はじめに
2025 年 4 月、Nikhil Sachdeva 氏は「The dawn of the Product Engineer」と題した記事を公開しました。その中で彼は、AI の台頭によって従来の「プロダクトマネージャー(PM)」という役割が再定義され、「 プロダクトエンジニア(Product Engineer) 」という新たなアーキタイプへと進化しつつあると論じています。
この記事は、単なる職種名の変更提案ではありません。AI エージェントと協働することが当たり前になった世界で、人間がどのような価値を発揮すべきかという、現代のすべてのナレッジワーカーにとっての指針となる内容です。
1. 著者はどんな人物か
Nikhil Sachdeva(ニキル・サチデヴァ)氏
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経歴のハイライト :
Microsoft において、データおよび AI プロダクトの次世代開発をリードするプロダクトリーダーです。過去には「The T in TPM(TPM における"Technical"の意味)」など、技術職とマネジメント職の交差点に関する洞察の深い記事を多数執筆しています。 -
現在の活動 :
グローバルなテクニカル・プロダクト・マネージャー(TPM)チームを率い、実際に Microsoft の AI 技術やオープンソース技術を活用したプロダクト開発の最前線に立っています。 -
評価される理由 :
彼は単なる評論家ではなく、実際に Azure や Copilot といった AI 技術を開発・運用する現場のリーダーです。そのため、彼の提言には「現場で何が起きているか」「実際にどのようなスキルセットが機能しているか」という実体験に基づいた説得力があります。
2. なぜこのブログが執筆されたのか(背景の考察)
この記事が執筆された背景には、 「AI エージェントによる開発プロセスの劇的な変化」 と 「従来の PM スキルの陳腐化への危機感」 があります。
記事の冒頭で描かれるのは、「スプリヤ」というたった一人の人間が、3 体の AI エージェント(レミー、イーサン、ジェン)を部下のように指揮し、顧客ヒアリングから市場分析、プロトタイプ作成、コード生成までを瞬時に完了させる未来(あるいは現在の)の姿です。
ここで著者が突きつけているのは以下の問いです。
「もし AI が調査も、コーディングも、タスク管理もできるなら、従来の PM は何をするのか?」
これまで PM の仕事とされていた「バックログの整理(チケット管理)」や「連絡調整」だけの役割は、AI によって自動化され、価値を失いつつあります。この危機感の中で、PM が生き残り、さらに大きな価値を生むための進化形として定義されたのが「プロダクトエンジニア」です。
3. 記事の要点解説
著者は、プロダクトエンジニアに必要な 4 つの核となるスキルと、今後不要になるスキルを定義しています。
① 人間的共感(Human Empathy):顧客ニーズのその先へ
これまでの「顧客への共感(ユーザーが何を欲しているか)」に加え、「 人間的共感(社会にどう影響するか) 」が不可欠になります。
- なぜ重要か: AI はハルシネーション(嘘)やバイアスを含むリスクがあります。単に売れるものを作るのではなく、「責任ある AI(Responsible AI)」の観点から、倫理的・社会的な安全性を担保することが PM の重要な責務となります。
- アクション: ユーザーだけでなく、社会全体への影響を考慮し、法務や倫理のガードレールを設計段階から組み込むこと。
② 技術的外交力(Technical Diplomacy):コードを書け
著者は断言しています。「 Yes, you should write code(はい、あなたはコードを書くべきです) 」と。
- 意味: プロのエンジニアより上手く書く必要はありません。しかし、GitHub Copilot や Cursor などの AI ツールを使えば、誰でもコードが書ける時代です。PM 自身がプロトタイプを作り、技術的な実現可能性(Feasibility)を検証できなければなりません。
- アクション: エンジニアに丸投げせず、自分で POC(概念実証)をコードレベルで回し、RAG やファインチューニングなどの AI アーキテクチャを実践レベルで理解すること。
③ システム思考(Systems Thinking):全体像を把握する
AI システムは複雑です。複数のモデル、セキュリティ、データパイプライン、そして EU AI 法のような規制が絡み合います。
- 役割: これらを包括的に理解し、システム全体の整合性を取る「結合組織」としての役割が求められます。
- アクション: セキュリティ対策やコンプライアンス要件を理解し、AI 導入の準備状況を評価する能力を持つこと。
④ 戦略的マインドとソートリーダーシップ
AI の進化は早いため、学習し続けることが仕事の一部です。
- アクション: 自分専用の AI エージェント(著者は「アルフレッド」と命名)を作成し、自分の忙しい作業を自動化させ、浮いた時間で戦略を練り、学習に充てること。
⚠️ もはや差別化要因にならない(消えゆく)スキル
- 従来のバックログ管理: AI が自動化するため、チケットを切るだけの仕事は消滅します。
- 専任のアジャイルコーチ/スクラムマスター: 開発プロセス自体が AI に支援されるため、プロセス管理専任の役割は縮小します。
- AI スキルを伴わない深い業界知識: 業界知識だけなら AI も持っています。それをどう活用するかという技術的視点がないと生き残れません。
さいごに
Nikhil Sachdeva 氏が描く「プロダクトエンジニア」の夜明けは、PM にとって脅威ではなく、「エンパワーメント(能力拡張)」の物語です。
これまでエンジニアリングリソースの制約で諦めていたアイデアも、PM 自身が AI ツールを駆使して形にできる時代が来ました。スプレッドシートや Jira の管理画面と向き合う時間を減らし、「 コードを書き、倫理を考え、未来を設計する 」という、ものづくりの本質的な楽しさに回帰することが、これからの PM =プロダクトエンジニアに求められているのです。