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この入門書について
この文章は、三重大学公認サークル「計算研究会」内の活動として、勉強会の参加者向けに作成したものです。法学に興味が無いデベロッパーが、教養として、またサービス運営の際の法務の基礎として知っておくべきだろうと考えた内容で構成します。
アウトラインとしては、まず法律の概観を掴んでもらうために、法学概論的な内容を述べた後に、法律の読み方や考え方、概念の中でも特に重要なものだけをご紹介します。
その後に主要な法令の分野で、幾つか事件や判例を紹介します。(予定)
これらの練習を通して、少し法令について馴染んでもらった後に、具体的なインターネットに関する事例や、ウェブサービスの運営や開発上の注意点について勉強していきます。(予定)
なお、次節「講義導入」でのストーリーは、分かりやすいように仕立てたもので必ずしも正しい歴史的事実に基づいてはいません。また、内容については難しい学説等は触れていない場合があります。
内容の正誤について、可能な限り妥当な事実、考え方を記すように努力していますが、私は法律の専門家ではありませんし、その内容については保証出来ません。ぜひご自身で学んで下さい。また、なにか重大な誤りがありましたらご教示頂ければ幸いです。
講義導入
その昔、人間は社会を作りました。そして社会は、より効率的に、より急速に社会を発展させて行きました。社会で人間が活動すれば、必ずどこかで紛争が起こります。人と人、人と社会との間の衝突を最小限に抑えて、適切に処理するためにはルールが必要でした。このような社会のルールを社会規範といいます。これには法の他に、道徳や倫理、宗教も含まれます。
社会は肥大化していくにつれ、より強い力を持つようになりました。そして、国家という単位を構成して強い強制力、権力を備えるようになっていきます。
権力を備えた国家は法を定め、国民に権力を用いて法を遵守(じゅんしゅ)させていきます。
このように、現代社会において、法は国家等の権力が定めます。場合によっては、違反した人に対して権力を行使して制裁を加えます。このような国家による制裁の有無は、法と道徳の違いを示す典型的な特徴の一つとして議論されることもあります1が、ここでは詳しくは触れません(この話も面白いですよ)。
そして、国家が強い権力を持つようになると、その権力の濫用が問題となります。ジョン・アクトンの有名な言葉を借りれば、「絶対的権力は絶対的に腐敗する」です。
そこで、国家(社会)の構成要因たる国民は、国家権力に対して"絶対的なルール"を突きつけます。それこそが「憲法」です。そしてその憲法を最高法規に置いて、憲法に基づく様々な制度と共に国家を縛り付けたのです。
「憲法は誰のためのものか」と聞かれた場合、即答で「国民」と答える人は多くはないでしょう。国民が憲法という強力な武器(又は防具)を手に、国家権力を制限する。まさに憲法(日本国憲法)や憲法学の真髄はここにあります。
他の法が国民に対するルールであるものが多いのに対して、憲法はまさに国家を縛るためのルールなのです。
日本国憲法には様々な国家が守るべきルール、やってはいけないこと(またはやるべきこと)、目指すべき社会、国民が持つ権利について示されています。私達が自由に生きて、幸福を追求しようとする権利を憲法が保障し(ようとし)、国家権力を制限してくれているのです。公務員には「憲法を尊重し擁護する義務」が課せられていますが、これも同様の国家権力を縛る規定の一つなのです。
基本的に憲法は、国民から国家に対して突きつけた、国民の権利・自由を守るための最重要な法であるということは覚えておきましょう。
