はじめに
初投稿として、「AIと会話するだけでExcelのマクロが直る」開発環境を作った話を書きました。
Excel VBA × Claude Code で「会話するだけでマクロが直る」開発環境を作った話 - Qiita
その続きの、番外編です。今回はツールの作り方ではなく、そのツールについて私と AI とで起きた、ちょっと笑える、少し震える話を書きます。
ざっくり予告だけしておくと ──
私は4ヶ月、Claude にも Gemini にも「俺と同じこと作ってる奴、絶対いるよな?」と聞き続けていました。AI は毎回「見当たりません」と返してきた。── ところが先日、新しい Claude が初めて見つけてきた相手は、ちょっと笑うしかない人物でした。
最後まで読むと、AI との付き合い方が少し変わるかもしれません。少なくとも、私は変わりました。
1. AIは、流暢に間違える
きっかけは、自分の昔のツールの話を Claude にしていたことでした。20年もののファイル管理ツールや、最近作った Google ドライブのアプリ。その流れで「記事にしよう」となり、Claude に下書きを書かせてみたんです。
これがひどかった。
Claude は、私のツールの中身を実際には見もしないのに、「なるほど、これはセキュリティの落とし穴に気づいた話ですね!」と、さも分かったような顔で断定してくる。下書きは事実誤認だらけ。時系列は逆。私が一度も言っていないことが、もっともらしい文章で並んでいる。
2回書き直させても浅い。文章は流暢なのに、中身が空っぽなんです。
ここで一つ、はっきり分かったことがあります。流暢な当てずっぽうが、一番タチが悪い。 自信なさげに間違えてくれたら、こっちも疑える。でも AI は、自信たっぷりに、それっぽく、間違える。だから信じてしまいそうになる。
2. 「見ろ」と言ったら、別人になった
頭にきて、こう言いました。
推測でしゃべるな。実物を見ろ。
そしたら Claude が、別人になったんです。
- 私が前に公開した記事を、Web で実際に読みに行った
- 私のツールのコードを、ファイルごと直接開いて確かめた
- 分からないことは、ネットで調べてから答えるようになった
急に、話が地に足ついた。事実誤認が消え、的確なことを言い出した。同じ AI なのに、です。
AI から的確さを引き出すスイッチは、「実物を見させる」こと。
これだけでも十分な学びのつもりでした。でも、本当の話は、ここから始まります。
3. ついでに、消したはずの原稿が出てきた
調子が出てきたので、ダメ元で頼みました。「前に書いて、完全に削除した長い原稿があったはずだ。探してみてくれ」と。
無理だと思っていました。完全削除したんだから。
ところが Claude Code は、自分の会話記録(セッションのログファイル)を漁って、その原稿の本文を丸ごと掘り出してきた。約14,000字。確かに、私が昔書いて捨てたものでした。
ちょっと背筋が寒くなると同時に、感心もしました。自分が消したつもりのものが、別の場所に残っている。便利でもあり、怖くもある。AI 時代に知っておくべき手触りの一つです。
4. 「絶対、誰かいるはずだ」と思って、4ヶ月聞き続けた話
4-1. 私の前提は、最初から「いるはず」だった
ここから、本題です。
私は「AIと会話するだけでExcelのマクロが直る」ツール、VBAマネージャーを、2025年11月ごろから作り始めました。AIに Excel の VBA を直接編集させる Python ツールです。毎日使うと便利で、便利すぎて、こう思いました。
これ、こんなに便利なら、絶対、世界の誰かが同じこと考えてやってるよな?
