1. 1次ΔΣ ADCの式
ブロック構成
- 入力信号: $X(z)$
- 加算器: 入力 − DAC出力
- 積分器: $\frac{1}{1-z^{-1}}$
- 量子化器: 出力に量子化雑音 $Eq$ が加わる
- フィードバック: DAC出力を戻す
(1) 厳密な伝達関数
テキストで示されていた式:
$$
Y(z) = \frac{z^{-1}}{1-z^{-1}} X(z) - \frac{z^{-1}}{1-z^{-1}} Y(z) + \frac{z^{-1}}{1-z^{-1}} Eq
$$
これはブロック図から直接Z変換を書き出した形です。
積分器は $\frac{1}{1-z^{-1}}$、その前に1サンプル遅延 $z^{-1}$ が入っているため、係数がすべて $\frac{z^{-1}}{1-z^{-1}}$ になっています。
ここでの意味は:
- $\frac{z^{-1}}{1-z^{-1}} X(z)$:入力信号の積分された寄与
- $- \frac{z^{-1}}{1-z^{-1}} Y(z)$:フィードバック(DAC出力)が引かれる寄与
- $ \frac{z^{-1}}{1-z^{-1}} Eq$:量子化雑音が積分器を通った寄与
(2) 簡略化された形
式(1)を整理すると次の形になります:
$$
Y(z) = z^{-1} X(z) + (1 - z^{-1}) Eq
$$
ここで出てきた2つの関数は STF と NTF と呼ばれます:
-
Signal Transfer Function (STF): $z^{-1}$
→ 入力信号は「1サンプル遅延」としてそのまま出力へ。 -
Noise Transfer Function (NTF): $1 - z^{-1}$
→ 雑音は差分(微分)特性を受けるので、高周波成分が強調される。
→ これが ノイズシェーピング の本質。
2. 2次ΔΣ ADCの式
ブロック構成は積分器が2段になります。
式
$$
Y(z) = X(z) + (1 - z^{-1})^2 Eq
$$
ここでも:
- STF = 1(入力はそのまま出力へ)
- NTF = $(1 - z^{-1})^2$(二階差分の特性)
→ 雑音がさらに高域へ追いやられる。
→ 1次よりも強力なノイズシェーピング効果が得られる。
3. 一般化
n次のΔΣ ADCにおける一般式は:
$$
Y(z) = STF(z) \cdot X(z) + NTF(z) \cdot Eq
$$
- $STF(z)$:信号の伝達関数(多くの場合は遅延や定数ゲイン程度でフラット)
- $NTF(z)$:雑音の伝達関数(高域強調の形になる)
例えば n次の場合の典型的なNTFは:
$$
NTF(z) = (1 - z^{-1})^n
$$
となります。
4. 工学的ポイント
- オーバーサンプリング:サンプリング周波数を高くすることで、雑音を広帯域に分散させる。
- ノイズシェーピング:ΔΣループが $(1-z^{-1})^n$ の形で雑音を高域に押し出す。
- SNR向上:信号帯域は低域にあるので、LPFで高域雑音をカットできる → SNDRが改善。
1. 第1段の出力(2次ΔΣ ADC)
式 (5):
$$
Y_1(z) = X(z) + (1-z^{-1})^2 Eq_1
$$
- ここでの STF (Signal Transfer Function) は 1
→ 入力信号 $X(z)$ はそのまま出力へ。 -
NTF (Noise Transfer Function) は $(1-z^{-1})^2$
→ 第1段の量子化雑音 $Eq_1$ は2次のノイズシェーピングを受ける。
2. 第2段の出力
式 (6):
$$
Y_2(z) = -z^{-1}Eq_1 + (1-z^{-1})^2 Eq_2
$$
意味:
- 入力 $X(z)$ は第1段で除去されているため現れない。
-
第1段の雑音 $Eq_1$ が、積分器2段を通った結果、単純な遅延付き $-z^{-1}Eq_1$ として入力されている。
→ ここにはノイズシェーピング効果がかかっていないのが重要。 - 第2段の新しい雑音 $Eq_2$ には再び2次のノイズシェーピングがかかっている。
3. デジタルフィルタでの処理
式 (7):
$$
Y(z) = H_1(z) \cdot X(z) + H_1(z)(1-z^{-1})Eq_1 - z^{-2}H_2(z)Eq_1 + H_2(z)(1-z^{-1})^2 Eq_2
$$
ここでは:
- $H_1(z)$:第1段の出力にかかるフィルタ
- $H_2(z)$:第2段の出力にかかるフィルタ
設計の狙い:
- 第1段雑音 $Eq_1$ の項を打ち消す ように $H_1(z)$, $H_2(z)$ を設定する。
- 実際のアナログフィルタとデジタルフィルタのマッチングが不完全だと、キャンセルしきれずに $Eq_1$ が漏れる。
4. $Eq_1$ の項を整理
式 (8):
$$
Eq_1 \cdot \Big[ H_1(z)(1-z^{-1}) - z^{-2}H_2(z) \Big]
$$
→ もし 完全にマッチングしていれば 0 になり、第1段雑音は消える。
→ 逆にマッチングが悪いとこの雑音が残り、性能劣化の原因となる。
5. 最終的な出力
式 (9):
$$
Y(z) = z^{-2}X(z) + (1-z^{-1})^4 Eq_2
$$
ここがMASHの肝。
- 信号伝達関数 (STF) = $z^{-2}$(2サンプル遅延のみ)
-
雑音伝達関数 (NTF) = $(1-z^{-1})^4$
→ 4次のノイズシェーピング特性が得られる。
6. 工学的な特徴
- 各ループに積分器は2個以下なので 安定性を確保 できる。
- ループを直列多段化+デジタルキャンセルすることで、高次(例: 4次)のノイズシェーピング を安全に実現できる。
- 欠点は「デジタルキャンセルのマッチング精度に依存」する点。
まとめ
MASH ΔΣ ADCの本質は:
$$
\text{信号:そのまま通す} \quad STF(z) \approx z^{-m}
$$
$$
\text{雑音:高次差分で追い出す} \quad NTF(z) = (1-z^{-1})^n
$$
- 多段構成で 高次のノイズシェーピング が可能
- 各段の雑音をデジタルで打ち消すため 安定性を保ちながら性能向上
- ただしマッチング誤差があると雑音が残る