Funding Rateと外部リスク環境で「リバウンド期待値」を条件分解する
0. はじめに:この記事で言いたいこと
BTC(ビットコイン)が急落すると、「下がったから買おう」と考える人は多い。
平均回帰(売られすぎはいずれ戻る)を狙う発想で、それ自体は自然だ。
ただ、実際に検証してみると、すべての急落が同じ意味を持つわけではないことが見えてくる。
この記事の結論を先に置いておく。
- BTC急落後のリバウンドは、急落幅「だけ」では説明しきれない。
- Funding Rate(暗号資産市場内部のポジション状態)と、外部リスク環境(株式市場などの地合い)を組み合わせると、急落を「拾える候補」と「避けたい候補」に分類できる可能性がある。
- ただし注意してほしいのは、これは「Funding低位 × Risk-on の交互作用が統計的に証明された」という話ではない。あくまで「状態変数で急落イベントを分類すると、期待値とリスク特性が変わる」という、もっと控えめな主張である。
入門者向けに、用語をひとつずつ解説しながら進める。
最終的に伝えたいのは、「未来を当てる」よりも「条件を分けて、危険な状態では休む」ことのほうがクオンツでは効きやすい、という考え方だ。
⚠️ 本記事の数値はすべて**手数料・スプレッド・スリッページ控除前(gross)**のバックテスト結果です。そのまま実運用できる戦略ではありません。あくまで「仮説検証の記録」として読んでください。
📚 関連記事(先に読むと理解が深まります)
仮想通貨市場のエッジはどこに潜むのか?──BTC・ETH・SOLの分布・急変動・Funding Rateから検証する前回の記事では、BTC/ETH/SOLの分布の裾・高ボラ局面・Fundingの偏りを横断的に探索し、「エッジは急落そのものではなく、急落の分類に潜む」という仮説にたどり着きました。特に「Fundingが低い/マイナスの急落」は反発候補になりやすく、「高Fundingの急落」は押し目として扱いにくい、という非対称性が見えています。
本記事は、その続編にあたります。前回はFunding(市場内部の需給)だけで急落を分類しましたが、今回はそこに外部リスク環境(Nasdaq等の地合い)という第二の軸を追加し、BTC急落を4分類して期待値を条件分解します。
1. なぜ「急落は全部買い」が危険なのか
まず、いちばん素朴な戦略から見ていく。
BTCが大きく下がったら、とりあえずロング(買い)する。
これを検証するために、「急落」を統計的に定義する。
急落の定義(rolling 2σ)
- 時間足は 4時間足(4H) を使う。
- 直近180本(=過去30日分)の4H足リターンから、平均と標準偏差(σ)を計算する。
- そのリターンが 平均 − 2σ を下回ったら「急落」とみなす。
2σは「過去の通常の値動きから見て、統計的にかなり大きい下落」という意味だ。
正規分布なら下位2.3%程度に入る、めったに起きない動きを指す。
ベースライン結果
この急落をすべて買った場合の結果がこちら(rolling 2σ、外部条件なし)。
| 決済 | 件数 | 平均リターン | 勝率 | PF | 平均MAE | 最悪MAE | MaxDD |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 24時間後 | 201 | +0.341% | 53.2% | 1.260 | -3.7% | -36.6% | -30.8% |
| 48時間後 | 201 | +0.603% | 61.2% | 1.368 | -4.7% | -36.6% | -42.4% |
用語のおさらい(入門者向け)
- 平均リターン:検証期間内の1トレードあたり平均損益(%)。プラスなら「このサンプル上では平均損益がプラスだった」ことを示すだけで、真の期待値がプラスと統計的に確定したわけではない(特にサンプルが少ないと標本平均は当てにならない)。
- 勝率:勝ったトレードの割合。
- PF(プロフィットファクター):総利益 ÷ 総損失。1.0が損益分岐点、大きいほど良い。
- MAE(Maximum Adverse Excursion):エントリー後、含み損が最も深くなった地点。「どこまで逆行したか」。平均MAEは典型的な逆行、最悪MAEは最悪ケース。
- MaxDD(最大ドローダウン):資産曲線の山から谷までの最大下落幅。
ここからの推論
