1. Σ/Δの演算子としての正体(離散時間)
1.1 定義とZ変換
-
累積加算(積分)
$s[n]=\sum_{k=-\infty}^{n} x[k]$
$S(z)=\dfrac{1}{1-z^{-1}}X(z)$ → 伝達関数 $H_\Sigma(z)=\dfrac{1}{1-z^{-1}}$ -
差分(微分)
$\Delta x[n]=x[n]-x[n-1]$
$\Delta X(z)=(1-z^{-1})X(z)$ → 伝達関数 $H_\Delta(z)=1-z^{-1}$
よって
$H_\Delta(z)H_\Sigma(z)=1$(初期値がゼロなら厳密逆)。
周波数応答:
$ |H_\Sigma(e^{j\omega})|=\dfrac{1}{2\sin(\omega/2)}$(ローパス)
$ |H_\Delta(e^{j\omega})|=2\sin(\omega/2)$(ハイパス)
※実装ではリーキー積分器 $H_{\Sigma,\alpha}(z)=\dfrac{1}{1-\alpha z^{-1}}$ を使うと飽和や直流漂いに強い($|\alpha|<1$)。
2. バケツ=スイッチトキャパシタ積分器の対応
2.1 状態方程式(1bit・1次ΔΣの最も簡単な形)
- 状態(バケツ水位) $v[n]$
- 量子化出力 $y[n]\in{+1,-1}$(吐き出しパルス)
- 入力 $x[n]$(注水、規格化済み)
離散時間の更新式(スイッチトキャパシタで得られる標準形):
$$
v[n+1]=v[n]+k\bigl(x[n]-y[n]\bigr),\qquad y[n]=\mathrm{sgn}{v[n]}
$$
ここで $k>0$ は積分器の利得(サンプリング周期や容量比で決定)。
解釈:注いだ量 − 吐き出した量 をバケツへ累積。
2.2 平均(密度)と入力の関係
両辺を $n=0$ から $N-1$ まで和を取り、$\bar{y}=\frac1N\sum y[n]$、$\bar{x}=\frac1N\sum x[n]$ とすると
$$
\frac{v[N]-v[0]}{kN}=\bar{x}-\bar{y}
$$
定常で $v[N]-v[0]$ が有界なら $N\to\infty$ で 0 に近づくため
$$
\boxed{;\bar{y}\approx \bar{x};}
$$
→ パルス密度(1の割合)が入力平均に比例(バケツ比喩の核心)。
2.3 入力範囲と安定性(バケツがあふれない条件)
- $|x[n]|$ が $1$ に近づくと吐き出し量で追いつけず $v[n]$ が飽和。
- 実装では $k$ と基準量(1bit DACの放出量)を選んでヘッドルームを確保。
- リーキー積分器($\alpha<1$)や入力スケーリングで発散を防ぐ。
3. 線形化とノイズシェーピング
3.1 量子化器の等価ノイズモデル
量子化器を
$ y[n]=u[n]+e[n]$(ただし $u[n]$ は理想出力、$e[n]$ は白色誤差)
と近似し、上式に代入・整理すると
$$
Y(z)=X(z)+\underbrace{(1-z^{-1})}_{\text{NTF}}E(z),\qquad \text{STF}=1
$$
→ 量子化誤差に差分が掛かる=ハイパス化。
$|\mathrm{NTF}(e^{j\omega})|^2=4\sin^2(\omega/2)\approx \omega^2$(低域抑圧)。
3.2 帯域内ノイズの公式(一次)
$$
P_{\rm in}\approx \frac{\Delta^2}{12}\cdot\frac{\pi^2}{3}\cdot\frac{1}{\mathrm{OSR}^{3}}
$$
→ OSR2倍で約9 dB改善。
L次なら $P_{\rm in}\propto \mathrm{OSR}^{-(2L+1)}$。
4. バケツ比喩の細部
- バケツ=積分器のキャパシタ。水位=電圧 $v[n]$。
- 注水量=入力(電荷)。吐き出し=1bit DACの放電。
- 満杯判定=比較器(しきい値で符号決定)。
- 吐き出し量の固定(1bit)は直線性に強い。多bitは「バケツのサイズが可変」で、DEMなど線形化が必要。
- 水漏れ(リーク)=リーキー積分($\alpha<1$):長期の直流誤差を逃がす代償に低域のシェーピングが少し弱まる。
- 水位の波打ち=トーン/リミットサイクル:微小入力で周期性が出るためディザ(微小ランダム注水)で平均化。
5. よくある疑問への要点回答
-
ΣとΔは順序を入れ替えられる?
初期値がゼロで理想的なら可逆だが、Δ–Σ回路は先にΣ(ためる)→条件でΔ(吐き出す)という非線形・条件分岐があるため、単純交換は不可。 -
なぜ平均が一致するのか?
状態方程式を総和すると分かる通り、有界な状態の時間平均は入力と出力の平均差をゼロに近づける制御になっているため。 -
なぜノイズが高域へ?
差分演算 $1-z^{-1}$ のゲインが低周波でゼロ、高周波で大きいため。量子化誤差成分だけがこの重みを受け、帯域外へ押し出される。
6. 現場設計のチェックリスト
- 入力レンジと1bit DAC量(吐き出し量)で積分器の余裕を確保。
- 2次以上は係数・スケーリングで安定余裕を設計。
- リーキーを入れるか(直流ドリフト vs シェーピング強度のトレードオフ)。
- 小信号のトーン抑制にディザを検討。
- デシメータ(CIC+FIR等)で阻止域減衰と通過域平坦を保証。
- 実回路ではkT/C・アンプ雑音・クロックジッタが追加されるため、PSD予算に折り込む。