2025年11月に発生したCloudflareの大規模障害は、多くのITエンジニアにとって既視感のある悪夢でした。その構造や原因を深掘りすると、約1年前に世界を混乱させた「CrowdStrike事件(2024年7月)」と驚くほど酷似していることが分かります。
そこで、この2つの事例を比較分析し、なぜ同じ過ちを繰り返してしまうのか、その共通項と教訓を整理します。
1. 原因 / 「プログラム」ではなく「設定ファイル」が凶器
どちらのケースでも、エンジニアが最も警戒する「アプリケーション本体の更新(exeやバイナリの変更)」ではなく、警戒が薄くなりがちな「小さな設定データの更新」が引き金でした。
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CrowdStrike (2024)
センサーの設定ファイル「チャンネルファイル291」の更新が原因でした。これに含まれていた論理エラーが、Windowsのメモリ読み込み違反を引き起こしました。 -
Cloudflare (2025)
Bot管理用の「特徴ファイル(フィーチャーファイル)」の更新が原因でした。SQLクエリのミスで重複データが混入し、ファイルサイズが肥大化したことで読み込み処理がパンクしました。
ここに潜む罠
両者に共通するのは 「コードの変更じゃないから大丈夫だろう」「ただのデータ定義の更新だから」という油断です。
プログラムの変更には厳格なレビューを通す組織でも、設定ファイルの更新は「運用作業」として軽視されがちです。しかし、現代のシステムにおいて設定ファイルはプログラムの挙動そのものを支配しており、実質的にはコードと同義です。
2. 配信 / カナリアリリースの欠如(一斉配信)
被害を世界規模に拡大させた最大かつ致命的な共通点は、「段階的に広げる」という基本原則が無視されたことです。
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CrowdStrike (2024)
設定ファイルを世界中の数百万台のWindows端末へ、ほぼ同時に自動配信しました。その結果、世界中のPCが同時にブルースクリーン(BSOD)になりました。 -
Cloudflare (2025)
生成されたバグ付きファイルを、世界中の全拠点(エッジサーバー)へ「一瞬」で配信しました。その結果、地球規模で同時にサービスがダウンしました。
ここに潜む罠
ここにはセキュリティ製品特有のジレンマがあります。
「最新の防御情報を1秒でも早く届けたい」という正義感が、逆に「即死攻撃」を世界中にばら撒く結果となりました。
スピード(即時配信)と安全性(段階配信)のトレードオフにおいて、現場の力学がスピードに傾きすぎた結果と言えます。
3. 検証 / バリデーター(検査機)のすり抜け
本来、このような不正データを水際で止めるはずの検査機能が、両事例ともに機能不全を起こしていました。
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CrowdStrike (2024)
事前に検証を行うはずの「コンテンツバリデーター」自体にバグがあり、不正なファイル形式を「問題なし」と通してしまいました。 -
Cloudflare (2025)
「自社システムが生成したファイルだから」という暗黙の信頼があり、サイズのチェックや整合性の検証が甘く、肥大化したファイルをそのまま各サーバーへ渡してしまいました。
ここに潜む罠
共通しているのは 「入力チェックの不備」と「身内への過信」 です。
外部からの攻撃データに対しては強固な防御壁を持っていても、内部プロセスから渡される「腐ったデータ」に対しては無防備でした。信頼境界(Trust Boundary)の設計ミスと言えます。
4. 現象 / 再起動ループ(Boot Loop)
復旧を困難にし、現場を混乱させた挙動も似ています。
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CrowdStrike (2024)
PCが起動するたびにCrowdStrikeがその不正ファイルを読みに行き、またブルースクリーンになるという「再起動ループ」に陥りました。 -
Cloudflare (2025)
サーバー上のプロセスがファイルを読み込んではクラッシュし、自動再起動してはまた読み込んでクラッシュする……というループを繰り返しました。
唯一の違い / 「復旧の難易度」
構造は酷似していましたが、復旧フェーズの地獄絵図には大きな差がありました。
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CrowdStrikeの場合(エンドポイント障害)
端末(PC)が個別に死んだため、リモート操作も受け付けなくなりました。情シス担当者が1台ずつ「セーフモードで起動してファイルを削除」するという手作業が必要となり、完全復旧に数日~数週間を要しました。 -
Cloudflareの場合(サーバーサイド障害)
サーバー側の障害だったため、エンジニアが中央から「正常なファイルを配信し直す」または「機能をバイパスする」という対応が可能でした。管理画面に入れないトラブルはありましたが、数時間で復旧しました。
エンジニアが学ぶべきこと
この2つの事例から得られる最大の教訓は、以下の1点に集約されます。
「小さな設定ファイルの更新運用こそ、最大の脆弱性になり得る」
CrowdStrike事件で世界中が「段階的リリースの重要性」を痛感したはずでした。しかし、2025年の事例でも同じ失敗が繰り返されているという事実は、喉元過ぎれば熱さを忘れてしまう人間の性を示唆しています。
「設定ファイル一つで世界は止まる」
この恐怖を常に想像し、設定ファイルの更新フローにこそ、コードデプロイ以上の安全装置(バリデーション、カナリアリリース、ロールバック)を組み込む必要があります。