平均リターンはプラスなので、急落後に「戻る力」はありそうだ(あくまでこのサンプル上)。だが平均MAEが -3.7〜-4.7%、最悪MAEが -36.6%、MaxDDが -42.4% と、典型的な逆行もそれなりに大きく、最悪ケースは致命的に深い。標本平均がプラスでも、運悪く大きい逆行を引けば一発退場しかねない。
つまり「平均回帰の匂いはあるが、無条件で買うには粗すぎる」。
だからこそ、急落を状態変数で分類する必要がある。
2. 2つの状態変数:Funding Rateと外部リスク環境
「状態変数」とは、そのイベントが起きたときの市場の状況を表す観測値のこと。
ここでは2つ使う。
① Funding Rate(資金調達率)— 市場内部のポジション状態
無期限先物(パーペチュアル)には、現物価格に値を寄せるための Funding Rate という仕組みがある。
- Fundingがプラスで高い → ロング(買い)が過熱していて、ロング勢がショート勢に手数料を払っている状態。
- Fundingが低い・マイナス → ロング過熱が解消され、むしろ悲観・ショート優勢になっている状態。
つまり Funding は、BTC市場内部のポジションが「洗われた(washout)」かどうかを見るための代理変数(proxy)になる。
- Funding低位:拡張パーセンタイル下位20%、またはFunding Rateがマイナス
- Funding高位:拡張パーセンタイル上位20%
「拡張パーセンタイル」= その時点までに観測済みのデータだけで順位を計算する方式。未来情報を使わないための工夫。
② 外部リスク環境(Nasdaqなど)— 市場全体の地合い
BTCは暗号資産固有の需給だけでなく、株式などリスク資産全体の地合いにも影響される。
- 株が崩れている最中のBTC急落 → リスク資産全体の売りに巻き込まれている可能性(マクロ要因)。
- 株が崩れていないのにBTCだけ急落 → BTC固有の一時的な売られすぎの可能性。
これを判定するために、Nasdaqの5日リターンがプラスかどうかで「Risk-on / Risk-off」を分ける。
- Risk-on:Nasdaq 5日リターン > 0(地合いが崩れていない)
- Risk-off:それ以外
重要:ここで「NasdaqがBTCを予測している」とは言わない。
Nasdaqはあくまで外部の地合いを測る proxyとして使う。
2つを並べると、Fundingが「市場内部のフィルター」、外部リスク環境が「外部のフィルター」という役割分担になる。両方を評価してからエントリー判断に進む、というのが本記事の設計だ。
3. 仮説の組み立て:急落を4つに分類する
2つの状態変数を掛け合わせて、急落を分類する。
ここで軸の定義を厳密にしておく。4セル分析の軸は「Funding低位 / Funding非低位(=低位ではない)」と「Risk-on / Risk-off」だ。「Funding高位」ではない点に注意。
| Funding状態 | Risk-on(地合い良い) | Risk-off(地合い悪い) |
|---|---|---|
| Funding低位 | 買える急落候補 | 内部は洗われたが外部環境が悪い |
| Funding非低位 | 外部環境は良いが洗浄感は弱い | ベースライン的に弱い急落候補 |
そのうえで、4セルとは別枠で、「Funding高位(上位20%)× Risk-off」を避けるべき急落候補として確認する(これは4セル分類のサブ分析)。
| 追加確認 | 解釈 |
|---|---|
| Funding高位 × Risk-off | ロング過熱と外部環境悪化が重なる → 避けたい急落候補 |
立てる仮説はこうだ。
BTC急落後リターン
= 急落イベント
+ Funding状態
+ 外部リスク状態
+ Funding状態 × 外部リスク状態(交互作用)
- 仮説B:Funding低位は「売られすぎ(洗浄済み)」の代理 → リバウンド候補になる。
- 仮説C:Risk-onは「マクロ売りではない」確認 → 拾ってよい環境。
- 仮説D:Funding低位 × Risk-on は「BTC固有の一時的な売られすぎ」 = 買える急落候補。
逆に Funding高位 × Risk-off(過熱ロングが残ったまま、外部環境も悪い)は、避けたい急落候補になるはず。
本記事の目的は、BTC急落後に勝てるシグナルを断定することではない。
急落イベントを状態変数で条件分解したとき、どの条件で標本平均・PF・左側テールが改善し、どの条件で仮説が崩れるかを確認することである。
これらを順番に検証していく。
4. 実験設計
入門者でも再現を考えられるよう、ルールを明示する。
| 項目 | 条件 |
