このシリーズについて
このシリーズは、三重大学サークル計算研究会の勉強会で使用した「デベロッパーのための法学入門」の資料です。
専門外なデベロッパーでも知っておくべき法学の基礎・教養から、ライセンスや情報法、知財法等のデベロッパーに深く関係のある分野までを網羅的に勉強してほしいという考え方の元執筆しています。
記事中、一部厳密でない表現等があるかもしれません。また内容の正誤には注意を払っていますが、著者はその内容について責任を取ることは出来ません。
私は法律の専門家ではありません。
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法律文章の読み方
実際に法律を読み解く前に、法律を読むための知識を身につける必要があります。
すべてを網羅することは出来ませんが、代表的な用語等の意味や使い分けについて解説していきます。
このセクションの参考文献
このセクションは大いに 吉田利宏「法律を読む技術・学ぶ技術 (第3版)」ダイアモンド社, 2016年5月26日
という書籍を参考にしています。
この本は法律の初学者または深く学ぶ気の無い人にオススメです。とてもわかり易く、しかし重要な内容が網羅されています。法律書としてはとても易しく書かれているので、是非手に取ってみて下さい。
用語を学ぶ意味-「善意」と「悪意」
法令文章では、普通とは意味の捉え方が異なる用語がいくつかあります。
その意味を正確に知っておかなければ、法律の解釈問題が生まれてしまいます。
例えば、「善意」と「悪意」などは分かりやすい例です。
法令用語における善意は、よい心とか、親切心とか、そういう意味はありません。
善意と悪意は「事情を知らなかった」か「事象を知っていたか」で区別されます。
事情を知らなかった場合を善意、事情を知っていた場合を悪意といいます。
「善意の第三者」と言った文脈でよく使います。(何も知らない当事者以外の人という意味)
私達が法学オタクだったら、「私は善意だよ?!(私は何も知らなかったよ)」といった会話が飛び交うのかもしれません。
このように、法令用語では普通の言葉の意味では通用しなかったり、単純に意味が難しかったりするので、このセクションで幾つか代表的なものを解説します。
「"以"下」と「未満」、「"以"前」と「前」
これは一般でも使い分けしますが、以下のように"以"の字がつくものはその基準点を含みます。
100以下には100は含まれるのです。
同様に、誕生日以前というと誕生日を含みますが、誕生日前というと誕生日を含みません。
並べるための接続詞
「又は」と「若しくは」
まず、基本的に並列の物事を並べるとき(OR)には「又は」を使用します。
いくつかの物事について並列する時には、最後の要素の一つ前に「又は」を入れます。
例:
- ネコ 又は イヌ が 世の中を癒やす責任を負う。
- ネコ、イヌ、ハムスター又はキツネが、ペットの会の会長を務める。
加えて、ネストして並列する時には「若しくは」を入れます。
例:
- イヌ若しくネコ又はハムスター若しくはモルモットが、n頭勉強会の座長を務める。
この例では、意味はあまり変わりませんが、その意図は変わってきます。
そもそも大きなグループとして ネコ目の誰か 又は ネズミ目の誰か
というグループ分けをしていて、更にそれぞれ ネコ目
の部分が イヌ 若しくは ネコ
となっているのです。ネズミ目も同じです。(私は生物について詳しくないので適当に書いています)
このように、「又は」だけで単純に並列せずに、より意味のあるグループ分けを意図する際などに「若しくは」が使用されることがあります。
どちらにせよ、「又は」の方がより大きなグループ分けに使われているという事は覚えておきましょう。
「及び」と「並びに」
「又は」には排他的な意味が含まれているのに対して、及びは、両方とも必要といった意味が含まれています。(場合によっては、両方でもよいといったニュアンスで使われることもありますが、基本は両方とも必要なANDです。)
「又は」と「若しくは」では、「又は」を基本的に使用して、ネストする場合はより大きなグループを分けるのに「又は」を使用していました。
「及び」と「並びに」では、「及び」を基本的に使用します。
そして、ネストが深くなる場合は、大きなグループを分けるために「並びに」を使用します。
こんがらがりやすいので注意しましょう。
例:
- ネコ及びイヌ並びにハムスター及びモルモットがn頭勉強会で発表を行う。
- ネコ及びイヌ又はハムスター及びモルモットがn頭勉強会で発表を行う。
早わかり表
表にしてみましょう。*がついた用語は、項目が2つのみの場合に優先的に使用される用語です。
大きなグループを分ける | 小さなグループを分ける | |
---|---|---|
選択(OR) | 又は * | 若しくは |
両方(AND) | 並びに | 及び * |
法律文も再利用「適用」「準用」「類推適用」
プログラムにおいては、何度も同じコードを書くなと言われますが、法律も同じです。
長い条文を何度も書くのはできればやめたいところです。
そこで、繰り返す際に使う用語「適用」「準用」、また少し意味は違うのですが重要な概念「類推適用」について解説します。
適用