日本では、憲法に反しない限度で国会が法律を作ります。裁判所は、憲法の目指す社会を実現するために、憲法と法律、その他の法と良心に基づいて解釈や判断を示し、争訟を解決します。行政は、憲法や法律に従って実際に国家権力を正しく行使します。こう考えてみると、如何に憲法が重要なものなのかは理解出来ると思います。
様々な法律を学び、罰せられないようにする、いざこざがあった時の争訟リスクを下げる、これらも法を学ぶ大切な動機の一つですが、やはり法学を学ぶ楽しさは、このような「法律が目指した社会」と、その実現のための「合理的なプロセス」を学ぶことにこそあると考えています。
様々な「法」
さて、それでは具体的に法について学んでいきましょう。
法と法律
法と法律は、一般的には同じ意味の言葉ではありません。
法の方がより広い意味で使われます。法律は、国民の代表者の会議である国会によって議論され、国会によって制定されるものであり、普通、憲法や条例を法律とはいいません。
法律を含むより広い範囲を対象にしたルールが、法なわけですね。
国内法と国際法
法の問題は国内だけで解決出来るとは限りません。
ある一国の範囲を超えた法や、国家間の約束事等を定めるものとして、国際法と言われる分野が存在します。また、国際法に対して普通の国内の法を国内法と分類することがあります。
国際法には、条約や憲章、協定、議定書等があります。普通、内閣(行政)が交渉、合意を行った後に国会で承認を行って有効化します。2
ここでは特段の表記が無い限り、国内法を対象にして議論します。
成文法と不文法
法には法令として文章の形で明確に示された法(成文法)と、そうでない法(不文法)があります。
国々によってもこの傾向が違って面白いです。3
日本では成文法が重視され、憲法や法律は成文法に分類されます。
詳しくは後で述べますが、判例法や慣習法は不文法にあたります。
成文法の分類
国内の成文法の序列に基づいた分類
基本的には、法はこの序列に基づきます。矛盾していた場合は普通上の方を優先して採用します。
法の種類 | 制定するところ | 説明 |
---|---|---|
憲法 | 国会 + 国民 | 国内の最高法規。国民が制定 |
法律 | 国会 | 国会が制定します。憲法に続いて重要 |
条例 | 地方自治体の議会 | 県や市町村議会が制定 |
命令 | 内閣 OR 国務大臣 | 内閣が制定すれば政令、国務大臣なら省令 |
規則 | 地方自治体の長 | 都道府県知事等が制定 |
また、ここではこれら法律や命令等の成文法を総称して「法令」と呼ぶことにします。4
法学の中心となる6つの法
以下の法は非常に重要で、法学の広い範囲を占めるので六法といいます。六法全書の「六法」はここから来ています。5
名前 | 対象 |
---|---|
憲法 | 国の基本的なことを定める。 |
民法 | 市民同士の関係や家族について、契約について等を定める。 |
刑法 | 犯罪と刑罰についてを定める。 |
商法 | 民法の特別法、商業に関することを定める。 |
民事訴訟法 | 民事裁判について定める。 |
刑事訴訟法 | 刑事裁判について定める。 |
一般法と特別法
一般的な関係を述べた法を一般法といいます。一般法の一部をオーバーライドしながら、より特別な関係について定めた法を特別法といいます。普通、一般法に対して特別法は優先されます。
オブジェクト指向言語的にいうと、より上流にいて抽象度が高いものが一般法、継承を重ねてオーバーライドされまくったものは特別法にあたります。また、この分類は相対的なものです。
公法と私法と社会法
公法は、国家権力に関する内容を定めたり、国家と市民との関係を定めた法です。憲法や刑法、行政法6がこれにあたります。
私法は、市民と市民との間に関する内容を定めます。民法や商法が代表的です。契約とか、借金とか、家族とか、損害賠償とか...
