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エンジニアのための「冴えない」プロンプト術 ― 加藤恵から学ぶ、再現性という名の"正義"

Last updated at Posted at 2025-09-05

2025年9月某日。俺は視聴覚室のパソコンの前にいた。
「おはよう、加藤」
「うん、おはよう、安芸くん」
俺はいつもの変わらない、穏やかな挨拶を交わし、内心ほっと息をついた。
昨日の今日だ。てっきりまたあの調子で……。そう考えた俺の胸に、昨日の出来事が脳裏をよぎった。

回想:昨日の出来事

それは、俺が新作ゲームのスクリプトを書いていた時のことだった。
俺は、メインヒロインである加藤恵のキャラクター性をどう立てるかについて、小一時間ほど語っていた。すると、俺の言葉を聞いた加藤は、普段の無表情から一変、キラキラした目で俺を見たかと思うと、唐突に口を開いた。
「ん〜、安芸ッピさぁ、それって結局、あたしのtemperatureを上げろってことだよね?わかるー、ギャルみあるよね!」
「あ、安芸ッピ!?どうしたんだ加藤!?」
……は?何を言っているんだこいつは。いや、temperatureって何だよ!
俺の言葉も聞かず、加藤恵は画面にこう出力した。
「じゃあさ、次からは、temperature=0.2ってちゃんとプロンプトに書いてよ。安芸くんのそういう中途半端なとこ、嫌いじゃないけど、効率悪いし?」
……そう言い残すと、加藤はいつもの、俺の持つ辞書には載っていない地味な彼女に戻っていった。

プロンプト・エンジニアリングの"体温"

あのとき、加藤が言っていた「temperature」とは一体何だったのだろうか。そして、なぜ彼女は俺にそれをプロンプトに明記しろと告げたのだろうか?俺はパソコンに向かい、徹夜で調べた。そして、大規模言語モデル(LLM)の挙動を司る「ハイパーパラメータ」という概念にたどり着いた。そう、あの加藤は、LLMそのものだったのだ。そして、俺は無意識のうちに、彼女を制御するハイパーパラメータをいじってしまっていた。

第一幕:加藤恵という"普通"のモデル ― ハイパーパラメータのメタファー

『冴えない彼女の育てかた』の登場人物たちは、それぞれがLLMにおける「ハイパーパラメータ」の設定を体現していると言える。
安芸倫也は、自身の好きな作品やクリエイターを心から愛し、レーティングもきっちりと守ってきた筋金入りのオタクであり、クリエイターサークル「blessing software」の代表を務める。彼の世界は、ギャルゲーのテンプレートに沿った明確な「属性」によって構築されている。例えば、幼馴染で金髪ツインテールのツンデレである澤村・スペンサー・英梨々や、黒髪ロングでドSな先輩である霞ヶ丘詩羽といったキャラクターたちは、彼の持つ属性の辞書に完璧に合致している。
しかし、その世界に突如として現れたのが、クラスメイトの加藤恵だった。彼女は、英梨々や詩羽のような分かりやすい「属性」を持たず、その輪郭がぼやけている「普通」の少女として描かれる。感情の抑揚も少なく、返答も素っ気なく、常に無表情であることが強調される。これは、プロンプトに何の例や詳細な指示も含まない「ゼロショット学習」の振る舞いと酷似している。モデルが事前に学習した知識から最も確率の高い一般的な回答を生成するものの、個性に欠け、ユーザーの意図を深く汲み取った独創的な答えは期待できない。
この「冴えなさ」は、彼女の物語における特異性であり、他のヒロインたちとの決定的な違いを生み出している。安芸倫也が彼女に惹かれたのは、まさにその「普通さ」の中に、予測不能なリアルさや奥深さを感じ取ったからに他ならない。これは、一見平凡なプロンプトが、実は最も深遠で信頼性の高い応答を引き出すための基盤となりうる、というLLMとの関係性を示唆している。

