図:AIによる業務能力の創出と、人材・収益モデルの変化を示した導入画像。
AIの導入によって、企業の生産性はどこまで向上するのでしょうか。
2026年9月、インドのITサービス大手Wipro(ウィプロ)が、AIの活用によって従業員約2万人分に相当する業務遂行能力を生み出したと報じられました。
この事例で注目したいのは、業務の効率化によって生まれた余力を企業がどのように活用するかという点です。AIが担う仕事が増えることで、人材に求められる役割や企業の収益モデルにも変化が生まれています。
本記事では、Wiproの取り組みをもとにAIによる生産性向上が人材やビジネスモデルに与える影響を整理し、日本企業が今後どのような対応を進めるべきかを考察します。
AIによって2万人分の業務遂行能力を生み出したWipro
「2万人分」の生産性向上は何を意味するのか
Wiproは、インドを拠点に世界各国でITサービスやコンサルティングを提供する企業です。システム開発や運用、企業のデジタル変革支援などを手がけています。
2026年9月10日のReutersの報道によると、Wiproの最高技術責任者(CTO)であるSandhya Arun氏は、AIの活用によって約2万人の従業員に相当する業務遂行能力が生まれたことを明らかにしました。
ただし、これは2万人の従業員を削減したという意味ではありません。
従来は人が担当していた業務の一部をAIによって効率化し、別の仕事に振り向けられる余力が生まれたということです。同社は、こうして生まれた余力を持つ従業員を社内で再配置したと説明しています。
Wiproは2026年6月時点で約24万3,000人の従業員を擁しており、10万人以上の従業員が高度なAI関連の研修や認定を受けています。
同社は、人間とAIが協働する「Human-AI Operating Model」への移行を進めています。
例えば、エンジニアが従来担当していた作業の一部をAIエージェントに任せ、人間は複数のAIエージェントを管理したり、別のプロジェクトを担当したりする働き方が想定されています。
AIエージェントとは、与えられた目的に応じて必要な処理を組み立て複数の作業を進めるAIの仕組みです。
Wiproの取り組みは、AIを単なる作業の自動化に使うのではなく、人とAIの役割を組み直すことで生産性を高めようとする動きとして捉えられます。
Google Cloudとの提携でAI活用をさらに拡大
Wiproは2026年8月27日、Google Cloudとの提携拡大を発表しました。
この提携では、Googleの企業向けAIサービス「Gemini Enterprise」などを活用し、AIエージェントを企業の中核業務に組み込む取り組みを進めています。
Wiproは、人事やコンプライアンス、営業情報の分析などにAIエージェントを導入しています。また、ソフトウェア開発でも、設計計画やプログラミング、テストなどを支援するAIの活用を進めています。
さらに、同社は1万人以上のAI認定専門人材の能力強化を進める方針を示しており、顧客企業へのAI導入を支援する1,500人以上の専門エンジニア体制の構築も目指しています。
こうした取り組みからは、AIを個々の作業を効率化するツールとしてだけでなく、企業全体の業務の進め方を変える仕組みとして活用しようとする方向性が見えてきます。
図:WiproのAI活用による業務余力、従業員の再配置、人材育成の取り組み。
AIで生まれた余力をどのように活用するか
作業時間を削減した後に何をするのか
AI導入の効果を測る際、分かりやすい指標の一つが作業時間の削減です。
例えば、これまで1日3時間かかっていた資料作成がAIの活用によって1時間で終わるようになれば、2時間の余力が生まれます。
しかし、その時間を何に使うのかが決まっていなければ、業務効率は改善しても企業全体の成果が大きく変わるとは限りません。
私は、AIによって空いた時間を新しい仕事にどう振り向けるかをしっかり考えるべきだと思います。
その際には単に新しい業務を決めるだけでなく、誰が担当し、どのような成果を目指すのか、その成果をどう確認するのかまで明確にすることが重要です。
営業部門であれば、提案資料の作成に費やしていた時間を顧客へのヒアリングや新しい提案の検討に充てられるでしょう。
顧客へのヒアリングに時間を振り向ける場合、担当者を決めたうえでヒアリングによって得られた情報が提案内容にどのように反映されたかを確認することが考えられます。
システム開発では、定型的なプログラミング作業をAIに任せることで、顧客の要件整理やシステム全体の設計などより高度な判断が求められる仕事に時間を使える可能性があります。
もっとも、すべての業務で削減した時間をそのまま別の仕事に充てられるわけではありません。AIの出力を確認する作業が必要になる場合もあれば、業務の進め方そのものを変更しなければならないケースもあります。
そのため、どの作業を効率化し、そこで生まれた余力を何に活用するのかを導入段階から考えておくことが重要です。
