結論
- 指揮の基本は脱力です.
- 脱力していないと,間接運動で裏拍が捉えづらくなり,見にくくなってしまいます.
- 脱力といっても,ずっと力を抜くわけではありません.必要最低限の力で振れるようにしましょう.
1. はじめに
前回は,指揮法の最も基本的な分類である,間接運動と直接運動について説明し,「力が入りすぎて,間接運動が直接運動に近くなると指揮が見にくくなるので注意しましょう.」と結論づけました.力を抜くためには,指揮の基本と言われる「脱力」をしなくてはなりません.
今回は,指揮に必要な脱力とは何かを解説します.
2. なぜ脱力しないといけないのか? 〜叩きを例にとって
間接運動のなかでも最も基本的な動きに「叩き」があります.文字通り,バチで太鼓をたたくような動きです.
私の師匠の本,「はじめての指揮法」から,2拍子の叩きの図を引用します.
線の太さは速度を表します.打点に近くほど速度が早くなり,点後はだんだん速度がゆっくりになっていきます.叩きは,上から手を離したボールが,重力によって地面に引っ張られていき,地面でバウンドして元の高さまで戻ってくるようなイメージです.
ここで,表拍を高さが一番下の打点で示すと,当然裏拍が一番上,ボールを離した元の位置に来ます.バウンドして元の位置に戻ってきたボールの速度が0になっているのと同じように,点を叩いて戻ってきた手も裏拍の位置で速度が0になる必要があります.
当然,打点では力を入れて,腕をバウンドさせる必要があるのですが,力が入りっぱなしでは,腕の速度変化をつけることができません.速度変化をつけて,裏拍をわかりやすく示すためにも脱力が必要です.
3. 直接運動でも必要な脱力
直接運動でも,脱力が必要です.
前回も見た,小澤征爾が教える直接運動の動画をもう一度見て見ましょう.
これは,直接運動のなかでも先入法と呼ばれる動きです.動きだした瞬間が拍の点になるのですが,動き出す前は腕に力を入れておいて静止し,動き出す瞬間に力を抜きながら初速をつける必要があります.力が入りっぱなしでは,動き出した腕を制御することができません.このように,直接運動でも脱力が必要です.
また,これまでの解説でもわかるように,「脱力が大事」といっても,常に手の力を抜いているわけではありません.指揮は,腕の筋肉の緊張と弛緩によって拍を示す動きですので,力を入れる必要があるポイントもあります.力を入れるよりも抜くことの方が難しいので,まずは力を抜ける状態を意識的に作ることが必要です.
4. 脱力しないとどうなる?
前回も見たこの動画を脱力の観点からもう一度見て見ましょう.
Afterの例は叩きのようですが,裏拍がわかるでしょうか?力がかなりはいっているので,裏拍よりかなり早く,棒が一番上に来てしまっています.このように,脱力をしないと裏拍がわかりにくく,見づらい式になってしまいます.
違う曲ですが,先ほどの久保田孝さんの動きと見比べてみると力の入り方が全く異なるのがわかると思います.
5. 脱力の練習方法
脱力はなかなか難しく,意識しないとすぐにはできるようにならないと思います.
下はピアノを弾くときの脱力の例ですが,指揮にも応用できます.
私も,立った状態で全く同じことを練習していました.例えば手刀を作って鼻の前を初期位置とし,そこから腕が落ちるように練習するとよいと思います.
初心者の人はぜひトライしてみてください.
6. おわりに
指揮法の基本である脱力について,叩きを例にとってその必要性を解説し,脱力しないとどうなるかを例示したうえで,脱力の練習方法を解説しました.
指揮する上で最も基本的なことなので,少しずつでよいのでぜひ身につけてください.
次回は,指揮者がみんな気になっているであろう,指揮と音の出るタイミングについて書きます.
参考文献
- 齊藤秀雄, "指揮法教程", 音楽之友社.
- 斉田好男,"はじめての指揮法", 音楽之友社.