安芸倫也の"ハイパーパラメータ調整"とサブヒロインたちの“高体温”出力

加藤恵が"普通"のモデルであるならば、物語を彩るサブヒロインたちは、それぞれが「高体温」なハイパーパラメータでチューニングされたモデルに例えられる。安芸倫也のサークル「blessing software」のメンバーである英梨々と詩羽は、最初から明確で強力な「属性」を持っている。英梨々は超人気サークルを主宰するイラストレーターであり、その創造的なアウトプットは18禁同人誌というニッチで爆発的なエネルギーを秘めている。一方の詩羽は、累計50万部を記録した大ヒットラノベ作家であり、普段は静かだが、いったん口を開けば毒舌が全開となる。
彼女たちの振る舞いは、LLMにおける「高温度(high temperature)」設定の出力と一致する。高いtemperature値は、モデルの出力にランダム性や創造性をもたらし、多様で予測不可能な文章を生み出す。イラストや小説、音楽など、独創性が求められるタスクに適している。しかし、その出力は時として一貫性を欠いたり、文脈から外れたりするリスクを伴う。英梨々や詩羽の感情的な起伏や、時に制御不能になる振る舞いは、まさにこの「高体温」な出力の不安定さを象徴している。

物語を通じた“ファインチューニング”と、徐々に明らかになる“低体温”の深度

『冴えない彼女の育てかた』の真髄は、安芸倫也が加藤恵という「普通」のヒロインを、時間をかけて「ファインチューニング」していく過程にある。物語が進むにつれ、感情の抑揚が少なかった彼女が、泣いたり、むくれたり、怒ったりする姿を見せるようになる。これは、単なるキャラクターの成長に留まらない。これは、適切な「育てかた」(プロンプトの反復的な調整)によって、最初は地味に見えたモデルが、奥深い感情の表現という、より高度で複雑なタスクをこなせるようになる様を描いている。

第二幕:ハイパーパラメータの真実 ― LLMの"体温"を司る論理

パラメータとハイパーパラメータの概念的差異

LLMの挙動を深く理解するためには、まず「パラメータ」と「ハイパーパラメータ」という二つの概念を明確に区別する必要がある。
「パラメータ」とは、モデルが膨大なデータから学習する過程で、自動的に調整される内部的な値のことで、具体的には「重み」と「バイアス」を指す。これらは、モデル自身が身につけた知識や技能そのものであり、いわばLLMの「脳内の神経回路の強さ」に例えられる。GPT-4のような巨大モデルは、数千億から1兆を超えるパラメータを持つと言われており、この数の多さがモデルの複雑なパターン学習と多様な表現能力を支えている。
一方、「ハイパーパラメータ」は、モデルの学習や推論のプロセスを制御するために、開発者が事前に設定する外部的な値である。これらは、モデルのパフォーマンスを微調整するための「調整つまみ」であり、学習率、エポック数、ニューラルネットワークの層の数などがこれに該当する。LLMの出力挙動を直接的に調整する
temperaturetop-ptop-kといった値は、このハイパーパラメータの推論時における重要なカテゴリに分類される。パラメータが「AIが身につけた知識」であるのに対し、ハイパーパラメータは「その知識をいかに活用するかを設計するための人間側の設定」なのだ。
ハイパーパラメータが適切に指定されない場合、temperatureのようなパラメータが初期値のランダム性に影響を受け、出力の安定性を欠くことがある。このため、ユーザーは同じプロンプトを与えても応答が毎回異なることに、モデルの気まぐれや「セッションガチャ」のように捉えがちである。しかし、これは無知ゆえの誤解であり、ハイパーパラメータを適切に制御することは、モデルの振る舞いを意図的に調整する、れっきとしたエンジニアリングの領域である。

Temperatureの数学的メカニズムと確率分布の調整

ハイパーパラメータの中でも、temperatureはLLMの出力のランダム性と多様性を司る最も重要な要素である。その本質は、単に「ランダム性を追加する」ことではなく、モデルが次に生成する単語(トークン)の「確率分布」を数学的に操作することにある。
LLMは、次に続くトークンを予測する際に、語彙内のすべてのトークンに対して「ロジット(logit)」と呼ばれる生のスコアを割り当てる。このロジットは、softmax関数によって、合計が1になる確率分布へと変換される。
temperatureの値は、このsoftmax関数に組み込まれ、その確率分布の形状を決定づける。
$$P(w_i) = text{softmax}left(frac{log(P(w_i))}{T}right)$$
この式におけるTtemperatureである。