人材の再配置には新しい役割の設計が必要
AIによって業務量が減少した場合、企業は従業員を別の仕事に配置することも考えられます。
ただし、これまで担当していた仕事が効率化されたからといって、その従業員がすぐに別の業務で成果を出せるとは限りません。
例えばデータ集計を担当していた従業員が、AIの導入後に分析結果を使った改善提案を任される場合、従来とは異なる業務知識や判断力が必要になります。
企業は単に担当業務を変更するのではなく、新しい役割に求められる能力や責任の範囲を明確にしなければなりません。
その際には、業務の引き継ぎや教育に必要な時間も考慮する必要があります。
Wiproの事例が示すように、AIによって生まれた余力を有効活用するには、人材の再配置と業務設計を連動させることが重要になります。
図:削減した作業時間を新しい仕事へ振り向ける際の考え方。
AI時代に求められる人材の価値はどう変わるのか
AIを使う能力だけでなく、結果を判断する能力が重要になる
生成AIの普及によって、文章作成や情報整理、プログラミングなどこれまで人が時間をかけて行っていた業務の一部をAIが担えるようになっています。
こうした環境では、AIツールの操作方法を知っていることだけでは、十分な差別化につながらなくなる可能性があります。
私が今後重要になると考えているのは、業務を理解しAIに適切な仕事を任せ、その結果の良し悪しを判断できる能力です。
AIを使って市場調査の資料を作成する場合、市場規模や成長率などの数字が正しくても、その情報が自社の事業に当てはまるとは限りません。調査対象の地域や顧客層、競合企業との違いなどを踏まえ、分析結果をどのように活用できるか判断する必要があります。
こうした判断には、業界の動向や顧客のニーズ、自社の商品・サービスに関する専門知識が欠かせません。AIは情報の収集や整理を支援できますが、その情報が実際の業務でどのような意味を持つのか、どこまで信頼して意思決定に利用できるのかを見極めるには、人間の専門性が求められます。
そのためAIに仕事を任せる際には、あらかじめ業務の目的や必要な情報を明確にし、出力された内容に不足や不明点があれば追加調査や確認を行うことも重要です。
今後は、AIに任せる仕事と人間が判断する仕事を適切に切り分けられる人材がより重要な役割を担うと考えています。
作業量だけでは測れない人材の貢献
仕事の進め方が変われば、人材の評価方法についても検討が必要になります。
例えば、同じ品質の成果物を作成する場合、AIを活用して短時間で完成させた従業員と、従来の方法で長時間かけて完成させた従業員を、作業時間だけで比較することは適切とはいえません。
一方で、作業が早いという理由だけで、高い評価を与えることにも注意が必要です。
AIを活用して作業時間を短縮できても、成果物に誤りが多く、確認や修正に時間がかかっていれば、必ずしも生産性が向上したとはいえないためです。
評価する際には、作業の速さだけでなく、成果物の品質や業務への貢献、AIを適切に活用するための判断力なども考慮する必要があるでしょう。
こうした能力を育てるには、AIツールの操作研修だけでは不十分です。業務の目的を理解し、AIの出力を検証するための専門知識や、問題を発見して改善策を考える力も求められます。
私は、AIの普及によって人間の専門性が不要になるのではなく、専門知識を使ってAIを管理し、成果につなげられる人材の価値が高まると考えています。
さらに個人としてAIを使いこなすだけでなく、その活用方法を社内に広め、組織全体の生産性向上につなげられる人材も今後ますます重要になるでしょう。
図:AI活用後に重要になる判断力、専門性、成果の評価。
AIによる工数削減が企業の収益モデルを変える
人月中心のビジネスモデルが直面する課題
AIによる生産性向上は、従業員の働き方だけでなく、企業の収益モデルにも影響を与えます。
特に影響を受けやすいのが、人月(にんげつ)を基準とした契約です。
人月とは、1人が1か月働く作業量を表す単位です。ITサービスやシステム開発などでは、必要な人数と期間をもとに費用を算出する契約が使われています。
例えば、従来10人月を必要としていた業務が、AIによって5人月で完了するようになったとします。
作業時間に応じて請求額が決まる契約であれば、必要な工数の減少に伴って売上も減る可能性があります。
一方、あらかじめ決めた金額で業務を請け負う固定価格契約では、品質や納期を維持したまま作業コストを削減できれば、利益率が改善する場合もあります。
つまり、同じ生産性向上であっても、契約形態によって企業の収益への影響は異なります。
図:AI駆動開発に関する工数削減の事例。図中の数値と出典を参照。
私は、AIによって工数が減るほど人月中心のビジネスモデルは見直しが必要になると考えています。
その際に重要なのは、AIによる効率化で生まれたメリットを顧客とサービス提供企業の双方が得られるようにすることです。
