はじめに
2025 年 3 月、テック業界で大きな反響を呼んだ記事があります。Nilesh Jayanandana 氏による『The Rise of the Product Engineer: Why Just Writing Code Won’t Cut It Anymore（プロダクトエンジニアの台頭：なぜコードを書くだけではもう通用しないのか）』です。
AI によるコーディング支援が当たり前になった今、エンジニアに求められる役割はどう変わるのか？この記事は、その問いに対する一つの明確な答えを提示しています。本稿では、この記事の背景と重要なポイントを深掘りして解説します。
1. 著者はどんな人物か
この記事を書いた Nilesh Jayanandana 氏は、単なる評論家ではなく、バリバリの実践者です。
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経歴のハイライト ：
彼は長年、クラウドネイティブ技術、特に Kubernetes（クーネティス）や分散システムの専門家としてキャリアを積んできました。かつては WSO2 や Platformer といった企業で、大規模なプラットフォームアーキテクチャの設計を主導してきた、いわゆる「凄腕の技術者」です。 -
現在の活動 ：
現在はオーストラリアを拠点とするテック企業 Insighture のプリンシパル・プラットフォーム・アーキテクトとして活躍しつつ、クラウドコスト最適化プラットフォーム「SkyU」の開発・運営に深く関わっています。記事中に出てくる「SkyU」での実践例は、彼自身の現場での経験に基づいています。 -
評価される理由 ：
彼が信頼される理由は、 「技術の深さ」を知り尽くした上で「プロダクト思考」へシフトしている点 にあります。技術を知らない人が「顧客と話せ」と言うのではなく、技術の最前線（クラウドインフラ、DevOps 等）を極めた人間が「コードだけでは足りない」と警鐘を鳴らしているからこそ、その言葉には重みがあります。
2. なぜこのブログが執筆されたのか（背景の考察）
この記事が執筆された 2025 年 3 月という時期は、生成 AI の能力が決定的なレベルに達したタイミングと重なります。
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「純粋なコーディング」の価値暴落 ：
記事内でも触れられていますが、Claude 3.7 Sonnet や GPT-4、GitHub Copilot などのツールにより、ボイラープレート（定型）コードの生成やリファクタリングは、もはや人間が時間をかけてやる仕事ではなくなりました。 -
機能を作るだけでは勝てない時代 ：
かつては仕様書通りに動く機能を作れるだけで重宝されましたが、SaaS 市場の成熟により、単に機能があるだけではユーザーに選ばれなくなっています。「使いやすさ（UX）」や「課題解決の質」が問われるようになりました。
著者は、この技術的・市場的変化の中で、 「エンジニアが生き残るための生存戦略」 として、そして 「AI 時代にエンジニアがより輝くための指針」 として、このペンを執ったのだと考えられます。
3. 記事の要点解説
記事の核心は、エンジニアの定義を「機能の実装者」から「プロダクトの共創者」へと再定義することにあります。重要なポイントは以下の 3 点です。
① プロダクトエンジニア＝「What（何を作るか）」に関与する人
従来のエンジニアは「How（どう作るか）」に責任を持っていました。しかし、プロダクトエンジニアは一歩踏み込みます。
- ユーザー体験（UX）を理解し、デザイナー的な視点を持つ。
- プロダクトマネージャー（PM）からの伝言ゲームに頼らず、自らユーザーと対話し、一次情報を得る。
- AI を「自分の仕事を奪う敵」ではなく「面倒な作業を片付ける部下」のように扱い、空いた時間で本質的な価値づくりに集中する。
② UX とデザインは「機能」の一部である
著者は「優れたデザインとは見た目の美しさではなく、機能性そのものである」と説きます。
どれほど高度なバックエンド技術を使っていても、ユーザーが使い方が分からなければ、その機能は「無」に等しいのです。Stripe や Figma が成功した理由は、機能の多さではなく、その圧倒的な使い心地にあります。エンジニアこそがその「手触り」に責任を持つべきだという主張です。
③ サイロを破壊する文化が必要
これが最も難しい部分かもしれませんが、著者は「文化的なシフト」も求めています。
- エンジニアは「チケット（タスク）消化マシーン」になってはいけない。
- 企業側も、エンジニアがリスクを取って提案できる環境を作らなければならない。
SkyU の事例では、エンジニア全員がユーザーと話し、ロードマップ策定に関与しています。これにより、無駄な機能を作るリスクを減らし、開発スピード（というより、正解に辿り着くスピード）を上げています。
さいごに
Nilesh 氏の主張は、日本の多くの開発現場にとっても耳の痛い、しかし希望のある話です。「仕様書がないと動けない」エンジニアは AI に代替されるリスクが高いですが、一方で「ユーザーの痛みがわかり、技術でそれを解決できる」エンジニアは、AI という強力な武器を得て、かつてないほどの価値を生み出せるようになります。
「コードを書く」ことは手段に過ぎず、目的は「プロダクトを通じて価値を届ける」こと。
この原点に立ち返ることが、AI 時代のエンジニアにとって最強のキャリア戦略になるでしょう。