はじめに
近年、ソフトウェア開発の現場で「プロダクトエンジニア(Product Engineer)」という言葉を耳にする機会が増えてきました。単に仕様通りにコードを書くだけではなく、顧客の課題解決にコミットするエンジニアの重要性が高まっています。
今回は、著名なテックニュースレター『Refactoring』の著者である Luca Rossi 氏と、Bucket 創業者の Rasmus Makwarth 氏が 2024 年 9 月に公開した記事「 How to Become a Product Engineer(プロダクトエンジニアになる方法) 」を取り上げます。
この記事は、これからのエンジニアに求められる役割の変化と、その実践的なワークフローについて書かれた非常に示唆に富む内容です。本稿では、著者の背景、記事が書かれた理由、そして重要なポイントを掘り下げて解説します。
1. 著者はどんな人物か
この記事のメインライターである Luca Rossi(ルカ・ロッシ) 氏は、エンジニアリング界隈で非常に影響力のある人物です。
経歴のハイライト
イタリア出身の彼は、スタートアップ「Wanderio」の共同創業者兼 CTO(最高技術責任者)を務めた経験を持ちます。技術的なバックグラウンドだけでなく、スタートアップの経営やチームビルディングの実践経験が豊富です。
現在の活動
現在は、エンジニアリングマネージャーやテックリード向けのニュースレター「 Refactoring 」を運営しています。このニュースレターは Substack でトップクラスの人気を誇り、世界中の数万人のエンジニア購読者を持っています。
評価される理由
彼が多くのエンジニアから支持される理由は、 「理想論ではなく、明日から使える実践知(Playbook)」 を提供している点にあります。今回の記事も、単なる概念の紹介にとどまらず、「具体的にどう行動すべきか」というワークフローまで落とし込まれているのが特徴です。
なお、共著者の Rasmus Makwarth 氏は、元 Elastic のプロダクト管理ディレクターであり、現在は機能管理ツール「Bucket」の創業者です。プロダクトマネジメントの最前線にいる彼の実践知が、この記事の具体性を高めています。
2. なぜこのブログが執筆されたのか(背景の考察)
なぜ今、「プロダクトエンジニア」についての記事が必要だったのでしょうか。背景には大きく 2 つの要因があると考察できます。
① エンジニアの役割のコモディティ化と AI の台頭
生成 AI の進化により、コードを書くこと自体のハードルは劇的に下がっています。単に「機能を作れる」だけのエンジニアの価値は相対的に低下しつつあります。その中で、エンジニアが生き残るためには、「何を作るべきか」「それがビジネスにどう貢献するか」まで踏み込む必要が出てきました。著者はこれを「 AI が普及した数年後の世界では、すべてのエンジニアに期待される姿になる 」と予言しています。
② 「プロダクトオーナー」と「PM」の役割分担の変化
かつてのスクラム開発における「プロダクトオーナー」の役割は、今やエンジニアとプロダクトマネージャー(PM)に分割されつつあります。
- PM: 長期的な戦略やビジネス成果(遅行指標)を見る
- エンジニア: 機能の実装から、リリース直後のユーザー行動(先行指標)まで責任を持つ
このシフトが進む中で、「じゃあ具体的にエンジニアは何をすればいいの?」という現場の戸惑いに答えるための 青写真(ブループリント) が必要だったと言えます。
3. 記事の要点解説
記事では、プロダクトエンジニアになるための具体的なステップが紹介されています。特に重要な 3 点を解説します。
A. データ駆動開発:先行指標と遅行指標の使い分け
エンジニアは「先行指標(Leading Indicators)」に注力すべきだという視点は非常に実践的です。
- 遅行指標(Lagging): 売上や解約率など、結果が出るのが遅くコントロールしにくい(PM の領域)。
- 先行指標(Leading): 新機能の利用率や特定のアクション数など、即座に計測でき、改善しやすい(エンジニアの領域)。
エンジニアは「作った機能が使われているか」という先行指標をウォッチし、高速に改善を回すことが求められます。
B. 3 つの神器による機能管理ワークフロー
プロダクトエンジニアの実践的なワークフローとして、以下の 3 つが挙げられています。
- 段階的なロールアウト(Feature Flags): 一部のユーザーにだけ機能を公開し、リスクを抑えてテストする。
- 実験(A/B テスト等): 複数のパターンを試し、データに基づいて意思決定する。
- 成果の測定(Monitoring): リリース後もダッシュボードで指標を追い続ける。
これらを使いこなすことで、エンジニアは「作って終わり」ではなく「結果が出るまで面倒を見る」ことが可能になります。
C. 移行のためのマインドセット
「技術の構築者」から「顧客の問題解決者」へとマインドセットを変えるためのアドバイスもありました。
- PM とペアを組む: データ分析や成功定義について PM と直接話す。
- 顧客の声を聞く: サポートコールの録音を聞いたり、同席したりする。
- タイムボクシング: コーディングの時間と、分析や改善の時間を明確に分ける。
さいごに
Luca Rossi 氏の記事は、エンジニアに対して「もっとビジネスに関われ」と精神論を説くものではなく、「 フィーチャーフラグやデータを武器にして、開発プロセス自体をアップデートせよ 」という極めて具体的な提案でした。
これから AI がコーディングの一部を肩代わりしてくれる時代だからこそ、浮いたリソースを「顧客理解」と「プロダクトの改善」に振り向けることができるエンジニアこそが、市場価値を高めていくことでしょう。
まずは、自分が担当した機能が「実際にどれくらい使われているか」の数字を見ることから始めてみてはいかがでしょうか。