はじめに
去年の8月に「AIで Excel VBA を操る道具」を作り始めてから、ちょうど1年が経ちました。
少し前の記事で、ファイル探しの三段構え(ファイル名 → 本文 → AI)の話を書きました。
次は「AI要約説明」と予告しているのですが、その前に、もう一本だけ挟ませてください。今回は手順もコードも出てきません。1周年の区切りに、この1年に何が起きたのかを一度だけ振り返っておきたいのです。
というのも、振り返ってみたら、思っていたより大きな話になっていたからです。机の上で起きたことと、世の中で起きたことが、同じ方向を向いていました。
TL;DR
- 1年前、AIとの会話で VBA を出し入れする道具「VBAマネージャー」を作り始めました。きっかけは意外にも Google の世界(GAS)です
- 1年かけて、マクロの出し入れ道具は「開いたままのブックに相乗りする Excel の操縦席」になりました
- 今年の7月、逆向きの配線(Excel のボタンから AI を呼ぶ)が通って、輪が閉じました。Excel の中に住むエージェントの初号機です
- 同じ1年で、AI の世界はチャットからデスクトップのエージェントへ動き、国の評価も2018年の「負債」論から反転しつつあります
- つまりこれは、1年前に選んだ方向の答え合わせの記録です。最後に二号機の予告があります
一年前 ──「属人化」と言われる側から始まった
出発点から書きます。
私は長いこと Excel VBA でいろいろ作ってきました。そして長いこと、こう言われる側でした。属人化。ブラックボックス。作った本人にしか分からないから危険だ──。
個人の感想ではありません。国も公式文書でそう言っていました。経産省が2018年に出した DXレポート(いわゆる「2025年の崖」)は、既存システムの複雑化・老朽化・ブラックボックス化を技術的負債と断じ、放置すれば経済損失は最大12兆円/年と数字まで付けています。属人 Excel は、ずっとこの文脈の中で語られてきました。
言われていることの中身を分解すると、結局は一点です。作った本人にしか読めない。本人にしか直せない。
だったら、と考えました。AI がコードを読めて、説明できて、直せるようになったら、この批判はどうなるのか。
それが1年前の出発点でした。
遠回りが設計図をくれた
きっかけは、Excel の外にありました。Google の世界です。
Google Apps Script(GAS)を触っていた時期があります。あちらには clasp という公式ツールがあって、手元のエディタでコードを書き、コマンド一発でクラウド側に反映できます。ブラウザのエディタにコードをコピペで運ぶ必要がない。触ってみると、それが当たり前の開発体験としてそこにありました。
で、思ったわけです。こんなことができるなら、Excel の VBA でもできるんじゃないか?
ところが VBA の世界には、相当品がありませんでした。VBE は閉じた箱で、コードをファイルとして出し入れするという発想自体が、ほぼ存在しません。無いなら作ればいい。COM 経由で、いま開いているブックのマクロに直接手が届く道具──それが去年の8月に作り始めた VBAマネージャー(GitHub で公開しています)です。
言ってみれば「VBA 版 clasp の自作」です。ただし一つ、元ネタと違うところがあります。コードを押す主体が、人間ではなく AI だということです。私は AI と会話する。AI がこの道具を使って、ブックのマクロを出し入れする。私の役目は指揮者です。
VBA を禁止する側の Google の世界で覚えた開発体験が、VBA を延命させる道具の設計図になった。今になって思えば、あの遠回りが一番の仕入れでした。
一年で何が起きたか
年表ふうに畳んでおきます。
- 2025年8月:開発開始。AIとの会話でマクロを取得・置換・実行する、それだけの道具
- 秋〜冬:マクロの隣にあるものへ手が伸びる。シート、テーブル、ピボット、UserForm、図形。「マクロを直すにはシートも読めないと話にならない」の連続で、守備範囲が勝手に広がる
- 2026年初夏:徹底総点検を二度。穴を潰し、本体を分割し、道具として落ち着く
- 2026年7月:MCP サーバー化。AI からの操作が体感ミリ秒になり、会話の速度で Excel が動く。コマンドは気づけば75本
設計方針は最初から一つだけでした。**開いたままのブックに、そのまま相乗りする。**ファイルを閉じて開き直す方式は、作業の流れを断ち切るので採りませんでした。人間が作業している Excel の中に、AI が同席する。あとから振り返ると、この一点が全部の伏線でした。
作っていた本人としては、目の前の不便を一つずつ潰していただけです。気づいたら、マクロの出し入れ道具は「Excel の操縦席」になっていました。
逆向きの配線 ── 初号機が動いた日
そして今年の7月、配線が一本増えました。逆向きの配線です。
それまでの1年は「AI → Excel」の一方通行でした。AI がマクロを書き、直し、実行する。7月に作ったのは「Excel → AI」。マクロ一覧フォームの [AI修正] ボタンを押すと、VBA が裏で Claude Code を呼び、直ったコードが戻ってきて、名前判定で差し替わる。チャット画面は一度も開きません。実測8秒。この顛末は前に書きました。
AI がマクロを書き、マクロが AI を呼ぶ。この輪が閉じたとき、手元にあるものの呼び名が変わった気がしました。
エージェントという言葉の中身は、分解すると三つです。判断する頭。使える道具。回すループ。頭は AI が持ってきました。ループは7月の配線で閉じました。では道具は?──長年ため込んだマクロたちです。標準モジュールに Sub を置けばメニューに並ぶ仕組みの上に、業務の手順を焼き付けたマクロが並んでいる。AI から見れば、これは実行できる道具のカタログです。
