは、早晩時代遅れの考え方になります。
#1.2. パブリック5Gエリアは広がらない
この点は前記事から変わっていません。
そもそも、「5Gのエリアは狭い」という課題を、真正面から捉えている状態に至っていません。基盤展開率指標(前記事参照)や、見た目の基地局数4だけをとらまえて、ゆっくりではあるが2025年くらいにはエリアが整備されるという「幻想」に浸っているように思います。ソフトバンクは基盤展開率には意味がない5と説明して人口カバー率を持ち出していますが、人口カバー率でも意味はありません。課題認識が無いところに改善は生まれません。
諸外国は、サブギガやサブシックスといった低周波数帯域とミリ波をうまく組み合わせてエリアカバレッジを増やしています6。LTE帯域との共用などの技術的対応策はあるはず7なので、日本も早々に対策すべきと思います(サブシックスの中の高周波数寄りである3.7GHzだけで満足することなく・・)。さもなければ3G停波8まで本格普及を待たなければなりません。
この辺の議論は、低周波数帯域でエリアを求めると5Gの真価が発揮できない、という主張もあるようです。しかし、26GHzだけだと「Wi-Fiスポット並み」、3.7GHzでもLTEとは雲泥の差のエリアであることは、事実です。
#1.3. キラーアプリ不在
この点も前記事から変わっていません。
現在「5Gのユースケース」と言われているものは、いずれかに属します。
- 5G以外の無線通信技術(LTE、Wi-Fi6等)でも実現可能なもの
- 5Gでも技術面または技術以外の面で実現困難なもの
例えば、典型的なユースケースとして「地域コミュニティバス」があります9。自動運転のバスを地域に走らせて買い物難民を救済しよう、というやつです。そもそもリアルタイムで遠隔で状況認識して制御するようなシステムだとすると、5Gであっても回線不具合時に生命の危険があり、危なくて使えません。そのため、こういったものは、自律判断して通信回線は補助的な用途に使う設計になります。するとLTEでも十分です。また、そもそも地域に5Gエリアを面展開できるのか、という課題も出てきます。すなわち、技術面以外の要因で5Gでも(5Gだからこそ?)実現困難なものになっています。
超高速・リアルタイムな何とか、がエンドエンド遅延やセンター側の通信量爆発で、実現困難であることは、前記事の通りです。
前記事では、ブレークスルーはITから発生する、と、キラーアプリの発生可能性を論じました。しかし、パブリック5Gエリアが広がらないことが原因で、LTEにおけるLINEのようなコンシューマ発のキラーアプリの発生が促進されない、という可能性があります。すなわち、5Gではコンシューマ発のイノベーションが起こりにくい、という特徴があるようです。これについてはあのファーウェイも「5Gが起こす激震はスマホなどの消費者向けではなく、別のところで起きる」と示唆しています10。
#2. LTE→5Gがブレークスルーになるには
逆を行ったつもりが、前記事と同様な論調になっています。。(笑)。気を取り直して、LTE→5Gがブレークスルーになるための方策を考えてみました。
#2.1. <5G>の長所短所を自覚すること
すでに述べたように、短所をきちんと自覚することが必要です。おそらく通信業界の人は十分自覚はしているのですが、5Gの流行に水を差すのを恐れて短所をきちんと表現できていない、という状況であると思います。エリアが狭いこと、および(Wi-Fi等に比較して)高価であること、などを正面から自覚して外に向けて表現し、その上で長所短所を見極めて技術を使いこなすべきです。そうでなければ、いつまでもモヤっとした話になってしまいます。
それでは5Gの長所は何でしょうか? 高速性? いえいえ、それは一面的な姿にしかすぎず、Wi-Fi6などと大きな違いはありません。5Gの最大の特徴は、速度・遅延・最大接続数などの特性を業務特性にあわせて自由に最適化でき(全てを最大化はできず、ソシャゲーのステ振りみたいな感じでどこを強化するかを選択します)、かつ複数の特性をスライスという技術で混在できることです。すなわち、有線ネットワークで言うところの「QoS付きVLAN」を無線で実現できることです。
これが長所だとすると、5G-SAまで待たないとダメ? 私はそう思います。ただし、これが長所だ、というのは私の考えですので、正解かどうかはわかりません。ここで言いたいのは、長所・短所をきちんと把握することで、「直近の5G-NSAでいくら実証実験をやっても意味はないため2022年度まで待とう」とかの前向きな戦略に結びつき、やっと話が具体的になる、といことです。さもないと、無駄な実証実験をやった結果「使えない」となるか、Wi-Fiなどの他の技術が最適なのに必ずしも最適ではない5Gという選択肢を選んでしまうか、いずれにしても不幸な結果になってしまいます。
#2.2. <5G>だけを特別視しないこと
「なんでも5G」とは思わずに、5Gも含む様々な通信技術を組み合わせて利活用を図るべきです。これを前向きに実行するには、項2.1の長所短所の理解が必要条件としてあります。さもないと、5Gが普及すれば無線LANは不要になる11といったトンデモ議論が出てきてしまいます。
個人的には、ローカル5Gの規制緩和12の中で出てきた自営設置可能なアンカーLTEの存在に注目しています。地域業者とのライセンス競合など嫌らしい部分はありますが、2.5GHzという比較的良好な周波数かつライセンスバンドとしての高出力(1km以上飛ぶと思われます)が長所です。それを活用すれば、キャリアのパブリックLTEが圏外になってしまうような、広い工場の屋外構内とかの情報化に、とても役立つのではないでしょうか。
#2.3. イノベーションを管理すること
それでは、5Gはワンノブゼムの無線技術にしか過ぎないのでしょうか。そうではないと断言します。項2.2と矛盾しますが、やはり5Gは特別視すべき存在です。
5Gはコンシューマ・イノベーションが起こりにくいという特徴がある、と前半で述べました。代わりに、中国欧州が威信をかけて「マネージド・イノベーション」を作ろうとしています。
中国では先ほどの記事10の他、ファーウェイがイノベーション2.0と称して、産業界のイノベーションを牽引するとしています13。また、中国は、個人情報を統制するなどして、マネージド・イノベーションを推進する力と国家制度を持っています。
欧州は、5Gを推進する3GPPのお膝元です。それにドイツ・インダストリー4.0を絡めて、製造業での垂直統合モデルを、標準化という手法で作りつつあります141516。
これらの動きが、コンシューマ・イノベーションに強い米国に対する、中国欧州の技術戦争に見えてしまうのは、私だけでしょうか。また米中貿易戦争に見せかけてファーウェイを締め出したのは、欧州日本の5Gイノベーションを阻む米国の陰謀だ、とするのは、考え過ぎですかね。
いずれにしても、5Gを基軸に、ものすごく大量の資金と頭脳が投入されて、イノベーションを起こそうという動きが出ています。これが、5Gを特別視すべきである、と考える理由です。
一方、日本は、インターネットやクラウドの動きに出遅れたように、コンシューマ・イノベーションでは米国に負けました。現時点の5Gに対する個別で連携されていない実証実験の取り組み状況では、今後のマネージド・イノベーションでも中国欧州に負けてしまう懸念があります。ファーウェイ締め出しに対しても、諸外国では追従していない国も多いですが、日本は真正直に追従してしまいました。
製造機器や自動車等の日本が世界に誇る強い産業分野で、通信ITと強力にタッグを組んで、マネージド・イノベーションを起こしてもらいたいものです。さもないと、中国欧州の垂直のマネージド・イノベーションに席巻されて、昔は強かった産業分野、となりかねません。