例えば、顧客に対しては納期の短縮や対応できる業務範囲の拡大といった形で価値を提供する一方、サービス提供企業にも品質改善や人材育成、AI活用への継続的な投資に必要な利益が残る仕組みを考える必要があります。
工数が削減された分だけ単純に価格を引き下げるのではなく、顧客が得られる成果とサービス提供企業が担う責任やコストを踏まえ、双方が継続的にメリットを得られる取引条件を設計することが重要だと考えています。
ただし、人月契約そのものが不要になるわけではありません。業務内容や必要な人員が変動する案件などでは、引き続き適した契約方式となる場合もあります。
重要なのは、AIによる業務の変化を踏まえ、従来の価格設定が顧客への提供価値と合っているかを検討することです。
Wiproも成果を重視した事業モデルへ
こうした変化を考えるうえで参考になるのが、Wipro自身の事業戦略です。
同社は2026年4月1日、AIを中心とした新たな事業部門「AI-Native Business & Platforms Unit」の設立を発表しました。
この部門では、企業向けAIソリューションやプラットフォームの開発を進めるとともに、顧客に提供する成果を重視した価値創出を目指しています。
従来のITサービスを補完しながら、AIを活用した新しい事業の育成や事業規模の拡大を図る方針です。
こうした取り組みは、AIによってサービスの提供方法が変わる中で、従来の作業量だけでなく、顧客が得られる成果を重視する方向性を示していると考えられます。
品質や業務改善の成果で価格を説明する
工数に依存しない価格設定を考えるうえで重要になるのが、顧客に提供する価値を具体的に示すことです。
例えば、AIによってシステムの開発期間を短縮できれば、顧客は新しいサービスを早期に提供できる可能性があります。
また、テスト工程の効率化と品質確認の強化を両立できれば、不具合の発生を抑え運用開始後の修正負担を軽減することも考えられます。
顧客にとっては、作業に何時間かかったかだけでなく、導入までの期間やシステムの品質、業務改善によって得られる効果も重要です。
そのためサービスを提供する企業には、こうした成果を具体的な指標で示し価格の妥当性を説明する力が求められます。
もっとも、成果に応じた契約には別の難しさもあります。
例えば、システム導入後に顧客の売上が増加したとしても、その要因がシステムだけにあるとは限りません。市場環境や営業活動など複数の要素が影響するためです。
成果を価格に反映する場合には、測定方法や責任範囲について、顧客と事前に合意しておく必要があります。
今後は業務の特性に応じて、人月契約や固定価格契約、成果に連動する料金体系などを使い分けることが重要になるでしょう。
生産性向上が利益増加につながるとは限らない
ここで見落とせないのが、AIの導入によって生産性が向上しても企業の利益が自動的に増えるわけではないという点です。
2026年9月10日付のReuters記事では、調査会社Nord-IQ Researchのアナリストが、WiproはAIの収益化において競合企業よりも初期段階にあり、今後はAI関連の取り組みが売上や利益率の改善につながるかが重要になると指摘しています。
AIの導入には、システムの整備や人材育成、運用などの費用がかかります。生産性向上による効果が得られていても、投資額や顧客との契約条件によっては、利益への反映に時間がかかることも考えられます。
企業には、削減した工数だけでなく、AI関連の投資や運用費用、顧客に提供した成果を含めて、事業全体の収益性を評価する視点が求められます。
図:人月契約、固定価格契約、成果に応じた契約と収益性の論点。
日本企業はAI導入後の成果をどう生み出すべきか
AI導入の目的と成果指標を明確にする
Wiproの事例を日本企業の取り組みに生かすには、まずAI導入によって何を改善したいのかを明確にすることが重要です。
例えば営業部門であれば、資料作成時間の短縮に加えて、商談化率や受注率の変化を確認することが考えられます。
顧客対応部門では、問い合わせへの回答時間だけでなく一次解決率や顧客満足度なども指標になるでしょう。
ただし、これらの数値が改善したとしても、そのすべてがAIの効果とは限りません。
担当者の経験や顧客の状況、業務量の変化なども結果に影響するため、AI導入前後の比較では、できる限り条件をそろえることが望まれます。
何を測定するかを事前に決めておくことで、導入後に効果を検証し改善につなげやすくなります。
小規模な導入で費用対効果を検証する
AIを全社的に展開する前に、特定の業務や部署で効果を検証する方法も有効です。
例えば、対象となる業務を絞り、AI導入前後の作業時間、成果物の品質、修正回数などを比較します。
ここで見落としたくないのが、AIの出力を確認する時間や誤りを修正するための負担です。
AIによって最初の作業時間が短くなっても、その後の確認に多くの時間を費やしていれば、業務全体としての効果は限定的かもしれません。
さらに、AIツールの利用料やシステム連携、従業員への研修などにも費用が発生します。