世の中はいま、エージェントに持たせる道具を新しく書き始めたところです。こちらは順序が逆でした。道具箱のほうが先に、何年もかけてできていた。この1年でやったことの正体は、頭と道具箱をつなぐ配線工事だったのだと思います。
だから、道具ではなくこう呼ぶことにしました。Excel の中に住むエージェントの、初号機です。
お客さんと家主
Copilot や Claude for Excel など、大手の Excel 向け AI も次々出てきています。あちらが劣っているという話ではありません。性格が根本から違うのです。
あちらは万人向けに作られた、シートの上のお客さんです。誰の Excel でも壊さないことが第一ですから、深いところには手を入れられません(Claude for Excel がマクロに触れない話は前に書いたとおりです)。
自作のエージェントは家主です。自分の流儀を、そのまま仕様に焼き込めます。マクロは1本で完結させる。成功したときは黙る。壊す前に退避を取り、復元ボタンで一発で戻す。危ない操作は撃つ前に対象を確認する──この作法は、長年の失敗から染みついた、私の家のルールです。既製品は私の家のルールを知りませんし、載せる場所もありません。
ここで気づくことがあります。「属人化」と呼ばれてきたもの──個人に染みついた、その人にしかないやり方──は、エージェントを自作する人間にとっては、そのまま設計図なのです。批判の的だった属人性が、既製品には真似のできない差別化の源に変わる。1年前には思ってもみなかった逆転でした。
世界が同じ方向に動いてきた
ここからは、机の外の話です。
この1年で、AI の使われ方の主流が変わりました。ブラウザのチャット窓に人間が出向いて、答えをコピペで持ち帰る方式から、AI エージェントがデスクトップに降りてきて、手元のファイルやアプリを直接操作する方式へ。Claude Code がまさにそれです。
なぜそうなったのか。答えは単純だと思います。仕事の実体は手元にあるからです。データも、道具も、長年積み上げた資産も、全部ローカルにある。だから AI の側が手元に来た。
振り返って、COM 経由で開いたままの Excel を AI に操縦させるという去年の8月の選択は、言葉が流行る前の「デスクトップ AI エージェント」でした。流れに乗ったのではありません。流れのほうが、あとから追いついてきたのです。
一人で手を動かしていると「この道で合っているのか」と思う瞬間はどうしてもあります。1年目のいま、業界全体が同じ理屈で同じ方向に動いている。答え合わせとしては、これ以上のものはありません。
国の向きも変わった
答え合わせは、もう一つあります。国です。
2018年、経産省はブラックボックス化を負債と呼びました。冒頭に書いたとおりです。ところが2026年、文藝春秋PLUSの官僚対談(前編・後編)では、経産省のデジタル政策を担ってきた人たちが、現場固有の文脈こそ宝だ、という方向の話をしています。
7年前に負債と呼ばれたものが、宝と呼ばれ始めている。
ここで注意したいのは、現場のブックは一行も変わっていないことです。2018年に負債と呼ばれたものと、いま宝と呼ばれているものは、同じ物です。変わったのはブックではなく、読み手がいるかどうか。AI という読み手が現れた瞬間に、値札が付け替わった。会計の言葉で言えば、評価替えです。
前に「ブラックボックスと呼ばれていた箱は、もう開く」と書きました。今回の振り返りで付け加えるなら、こうなります。開いた箱の中から出てきたのは、負債ではなく、何年分もの業務知識と、エージェントの道具箱でした。
余談 ── その対談のチャンネルで、役者が揃ってきた
ところで、その対談が載っている文藝春秋PLUSというチャンネル、この7月から書籍編集者の黒岩里奈さん(りなくろさん)が新MCとして加わって、注目度が上がっています(公式の発表)。チームみらい党首・安野貴博さんの奥さんです。
その安野さんの原点が、小学生のときに Excel の数式からたどり着いた VBA だったという話は、前に書きました。今年7月の国会では、その安野議員がガバメントAI「源内」のトークン費用を質疑しています。VBA から入った人が、国会で AI の費用構造を問う側に立っている。
国の設計図を語る対談と、それを載せるチャンネルと、AI の実務を問う議員。別々に見えていた登場人物が、この1年でずいぶん近い場所に集まってきました。そしてその全員の話が、机の上の Excel とどこかでつながっている。入口としての VBA は、まだ現役どころか、役者が揃ってきた──そう感じています。
事実と見立ての仕分け
例によって、仕分けをしておきます。
事実:VBAマネージャーの開発開始が2025年8月で、この1年の経過が本連載の各記事に残っていること。[AI修正] ボタンの実測8秒。DXレポート2018の原文(ブラックボックス化・技術的負債・最大12兆円/年)。対談動画の存在。黒岩さんのMC就任が公式に発表されていること。安野さんの原点と国会質疑が公開情報で確認できること。
見立て:この1年の机の上と、デスクトップエージェントへ向かう業界の潮流が「同じ理屈の同じ形」だということ。属人性が資産に変わるという逆転が、これから常識になっていくこと。
見立ての答え合わせは、また1年後にやります。
おわりに
1年前、属人化と言われる側から、半信半疑で作り始めた道具でした。
1年経ってみたら、道具は操縦席になり、配線は輪になり、呼び名はエージェントになりました。そして世の中の AI は手元に降りてきて、国の評価は反転を始めていました。別々の場所が、同じ方向を向いていた。
初号機と呼んでいるからには、二号機の構想があります。ヒントだけ書いておくと──いまの初号機は、まだローカルの中で完結しています。ネットの向こうにあるデータを API で手元のシートに引き込んで、貯めて、さばく。あの「表計算で全部やる」の範囲を、机の外まで広げる話です。形になったら、また書きます。
方向は、間違っていませんでした。それが分かっただけで、いい一年でした。