|---|---|
| 時間足 | BTC 4H |
| 急落定義(主) | rolling 2σ(過去180本の4H足) |
| 急落定義(補助) | rolling 1.5σ、全期間下位5% |
| Funding低位 | 拡張パーセンタイル下位20%、またはマイナス |
| Funding高位 | 拡張パーセンタイル上位20% |
| Risk-on(主) | Nasdaq 5日リターン > 0 |
| Risk-on(補助) | S&P500 5日リターン > 0、またはNasdaq/S&P500/Dow/DAXの3-of-4 |
| エントリー | シグナル確定後の次の4H足始値 |
| 決済 | 24時間後 / 48時間後 |
| イベント間隔 | 24時間クールダウン(連続シグナルを間引く) |
| データ期間 | 2017-05〜2026-06、共通4Hパネル 13,515本 |
ポイントは2つ。
- 未来情報を使わない:完成した4H足でシグナルを確定し、次の足の始値で入る。
- Fundingも観測済みの情報のみ:イベント時点までに分かっている値だけで判定する。
p値(後述)は「単純計算」であり、時系列の自己相関を完全には補正していない。
つまり、有意性の評価は本来より甘く出ている可能性がある点に注意。
5. 結果を「証拠の階段」として見る
いきなり結論を出さず、仮説がどこまで支持され、どこで弱まったかを順に見ていく。
これがクオンツ的な誠実さの基本だ。
Step 1:ベースライン(再掲)
全急落の買いは、24h +0.341% / 48h +0.603%。平均回帰の匂いはあるが、テールが大きい。
Step 2:Funding低位で絞ると?
注意:以下の「Funding低位フィルターのみ」「Risk-onフィルターのみ」は排他的な分類ではない。たとえばRisk-onフィルターのみには、Funding低位イベントもFunding非低位イベントも含まれる(=フィルターをかけた全イベント)。一方、§3で示した4セル分析は排他的な分類である。混同しないよう注意。
| 決済 | グループ | 件数 | 平均リターン | 勝率 | PF |
|---|---|---|---|---|---|
| 24h | 全急落 | 201 | +0.341% | 53.2% | 1.260 |
| 24h | Funding低位フィルターのみ | 44 | +1.258% | 63.6% | 2.528 |
| 48h | 全急落 | 201 | +0.603% | 61.2% | 1.368 |
| 48h | Funding低位フィルターのみ | 44 | +0.873% | 68.2% | 1.518 |
読み取り
- 24hでは、Funding低位で絞ると平均リターンもPFも明確に改善(PF 1.26 → 2.53)。
- → Fundingは短期リバウンドの状態変数として有望。
- ただし48hでは改善が小さくなる。後で出てくる「Risk-onフィルターのみ」より弱い。
仮説修正:Funding低位は24hの短期反発に効きやすいが、48hでは別の要因が支配的になりそう。
Step 3:Risk-onで絞ると?
| 決済 | グループ | 件数 | 平均リターン | 勝率 | PF | t値 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 24h | Risk-onフィルターのみ | 88 | +0.423% | 54.5% | 1.406 | 1.143 |
| 48h | Risk-onフィルターのみ | 88 | +1.431% | 67.0% | 2.375 | 3.024 |
読み取り
- 24hでは改善が小さい(+0.341% → +0.423%)。
- しかし48hでは非常に強い(+1.431%、PF 2.375、t値3.024)。
- → 保有期間によって支配的な状態変数が変わる。
用語:t値
平均リターンが「ゼロからどれだけ離れているか」を、ばらつきで割って測った指標。
ざっくり |t| > 2 が「偶然とは言いにくい」目安。48hのRisk-onはt=3.02で、4つの主要結果の中で単純検定上は最もはっきり大きい(ただし後述の通りこのp値は参考値)。
これは入門者にも面白いポイント。
「この条件が勝つ」ではなく、horizon-dependent(保有期間依存)にエッジの主役が入れ替わるという構造が見えてくる。
Step 4:本命の Funding低位 × Risk-on は?
