1. 大信号解析(Large-Signal Analysis)
MOSFETは本来 非線形素子 です。ドレイン電流は $V_{GS}, V_{DS}$ の関数で:
- カットオフ
$$
V_{GS} < V_{th} \quad \Rightarrow \quad I_D \approx 0
$$
- 線形領域
$$
I_D = \beta \big[ (V_{GS} - V_{th}) V_{DS} - \tfrac{1}{2} V_{DS}^2 \big]
$$
- 飽和領域
$$
I_D = \tfrac{1}{2} \beta (V_{GS} - V_{th})^2
$$
ここで
$\beta = \mu_n C_{ox} \tfrac{W}{L}$
1.1 Q点(動作点)の決定
例えば共通ソース回路:
VDD
│
RD
│
vo ●─── ドレイン
│
M1
│
GND
KVLより:
$$
V_{DS} = V_{DD} - I_D R_D
$$
MOSFETの I–V 特性曲線と「負荷線」が交差する点が Q点。
Q点が決まると $V_{GSQ}, I_{DQ}, V_{DSQ}$ が確定。
これが「小信号解析の出発点」になる。
2. 小信号解析(Small-Signal Analysis)
MOSFETの I–V は非線形。
でも Q点まわりで入力が小さく変動するとき、接線近似で線形回路として扱える。
2.1 gm(トランスコンダクタンス)
飽和領域の式を微分:
$$
I_D = \tfrac{1}{2} \beta (V_{GS} - V_{th})^2
$$
$$
g_m = \frac{\partial I_D}{\partial V_{GS}} \Big|{Q} = \beta (V{GSQ} - V_{th})
$$
別表現:
$$
g_m = \frac{2 I_{DQ}}{V_{GSQ} - V_{th}}
$$
→ ゲート電圧を 1V 上げたときのドレイン電流の増分。
入力電圧を電流に変換する力を示す。
2.2 ro(出力抵抗)
チャネル長変調を考慮すると:
$$
I_D = \tfrac{1}{2} \beta (V_{GS} - V_{th})^2 (1 + \lambda V_{DS})
$$
VDS に依存して電流がわずかに傾く。
その傾きから ro を定義:
$$
r_o = \left( \frac{\partial I_D}{\partial V_{DS}} \right)^{-1}\Big|{Q}
= \frac{1}{\lambda I{DQ}}
$$
→ ドレインに見える抵抗。
IDQ が大きいほど ro は小さくなる。
3. 小信号等価回路の構成手順
ステップ
- 直流電源は AC 的に短絡(VDD → GND)。
- MOSFETを「入力は電圧源、出力は電流源」で置き換える。
- 電流源の値は $g_m v_{gs}$。
- ro を並列に加える。
- ソースに抵抗 $R_S$ がある場合はそのまま残す。
3.1 ソース抵抗なし
vo
│
RD
│
├── gm*vgs
│
ro
│
GND
入力:
$$
v_{gs} = v_{in}
$$
出力:
$$
v_o = - g_m v_{gs} (R_D || r_o)
$$
利得:
$$
A_v = \frac{v_o}{v_{in}} = - g_m (R_D || r_o)
$$
3.2 ソース抵抗あり
vo
│
RD
│
├── gm*vgs
│
ro
│
●── RS ── GND
│
vin
この場合:
$$
v_{gs} = v_{in} - v_s
$$
ソース電位 $v_s$ が入力に比例して変化するため、
負帰還が働き、vgs が小さくなる。
4. ソース抵抗ありの利得式
チャネル長変調を無視(ro → ∞)とすると:
- 電流源は $gm v_{gs}$
- ソース電流 ≈ ドレイン電流
- ソース電圧:
$$
v_s = i_s R_S ≈ (gm v_{gs}) R_S
$$
- よって:
$$
v_{gs} = v_{in} - v_s = v_{in} - gm v_{gs} R_S
$$
整理すると:
$$
v_{gs} (1 + gm R_S) = v_{in}
$$
$$
