先日、私が愛用しているレトロゲームエンジン「Pyxel」の作者様(kitao様)がQiitaにPyxelの魅力を説明する記事を投稿されていました。
その中で私が制作したゲーム「Dungeon Antiqua」について触れていただいたので、Pyxelのヘヴィーユーザーである私からの目線でもPyxelをお勧めしたいと思います。
いかにも煽りっぽいタイトルから「俺のゲームたくさん売れたんだぜ、すごくね?ノウハウ教えてやんよ」的な内容を予想されたと思うのですが、実は単に Pyxelやろうぜ! と勧誘したいだけの記事です。
経緯
そもそも私は「レトロゲームを開発してひと稼ぎしよう」とか、「あわよくばインディゲームで生計を」などと思ってゲーム制作を始めたわけではありません。
学生時代に少しゲーム制作のまねごとをしていた時期があったのですが、15年以上中断した後に「もう一度ゲーム制作して遊んでみたいけど、気軽にできそうなゲームエンジンないかなぁ、Unityとかちょっとしんどそうだし」と思って探したところ、自分が好きなレトロゲームという分野に特化した日本製のエンジンであるPyxelを発見したのが2022年のはじめ。
そこから成果をちょこちょこXなどに投稿して反応をいただいたり、自分はあまり絵が得意でないのでドット絵を描ける方を探していたら幸運にも協力してくださる方が見つかったり、と少しずつ本格化していき、じゃあここいらで1本しっかり作ってSteamに出してみるかー、いうことで「Dungeon Antiqua」の開発を始めて2024年10月10日にリリースした、というのがこれまでの経緯です。
そして、「Steamでリリースできた」だけでも個人制作の到達点としては十分だと思うのですが、のみならず本作は幸運に恵まれ、発売後10日で売上10,000本を達成しました。
Steamで10,000本販売ってすごいの?
といっても「10,000本」という数字が多いのかどうか、それこそ個人制作ゲームの販売などにチャレンジした経験がある方でなければピンと来ないかもしれません。
私自身も初めてのリリースだったので実はあまり感覚がわからないのですが、電ファミニコゲーマー様の記事によると、
Steamのアプリ全体を見ると、売上5万ドル(750万円)で上位11%。上位20%が売上1万ドル(約150万円)からと言われます。73%のゲームは、5000ドル(75万円)稼げない。
だそうなので、Dungeon Antiquaは「Steamアプリ全体の上位11%」は達成したことになります。
また、発売直後のほんのわずかな間でしたが、Steamストアの「JRPG > 話題の新作」というカテゴリ、ほんの一瞬ですがメタファー・FF16というAAA作品の間に「Dungeon Antiqua」が掲載された期間がありました。
これには本当に驚いてしまいました。
もちろん、もっと桁外れの売上を上げている個人制作ゲームはいくらでもあります。
たとえば最近の例だと「8番出口」のようにSteamとNintendo Switch合計で100万本売れた作品もあるわけで、私の場合はドヤ顔してこんな記事を書くほどの実績とは言えません。
ただ、そこいらじゅうにゴロゴロ(それこそQiita界隈には山のように)いる個人エンジニアが趣味で始めたゲーム制作でこの成果、そこそこ夢のある話とは言えるのではないでしょうか?
「Pyxel」は本格的なゲーム制作に向いているか?
しかし冷静に考えれば、ゲームエンジンにはUnityやUnreal Engineなどの現代的で優れたツールが多数存在します。
はじめからインディーゲームとしてのヒットを目指して始めるのであれば、そっちのほうが確実というか、真っ当な判断ではないでしょうか?
