【線形代数】連立微分方程式を『対角化』で解くとはどういうことか?- 核心の変数変換を徹底解説
はじめに
こんにちは!
「連立微分方程式を行列の対角化で解く」という手法は、線形代数の華やかな応用例の一つです。しかし、計算手順は追えても、なぜあの操作で問題が簡単になるのか、モヤモヤしませんか?
この記事では、特に以下の2つの疑問に焦点を当てて、その核心を徹底的に解説します。
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WHY: なぜ
dy/dx = Ayをdz/dx = Dzに変換すると、解きやすくなるのか? - HOW: どのような計算(式変形)によって、その変換が正当化されるのか?
目標:「絡み合った問題」から「分離した問題」へ
まず、この手法の目的をはっきりさせましょう。それは、**「互いに絡み合った複雑な問題を、独立した単純な問題の集まりに分解する」**ことです。
複雑な問題: dy/dx = Ay
この記事では、以下の連立微分方程式を例題として扱います。
$$
\begin{cases}
y_1' = 2y_1 + y_2 \\
y_2' = 2y_1 + 3y_2
\end{cases}
$$
ここで、$y_1$ と $y_2$ はともに変数 $x$ の未知関数 ($y_1(x), y_2(x)$)、$y_1'$ と $y_2'$ はそれぞれ $x$ に関する導関数を表します。
これを行列の形で表現すると、$\frac{d\mathbf{y}}{dx} = \begin{pmatrix} 2 & 1 \\ 2 & 3 \end{pmatrix}\mathbf{y}$ となります。
この式の問題点は、$y_1$ の変化率($y_1'$)を知るには $y_2$ の値が必要で、逆に $y_2$ の変化率($y_2'$)を知るには $y_1$ の値が必要である点です。このように変数が互いの式に入り混じり、**「結合している(coupled)」**状態では、直接解くのは非常に困難です。
単純な問題: dz/dx = Dz
一方、対角化によって変換された後のゴールは、$\frac{d\mathbf{z}}{dx} = \begin{pmatrix} 1 & 0 \\0 & 4 \end{pmatrix}\mathbf{z}$ という形です。成分で書くと、
$$
\begin{cases}
z_1' = 1 \cdot z_1 \\
z_2' = 4 \cdot z_2
\end{cases}
$$
$z_1$ の変化は $z_1$ だけで、$z_2$ の変化は $z_2$ だけで決まります。関係が完全に**「分離している(decoupled)」**ため、それぞれが $z(x) = C e^{\lambda x}$ という形で独立に解ける、非常に簡単な問題になります。
つまり、対角化とは、この「複雑な結合状態」を「単純な分離状態」へと変換する操作なのです。
手法:変数変換の式変形
では、どうやってこの変換を実現するのか?その数学的な理屈をステップバイステップで見ていきましょう。
ここでの主役は、変数変換 $\mathbf{z} = P^{-1}\mathbf{y}$ です。($P$は固有ベクトルを並べた行列)
出発点
- 元の式: $\frac{d\mathbf{y}}{dx} = A\mathbf{y}$
- 変換の定義: $\mathbf{z} = P^{-1}\mathbf{y}$
証明
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変換の定義式を微分する
$\mathbf{z} = P^{-1}\mathbf{y}$ の両辺を $x$ で微分します。$P^{-1}$は定数行列なので、微分の外に出せます。
$$\frac{d\mathbf{z}}{dx} = P^{-1} \frac{d\mathbf{y}}{dx}$$ -
元の式を代入する
右辺の $\frac{d\mathbf{y}}{dx}$ は、$A\mathbf{y}$ と等しいので、これを代入します。
$$\frac{d\mathbf{z}}{dx} = P^{-1} (A\mathbf{y})$$ -
変数を z に統一する
右辺の $\mathbf{y}$ を消すため、$\mathbf{y} = P\mathbf{z}$ の関係(定義式の両辺にPを掛けたもの)を代入します。
$$\frac{d\mathbf{z}}{dx} = P^{-1} A (P\mathbf{z})$$ -
対角化の形を作る
行列の積は結合法則が成り立つので、括弧の位置を変えてP⁻¹APの塊を作ります。
$$\frac{d\mathbf{z}}{dx} = (P^{-1}AP)\mathbf{z}$$ -
D に置き換える
$P^{-1}AP$ とは、まさに対角行列 $D$ の定義そのものです。
$$\frac{d\mathbf{z}}{dx} = D\mathbf{z}$$
これで、dy/dx = Ay が dz/dx = Dz に変換されることが厳密に証明されました。