社会法は、私法社会に関して政府が調整する法です。労働基準法とかです。
実体法と手続法
権利義務の実体を定めた法を実体法といいます。民法や刑法、商法がこれにあたります。
これに対して、補足的に手続を定めた法を手続法といいます。刑事訴訟法や民事訴訟法がこれにあたります。
不文法の分類
不文法は、明確な文にはなっていないけど裁判の際には判断の基準として使われるものです。
判例法
判例は、めちゃくちゃ重要です。法学を学ぶ人は、皆重要な判例を読みまくります。法律と同じくらい、下手したらそれ以上に判例を読み込みます。
判例では、次に同じような事件があったときにどのようなことを基準にして判断を示すのか、といった例示がなされます。そして判例が積み重なることで実質的に法律と同じような意味を、判例が持つようになります。また、判例を元に国会が法律を変えたり、行政が判断を変えたりすることもあります。
このように、裁判の先例のうちに見出される法規範のことを判例法と言います。
日本では、判例法の成立は認められてはいませんが7、裁判は多くの場合前例に従うという意味、判例の勉強、研究が非常に重要であることには変わりありません。
慣習法
慣習によるもので、法としての効力が信じられているものです。裁判などで、「法令の規定には無いけれど、慣習でこうなってるから」として採用されるものです。
特に商売や取引、契約の分野では、慣習が重要視される場面があります。
その他、国際慣習法も重要となります。
一般的に国際関係における条約の締結は、各国で法律を制定するよりもハードルが高くなります。しかし、国際社会では条約等として締結出来なくてもルールが要求される場面が多くあります。そのような場面で、慣習法が重要視されることがあるのです。
慣習法に関しては、私は詳しくは無いので是非ご自身でも調べてみて下さい。
参考にしました
http://www.asahi-net.or.jp/~jm9t-tyng/30_box/01_democracy/law.htm
http://sikaku.kenkou-jyouhou.net/index.php?%E6%B3%95%E3%81%AE%E7%A8%AE%E9%A1%9E
終わり
ありがとうございました。
今回はデベロッパー関係無いただの法学でした。後2,3回はこのような内容を行い、その上でもう少し身近な問題を取り上げたいと思います。
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このような物理的、国家的強制(例えば刑罰や損害賠償など)の性質を持つのが法であり、心理的、社会的強制(例えば世間の非難等)の性質を持つのが道徳であるという違いを論じるものがあります。この他に、何を規制するのかという点で法は人間の外部に現れる言動(外面性)を規律するものであり、道徳はその意思や心情の内面的な部分(内面性)を規律するものであるという違いが論じられることもあります。簡単に言えば(大分乱暴であるが)、法はどう思っていようとその外部に現れる言動さえ規律に従っていれば良いということになります。 ↩
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国会の承認が必要無い場合について、中内さんによると「大平答弁では、既に国会の承認を経た条約や国内法あるいは国会の議決を経た予算の範囲内で実施し得る国際約束については、外交関係の処理の一環として行政府限りで締結し得ると説明している」とのことです。 (中内 康夫「条約の国会承認に関する制度・運用と国会における議論」参議院事務局企画調整室,2012年7月, No330より) ↩
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例えば、イギリスには単一の成典化された憲法がありません。イギリスの憲法は他の一般の法文内の憲法的規定や、後述する慣習法等から構成されるため、不文憲法 と言われます。 ↩
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法律と命令のみを指して法令と呼ぶこともあります。 ↩
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勿論、六法全書にはこれら六法典以外の法令も沢山収録されていますし、単純な法令だけでなく学説や解説を含めたものも多く販売されています。また、法令に加えて判例を重点的に収録した判例六法も有名です。 ↩
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「行政法」という名前の単一の法典は存在しません。行政法は行政手続法や国家賠償法などの、行政に関する法律の総称です。また、行政法はその内容に応じて「行政組織法」「行政作用法」「行政救済法」の3つに分類することが出来ます。 ↩
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国によって、判例法を実定法として重んじる「判例法主義」、制定法を重視する「制定法主義(成文法主義)」に別れています。日本は、判例法主義的な要素が憲法などに制定されていないことから制定法主義であるとされ、判例法の成立は認められていません。しかし、現実的には最高裁判所の判例は非常に重要で、その後の裁判でも先例に従ったり参考にすることが多いので、やはり判例は勉強しなければいけません。 ↩