最近、GPT-5が遅くなったときに、新しいチャット欄に「続きです」と入力したり、「過去ログ内の価値のない情報を削る」というアイデアを見かけます。しかし、これらの行為は、AIの仕組みを理解しないままでは、かえって問題を悪化させる可能性があります。
大規模言語モデル(LLM)は、私たちが思うような「記憶」を持っていません。新たなセッションを立ち上げれば当然ながら過去の対話は全て失われます。その新しいチャットに過去の対話を貼り付けたり、要約して渡したりしても、それはただの新しいテキストに過ぎず、AIが会話全体を記憶しているわけではありません。
この誤解の背景には、AIの応答を不正確にする3つの根本的な問題があります。
1. コンテキスト汚染の悪化
ユーザーが会話履歴をAIに要約させて、それをそのまま与えるというアイデアでは仕切り直しを図ってもあくまで押し出しを防止する程度の効果しかありません。むしろ、無意識のうちにコンテキスト汚染を加速させる可能性があります。
AIは時として、事実とは異なる情報を生成する「幻覚(Hallucination)」を起こします。この誤った情報が、ユーザーによる要約の過程で**「正しい情報」として文章に組み込まれてしまう**ことがあります。こうなった状態では如何にコンテキストをまとめたところで意味はありません。
また、もう一つ忘れてはならない点としてAIは重要であると判断した箇所をマークしているだけで、文脈を理解しているわけではないということが挙げられます。その要約を再びAIに与えることで、AIは自らが生成した誤った情報を再学習し、さらに不正確な出力を生み出す悪循環に陥るのです。
2. 同じセッションの継続が顕在化させるベクトルデータベースの偏り
AIの出力はコンテキストウインドウとは別に独立したベクトルデータベースにも依存します。
このデータベースは、モデルの訓練データから構築されるため、特定の視点や情報源に偏っている場合があります。たとえコンテキスト汚染が発生していなくても、同じセッションで特定の話題や視点について深く掘り下げ続けると、AIはその偏った情報に何度もアクセスすることになります。このため、回答が徐々に単一の視点に固定され、多角的で中立的な回答を得ることが難しくなります。コンテキストの管理は重要ですが、それだけでは根本的な問題は解決しません。
また、逆に話題が発散し関連スコアが低い状態のベクトルが多い場合もパフォーマンスは改善されないということを理解しておく必要があります。
3. RAGによる情報の欠落
RAGシステムは、検索した情報を使って回答を生成する上で非常に強力ですが、情報の欠落という固有の弱点を持っています。
RAGは、長いドキュメントを小さなチャンクに分割して検索効率を上げます。この分割によって、情報間の重要な繋がりや、タスクの前提条件となる部分が失われることがあります。AIが要約を試みた際に、この断片化がさらに進行し、重要な情報が抜け落ちてしまうリスクがあります。欠落した情報が前提条件であった場合、AIは的外れな結論や解決策を導き出し、深刻な問題を引き起こすといった可能性があります。そのため、AIによる要約は鵜呑みにせず、人間が最終的に確認する、あるいは人間が要約を行うべきです。
結論:AIをタスクごとのツールとして扱う
AIは、過去の全ての対話を完璧に記憶する万能なツールではありません。長大なコンテキストを維持しようとすることは、かえってコンテキスト汚染や情報の欠落を引き起こし、AIの性能を不安定にさせます。
最も効果的な使い方は、AIを**「タスクごとに使い捨てるツール」**として捉えることです。一つのチャットセッションで一つのタスクを完結させ、次のタスクには新しいチャットを開始する。これにより、コンテキストを常にフレッシュでシンプルな状態に保ち、より正確で信頼性の高い応答を得ることができます。
メモリの無駄遣いという言葉があります。コンテキストウインドウをメモリに例えるならアプリケーションを再起動(新たなセッションの生成)した上でコンテキストの引き継ぎは最小限に保ち、可能な限り、一つのコンテキストに絞り込むべきです。これはメモリが不足した場合に不要なアプリケーションを終了させる方法と何ら変わりません。
AIとの対話は、タスクを解決するための短期的なセッションであると割り切ることが、その能力を最大限に引き出すための鍵となるのです。