例題で実践
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対角化: $A = \begin{pmatrix} 2 & 1 \\ 2 & 3 \end{pmatrix}$ を対角化し、$P$と$D$を求めます。
$P = \begin{pmatrix} 1 & 1 \\ -1 & 2 \end{pmatrix}, \quad D = \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 4 \end{pmatrix}$ -
単純化: 上記の証明により、問題は $\frac{d\mathbf{z}}{dx} = \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 4 \end{pmatrix}\mathbf{z}$ となります。
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分離して解く: $z_1' = z_1$ と $z_2' = 4z_2$ を解き、$z_1(x) = C_1 e^{x}$, $z_2(x) = C_2 e^{4x}$ を得ます。
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元の変数に戻す: $\mathbf{y} = P\mathbf{z}$ で解を元の世界に戻します。
$$\begin{pmatrix} y_1 \\ y_2 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 1 & 1 \\ -1 & 2 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} C_1 e^{x} \\ C_2 e^{4x} \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} C_1 e^{x} + C_2 e^{4x} \\ -C_1 e^{x} + 2C_2 e^{4x} \end{pmatrix}$$
これが求める一般解です。
まとめ
- WHY(なぜ簡単になるか): 対角化は、互いに**絡み合った(結合した)変数を、互いに独立した(分離した)**単純な変数へと変換する操作だから。
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HOW(どうやって変換するか): 変数変換 $\mathbf{z} = P^{-1}\mathbf{y}$ を行い、対角化の定義式 $D = P^{-1}AP$ を利用することで、
dy/dx = Ayがdz/dx = Dzへと数学的に変形されるから。
一般解から特殊解を求める
一般解は、無数の解の集合を表しています。特定の解を一つに定めるには、初期条件が必要です。
例えば、初期条件が $y_1(0) = 3$, $y_2(0) = 0$ だとしましょう。
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初期値を代入する
一般解の式に $x=0$ を代入します。($e^0=1$ に注意)
$$
\begin{cases}
y_1(0) = C_1 e^{0} + C_2 e^{0} = C_1 + C_2 = 3 \\
y_2(0) = -C_1 e^{0} + 2C_2 e^{0} = -C_1 + 2C_2 = 0
\end{cases}
$$ -
定数を決定する
$C_1, C_2$ に関する上記の連立方程式を解きます。
2つの式を足し合わせると、$3C_2 = 3 \implies C_2 = 1$ が得られます。
これを1つ目の式に代入すると、$C_1 + 1 = 3 \implies C_1 = 2$ となります。 -
特殊解を求める
求まった定数 $C_1 = 2, C_2 = 1$ を一般解の式に戻します。
$$
\begin{cases}
y_1(x) = 2e^x + e^{4x} \\
y_2(x) = -2e^x + 2e^{4x}
\end{cases}
$$
これが初期条件を満たす唯一の解、特殊解です。
まとめ
- WHY(なぜ簡単になるか): 対角化は、互いに**絡み合った(結合した)変数を、互いに独立した(分離した)**単純な変数へと変換する操作だから。
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HOW(どうやって変換するか): 変数変換 $\mathbf{z} = P^{-1}\mathbf{y}$ を行い、対角化の定義式 $D = P^{-1}AP$ を利用することで、
dy/dx = Ayがdz/dx = Dzへと数学的に変形されるから。 - この手法により、微分方程式の一般解を求め、さらに初期条件を与えることで特殊解を一つに定めることができる。
この記事が、皆さんの線形代数の理解の一助となれば幸いです!