はじめに
2024 年 1 月、Vercel の VP of Product である Lee Robinson 氏が公開した記事 「Product Engineers」 が、Web 開発者のキャリアや役割を再定義するものとして注目を集めました。
「フロントエンド」「バックエンド」「フルスタック」といった従来の区分けが揺らぐ中、なぜ今「プロダクトエンジニア」という言葉が重要視されるのか。本記事では、著者の背景や執筆の意図を考察しつつ、その本質を解説します。
1. 著者はどんな人物か：Lee Robinson について
まず、この記事を書いた Lee Robinson（リー・ロビンソン）氏について触れておきましょう。彼は現代の Web 開発シーンにおいて、最も影響力のある人物の一人です。
経歴のハイライトと現在の活動
Lee 氏は現在、 Vercel の VP of Product を務めています（記事執筆当時は VP of Developer Experience などを歴任）。
彼は単なる管理職ではなく、React フレームワークである Next.js の教育者として広く知られています。「Mastering Next.js」というコースや、YouTube、ブログを通じ、最新の Web 技術を噛み砕いて解説する手腕は世界トップクラスです。
なぜ評価されるのか
彼が多くのエンジニアから信頼される理由は、 「技術的な深さ」と「ビジネス/プロダクトへの視点」を高いレベルで両立させている点 にあります。
コードの書き方を教えるだけでなく、「それをどう使えば優れた Web 体験を作れるか」「どうすれば開発チームが速く動けるか」という DevEx（開発者体験） や User Experience（ユーザー体験） の視点を常に提供し続けていることが、彼の発言に重みを与えています。
2. なぜこのブログが執筆されたのか（背景の考察）
なぜ 2024 年のタイミングで、彼がわざわざ「プロダクトエンジニア」という定義を持ち出したのか。そこには大きく 3 つの背景があると考えられます。
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フロントエンドの守備範囲の拡大
Next.js の App Router や React Server Components の登場により、フロントエンドエンジニアがデータベース操作や API 構築（バックエンド領域）を直接行えるようになりました。「フロント＝画面」「バック＝ロジック」という境界線が技術的に消滅しつつある現状を反映しています。 -
AI によるコーディングのコモディティ化
GitHub Copilot や ChatGPT の台頭により、「仕様通りにコードを書く」作業の価値が相対的に下がりました。その結果、エンジニアの価値が「コードを書くこと」から「 コードを使ってどんな課題を解決するか（プロダクトを作るか） 」へシフトしていることを示唆しています。 -
Vercel のポジショニング
これは少し穿った見方ですが、Vercel という企業は「インフラの複雑さを隠蔽し、開発者が機能開発に集中できるプラットフォーム」を提供しています。つまり、世の中のエンジニアがインフラ（Platform Engineering）を気にせず、機能開発（Product Engineering）に集中してくれることは、Vercel のビジネスモデルそのものでもあります。この記事は、 「面倒なことはプラットフォームに任せて、君たちはプロダクトを作ろう」 という Vercel からのメッセージとも読み取れます。
3. 記事の要点解説
記事の中で Lee 氏は、エンジニアの役割をどのように再定義しているのでしょうか。重要なポイントを 3 つに絞って解説します。
① 「フルスタック」から「プロダクトエンジニア」へ
従来の「フルスタックエンジニア」という言葉には、「全レイヤーの技術を深く理解しているスーパーマン」という誤解がありました。
対して プロダクトエンジニア は、技術の深さよりも 「作りたいユーザー体験から逆算して、必要な技術を選んで組み合わせる能力」 を持つ人を指します。すべての技術を知っている必要はなく、ツールを使いこなして価値を届けることに主眼を置く姿勢です。
② エンジニアの二極化：Product vs Platform
記事では、エンジニアリングの役割が以下の 2 つに分かれていくとしています。
- Product Engineers: ユーザーに向き合う。機能を作り、UX を磨き、ビジネス価値を生む。
- Platform Engineers: 開発者（Product Engineers）に向き合う。彼らが効率よく働けるためのインフラやツールを整備する。
中途半端に両方をやるのではなく、役割を明確に分けることで、特にスタートアップなどの小規模チームは速度を上げられると説いています。
③ 優れたプロダクトエンジニアの資質
単にコードが書けるだけでは不十分です。以下の 3 つの資質が挙げられています。
- 反復型（Iterative）： 完璧を目指して抱え込むより、未完成でもリリースしてフィードバックを得るスピードを重視する。
- 顧客重視（Customer Focused）： 顧客の声を聞き、PM 任せにせず自分ごととしてプロダクトを改善する。
- 実用的（Pragmatic）： 技術はあくまで手段。最新技術でも役に立たなければ捨てる勇気を持つ。
さいごに
Lee Robinson 氏の「Product Engineers」は、単なる職種の言い換えではありません。「AI 時代において、エンジニアはどこで価値を発揮すべきか？」という問いに対する一つの回答です。
コードを書くハードルが下がり続ける今、私たちが目指すべきは「技術オタク」ではなく、技術という武器を使ってユーザーに価値を届ける「クリエイター（創り手）」なのかもしれません。
これからエンジニアを採用する企業にとっても、またキャリアを考えるエンジニア個人にとっても、指針となる重要な視座が含まれている記事と言えるでしょう。