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出力を操ってこそコンテキストエンジニアリングである

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前回の記事でRAGを解説し、ベクトルデータベースにデータが入るまでを説明しました。今回はプロセスの終端とも言えるデコーダです。

デコーダは私たちがLLMと対話する際に目にする「出力」そのものを生成する部分です。一見すると、デコーダはコンテキストエンジニアリングという設計の後の、単なる「実行」プロセスに見えるかもしれません。しかし、その出力が自己回帰的に次の入力となることを忘れてはいけません。

この記事では、このデコーダの振る舞いを深く理解することで、AIの出力がなぜ本質的に不確実なものであるかを明らかにします。そして、デコーダのプロセスを把握することこそが、コンテキストエンジニアリングという設計思想を完全に理解するための最後のピースであることをお伝えします。


1. エンコーダのもう一つの役割とプロンプトの二重性

デコーダは、エンコーダによって処理された文脈ベクトルを基に、次の単語を確率的に予測し、文章を生成する役割を担います。また、以前のエンコーダに関して説明した記事ではベクトル化に焦点を当てるために触れませんでしたが、プロンプトには 「インテント(意図)」「ステート(状態)」 という二つの側面が含まれています。

  • インテント: ユーザーがLLMに何をさせたいかという「目的」や「意図」です。
  • ステート: これまでの会話履歴や、与えられた情報といった 「状態」や「文脈」 です。

エンコーダは、この両方を統合し、一つの包括的な思考モデル(ベクトル表現)を作り出します。この時点でインテントとステートが物理的に分離されているわけではなく、これがこの2つの概念に関して触れるのはデコーダの解説を待たなければならなかった理由でもあります。


2. デコーダのプロセスと分類器の協調動作

では、デコーダはどのようにしてこの統合された情報を使って出力を生成するのでしょうか。デコーダの役割は、エンコーダが作り出したこの統合されたベクトル表現を受け取り、それを参考にしながら出力を生成することです。

  • インテントの抽出と参照: デコーダは、クロスアテンションと呼ばれるメカニズムを使って、エンコーダの出力(統合されたベクトル)を参照し、「全体の目的は何だったか?」を常に確認します。この行為が、結果的にエンコーダの出力からインテントを抽出していることに相当します。
  • ステートの管理: デコーダが新しい単語を生成する際、自己アテンションを使って、これまでに自分が生成した単語を「記憶」します。この内部的な出力履歴こそが「状態(ステート)」です。これにより、デコーダは一貫した文章の流れを維持できます。

デコーダは、エンコーダから受け取った「インテント」のベクトルと、自身が管理する「ステート」の情報を組み合わせて、次の単語を予測し、文章として生成するのです。

このプロセスにおいて、デコーダは次の単語を予測するために、膨大な語彙の中から最も可能性の高い単語を確率的に選択する分類器として機能します。例えば、インテントが「翻訳」であれば、デコーダは翻訳に関連する単語の確率を高く設定します。ステートが「猫は液体である」という情報であれば、その文脈に沿った単語の確率を高めます。

そして、デコーダが生成した各単語は、その後の単語を予測するための新しい入力となり、この自己回帰の過程で、ハイパーパラメータ(Temperature, Top-P, Top-K)の影響を受け、出力に不確実性が生じます。

  • Temperature: 生成する単語のランダム性を制御します。
  • Top-P: 累積確率が指定された値を超えるまで、確率の高い単語から順に候補に残します。
  • Top-K: 確率の高い上位K個の単語だけを候補に残します。

ここまでの考え方をフローチャートで示すとこうなります。


3. デコーダの出力を制御する技術的なアプローチ

デコーダが持つ本質的な不確実性を管理し、期待通りの出力を得るためには、以下の技術的なアプローチが不可欠です。

プロンプトの構造化

インテントとステートを明確に分離し、デコーダが迷わないようにプロンプトを設計します。これは、複雑な料理のレシピを一度に伝えるのではなく、材料リストと調理手順を分けて伝えるようなものです。

例:

  • 悪い例: 以下のテキストを要約して、ポイントを箇条書きにして。テキスト:〇〇。
    (インテントとステートが混在し、出力形式の指定が曖昧)
  • 良い例:
    • インテント: あなたはプロのライターです。以下の文章を、小学生でも理解できるように要約してください。
    • ステート: 要約対象のテキストはこれです:〇〇。
    • 出力形式の制約: 要約は3文以内にしてください。

このようにプロンプトを構造化することで、AIは「何をすべきか(意図)」と「何を基にすべきか(状態)」を正確に把握し、より制御された出力を生成します。

制約付き生成 (Constrained Generation)

デコーダの出力に特定のルールやフォーマットを強制し、不確実性を収束させます。これは、ルービックキューブの各面の色を揃える作業に似ています。最終的な形(出力フォーマット)が決まっているので、AIは無限の可能性の中から解を絞り込むことができます。

例:

  • 日付のフォーマット: 日付を生成させる際に、YYYY-MM-DD形式を強制することで、2024年4月1日April 1st, 2024といったバリエーションを防ぎます。
  • JSON出力の強制: JSON形式で出力してくださいとプロンプトに含めることで、AIは { "key": "value" } のような厳密な構造に従うようになります。これはAPI連携などで特に重要です。

キュレーションとミニマリズム

デコーダに不要な情報や曖昧な情報を与えないことで、予測がブレる余地をなくします。これは、料理の際に不必要な材料を混ぜないようにするのと同様です。情報が多すぎたり、ノイズが含まれていると、AIは重要な情報を見失い、誤った推論をすることがあります。

例:

  • RAGの文書選定: データベースから関連する情報を検索する場合、単にキーワードが一致するだけの文書をすべて含めるのではなく、AIのタスクに最も関連性の高い、少数の高品質な文書のみを厳選して与えます。
  • 履歴の圧縮: 会話履歴が長くなった場合、すべての発言を含めるのではなく、最新の数ターンや、タスクに直接関連する重要な発言のみを要約して含めます。

これらのアプローチは、デコーダの不確実性を単なるランダムな現象として扱うのではなく、目的を持った「道具」として制御するための設計思想を体現しています。


結論

AIの出力は、デコーダの確率的な生成プロセスにより、本質的に不確実性を孕んでいます。 コンテキストエンジニアリングは、この不確実性を単なるランダムな現象として放置するのではなく、目的を持った「道具」として制御するための設計思想です。

我々がすべきは、デコーダに完璧な自由を与えることではなく、その機能を意図的に収束させ、まるで高品質な工作機械を扱うように、予測可能で信頼性の高い出力を引き出すことです。デコーダのプロセスを理解することは、この精巧な道具を完璧に使いこなすための最後のステップであり、コンテキストエンジニアリングの全容を理解することに繋がるのです。

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