「あの世界」は本当に実在したのか?
Netflixドラマでも大ヒットした「今際の国のアリス」。突然現れた無人の東京で、命をかけた「げぇむ」に挑む主人公たち。あの不思議な世界は一体何だったのでしょうか?
物語のラストで明かされた真実を知った時、多くの視聴者が衝撃を受けたはずです。あれは「臨死体験」だったと。
でも、こんな疑問が湧きませんか?
- 「たった数分の心停止で、なぜあんなに長い時間を体験できたのか?」
- 「なぜ複数の人が同じ世界を共有していたのか?」
実は、ノーベル物理学賞を受賞したロジャー・ペンローズが提唱する「量子脳理論」を使えば、荒唐無稽に思えるこの設定に、ほんの少しだけ科学的な可能性を見出せるかもしれません。
この記事には「今際の国のアリス」の重大なネタバレが含まれます
「今際の国」の正体をおさらい
まず、物語が明かした真実を整理しましょう。
「今際の国」は、東京に巨大隕石が落下した瞬間、主人公たちが心停止状態で経験した臨死体験の世界でした。
謎だらけの現象
- 時間の歪み: 現実世界ではわずか数分間の心停止。しかし主観的には何日間、何週間にも感じられる濃密な体験
- 意識の共有: 同じ災害に巻き込まれた見知らぬ人々が、同じルール、同じ世界観を共有している
- 現実離れした物理法則: 空から降り注ぐレーザー、明確なゲームのルール、謎の「ディーラー」の存在
普通に考えれば、これらは「フィクション」の一言で片付けられます。でも、ちょっと待ってください。量子力学という、私たちの常識を覆す物理学の世界では、もしかしたら...?
ペンローズの量子脳理論って何?
ここで登場するのが、ロジャー・ペンローズと麻酔科医スチュワート・ハメロフが提唱した「Orch-OR理論」です。
意識は量子現象から生まれる?
従来の神経科学では、意識は脳内の神経細胞(ニューロン)が電気信号をやり取りする中で生まれる、いわば「複雑なコンピューター」のようなものだと考えられてきました。
しかしペンローズは、「意識はもっと根源的な、量子レベルの物理現象だ」 と主張します。
舞台は「微小管」という極小の世界
その舞台となるのが、神経細胞の中にある 「微小管(マイクロチューブル)」 という、髪の毛の太さの1万分の1以下という極小の構造です。
ペンローズ理論によれば:
- 微小管の中で量子の重ね合わせ状態(粒子が複数の状態を同時に取る不思議な現象)が発生
- その状態が「客観的に収縮」する瞬間に、意識やクオリア(質感)が生まれる
- この現象は宇宙の時空構造そのものと結びついている
つまり、意識は単なる脳内の電気信号ではなく、宇宙の法則に根ざした量子現象だ というのです。
壮大な話ですよね。
大胆仮説:「今際の国」を量子脳理論で説明してみる
さあ、ここからが本題です。この量子脳理論を使えば、「今際の国のアリス」の世界を説明できるのでしょうか?
仮説1:量子もつれによる「意識の共有」
量子力学には 「量子もつれ(エンタングルメント)」 という、アインシュタインが「不気味な遠隔作用」と呼んだ不思議な現象があります。遠く離れた粒子同士が、まるでテレパシーのように瞬時に影響を及ぼし合うのです。
ここで思考実験です。
巨大隕石の落下という極限状態。同時に心停止した人々の脳内で、意識を司る量子状態が「もつれ合った」としたら?
それぞれの意識が量子レベルで結びつき、共有された主観的世界を体験する——つまり「今際の国」のような共通の仮想空間が生まれる可能性は、理論上ゼロではないかもしれません。
仮説2:極限状態での「時間の引き延ばし」
Orch-OR理論では、意識の発生頻度は量子状態の収縮速度に依存します。
通常の脳活動では、この収縮は規則的なリズムで起こっていますが、臨死という極限状態では、このプロセスが劇的に変化する可能性は考えられないでしょうか?