4分類を24h・48hで見ると、24hと48hで主役が入れ替わる。
24hでは funding_low_x_risk_on(+1.30%)が4セル中で最良。だが48hでは funding_not_low_x_risk_on(+1.50%)が本命を上回る——「Risk-onであること」自体の寄与が大きい、という最初のヒントがここで見える。
📌 図注:棒グラフはgross平均リターンで、サンプル数は表記していない。特に
funding_low_x_risk_onは n=15 と少なく、棒の高さほど確実ではない。図は「方向感」、確実性は本文のnと併せて読んでほしい(理想はエラーバー/95%信頼区間の併記)。
| 決済 | グループ | 件数 | 平均リターン | 勝率 | PF | MaxDD |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 24h | Funding低位 × Risk-on | 15 | +1.297% | 66.7% | 3.122 | -3.5% |
| 48h | Funding低位 × Risk-on | 15 | +1.115% | 73.3% | 2.073 | -6.2% |
24hの特筆点は MaxDDが -3.5% と、ベースライン(-30.8%)に比べて桁違いに小さいこと。リターンだけでなく、左側テールが大きく縮んでいるのが重要だ。一方48hでは、Risk-onフィルターのみ(+1.431%)が本命(+1.115%)を上回る。
仮説修正:24hでは本命が有望。だが48hではRisk-on単体のほうが強く、「掛け算」が追加リターンを生んでいるとは言い切れない。
そして、見逃せないのが件数の少なさ(n=15)。
15サンプルでは、たまたま良い結果が出ている可能性を排除できない。ここは正直に弱点として認めるべきだ。
なぜ主役が入れ替わるのか:ホライズン依存のエッジ変遷
これを概念図にすると、リバウンドの源泉は固定ではなく、時間経過とともに支配要因が**内部要因(Funding/ショートカバー)→ 外部要因(マクロ地合い)**へグラデーションで切り替わる、と整理できる。24時間以内は内部の洗浄が効き、48時間以降はマクロの波に飲み込まれる、という仮説だ(あくまで本サンプル上の解釈で、確定的なメカニズムではない)。
Step 5:避けるべき急落は見えるか
| 決済 | グループ | 件数 | 平均リターン | 勝率 | PF |
|---|---|---|---|---|---|
| 24h | Funding高位 × Risk-off | 26 | -0.242% | 42.3% | 0.837 |
| 48h | Funding高位 × Risk-off | 26 | -0.100% | 53.8% | 0.935 |
読み取り
- 過熱ロード(Funding高位)が残ったまま、外部環境も悪い(Risk-off)急落は、24h・48hとも期待値マイナス、PFも1未満。
- → これは**「買うシグナル」ではなく「買わないフィルター」**として使うのが自然。
クオンツ的にはここが地味に重要。
良い急落を買うことだけがエッジではない。悪い急落を避けることもエッジである。
特にBTCのようなテールリスクの大きい資産では、勝率より「left-tail avoidance(最悪ケースの回避)」が効く。
6. 回帰係数で仮説を検証し直す(ここが正念場)
セル平均だけ見ると、Funding低位 × Risk-on は良さそうに見えた。
だが、これだけでは**「Fundingが効いただけ」「Risk-onが効いただけ」と区別できていない**。
そこで、次の回帰モデルを当てる。
リターン = 切片
+ a × Funding低位
+ b × Risk-on
+ c × (Funding低位 × Risk-on) ← 交互作用項
c(交互作用項)は、**「Funding低位とRisk-onが両方そろったときに、それぞれ単独の効果を足した以上の“追加のうまみ”があるか」**を表す。
結果(主条件 rolling 2σ × Nasdaq):
| 決済 | 項 | 係数 | t値 | p値 |
|---|---|---|---|---|
| 24h | Funding低位 | +1.29% | 1.48 | 0.141 |
| 24h | Risk-on | +0.30% | 0.46 | 0.647 |
| 24h | 交互作用 | -0.24% | -0.16 | 0.870 |
