結論から申し上げると、現在のAI(以降は生成AIの主流であるLLMと呼称)は厳格な論理エンジンとして利用することは極めて難しいといえます。
その正体は、むしろ推論エンジン、より厳密には統計的パターン生成器と呼ぶべきものです。今回はこの推論エンジンとしての特性を深く理解し、その上でハイパーパラメータ調整などを利用して出力の確実性(再現性)を最大化するための初歩的な知識です。
1. 推論エンジンとはどういうことか?
LLMの挙動は、厳密なルールに基づいて結果を導く論理エンジンとは根本的に異なります。
LLMは、入力された文脈(コンテキストウインドウ)に詰め込まれた膨大なトークン(単語や記号)間の関連性(アテンション)に基づき、次に続く各トークンの出現確率を予測します。そして、この確率に基づき、「最も自然で、ユーザーが望んでいるらしい」 と推測される結果を生成します。
このメカニズムは、統計的なパターンマッチングに過ぎません。厳密に望む結果(例:バグのない特定の処理コード)を導き出すためには、必要な情報(トークン)を漏れなく教え、それらの関連性をすべて学習データに含める必要があります。しかし、現実世界や特定のプロジェクトの全情報を学習データに含めるのは、非現実的な「完全情報問題」に直面します。
この負担を軽減するために、ファインチューニングやRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成) といった手法が利用されます。しかし、これらにも限界があります。
- ファインチューニングの限界: 新たな学習データの準備と学習コスト、学習データの容量問題が残ります。
- RAGの限界: 外部知識ベースからの情報がそもそも正確なものか、という根本的な問題や、RAGが利用するベクトル類似度に基づいた情報取得が、質問の文脈(コンテキスト)から切り離された断片的な情報になるリスクを常に抱えています。
結果として、自分たちのプロジェクト固有のコーディング規約や厳密な仕様などを遵守してもらいたいのであれば、LLMの確率的な予測に頼るのではなく、プロンプト内で明確に定義し教えておくのが現時点での最も安全な策となります。
2. 曖昧な条件がもたらす致命的な結果
LLMの確率的な性質は、曖昧な条件に対して極めて脆弱です。
曖昧なプロンプトを投げると、LLMは最も確率的に妥当な出力を返しますが、それが必ずしもユーザーが意図した回答であるとは限りません。これは、エンジニアリングにおける 「条件の指定を忘れたIF文がバグの原因になった経験」 と全く同じ問題です。
更に、自然言語、特に日本語のような文脈依存性の高い言語で、LLMに正しく前提条件や結果のフォーマット、または次の選択肢を曖昧さなく教えることは非常に困難です。この問題への一つの解決策として、私は自然言語による指示ではなく、フローチャートやJSON Schemaといった形式言語的な構造を使って処理の流れを構造化して教えることを推奨しています。
また、前述のRAGは非常に便利ですが、文書を小さなチャンク(断片) に分割して取得するという特性から、前提条件を全く考慮せずに、単にベクトル類似度が高かった結果だけを採用してしまうという重大なリスクを持っています。これは、情報源が正しくても、その文脈(なぜその情報が必要なのか) が欠落することで、誤った結論を導き出す原因となります。
3. ハイパーパラメータによる出力の確実性への調整
たとえフローチャートなどで完全なルートを確立したとしても、LLMの確率的な性質はまだ残っています。LLMは、設定されたハイパーパラメータによって、最も確率の高い**「妥当な選択肢」を選ばないという特性**を得ることがあります。
これは、次に続くトークンを予測する際に、「最も確率の高いトークン」以外を選択する 「ランダム性(創造性)」 を制御するためです。
選択肢に影響を与える主なハイパーパラメータは以下の通りです。
- Temperature (温度): 値が高いほど、予測されるトークン分布が平坦になり、多様で創造的な(しかし予測不能な)結果が出力されやすくなります。
- top-P (核サンプリング): 累積確率が$P$になるまでの上位トークン群からサンプリングを行います。確率の低いトークンを除外し、出力の質を保ちつつ多様性を確保します。
- top-K (上位Kサンプリング): 確率の高い上位$K$個のトークンから選択します。設定値が小さいほど、より確定的な(創造性の低い) 結果となります。
LLMに期待した結果、すなわち再現性の高い、決定論的な出力を促すためには、これらのパラメータを調整することが不可欠です。
例えば、Temperature=0.2, top-P: 0.5, top-K: 5 のような設定は、LLMが最も確率の高いトークン以外を選択する確率を制御し、ブレの少ない出力を促すための一般的な設定例の一つです。
結論:知的資産の管理こそが価値となる
LLMを単なる「強力なブラックボックス」ではなく、論理エンジンに近いレベルで利用するには、最低でもこれらの確率的メカニズム、限界、および制御技術についての知識を持っている必要があります。
特定のモデル(例:Claudeなど)が、一時的にエンジニアが望む出力を作る傾向を持っていることもありますが、それに頼ることはモデルロックイン(特定のモデルへの囲い込み) を自ら招き入れる選択肢となり、将来的にモデルの方針や性能が変われば、その都度、右往左往するリスクと向き合うことになるでしょう。
重要なのは、自分たちの知的資産(業務知識、規約、仕様) を把握・管理し、LLMがどのモデルであっても正しく教えることができる「プロンプト技術」 を確立することです。
汎用的なLLMで解決できるような仕事であれば、既にそれをする人間に価値がない時代、そのような凡庸なサービスに価値がない時代が近付きつつあります。その時代では、LLMの統計的本質を理解し、その正しい使い方を知っていること自体が、エンジニアとしての揺るぎない価値になり得るでしょう。