したがって、作業時間の削減だけを成果とするのではなく、導入・運用に必要な費用と実際に得られた改善効果を比較する必要があります。
ここで区別したいのは、作業時間の削減と実際の支出削減は必ずしも同じではないという点です。AIによって従業員の作業時間が短縮されても、給与などの支出が変わらなければ、削減した時間がそのまま企業の利益になるわけではありません。
そのため、AIツールの利用料や出力内容の確認・修正にかかる負担も含めて、業務全体でどれだけの余力が生まれたのかを把握することが重要です。さらに、その余力を活用した結果、顧客への対応件数が増えたのか、提案内容の質が向上したのかなど、実際の業務成果まで確認する必要があります。
小規模な検証で課題を把握し、運用方法を改善してから対象業務を広げることで、過度な投資や現場への負担を抑えながら導入を進めやすくなるでしょう。
部門を横断して業務と組織の仕組みを見直す
AI導入の効果が確認できた後は、その成果を企業全体にどう広げるかが課題になります。
私は、日本企業もAI導入・人材育成・契約の見直しをセットで進めるべきだと考えています。
そのためには、AI導入を担当する部署だけでなく、業務を行う現場、人事、営業、経営層などが連携することが重要です。
例えば、AIによって営業資料の作成時間を削減できた場合、現場では新しい顧客対応の進め方を検討する必要があります。人事部門は、その仕事に必要な能力や評価方法を整理し、営業部門は顧客への提供価値がどう変わるのかを考えることになります。
ITサービス企業であれば、業務の進め方が変わることで、顧客との契約条件や価格設定にも影響するかもしれません。
こうした判断をそれぞれの部署だけで進めると、現場の業務改善と企業全体の方針にずれが生じる可能性があります。
経営層が目指す成果を明確にし、関係部門が共通の目標を持って取り組むことが重要です。
そのためには、各部門の役割と責任を明確にしたうえで導入後に生じた課題や成果を共有し、業務の進め方や人材育成の方針を継続的に見直す仕組みが必要だと考えています。
図:AI導入の目的・指標、費用対効果、組織横断の見直し。
AIによる生産性向上を企業成長につなげるために
Wiproの事例は、AIによって大きな業務余力を生み出せる可能性を示しています。一方で、その余力を企業の成長にどう結びつけるかは、別の課題です。
実際にAIを導入したものの、削減した時間が売上や利益につながっているのか分からない企業もあるでしょう。
また、従業員にどのような能力を身につけてもらうべきか、AIを前提とした業務の進め方や評価制度をどう整えるか、判断に迷うケースも考えられます。
こうした課題に対応するには、まず自社の業務を整理し、AIに任せられる仕事と人間が担うべき役割を明確にする必要があります。そのうえで、目指す成果に応じた活用方法を検討することが重要です。
私が大切だと考えているのは、技術の導入そのものを目的にするのではなく、企業が実現したい成果から逆算してAI活用を設計することです。
AI導入の効果を十分に感じられていない企業や業務効率化の次の段階へ進みたい企業にとっては、現在の取り組みを見直すことが重要な機会になるでしょう。
AIをどこに導入するかだけでなく、生まれた余力をどう活用し、人材の能力をどう高め、事業の成果につなげていくのか。
こうした課題を企業全体の視点から整理することが、AI時代の競争力を高めるための出発点になると考えています。
まずは自社の業務を一つ選び、AI導入前後で確認や修正も含めた総作業時間と成果物の品質を比較してみてください。そのうえで、削減できた時間をどの業務に振り向けるのか、誰が担当し、どのような成果を目指すのかを決めることが重要です。
AIの活用方法や導入後の業務・組織の見直しについてお悩みの企業様は、ぜひご相談ください。
図:業務の整理から成果の検証、人材と組織の見直しまでの流れ。
長野陸
大学院卒業後、ソフトバンクグループ株式会社に入社し、CEO室にて孫正義のもと成長戦略の立案に従事。経営中枢における戦略策定業務を通じ、事業拡大および意思決定プロセスに深く関与する。続いてアクセンチュア株式会社に参画し、AIおよびWeb3領域における事業戦略の立案を担当。先端技術とビジネスを融合した戦略構築に従事するなど、実務面においても高い専門性を有する。
2023年には、経済産業省が選定する高度IT人材として石川県加賀市のDX推進プロジェクトに参画し、地域のデジタル変革を支援。さらに、第11期ソフトバンクアカデミア生に選抜されるほか、総務省主催の高度人材育成プログラム「SecHack365」、経済産業省の実践型AI人材育成プログラム「AI Quest」にも参画するなど、官公庁および民間双方において高い評価を受けている。
2025年には初の著書、これからのAI時代を生き抜くための『戦略の教科書』として「DeepSeek革命」を出版
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筆者:長野陸。