| 48h | Funding低位 | +1.06% | 0.95 | 0.342 |
| 48h | Risk-on | +1.81% | 2.19 | 0.030 |
| 48h | 交互作用 | -1.44% | -0.78 | 0.434 |
読み取り
- 交互作用項
cは、24hも48hも統計的に有意ではなく、符号もマイナス(しかも信頼区間がゼロを大きくまたぐ)。 - 単純検定上は、48hのRisk-on(p=0.030)が最も明確に強い。ただしこのp値は時系列依存や多重検定を完全には補正していないため、統計的有意性は参考値として扱う。
- → それでも、48hで効いているのは主に「Risk-on環境そのもの」であって、「Funding低位との掛け算の魔法」ではない、という方向性は読める。
各定義・ホライズンの交互作用係数とその信頼区間(エラーバー)を見ると、ほぼすべてで信頼区間がゼロをまたいでいる=偶然と区別がつかない、という状態が一目でわかる。
ここが記事の信頼性を決める部分。
正直に言えば、本実験は「交互作用アルファを発見した」とは主張できない。
言えるのは「状態変数で急落イベントを分類すると、期待値とリスク特性が変わる」という条件付きフィルタリングの話まで。
入門者にとって、これは大事な教訓だ。
棒グラフのセル平均で「勝った!」と思っても、回帰で分解すると効果が消えることはよくある。 棒グラフでよく見える結果ほど、効果の分解と頑健性確認が必要になる——セル平均だけで結論を急がないことが、クオンツ検証では重要だ。
7. Nasdaqだけ? 広いRisk-on proxyで確認する
「たまたまNasdaqという1指標に依存しているだけでは?」という疑いをつぶす。
Nasdaq以外にも、S&P500の5日リターン、Nasdaq/S&P500/Dow/DAXのうち3つ以上が上昇する「broad 3-of-4 risk-on」でも確認した。
Funding低位 × Risk-on の平均リターン(risk proxy別)
| risk proxy | 24h | 48h |
|---|---|---|
| broad 3-of-4 | +1.82% | +0.94% |
| Nasdaq 5d | +1.30% | +1.12% |
| S&P500 5d | +1.41% | +0.81% |
読み取り
- 24hでは、広いRisk-on(broad 3-of-4)のほうがNasdaq単体より結果が強い(+1.82% vs +1.30%)。
- → BTCが反応しているのはNasdaq単体ではなく、より広いリスク資産環境の可能性。
「BTCはNasdaqだけで動くのか?」への答え:
Nasdaqは重要だが、それだけでは不十分。広いRisk-on/Risk-off環境で見るほうが自然。
8. 期間別の安定性:レジーム依存に注意
最後に、時代(マクロレジーム)ごとに結果が安定しているかを見る。
ここが入門者がいちばん見落としがちな落とし穴だ。
Funding低位 × Risk-on(rolling 2σ、48h)の期間別
| 期間 | 件数 | 平均リターン | PF |
|---|---|---|---|
| 2022 利上げ局面 | 4 | -0.789% | 0.505 |
| 2023年以降 | 9 | +2.416% | 7.327 |
| BTC ETF承認後 | 8 | +2.588% | 7.025 |
読み取り
- 2022年の強い金融引き締め局面では、Funding低位 × Risk-onでも期待値マイナスに転落(ただしn=4と極小)。
- 一方、2023年以降やETF承認後は非常に強い。
- → この条件はすべてのマクロ環境で安定して効くわけではない(レジーム依存)。
各セルの件数が一桁しかない点に注意。
「2023年以降は最強!」と飛びつくのは危険で、サンプルが少なすぎて結論できないというのが正しい読み方。
ここから言える仮説修正はこうだ。
この結果は、Funding低位 × Risk-on が普遍的に効くというより、流動性環境や市場構造に依存する可能性を示している。
したがって今後の検証では、金利上昇局面・流動性拡大局面・ETF後など、マクロレジームを明示的に分けて評価する必要がある。
9. この実験から「言えること」と「言えないこと」
クオンツでは、結果を盛らずに「どこまで言えるか」の線引きをするのが大事だ。今回の実験を整理すると、こうなる。
言えそうなこと
- BTC急落後には、ある程度の平均回帰傾向がある(ベースラインとして)。