適用は、ある条文をそっくりそのまま、他の場所で(またはより具体的な事例で)当てはめていくことをいいます。
具体的な例で考えてみましょう。まずは以下の規定を定めてみます(この規定はてきとーです)。
「計算研究会会長選出規定」
計算研究会は、4月1日までに立候補者を募り、選挙を行う。ただし、第1位の立候補者が過半数の有効票を獲得しなかった場合は、第1位及び第2位の立候補者で決選投票を行う。
そして、実際に選挙を行う際に、この規定を利用したいとしましょう。
この場合は何も規定に変更はしていませんし、同じ会長選挙について利用しています。
このような場合に「適用」を行います。
「2020年度計算研究会会長選出規定」
2020年度の計算研究会会長の選出方法については、計算研究会会長選出規定を適用する。
このように、普通に法律を当てはめて、利用する場合には適用という言葉を使います。
準用
適用は、そのまま予定された具体的な場面に普通に法律を当てはめる際に使用しました。
これとは違って、「準用」は「類似だけど全くおなじではない事項について、必要な修正を加えつつあてはめること」をいいます。
また、修正が必要な場合は的折「読み替え規定」というものが置かれます。
例えば、先程の会長選出規定を、「算術研究会」でも使いたいという際は、以下のように準用します。
「2020年度算術研究会会長選出規定」
2020年度の算術研究会会長の選出方法については、計算研究会会長選出規定を準用する。この場合において、同規定「計算研究会」とあるのは、「算術研究会」と読み替えるものとする。
このように、類似事項から適切な修正を加えながら、法律を当てはめて利用する場合には、準用という言葉を使います。
類推適用
類推適用は、法律には準用の規定すら無い場合に、他の法律から引いてきて当てはめる処理のことです。
例えば裁判所は、法令に詳しい規定がなく、また似た別の規定からの準用規定も置かれていないけれども、判決を出すために似た別の規定を当てはめて考えるのが望ましいような場面において、「類推適用」という仕組みを使って別の似た規定を当てはめます。
基本的には準用は法により定められて当てはめられる規定であり、類推適用は解釈により当てはめられる規定なのです。
「作為」と「不作為」
人間の意思に基づく身体の動静を行為1といいますが、この行為を行うかどうかを作為、不作為といいます。
- 不作為、何もしないこと、或いは一定の行為をしないこと。
- 作為:ある行為を行うこと。積極的挙動
例えば車両の運転を行う人は、人身事故を起こした場合すぐに運転をやめて救護行為を行わないといけません。これは常識的にも当たり前のことですが、法律(道交法)にも定められた義務なのです。
この救護義務に違反した場合は罪を問われますが、これは不作為犯の一つであると分類されます。
このように、行うべき義務があった場合に、その行為を行わない(不作為)と、罪や責任を問われる場合があります。
「自然人」と「法人」
人は権利義務の主体となります。人間は生まれながらに基本的人権を持っていますし、生活の中で得る権利、負う義務も存在します。この権利義務の主体となる普通の人間のことを自然人といいます。これは後述の法人に対する言い方です。
実際の生活では、権利義務の主体となるのは人間だけではありません。会社や財団、機構や国家も権利義務の主体となりえます。
このように自然人以外で、法律によって人とみなして2、権利義務の主体となることができる資格を与えられたもの法人といいます。
非営利法人や営利法人、公法人と呼ばれるものはこれに当たります。
まるで人のように、権利義務の主体として契約などが出来るようになります。
法律文のネスト「条」「項」「号」
法令文章は基本的には基本単位である条ごとに分けて書かれています。
条の部分に、その見出しが書いてあるものもあります。
例えば衆議院HPから、日本国憲法を引用してみましょう。
〔天皇の地位と主権在民〕
第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
〔皇位の世襲〕
第二条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。
〔内閣の助言と承認及び責任〕
第三条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。
このように、上から第n条として表記されていきます。
また各条文の纏めが 〔天皇の地位と主権在民〕 のように記してあることが分かります。
次に、ある条について更にネストしてより細かく項目分けした場合、項と呼びます。
第3条第2項、と言ったように参照します。
また、法令文章では第1項のみが省略されて明示されませんが、第2項からは算用数字で記されます。
例(民法より):
第一条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3 権利の濫用は、これを許さない。
この例の場合、第一条第3項は「権利の濫用は、これを許さない。」であり、
第一条第1項は「私権は、公共の福祉に適合しなければならない。」であることが分かります。
また、更に項の中で細かく分けた場合、号と呼びます。
号も基本的には条と変わりませんが、漢数字で記されているので項と区別を付けやすいです。
