はじめに
星像のラディアルプロファイルを扱うとき、「中心が一番 S/N が高いはず」と考えがちです。
本当にそうでしょうか?
上の図は点源の星像が光学系によって広がり、ポアソンノイズに支配されていると仮定しています。
一見すると、中心が最も明るいので S/N もそこで最大になりそうに思えますが、
実はそうとは限りません。
本記事では、背景光を含まない理想的なケースに限定し、
S/N の最大点がどこに現れるのかを数式を追いながら整理していきます。
なお、本記事では、光学系が完全に軸対称であることを仮定しています。
実際の観測装置(例:XRISM X線天文衛星のように4つのquadrantをもつ望遠鏡)では、
軸非対称性の影響により S/N 分布がわずかに異なる可能性があります。
本記事の実装コードは Google Colab こちら からも確認できます。
星像モデル:2 次元ガウス分布
星像は、点広がり関数(PSF; Point Spread Function)によって広がった結果として観測されます。
このとき、その明るさの分布はおおよそ2次元ガウス分布で近似できるとします。
I(r) = I_0\ e^{-r^2 / (2\sigma^2)}
ここで $I_0$ は中心輝度、$\sigma$ は広がり(PSF の幅)です。
もちろん、この面輝度は $r=0$ で最大になります。
円環ごとの信号分布
ラディアルプロファイルでは、単位面積ごとに光を集計し、
半径 $r$ の円環(厚さ $dr$)ごとの信号を考えます。
このとき円環に含まれる光量は次のように表せます。
S(r) \propto I(r)\,A(r)
\propto r\, e^{-r^2 / (2\sigma^2)},
ここで $A(r) = 2\pi r\,dr$ は円環の面積です。
この $S(r)$ は「どの半径の円環が最も多くの光を含むか」を表す分布で、
$r$ に比例する面積効果のため、中心からやや外側にピークを持ちます。
微分して最大条件を求めると $r=\sigma$ となり、最も多くの光を含むのは中心ではなく $1\sigma$ の位置です。
実際に図で確認すると、以下のようになります。
コードはこちら
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
sigma = 1.0
r = np.linspace(0, 4*sigma, 400)
# 信号(円環ごとの光量)
S = r * np.exp(-r**2 / (2*sigma**2))
plt.plot(r, S, label="Signal S(r)")
plt.axvline(sigma, color="r", ls="--", label=r"$r=\sigma$")
plt.xlabel("Radius r")
plt.ylabel("Signal (relative)")
plt.title("Radial Signal Distribution")
plt.legend()
plt.grid(alpha=0.4)
plt.show()
横軸は半径、縦軸はその輝度を表しています。
ガウス分布を円環ごとに積分すると、このように $1\sigma$ 付近でピークを迎えます。
面積の増加とガウス分布の減衰がちょうど釣り合う位置であり、
「どの半径が最も光を稼ぐか」という関係が可視化されていて興味深いですね。
単位面積ごとの S/N
ポアソン統計に従うと、ノイズは信号の平方根に比例します。
半径 $r$ の円環に含まれる信号は
S(r) \propto r\,e^{-r^2 / 2\sigma^2}
なので、単位面積あたりのノイズは
\sigma_I(r) \propto \frac{\sqrt{S(r)}}{A(r)}
\propto \frac{1}{\sqrt{r}}\,e^{-r^2 / (4\sigma^2)}.
したがって、単位面積ごとの S/N は
\mathrm{S/N}(r)
\propto \frac{I(r)}{\sigma_I(r)}
\propto \sqrt{r}\,e^{-r^2 / (4\sigma^2)}.
これを最大化すると、再び $r=\sigma$ が得られます。
つまり、S/N のピークも中心ではなく $1\sigma$ の位置に現れます。
実際に図で確認すると、以下のようになります。
コードはこちら
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
sigma = 1.0
r = np.linspace(0.001, 4*sigma, 400) # r=0を避ける
# S/N(単位面積あたりの比)
SN = np.sqrt(r) * np.exp(-r**2 / (4*sigma**2))
plt.plot(r, SN, color="tab:purple", label="S/N(r)")
plt.axvline(sigma, color="r", ls="--", label=r"$r=\sigma$")
plt.xlabel("Radius r")
plt.ylabel("S/N (relative)")
plt.title("Radial S/N Distribution")
plt.legend()
plt.grid(alpha=0.4)
plt.show()
横軸は半径、縦軸は S/N を表しています。
つまり、最も信頼できる明るさの「円環」は、$1\sigma$ の位置にあるということですね。
まとめ
| 項目 | 最大となる半径 |
|---|---|
| 輝度 $I(r)$ | $r=0$(中心) |
| 光量 $S(r)$ | $r=\sigma$ |
| S/N | $r=\sigma$ |
このように、光量や S/N のピークは中心ではなく $1\sigma$ に現れます。
ラディアルプロファイルを扱うときには、この点を意識しておくと直感とのずれを理解しやすくなります。
おわりに
限られた装置や統計の中から、いかに星の真の情報を引き出すか。
それはラディアルプロファイルに限らず、あらゆる観測に共通する普遍的なテーマです。
今回取り上げた「S/N のピークを知ること」は、一見すると実用的な場面は少ないかもしれません。
しかし、例えば「背景光が存在する場合に S/N がどのように変化するのか」や
「星の明るさをどの範囲で測定するのが最適なのか」など、
測光解析における信頼性を考える際に、このような視点が役立つことがあります。
この記事が、S/N の観点から観測データを整理し、
理解を深めるためのきっかけになれば幸いです。


