IETF Note Wellが5年ぶりに大幅改訂 - 2025年10月版の変更点
おはようございます!
GMOコネクトでCTOしている菅野です。
2025年10月27日からCSS2025が大都会岡山で開催される前日な日曜日です。
いかがお過ごしでしょうか?
さて、今回の題材は2025年11月1日からカナダ・モントリオールで開催されるIETF124会合があるのですが、IETFで毎度お馴染みのNote Wellが更新されたので、どの辺が更新されたのかをまとめてみました。
Note Wellって何?
Note Wellとは?
IETFの会議やメーリングリストに参加するときに必ず提示される文書です。知的財産権、行動規範、プライバシーといった重要なポリシーを参加者に思い出させる役割があります。技術標準化の場で公平な議論を進めるための基本ルール、といった感じです。
会議の冒頭スライドで「Note Well」って出てきたら「ああ、これか」となるやつですね。
何が変わったの?
2025年10月23日にIETF (Internet Engineering Task Force) が新しいNote Wellを発表しました。IESG (Internet Engineering Steering Group) が承認して、IETF Executive DirectorとIETF Counselがレビューを行っています。
旧版(2020年頃)と新版(2025年10月)を比較したところ、主に4つの改善がありました。
- プロセス・ポリシーへの同意を冒頭に移動 - 参加者の責任が明確に
- 最初の項目を「行動」に変更 - プロフェッショナルな振る舞いを重視
- BCP番号ではなく個別RFCを直接引用 - 文書へのアクセスが楽に
- 2つのリストを1つに統合 - インラインリンクでシンプルに
なぜ変更したのか
旧版は約5年間使われてきたのですが、いくつか使いづらい点がありました。
- 参考文献がBCP番号だけで、実際のRFC番号を調べる手間がかかる
- 行動規範の記述が箇条書きの最後で、優先度が伝わりにくい
- 箇条書きと参考文献が別々で、やや冗長
新版ではこれらを改善して、もっと直感的な構造にしています。
詳しく見ていく
冒頭文の変更
旧版 (2020年)
This is a reminder of IETF policies in effect on various topics
such as patents or code of conduct. It is only meant to point you
in the right direction. Exceptions may apply. The IETF's patent
policy and the definition of an IETF "contribution" and
"participation" are set forth in BCP 79; please read it carefully.
「例外が適用される場合がある」という但し書きがあって、ポリシーへの同意が暗黙的でした。
新版 (2025年10月)
By participating in the IETF you agree to follow IETF processes
and policies. This Note Well is a reminder of some of those policies.
こちらはすっきりしていて、参加することでポリシーに同意することが明記されています。例外条項もなくなり、ポリシーの普遍性を示す形になりました。
行動規範が最優先に
旧版では行動規範の記述が箇条書きの最後にあったのですが、新版では最初の項目に配置されています。
新版での記述
IETF participants are expected to behave in a professional manner
and extend respect and courtesy to their colleagues at all times
(see RFC 7154: IETF Guidelines for Conduct and IETF Anti-Harassment
Policy). If you have any concerns about behavior, please contact
the Ombudsteam who have a duty of confidentiality and extensive
powers to act, as set out in RFC 7776: IETF Anti-Harassment Procedures.
ここで引用されているRFCは以下の通りです。
- RFC 7154 (BCP 54) - IETF Guidelines for Conduct:プロフェッショナルな振る舞いの基本原則
- RFC 7776 (BCP 25) - IETF Anti-Harassment Procedures:ハラスメント防止手続き
- Ombudsteam - 守秘義務を持って対応してくれる専門チーム
ちなみにOmbudsteamは、IETF参加者からのハラスメント報告を受け付けて、調査して対応を取る独立組織です。連絡先は ombudsteam@ietf.org です。
BCP番号から個別RFCへ
これが今回の改訂で実用面の改善が大きかった点です。
旧版の参照方式
参考文献セクションにBCP番号を並べていました。
- BCP 9 (Internet Standards Process)
- BCP 25 (Working Group processes)
- BCP 25 (Anti-Harassment Procedures)
- BCP 54 (Code of Conduct)
- BCP 78 (Copyright)
- BCP 79 (Patents, Participation)
これだと、BCPが複数のRFCから構成される場合にどのRFCを見れば良いか分からないし、BCP番号から実際のRFC番号への変換が必要でした。
新版の参照方式
各項目で直接RFC番号を引用しています。
| 項目 | 旧版 | 新版 |
|---|---|---|
| 行動規範 | BCP 54 | RFC 7154, RFC 7776 |
| 知的財産権 | BCP 79 | RFC 5378, RFC 8179 |
| プロセス | BCP 9, BCP 25 | RFC 2026, RFC 2418 |