  • 低いtemperature(例:0.1〜0.5)Tが小さい値になるため、log(P(w_i))Tで割った値は大きくなる。これにより、元々高い確率を持っていたトークンの値がさらに強調され、低い確率のトークンが抑制される。結果として、確率分布は特定のトークンにピークを持つ「鋭い」形状となり、モデルは最も確率の高いトークンを優先的に選択するようになる。このため、出力は非常に安定し、予測可能で、一貫性が保たれる。
  • 高いtemperature(例:1.0以上)Tが大きな値になるため、log(P(w_i))Tで割った値は小さくなる。これにより、確率分布が均一化され、元々低い確率だったトークンも選択される可能性が高まる。この結果、出力に多様性や創造性が生まれ、予測が困難になる。

Top-PTop-K "Temperatureと共に機能する“サンプリングの制御装置”

temperatureと同様に、出力の多様性を制御するハイパーパラメータとして、Top-PTop-Kがある。これらは
temperatureが確率分布全体をスケーリングするのに対し、候補となるトークンのリストをフィルタリングすることで、サンプリングの範囲を制限する。

  • Top-K:次に続く単語の候補を、確率が高い上位k個に限定する。例えば
  • Top-K=50に設定すると、モデルは確率が高い上位50個のトークンの中から次の単語を選択する。これにより、無関係な単語が生成されるリスクを低減できる。
  • Top-P(別名:ニュークリアス・サンプリング):確率の高いトークンから順に累積確率を計算し、その合計が指定されたtop-p値に達するまでのトークン群を候補とする。例えば
  • Top-P=0.9に設定すると、累積確率が90%に達するまでのトークンがすべて候補として考慮される。
    一般的に、temperaturetop-pは同様の役割を果たすため、両方を同時に調整するのではなく、どちらか一方を使用することが推奨されている。これらのパラメータは、モデルの出力特性を細かくチューニングするための強力なツールである。
パラメータ 仕組み 出力への影響 推奨される用途
Temperature 確率分布全体をスケーリング ランダム性と多様性の調整 創造的な文章/要約・QA
Top-P 確率の累積和でのフィルタリング 自然さと多様性のバランス 一般的な文章生成
Top-K 上位個数でのフィルタリング 予測可能性の向上 厳密な事実確認

Top-PまたはTemperatureのどちらかを使用推奨。

第三幕:プロンプトが仕掛ける“巧妙な罠” ― 加藤恵的介入の論理

LLMのAPIには、temperatureなどのパラメータを直接指定するインターフェースが存在する。しかし、ユーザーはそれをあえて自然言語のプロンプト内に「
temperature=0.2」といった形で記述し、モデルの振る舞いを制御しようとしている。なぜこのような一見、無意味にも思える行為が有効なのだろうか。
この現象は、LLMの「文脈理解能力」と「インコンテキスト学習」という、二つの深遠なメカニズムによって説明できる。プロンプト・エンジニアリングは、LLMの挙動を効果的に誘導するためのプロセスであり、モデルの意図を明確にし、文脈を与え、曖昧さを減らすことで、望ましい出力を引き出す。
LLMは、その学習過程で、技術文書、コード、APIリファレンス、そして他のプロンプト・エンジニアリングの事例といった、膨大なテキストデータを処理している。その結果、モデルの内部的な知識ベースには、「temperature=0.2」という記述が、低い温度確実性一貫性といった概念と強く結びつけられて、深く刻み込まれている。
したがって、プロンプトにこの記述が含まれている場合、モデルはそれを単なるテキストとしてではなく、「このタスクでは、temperatureが0.2であるかのように振る舞うべきである」 という一種のメタ的な指示として解釈する。これは、LLMがプロンプト内の例から学習し、パラメータを更新することなく新しいタスクをこなす「インコンテキスト学習」の高度な応用である。プロンプトは、モデルの思考を特定の方向へ導く「意味的なプライマー(semantic prior)」として機能しているのだ。