世界初だ、と思ったのではありません。逆です。「自分が思いつくくらいのこと、絶対に他にもやってる奴いるだろう」── ずっとそう思っていた。だから、AI に何度も聞いたんです。「誰かやってないか、ちゃんと探してくれ」と。
4-2. Claude も Gemini も「見当たりません」と返してきた
Claude に聞きました。「調査しましたが、あなたのようなツールを作った人は見当たりません」と返ってきた。
念のため、Gemini にも聞きました。やっぱり「見当たりません」と返ってきた。
私は納得していませんでした。「いるはずだろ」と思い続けていた。だから、何度も、何ヶ月も、聞き直しました。検索の角度を変えて、英語圏も見てくれと頼んで、リサーチを念入りに頼んで。そのたびに、Claude も Gemini も「見当たりません」と返してきました。
この記録は YouTube 動画にも残しています:Python + win32com + Claude Code × Excel VBAマネージャー完成。
しかも Claude は「無い」と言うだけじゃなく、もっともらしい理由まで添えてきた。Pythonで VBA を操作する発想がある人は少ない、CP932 や Attribute 行で詰まる、AI に何を作らせるか言語化できる人が少ない、VBE で十分と思われている── 4つの理由を並べて、「40年の表計算経験 × Claude = あなたのツール」と締めくくった。
正直、納得感はありました。私のコードを今読み返しても(GitHub)、Attribute 行の保持のために処理を 2系統に分岐させていたり、time.sleep(1.5) + PumpWaitingMessages() で Excel のモーダル状態を回避していたり、踏んだバグを1個1個封じ込めた戦闘記録みたいなコードになっています。Claude の分析は技術的には妥当でした。
それでも私の腹の底は、「いるはずだろ」のままでした。
4-3. 1分で、出てきた
最近、Claude のモデルが新しくなりました(Opus 4.8)。ここ2日ほど、態度が少し変わった気がしていた。同じ問いでも、前ほど即答で「無い」と言わなくなった。「分からない」「もう一度調べた方がいい」と返してくれることが増えた。
そのタイミングで、もう一度、いつものようにきいてみました。
会話でマクロが直るツール、事務員がこんなの作ったの世界初だよね。
1分で他のものがありますと言って、出てきたのが次のものです。
sbroenne/mcp-server-excel。COM API 経由で AI に Excel を操作させる MCP サーバー。作成日は、2025年10月19日。私が作り始めたより、ひと月、早い。
4-4. これは、AI が嘘をついていたわけじゃない
ここを、正直に書きます。
私はつい「Claude は4ヶ月、調べもせずに嘘をついていた」と書きたくなりました。その方がドラマになるからです。でも、事実は違う。
私は何度も AI に調べさせていました。Claude にも Gemini にも、「リサーチしてくれ」「英語圏も見てくれ」と何度も頼みました。AI は調べた。それでも、出てこなかった。なぜか。
sbroenne さんのリポジトリは 2025年10月19日生まれの、まだ星も少ない、ニッチな個人プロジェクトでした。当時の AI の訓練データには、まだ十分に入っていなかった。Web 検索しても、当時の検索結果の中では埋もれていた。要するに、当時はまだ、Stefan さんの存在が、世の中のデータ側に薄かった。だから、AI が真面目に探しても、引っかからなかった。
つまり AI は、嘘をついたわけでも、手を抜いたわけでもなかった。当時のデータの世界には、本当に、まだ薄かった。それだけです。
ただ、AI は「私のデータは、まだ薄いです」とは言わなかった。代わりに「見当たりません」「そういうものを作った人はいません」と、世の中に無いかのように喋った。
これが、今回のいちばん重要な発見です。
AI の「無い」は、「世の中に無い」じゃなくて、「今の私のデータに無い/薄い」だ。
AI 自身は、その2つの違いを、自分から教えてくれない。
そして今回、答えが変わったのは、Claude のモデルが世代交代して、データが追いつき、態度が少し正直になったから。私の側の貢献は、最初から「いるはず」と疑い続けて、何度も AI に調べさせていたこと。それと、新しいモデルが来たタイミングで、いつもの質問をもう一度投げてみたこと。それだけです。
5. 出てきた相手 ── Microsoftの部長だった
中身を見て、ちょっと笑ってしまいました。
Power Query、ピボットテーブル、グラフ、テーブル、ワークシート、そして VBA── Excel のほぼ全機能を網羅した25ツール・230操作・127リリースの本格製品。私の手作りツールとは、規模も完成度も、まるで桁が違う。
さらに、作った人を調べて、もう一回笑いました。
Stefan Broenner さん。ドイツ・フランクフルト在住、Microsoft の Director級エンタープライズアーキテクト。 ── つまり、Excelを作っている会社の、部長クラスです。
しかも、彼が作っていたのは Excel ツールだけじゃありませんでした。Windows 操作、配信ソフト、Office── そして極めつけは、「Agent Skills」のパッケージマネージャまで。私が AI に作法を仕込むのに使っている、あの "Skills" の土台そのものを作っている人だったんです。
整理しておきます。