もし量子状態の収縮が通常とは全く異なる時間スケールで発生したなら、現実世界の一瞬が、主観的には途方もなく長い時間に感じられる——これが「数分間の心停止で、何日分もの体験をする」という現象を説明できるかもしれません。
仮説3:集合的無意識と量子情報
さらに踏み込んで考えてみましょう。
「げぇむ」のルールや、ディーラーの存在といった複雑な世界観は、どこから来たのか? もしかしたら、量子もつれした複数の意識が、それぞれの記憶、恐怖、願望を量子レベルで融合させ、共通の「物語」を紡ぎ出したとしたら?
カール・ユングの「集合的無意識」のような概念を、量子力学で再解釈するような発想です。
でも、ちょっと待った。科学的にはどうなの?
ここまで夢のある話をしてきましたが、科学者としての冷静な視点も必要です。
現実の壁1:理論そのものが未確立
正直に言いましょう。ペンローズの量子脳理論は、現在の神経科学・物理学の主流からは支持されていません。
最大の問題は、脳が「量子現象を維持できる環境なのか?」 という点です。量子状態は非常に繊細で、温度や振動などの外部からの影響(専門用語で「デコヒーレンス」)ですぐに壊れてしまいます。
37度という体温、絶えず動き回る分子、電気信号が飛び交う脳内——これは量子コンピューターの研究者が必死に避けようとする「ノイズだらけの環境」そのものなのです。
現実の壁2:スケールの飛躍
仮に微小管レベルで量子現象が起きたとしても、それがどうやって「無人の東京」「複雑なゲームシステム」「ディーラーという人格」といった、マクロで体系的な世界を作り出せるのでしょうか?
これは、砂粒一つの振動から都市を建設するようなものです。論理の飛躍が大きすぎます。
現実の壁3:情報はどこから?
量子もつれには重要な制約があります。それは 「情報は伝達できない」 ということ。
もつれた粒子同士は相関関係を持ちますが、それを使って新しい情報を送ることはできません。では、「げぇむ」のルールという膨大な情報は、一体どこから来たのでしょうか? 量子論だけでは説明不可能です。
結論:SFと科学の美しい境界線
さて、長い考察の旅を経て、答えを出す時が来ました。
SF的想像力としては最高のアイデア
「臨死体験で意識が量子もつれを起こし、共有世界が生まれる」——これはSF設定としては素晴らしいと思います。単なるファンタジーではなく、実在する科学理論(たとえ未確立でも)をベースにすることで、物語に説得力と深みが生まれます。
科学的可能性としては限りなくゼロに近い
しかし正直に言えば、現在の科学では「あり得ない」と言わざるを得ません。
- 量子脳理論自体が仮説段階
- 脳内で安定した量子状態を保つことの困難さ
- 量子現象からマクロ世界を構築する説明の欠如
- 情報源の問題
これらのハードルは、あまりにも高すぎます。
「煉獄」としての解釈
むしろ物語の本質は、「今際の国」を物理現象として捉えることではないのかもしれません。
あれは人間の心が死の淵で見る「黄泉の国」や「煉獄」——つまり、物理的な世界ではなく、哲学的・精神的な領域の出来事として理解するのが、最も自然で深い解釈ではないでしょうか。
最後に:科学とフィクションの素敵な関係
この考察を通じて気づくのは、優れたSFは科学の最先端に触発され、逆に科学も優れたSFから新しい視点を得るという相互関係です。
「今際の国のアリス」が量子力学で説明できるかどうか——その答えは 「現時点ではNo」 です。
でも、この問い自体が面白いと思いませんか?
フィクションが科学の言葉で語られようとする時、私たちは人間の意識、現実の本質、生と死の境界という、最も根源的な謎と向き合うことになります。
そして誰が知っているでしょう? 100年後の科学が、今は不可能と思われることを可能にしているかもしれません。
あなたは、どう思いますか?
参考になる関連情報
- ロジャー・ペンローズ『心の影』『皇帝の新しい心』
- 臨死体験研究の最前線
- 量子コンピューティングと意識の関係
#今際の国のアリス #量子力学 #ペンローズ #臨死体験 #SF考察 #科学とフィクション