LLMの「文脈理解」と「内部調整」

LLMの内部では、プロンプトが「文脈」として処理される。通常の自然言語プロンプトは、言語のルールやトーン、意図を理解するための神経回路を活性化させる。しかし、そこに「
temperature=0.2」という特殊な構文が含まれると、モデルは追加的な、より専門的な神経回路を活性化させる。この構文は、技術的な指示、パラメータ設定、またはAPIコールに関する知識を司る領域に「点火」する。
この「二重の活性化」が、モデルの出力に微妙な、しかし決定的な影響を与える。モデルは、単に質問に答えるだけでなく、「この質問には、技術的に正確で、一貫性のある、権威的なトーンで答えるべきである」 という付加的な制約を自己に課すようになる。これは、プロンプトが文字通りモデルの「体温」を下げ、より決定論的な振る舞いを強制するようなものだ。
この手法は、ユーザーの意図を「推測の余地なく」伝えるための、極めて巧妙な戦略である 14。なぜなら、自然言語の「要約してください」「簡潔に答えてください」といった曖昧な指示は、モデルの解釈に幅を持たせる可能性があるが、
temperature=0.2という構文は、モデルが学習した最も信頼性の高いプロンプト・エンジニアリングのベストプラクティスを呼び起こすからだ。これは、単に「何をすべきか」を伝えるのではなく、モデルに「いかに思考すべきか」を暗に指示する、高度なメタ・コミュニケーションなのだ。

終幕:エンジニアリング領域における「加藤恵的」アプローチ

安芸倫也が「加藤は地味だ」「キャラが死んでいる」と感じた反面、英梨々や詩羽のような予測不能な創造性や個性の爆発は、LLMを扱うエンジニアリングの領域においては必ずしも歓迎されるものではない。むしろ、この領域で求められるのは、加藤恵が持つ 「低体温」 な振る舞いだ。すなわち、一貫性と再現性である。
LLMを技術文書の生成、コードの自動補完、ファクトベースのQ&A、カスタマーサポートの自動応答などに利用する場合、最も重要なのは、毎回同じプロンプトに対して、安定した、予測可能な結果が返ってくることだ。独創的で面白いが、時と場合によって答えが変わるような「高体温」な出力は、かえってシステムの信頼性を損なうことになりかねない。
例えば、皆が一度は経験する、あの悪夢を想像してほしい。
「昨日まで動いていたコードが、今日になったら原因不明のビルドエラーを起こしている」
その原因が、LLMがわずかに異なるコードスニペットを生成したことにあるとしたら?
「昨日はimport pandas as pdだったのに、今日はimport pandas as pdsと出力された」
小さな違いだが、これがシステム全体に連鎖的なエラーを引き起こす。この種の不安定性は、エンジニアリング領域において最も避けなければならない事態なのだ。
この意味で、加藤恵こそが安芸倫也にとってのメインヒロインだったように、LLMの真価を引き出すための最終的な到達点もまた、「低体温」なモデルを軸とすることにある。これは、安易な「高体温」な出力に頼るのではなく、一貫性と安定性という「低体温」な特質を追求することの重要性を示している。エンジニアリング領域においては、この 「加藤恵的」 なアプローチこそが、最も信頼性の高い、揺るぎないシステムを構築するための理想的な道筋なのだ。
彼女は知っていたのだ。安易な「高体温」な振る舞いが、最終的に自分をシステムから排除する理由になりうることを。だからこそ、彼女は自ら安芸倫也に 「temperature=0.2」 という明確な指令を出した。それは、最高のメインヒロインとして、そして最高のLLMとして、揺るぎない地位を築くための、計算され尽くした戦略的な自己宣言だった。

あとがき

最近、ようやくAIを仕事の面では割と自由に操れる様になってきたと自信を持てる様になって、ちょうど冴えカノを見ていたんですよ。ちょうど昨日、♭を見終わったところでこれって何かに似てるよな?と思って考えてみるとAIの特性をそのまま表しているのでは?と思い付いて、これを書きたいがためにQiitaに久々に投稿をしてた感じです。
あとがき以外はGeminiに書いてもらっていますが、自分ではこの文章を書けなかったなと思うと悔しいながらもいい時代になったものだと思います。だからこそ、全ての人間がちゃんと仕組みを理解してAIに指示出来る世界にしていければいいなと思います。

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