と言われると全くその通りで、あくまでPyxelを選ぶのであれば 「レトロゲーム・ドット絵ゲームを作りたい」が前提であるべき で、インディーゲームでひと山当てるためにPyxelを始めるというのはさすがにお勧めはしません。
その上でPyxelを選んだ場合のメリットや可能性を考えていきます。
気軽に楽しくゲームプログラミング、見方を変えれば
Pyxelの公式コンセプトは「気軽に楽しくゲームプログラミング」です。
1ソースファイル・数百行程度のコードで、ちょっとしたアクション・シューティング・パズルゲームなどを作るのが、本来のコンセプトに沿った使い方と言っていいでしょう。
なぜPyxelのコンセプトが「気軽に〜」かというと、PyxelやPico-8などのレトロゲームエンジンはあえて使える色数・画面のピクセル数・鳴らせるサウンドなどを現代のコンピュータの環境からするとありえないほど厳しく制約をかけてしまっています。
Pyxelであればこのようなスペックです。
- 16 色パレット
- 256x256 サイズ、3 イメージバンク
- 4 音同時再生、定義可能な 64 サウンド
これによって、仕上がりに8ビット風ゲームとしての統一感をもたらすだけでなく、グラフィックやサウンドの制作やコントロールが簡素になるため、制作の総コストも小さくて済む=「気軽に」作れる、ということだと思います(私の解釈です)。
さて、ある程度以上ゲーム制作を経験している方ならご存じの通り、ゲーム制作にはとんでもない労力がかかります。
そのため、スキルやセンス以前に、熱意・体力・十分な可処分時間・金銭的な余裕などの条件がある程度整っていないと、本格的ゲームな制作を行うのは現実的には厳しいと言えます。
私の場合もフリーランスとして普通に働きながら趣味としての開発でしたし、家にはまだ小さい子供が2人いて、仕事以外の時間や体力をある程度は育児・家事に割く必要もあるので、「本当に作りたいものを、思う存分に時間をかけて作りました!」といったリソースの注ぎ方は現実的ではありませんでした。
そうなると、グラフィックやサウンド関連の制作コストが(現代的なフルスペックのゲームを作るより)小さくて済む、というメリットがかなり効いてきます。
後述のように、グラフィックなどはそもそも外注するという手段もありますが、外注するとしても一般的に3Dアセットのほうがドット絵より高価になるでしょうし、プログラム上の複雑度もかなり違ってくるはずです。
つまり、大見出しに対する答えとして、「本格的なゲームを作る上でも、Pyxelのコスパの良さがメリットになる」が私の考えです。
レトロゲーム・ドット絵ゲームにニーズはある?
作り手としてのメリットがあっても、受け手のメリット=ニーズがなければ、ゲームを制作したところで学習効果と自己満足のみで終わってします。
もちろんそれでも全然良いのですが、この記事の趣旨は「Pyxelで売れるゲームも作れる」と訴えることにあります。
そこで、「作りやすくてもニーズがニッチなのでは?」と思っている方向けに以下の2つをお勧めします。
①「UNDERTALE」をプレイしてみよう
UNDERTALEは超有名作品なのでプレイした方も多いと思いますし、そうでなくても(この記事を読むくらいなら)名前を聞いたことがある人がほとんどなのではないでしょうか。
未プレイであれば、ぜひプレイしてみてください。6~8時間くらいあれば最初の一周はできると思います。
プレイ動画視聴ではなく、実際に買ってプレイするほうが良いです。
そして一度プレイすれば、もしゲーム自体がそこまで好みではなくとも、プレイヤーにとって3Dやハイクオリティなムービーなどは必ずしも必要ない こと、土台のシステムはシンプル(それほど込み入ったわけではない2Dフィールド形RPG)でも、ストーリーやキャラクター描写、細部のこだわりの積み重ねによってゲームのクオリティは飛躍的に跳ね上がる こと、などが確実に実感できると思います。
UNDERTALEのような2Dピクセルアートな表現はPyxelにより大抵可能です。(Pyxelデフォルトの「256x256の16色」ではもちろん収まりませんが、ピクセル数や色数は拡張可能です。)
また、UNDERTALEは音楽が素晴らしいことでも有名です。これはさすがにPyxelの8ビットサウンドでは表現できませんが、Pyxelを使いつつ音楽だけwavファイル等を使用することなども実はできます。
つまり、言ってしまえば UNDERTALEレベルの作品をPyxelで作ることも理論上は可能 ということです。
②Dungeon Antiquaがどの程度のクオリティか見てみよう