v_{gs} = \frac{v_{in}}{1 + gm R_S}
$$
- 出力電圧:
$$
v_o = - gm v_{gs} R_D
= - \frac{gm R_D}{1 + gm R_S} v_{in}
$$
4.1 結果
- RSなし
$$
A_v = - g_m (R_D || r_o)
$$
- RSあり(ro → ∞ の近似)
$$
A_v \approx - \frac{g_m R_D}{1 + g_m R_S}
$$
5. 意味と直感的理解
-
RS を入れると入力の一部がソース電圧に割り当てられ、vgs が小さくなる。
-
結果として 利得は下がる。
-
これは「局所負帰還」と同じで、利得は落ちても:
- 動作点の安定性が向上
- 歪み(非線形性)が減る
- バラツキに強い設計になる
1. 大信号解析(非線形のまま)
1.1 特徴
- MOSFETの $I$–$V$ 特性(例:$I_D=\tfrac{1}{2}\beta(V_{GS}-V_{th})^2$)をそのまま使う
- 数式は非線形(二次関数・高次式)になる
- 入力が大きいと高調波・歪みが必ず現れる
- 手計算は困難 → 数値解析手法が必須
1.2 数値解析の手法
(a) 代数方程式の数値解法
-
直流解析やQ点求解に使う
-
例:
$$
I_D = \tfrac{1}{2}\beta(V_{GS}-V_{th})^2,\quad V_{DS}=V_{DD}-I_D R_D
$$ -
アプローチ:
- グラフ解法(負荷線と特性曲線の交点)
- ニュートン–ラフソン法など反復法で解く
(b) 時系列シミュレーション
-
交流入力を与え、各時刻で $I_D(t)$ と $V_O(t)$ を逐次計算
-
アルゴリズム:
- 入力信号 $v_{in}(t)$ を生成
- 各時刻において $V_{GS}(t)=V_{GSQ}+v_{in}(t)$
- $I_D(t)$ をMOSFET式で計算
- $V_O(t)=V_{DD}-I_D(t)R_D$ を得る
→ 実際の非線形波形をシミュレート可能
(c) フーリエ解析
- 出力波形にFFTをかけてスペクトル解析
- 基本波成分と高調波成分を比較して 歪率(THD) を評価
- 増幅器の線形性・非線形性を定量化できる
2. 小信号解析(線形化)
2.1 特徴
- Q点まわりで一次近似(テイラー展開)
- MOSFETを「電流源+抵抗」に置換
- 線形代数(KCL/KVL)で解析可能
- 利得・入力/出力インピーダンスなどが手計算できる
2.2 数式モデル
-
トランスコンダクタンス
$$
g_m = \beta(V_{GSQ}-V_{th})
$$ -
出力抵抗
$$
r_o = \frac{1}{\lambda I_{DQ}}
$$ -
電圧利得(共通ソース回路)
$$
A_v = -g_m (R_D \parallel r_o)
$$
3. 大信号解析 vs 小信号解析(解析アプローチの違い)
| 観点 | 大信号解析 | 小信号解析 |
|---|---|---|
| 数式モデル | 非線形方程式(2乗則など) | 線形化モデル($g_m$, $r_o$) |
| 手法 | 数値解法、逐次シミュレーション、FFT | KCL/KVL, 行列解析 |
| 適用範囲 | 大きな入力、歪みや飽和を確認 | 微小入力、設計の初期評価 |
| 結果の解釈 | 実際の波形、歪み、動作範囲 | 増幅率・インピーダンス・安定度 |
| 計算負荷 | 高い(PC必須) | 低い(手計算可) |
| 利点 | 実挙動を忠実に再現 | 設計・最適化が容易 |
| 欠点 | 数値解が必要、直感的でない | 適用範囲が狭い |
4. 数値計算のまとめ
非線形(大信号解析)で使う代表的な数値解析法:
- ニュートン–ラフソン法:Q点や連立方程式の数値解
- 逐次時間シミュレーション:入力波形を逐次代入して出力を計算
- FFTスペクトル解析:出力の歪み・高調波を評価
小信号(線形化)で使う代表的な手法:
- 回路方程式(KCL/KVL):行列で利得・入力/出力抵抗を解く
- 伝達関数解析:周波数応答や安定性を確認
✅ まとめると:
- 大信号解析 → 実際の波形や歪みを再現する「現場の真実」
- 小信号解析 → 設計初期に利得や感度を素早く把握する「設計ツール」