片や、ドイツ・フランクフルトの Microsoft 部長。
片や、ただの老いぼれ事務員。
連絡も取らず、相手の存在すら知らず、ほぼ同じ頃に、「AI に VBA を触らせる」という同じ場所にたどり着いていた。
もちろん、向きは違いました。Stefan さんのは Excel 全機能を網羅する汎用 MCP サーバー。私のは、自分の業務用アドインに特化した個人ツール。でも、根は同じです。
「世界初」とは口が裂けても言えない。完敗もいいところです。でも、事実だけ置くと、これはこれで悪くない話でした。Microsoftの部長と地方の事務員が、知らずに、独力で、同じ時期に、同じ未来に立っていた。 規模で完敗したことも、ひと月後だったことも、霞むくらい、こっちのほうが本当でカッコいいな、と思いました。
それに、こうも思うんです。私のツールがすごいかどうか、私が言っても仕方ない。でも、Microsoft のプロが、私と連絡も取らず、知らないうちに、同じ設計を選んでいた。COM も、Claude も、Skills も。── 素人が手探りで掴んだものが、最高峰のプロと同じだった。それが、何よりの答えでした。
5.5. 私が震えた、二回の話
ここで、少しだけ自分の話をさせてください。
40年、マクロには散々苦労してきました。一行直すのに半日溶けることもあった。エラーと睨めっこして、動いたと思えばまた別の場所で転ぶ。ずっと、そういう世界で生きてきた。
それが、Claude が win32com を採用してくれた瞬間、一気に通ったんです。あれだけ手こずっていたマクロが、会話するだけで、目の前で一瞬で組み上がっていく。
私は、震えました。大げさじゃなく、その瞬間に「新しい時代が来た」と見えてしまった。今までの苦労が地続きで終わって、別の未来が始まる音がした。だから、震えたんです。
震えは、もう一度ありました。Claude が、フォーム(UserForm)まで自由に直せるようにしてくれた時。思い通りにフォームが組み上がる。また、震えた。
── そして後で気づきます。Stefan さんと私は、同じ COM という場所に立っていた。でも、片や自社の製品を知り尽くした知識で自力で行き着き、片や AI に運ばれただけの素人だった。
6. 書きながら、もう一つ気づいたこと
Stefan さんと私、使っている AI も、叩いている API も、同じです。違うのは、立場だけ。片や Microsoft の部長、片や田舎の事務員。天と地。
しかも、これは私の推測ではありません。Stefan さんのリポジトリには、本人がこう書いています。
"This entire project was developed using GitHub Copilot AI assistance - mainly with Claude but lately with Auto-mode."
(このプロジェクト全体は、主に Claude を使って開発した。)
私も Claude。彼も Claude。使っていた道具まで、本当に同じだったんです。
その天と地が、同じ AI を使って、ほぼ同時期に、同じ方向のツールを作っていた。
Microsoft の部長と、日本の田舎の事務員が、同じ方向のツールを独力で作る。AI 以前の世界では、絶対に起こりえなかったことです。でも、今、起きた。同じ道具を持てば、立場が違っても、辿り着く場所は近くなる。
これは「世界初を逃した話」じゃありません。これは、AI が世界をフラットにしている瞬間の、現場の記録です。
7. ここから持って帰ってほしいこと
ひとつだけ書くなら、これです。
AI の「無い」は、「世の中に無い」じゃない。「今の私のデータに無い」だ。
AI は数ヶ月で世代交代します。今日「無い」と言われたものが、半年後には「ありました」になる。腹の底で「いるはずだろ」と思っているなら、AI の「無い」で消さない方がいい。私の場合は4ヶ月かかりました。それでも、消さなくてよかった。
おまけで、もうひとつ。やったことは、記録に残す。ツールは GitHub に、過程は YouTube に、考えたことはこの記事に。Claude に「見当たりません」と何度も言われていた経緯まで、動画に残っている。残してあるから、こうして書ける。
本編で書いた Skills も、根は同じ話でした。Skills でルールを縛らないと、AI は事故る。── そして、皮肉なことに。私が AI を御すために頼っている、その Skills の仕組みを作っている側にいたのが、Stefan さんでした。私は Skills を使う側、彼は Skills を作る側。 同じ「AI を事故らせない」という一点を、片や現場で、片や土台で握っていた。番外編の「実物を見させる」「『無い』を疑う」も、結局そこ。AI は、放っておくと事故る道具です。
おわりに
世界初じゃなかったのですが、Stefan さんとは勝手にご本家と分家の認定しておきます。(笑)
それに、正直に言うと ── ほっとしているんです。もし単なる事務員の私が本当に世界初だったら、それはそれで、大変だ。笑ってしまう。世界初が Microsoft の Pro で、私はその二番煎じ。単なる事務員には、それで十分すぎるくらいなんです。
次は本編、Google ドライブのアプリ「G-クイック」の話に戻ります。きっかけは、20年前に作った、ただの Excel 「ファイル一覧」マクロ ── 私がツールを作り始めた原点でした。それが手を変え品を変えながら、いま Google Drive と AI を巻き込んで、自分でも想定していなかった方向に育っています。20年がかりの、わりと壮大な話になる予定です。お楽しみに。