- Funding低位は、短期(24h)反発の状態変数として有望。
- Risk-onは、48h反発の状態変数として有効(t=3.0)。保有期間で主役が変わる。
- Funding低位 × Risk-on は24hでは有望だが、48hでは弱い(しかもn=15と少ない)。
- Funding高位 × Risk-off は、ロングを避けるフィルターとして使えそう。
言えないこと(断定すると盛りすぎ)
- 「NasdaqがBTCを予測する」とは言えない。Nasdaqはあくまで地合いのproxy。
- 「Funding × Risk-on の交互作用が有意」とは言えない(回帰では非有意)。
- 「完成した売買戦略として使える」とは言えない(コスト・OOS未検証)。
10. コスト感応度:薄いエッジは手数料で消える
すべての数値はgross(コスト控除前)だ。実運用では手数料・スプレッド・スリッページが効く。
ざっくり、片道コストを5bp / 10bp / 20bp(=往復で約2倍)と置いたときの概算を見てみる(保有1回・1往復の単純控除を仮定した目安)。
| 条件 | gross平均 | 片道5bp想定 | 片道10bp想定 | 片道20bp想定 |
|---|---|---|---|---|
| 全急落 24h | +0.341% | +0.241% | +0.141% | -0.059% |
| Funding低位 × Risk-on 24h | +1.297% | +1.197% | +1.097% | +0.897% |
| Risk-onフィルターのみ 48h | +1.431% | +1.331% | +1.231% | +1.031% |
読み取り
- ベースライン(全急落)の薄いエッジは、片道20bp程度でマイナスに沈む。無条件の急落買いはコストに弱い。
- 一方、条件付きセル(Funding低位 × Risk-on、Risk-onフィルターのみ)は名目バッファが厚く、コスト後も余地が残る可能性がある。
- ただしこれは単純控除の目安にすぎない。実際には約定遅延・板薄・スリッページが上乗せされ、特にイベント直後の急落局面ではスプレッドが拡大しやすい。保守的なコストモデルで再検証すべき。
11. 実運用に向けた未検証事項
この記事の結果は「仮説の方向づけ」であって、戦略ではない。
実運用を考えるなら、最低限これらを潰す必要がある。
- 手数料・スプレッド・スリッページ控除後でも残るか
- 取引所ごとのFunding差の影響
- Open Interest・清算データの追加
- HAC / Newey-West など、時系列依存を考慮した標準誤差
- 月別・年別の安定性、Walk-forward検証(OOS)
- ポジションサイズ設計(Kelly等)
- MAEベースのストップ設計
- そもそも各セルのサンプル数が少なすぎる(n=15, n=4 など)
12. まとめ
今回の実験から言えることを、控えめに、しかし正確にまとめる。
- BTC急落を一律に買うべきではない。平均回帰の可能性はあるが、MAEやMaxDDが大きく、無条件エントリーは粗すぎる。
- Funding低位は、BTC内部のポジション整理・悲観の進行を捉える代理変数で、特に24hの短期反発候補の絞り込みに有望。
- 外部Risk-onは「マクロ売りに巻き込まれていない」確認になり、特に48hで効きやすい。
- ただし48hではRisk-on単体が強く、交互作用係数も有意でないため、「Funding低位 × Risk-on は確立されたエッジ」とは言えない。
- より正確には、Fundingと外部リスク環境は、BTC急落を分類するための状態変数である。買える急落候補(Funding低位 × Risk-on)と、避けたい急落候補(Funding高位 × Risk-off)を分けるのに使える。
クオンツトレーダーにとって本当に大事なのは、単独指標で未来を当てることではない。
イベントを条件分解し、期待値が改善する状態だけを選び、危険な状態では休むこと——この発想を持てるかどうかだと考えている。
本実験で使用したPythonコードやデータセット、詳細なグラフにつきましては、下記のGitHubリポジトリよりダウンロードしてご利用ください。(Lab_7の実験)
https://github.com/tikeda123/article_lab
※本記事はバックテスト(手数料等控除前)の検証記録であり、投資助言ではありません。
暗号資産は価格変動が大きく、元本を失う可能性があります。投資判断はご自身の責任で行ってください。