例(民法):
第四十六条 法人の設立の登記において登記すべき事項は、次のとおりとする。
一 目的
二 名称
三 事務所の所在場所
...(省略)
2 前項各号に掲げる事項に変更を生じたときは、...(省略)
3 理事の職務の執行を停止し、若しくはその職務を代行する者を...(省略)
この場合、法人の登記のために必要な事項の一つ「名称」は、「第四十六条第1項第二号」と参照出来ることが分かります。
ネストの深さによって、条 -> 項 -> 号と分かれることを覚えておきましょう。
また、条を纏めて大きな塊を章としたり、章を纏めて編3として纏めたりしますが、条文の参照には条項号を示せば十分です。
法律を改正する法律「改正法」
法律の改正を行う場合は、「〇〇に関する法律の一部を改正する法律」という 一部改正法を作ります。また、この一部改正法に書かれた変更内容は改正元の法律を改正させます。
例えば「著作権法の一部を改正する法律(法律第八十五号)」は以下のようになっています。
著作権法の一部を改正する法律
著作権法(昭和四十五年法律第四十八号)の一部を次のように改正する。
第二十条第二項第一号中「を含む。)」の下に「、第三十三条の二第一項」を加える。
第三十三条第一項中「をいう」の下に「。次条において同じ」を加え、同条の次に次の一条を加える。
...(省略)
そして、この法律が施行された後には、著作権法が改正された後の姿として機能するようになるのです。
「本則」と「附則」
法令文は、その本体である「本則」の後に、施行期日や関連法の改廃に関する内容に関わる「附則」が付されます。普通、附則は「項」によって構成されますが、複雑なものでは「条」で構成されることがあります。4
附則には、
- 法律が効力を持つタイミング(施行期日)
- その法律が定められることにより他の法律の改廃が必要な場合、その改廃に関する規定
- 法律が定められることによる経過措置
などが定められます。
特に改正法では、適切な経過措置が存在しないと、法律の改正をする前と後で問題が生じる可能性があるので、法律の引き継ぎのための経過措置が定められます。
例えば、先程の「著作権法の一部を改正する法律(法律第八十五号)」の附則は以下のようになっています。
附 則
(施行期日)
第一条 この法律は、平成十六年一月一日から施行する。
(映画の著作物の保護期間についての経過措置)
第二条 改正後の著作権法(次条において「新法」という。)第五十四条第一項の規定は、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物について適用し、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については、なお従前の例による。
...(省略)
この法律の例では、附則の構成に「条」を使用しているようですね。
あとがき
今回はあまり面白みの無い法律の勉強でした。
次回は、なんとなく使いがちなオープンソースや、似た概念である自由なソフトウェア(Free Software)等の概念について勉強し、ライセンスの正しい選び方等を勉強していきたいと思います。
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行為という言葉は、刑法学、民法学、行政法等でそれぞれ用語の意味が若干異なります。例えば、刑法では犯罪評価の基本として行為を考え、無意識の反射動作等を行為に含めない(=罪に問わない)と議論したりします。また、刑法では狭義・広義の行為があり、その行為(狭義)の作用・結果を含むかどうかで定義が異なります。民法学上では法律行為や事実行為、処分行為や管理行為等として議論されます。「ここでは難しい」というか、筆者が簡潔に解説出来る程は理解していないので取り上げません。代表的な法律行為等は、後ろの章で取り上げるかもしれません。ごめんね(-.-;) ↩
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余談ですが、法人が本質的に何なのか(何と考えるべきなのか)というのは、昔から意見の分かれる議題です。学説によって、権利義務の主体となることが出来るのは人間のみで、法人は法律によって権利能力を仮に与えられ、人を擬制しているに過ぎないとする法人擬制説、それを発展させ、実体がどこか(受益者や管理者など)に存在していて、法人自体はそれを擬制しているだけであるという法人否認説、法人は法が擬制したものではなく、自然人と同様に社会に実在しており、権利義務の主体となることが出来るとする法人実在説などに解釈が別れています。 ↩
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編は民法や刑法等の内容の多い法律に設けられています。また、編、章の他に、必要に応じて節、款(かん)、目といったものを使って細分化します。章などには見出しとして「第一章 〇〇」のような標題が付されます。 ↩
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普通、附則は項か条で構成されますが、極稀に(?)章が設けられるものもあるらしいです。 ↩