これで必要な文書に直接アクセスできるようになりました。検索性も上がりましたし、リンクをクリック一つで参照先に飛べます。
リスト構造をシンプルに
旧版の構造
- 本文中の箇条書き(5項目)
- 別途「参考文献」セクション(6つのBCP + プライバシーポリシー)
新版の構造
- 本文中の箇条書き(4項目)にRFCへのインラインリンクを埋め込み
- 文末の参考リストを廃止
結果として、ページが短くなって読みやすくなりました。情報の重複も減って、リンク切れのリスクも下がっています。
引用されているRFCについて
新しいNote Wellで引用されているRFCを簡単に見ていきます。
RFC 7154 - IETF Guidelines for Conduct (BCP 54)
概要 - IETFでの個人的な交流に関するガイドライン
内容
- 多様な背景を持つ参加者を尊重
- 相互尊重の価値を強調
- プロフェッショナルな態度で技術的な議論を行う
発行日 - 2014年3月
前身 - RFC 3184を更新
RFC 7776 - IETF Anti-Harassment Procedures (BCP 25)
概要 - ハラスメント防止のための手続き
内容
- Ombudsteamの役割と責任
- ハラスメント報告のプロセス
- 対応措置と是正手段
発行日 - 2016年3月
更新 - RFC 8716 (IETF Administration LLC関連の用語更新)
RFC 5378 - Rights Contributors Provide to the IETF Trust
概要 - 貢献者がIETF Trustに提供する権利
内容
- IETF貢献の定義
- 著作権の扱い
- ライセンス条件
RFC 8179 - Intellectual Property Rights in IETF Technology
概要 - IETF技術における知的財産権
内容
- 特許開示義務
- 知的財産権ポリシー
- IETF技術の利用条件
RFC 2026 - Internet Standards Process (BCP 9)
概要 - インターネット標準化プロセス
内容
- Internet Standardへの道筋
- 文書の成熟度レベル
- レビューと承認プロセス
RFC 2418 - IETF Working Group Guidelines and Procedures (BCP 25)
概要 - IETFワーキンググループのガイドラインと手続き
内容
- WGの設立と運営
- Chairの役割
- 意思決定プロセス
BCPとRFCの関係
BCPとは?
BCP (Best Current Practice) は、IETFのプロセスや運用、ポリシーに関するガイダンスを提供する文書シリーズです。BCPは1つまたは複数のRFCから構成されます。
例:
- BCP 54 = RFC 7154のみ
- BCP 25 = RFC 2418 + RFC 3934 + RFC 7776 + RFC 8716など複数のRFC
旧版でBCP番号を使っていたのは「現在の最新版を参照する」という意図でした。ただ、参加者が正しいRFC番号を見つけるのに手間がかかっていたんですね。新版では具体的なRFC番号を直接引用することで、この問題を解決しています。
プライバシーと記録について
旧版では、プライバシーと記録の項目が2つに分かれていました。
- 「IETFの活動では書面、音声、映像、写真の記録が公開される可能性がある」
- 「提供された個人情報はIETFのプライバシーステートメントに従って扱われる」
新版ではこれらを1つにまとめています。
The IETF routinely makes public written, audio, video, and
photographic records of IETF activities, including your personal
information as set out in the IETF Privacy Statement.
簡潔になって、プライバシーステートメントへの直接リンクも含まれています。
実務への影響
IETF参加者への影響
- 会議参加時 - 新しいNote Wellのスライドが表示されます
- メーリングリスト - 引き続きNote Wellが適用されます
- 参照のしやすさ - RFC番号が明記されているので、詳細を確認しやすくなります
Working Group Chairsへの影響
IESGは、WG Chairsに向けて新しいNote Wellの提示方法に関するガイダンスを更新しました。
- IETF 124 Montreal (2025年11月1-7日) から新版の使用を推奨
- テンプレートスライドは更新済み
- 時間的に余裕がない場合は旧版でも可 (IETF 124のみ)
まとめ
新しいIETF Note Wellでは、次のような改善がありました。
- 明確な同意 - 参加=ポリシー遵守が明示的に
- 行動規範の重視 - プロフェッショナルな振る舞いが最優先事項に
- アクセシビリティ向上 - RFC番号の直接引用で情報へのアクセスが簡単に
- 簡潔さ - リスト構造の統合で読みやすくなった
これらの変更で、IETF参加者は重要なポリシーを理解しやすくなりました。建設的で尊重に満ちた標準化活動につながると期待されます。
今後の展望
今回の改訂は、IETFコミュニティの成熟を示しています。特に、行動規範を最優先事項として配置したことは、技術的な卓越性だけでなく、人間関係の質も重視するIETFの姿勢を表しています。
IETFは参加者の声に耳を傾けながら、プロセスとポリシーの改善を続けていくでしょう。
参考リンク
公式ソース
RFC参照
- RFC 7154 (BCP 54): IETF Guidelines for Conduct
- RFC 7776 (BCP 25): IETF Anti-Harassment Procedures
- RFC 5378: Rights Contributors Provide to the IETF Trust
- RFC 8179: Intellectual Property Rights in IETF Technology
- RFC 2026 (BCP 9): Internet Standards Process
- RFC 2418 (BCP 25): IETF Working Group Guidelines and Procedures
その他
IETFへの参加や国際標準化活動に関心のある方の参考になればと思います。質問や意見があれば、コメント欄でどうぞ。