UNDERTALEは非常に極端な例なので、見方によっては逆に「そこまで強烈なクオリティの作品じゃなければダメなのか?」という捉え方をする方もいらっしゃるかもしれません。
そこでもっと現実的な事例として、再びDungeon Antiquaに着目いただきたいと思います。
買ってね!というダイマではなくて、こちらは Youtubeなどで「Dungeon Antiqua」と検索してプレイ動画をちらっと見ていただくか、このリンクから体験版を10分程度触っていただければ十分です。
画面は256x240ピクセルでPyxelデフォルトの16色パレットのみ使用、BGMや効果音もPyxel標準の4チャンネルと音色のみで制作、またプログラム技術的に特別なこともしていません。
感想はおそらく「ファミコン後期〜初期のスーファミあたりの時代だったらこれくらいのクオリティのRPG、よくあったな」といったものになると思います。
このコテコテに8ビット風なゲームが令和の時代にがこれほど受け入れられるとは、私自身すら思っていませんでした。
しかし、Dungeon Antiquaに対する好意的な反応のうち典型的なものは「(豪華で美麗なゲームでなくても)こういうのでいいんだよ」「3Dはもちろんいいけど、2Dにも良さがあるよね」といった内容で、令和の時代にもプレイヤーさんに門前払いを食らうようなクオリティとは受け取られないことが実証できましたし、むしろ一般的な現代ゲームのビジュアルに埋もれにくい(目立つ)点で、レトロゲームであることがプラスに作用するとすら言えるかもしれません。
1人で全部をやるのは無理なんだけど?
さて、ここまで「Pyxel開発はリソースのコスパがよく、ニーズも決して特殊ではない」ということをアピールしてきました。
あとは何でしょう、スキル面の不安でしょうか?
まず、プログラミング自体の敷居の低さという点では、Qiitaを常々見ているような方であれば問題になることは少ないでしょう。
私もPyxelに触れるまではPythonは入門書チュートリアルくらいの経験しかありませんでしたが、いくつか練習作を作りながら楽しく習得することができました。
PyxelのAPIはシンプルで、打ち込んだコードと結果の距離が近い のがとても良いです。
次に大事なのはグラフィックですが、私の場合は絵のセンスがないので、簡単なチップやアイコンといったレベルのものを描くとき以外はドット絵師さんに依頼しています(もちろん有償です)。
ドット絵は令和6年の今でもけっこうな人気があり、描き手の方も多いので、十分に探せると思います。
余談ですが、昨今ゲームにおけるAI生成物利用の議論が盛んになっていますが、ドット絵の領域はあまり犯されていない印象です。古い時代のものだから学習対象にあまりならないだけなのか、あるいは「目の錯覚でそれっぽく」みたいなレベルも考慮してドット絵をAIが描くのは案外難しいということなのでしょうか・・?
あとはサウンドで、これはPyxelのサウンドAPIが少々特殊であるためつまづくポイントになるかもしれません。
私は幸いアマチュアボカロPをやっていた経験があり、少々の音楽知識や作曲スキルを有していたので、自前のツールを作ったりしながらBGMや効果音を準備することができました。
自力で用意するのが難しそうであれば、UNDERTALEのくだりでも触れたように音だけはPyxel環境にこだわらず外部の素材などを使うという手もありますし、もちろん協力者を募集するのも良いと思います。
さしあたって制作に必要な最低限の要素はそれくらいのはずで、あとはSteam販売くらいの段階まで来ると、広報やローカライズなどさらに考慮することが増えてきますが、それはそのときに考えれば良いと思います。
(Dungeon Antiquaの場合は、広報とローカライズのスタッフが1人ずついます。)
要するに、Pyxelに限った話ではありませんが、足りない部分は他の人に頼む(または素材を買う、がんばって見つける)ということもできるので、プログラミングに挑む熱意だけあればあとは致命的ではないと思っています。
まぁ、もっと言ってしまえばプログラミングも外注可能なんですが・・そこはQiitaなので、プログラミングはご自身でチャレンジする前提ということにしておきます。
まとめ
- レトロゲームやドット絵ゲームを作ってみたい人はPyxelやろう! ゲームの出来が良ければ、現代でも十分にニーズはある
- 現代の環境で開発するレトロゲームはリソース面でコスパが良いので、趣味や副業での開発も現実的である
- Pyxelを通じてPythonを楽しく習得できる。絵やサウンドは、自分で用意できなくても手段はある