結論
- 指揮の打点と音の出るタイミングは,オーケストラの習慣や,指揮の振り方によって変わります.
- 乱暴に2分類すると,指揮の打点を見てから音を出す方式と,打点と同時に音を出す方式に分かれます.
- どちらで振ってもよいですが,指揮者はどちらのつもりで振っているのかを明確しておきましょう.
1. はじめに
「なんちゃって指揮法」も3回目になりました.1回目では指揮の動きの基本的な分類を解説し,2回目では指揮の基本である脱力について解説しました.3回目は,指揮が振れたとして奏者がいつ音を出すのか,指揮の打点と音の出るタイミングの違いについて考えてみます.
2. プロのオーケストラでも話題になる「タイミング問題」.
実は,この指揮の打点と音の出るタイミングは,プロのオーケストラでも話題になる難しい問題です.下は,パリ管弦楽団の副コンサートマスターである千々岩英一さんのツイートです.
ではここで,話題になっているエッシェンバッハさんの指揮を見て見ましょう. [](https://youtu.be/tdRmnjzpKT4?t=25) このハープが入るタイミング,それに続くソロヴァイオリンの動きの後にコントラバスがピチカートで入るタイミング,よくみると指揮の打点の後に音が出ています.このように奏者より早く拍を示し,奏者は指揮の打点を見てから弾く場合を「先振り」といいます. 千々岩さんが書かれているように,どの程度先振りをするかは,オーケストラの習慣によります.一般に,ドイツのオーケストラは先振り志向のようです.一般にフランスのオーケストラはドイツのように拍を先取りして振られることに慣れないので、先振り志向の指揮者連に当たると、違和感があって仕方がない。今週のエッシェンバッハも場所によっては大幅な先取りをするので、きっとフランスのオケを振っていることを忘れているに違いないと思ったりする。
— 千々岩英一 (@EiichiChijiiwa) February 9, 2020
3. 「先振り」か「同時」か
オケの習慣によって異なるタイミング問題ですが,以下のように乱暴に2分類することができます.
- 指揮者が打点を示した後に音を出す場合(=先振り)
- 指揮者の示した打点と同時に出す場合
先ほど,先振りの例を見たので,今度は同時の例を見て見ましょう.下は,C&Vオルケスタマンドリーノを振る長谷川武宏さんの動画です.
ここでは,合奏初期の練習としてドラムスティックで机を叩きながら指揮をしています.こうすると,打点でメトロノームのように音がなるので,奏者は必然的に打点と同時に音を出すことになります.本日はこの動画!
— C&Vオルケスタマンドリーノ (@orchesta_m) April 5, 2019
『瑞木の詩』より第4楽章 光陽の樹から冒頭部分です。
演奏会では全楽章演奏いたします。
どの楽章も素敵な曲で、ホールでどんな響きになるのか、今から楽しみです😊!
チケット、ご用意できます!
皆様のご来場お待ちしております!!!#オルマン36th pic.twitter.com/ihFG4I2TQC
4. タイミングは間接運動・直接運動でも異なる
実は,指揮法では「先振り」が基本です.指揮者の岩城宏之さんが書いているエッセイ,「指揮のお稽古」にはこんな記述があります.
指揮者は頭の中で自分の理想の音楽を鳴らしながら,オーケストラよりほんのちょっと先に進む.オーケストラは指揮者を見て,指揮よりほんのちょっとあとに音を出す.
この「ほんのちょっと」というのが問題だ.千差万別である.
この「ほんのちょっと」には様々な要因があるのですが,なんちゃって指揮法その1で紹介した,間接運動・直接運動によっても変わって来ます.
「オーケストラって打点の後に音がくるので,(中略)結局遅れるんですよね.」
この動画の例のように,間接運動で打点をつくると,点を見てからオーケストラが出るので,指揮者にとっては打点の後に音がでるような感覚になるということを述べています.
同じ動画の1分40秒付近では,直接運動になったときのタイミングについて述べています.
このように,直接運動の場合は動き出しが点になるので,先振りの場合でも打点と音の出の差はかなり短くなり,指揮者にとってはほとんど同時のような感覚になります1.
5. 結局どっちがいいの?
では,結局のところ,先振りと同時とどっちがいいのでしょうか?結論から言えば,「いい音楽ができれば,どっちでもいい」と思っています.
オーケストラによって習慣が千差万別なので,一概にどちらが良い悪いとも言えないためです.長年,同時のタイミングで出してきたオーケストラに,急に先振りを要求してもうまくいかないでしょうし,逆効果な場合もあります.指揮者とオーケストラの組み合わせ,会場の音響,振り方,様々な要因で変わりうるので,臨機応変に,その時その時でベストな選択をするべきだと考えています.
重要なのは,指揮者自身がこの問題を理解し,自分が先振りしているのか,同時で鳴らしてほしいのか,を意識したうえで振ることです.特にマンドリンオーケストラの場合は撥弦楽器なので,奏者も音のタイミングに対してシビアになる傾向があります.指揮者がこのタイミングの問題を意識していないと,「合う」「合わない」の話ができません.
また,これよりもさらに重要なのは,指揮が「同時より遅くならない」ということです.オケの音の後に打点がくると,それはもはや指揮の意味がなくなってしまいます2.岩城宏之さんの「指揮のお稽古」に,レコードに合わせて指揮の練習をしていた漫画家さんが実際にオケを振った時のエピソードが,面白おかしく以下のように紹介されています.
漫画家氏は,指揮者が先へ先へとすすんでいかなければ,オーケストラがついてこないことを知らなかったのだ.自宅ではレコードに合わせて-というよりレコードの音を追いかけながら,幸福に「ジャジャジャジャーン」とやっていたのである.
政党の景気づけ大会で政治家がオーケストラを指揮して(中略)いるが,あれはプロのオーケストラが指揮を無視して演奏したからなのだ.忠実に従ったら,テンポがどんどんのろくなって数小節で止まってしまうだろう.指揮者は「裸の王様」と紙一重なのだ.
6. おわりに
指揮の打点と音の出るタイミングについて,先振りと同時の2種類に分類し,それぞれの例を確認しました.また,音の出るタイミングは,間接運動,直接運動によっても変わることを述べました.
指揮法では先振りが基本ですが,先振りでも打点からどの程度後に出すか,オーケストラによって習慣が異なります.マンドリンオーケストラの場合は撥弦楽器であり,腕を上から下に動かしてピッキングを行うので,あまり打点の後に音を出すように強要しすぎると,奏者にとって不自然な動きで指揮を見ることになります.
初心者は,「指揮法の基本は先振り」であることを理解しつつ,自分のオケの習慣に応じて臨機応変に対応することをおすすめします.自分が先振りのつもりで振っているのか,同時のつもりで振っているのかは常に意識しておきましょう.
また,オーケストラの音より後に打点がくることは基本的にはありえないので,同時を意識しすぎて指揮が遅れないように注意しましょう.ドラムスティックで机あるいは譜面台を叩いてメトロノームのように音を出しながら指揮することは,合奏の初期段階の練習としては有効ですが,「先振り」の場合はこの振り方とは音の出るタイミングが異なることに注意しましょう.
参考文献
- 齊藤秀雄, "指揮法教程", 音楽之友社.
- 斉田好男,"はじめての指揮法", 音楽之友社.
- 岩城宏之,”指揮のおけいこ”,文藝春秋.