1. タイムインタリーブ型逐次比較ADC(Time-Interleaved SAR ADC)
1.1 基本原理
- 単体のSAR ADC(Successive Approximation Register ADC)は、サンプリング速度が数十~数百 MHz程度に制約される。
- これを複数個(M個)並列に配置し、それぞれのADCに時間的に位相をずらしたクロックを与えて入力をサンプリングさせる。
- これにより、見かけ上のサンプリング周波数は M 倍となる。
式で表すと:
$$
f_{s,\mathrm{eff}} = M \cdot f_{s,\mathrm{single}}
$$
1.2 課題:タイミングスキュー
- 各ADC間のクロックや配線のずれにより、位相が正確にM分の1周期で揃わない。これをタイミングスキューという。
- 位相ずれ Δτ があると、入力信号 $x(t)$ に対してサンプル誤差は
$$
\Delta x \approx \frac{dx}{dt} \cdot \Delta \tau
$$
で表される。高速入力信号では微小なズレでも大きな誤差になる。
- 対策:クロック経路に可変遅延回路を入れ、スキューを補正する。
2. ノイズシェーピング型逐次比較ADC(Noise-Shaping SAR ADC)
2.1 背景
-
通常のSAR ADCは逐次比較による2分探索でビットを決めるため、分解能を上げると最小比較電圧が非常に小さくなる。
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例:フルスケール1V
- 10ビット → LSB = 1 mV
- 15ビット → LSB = 30 μV
-
-
このレベルでは比較器オフセットや熱雑音に埋もれてしまい、精度を出せない。
2.2 原理
- SARの比較後に残る残差電圧(誤差)を「積分器」に入力し、次サイクルでフィードバックする。
- この処理により量子化誤差が**周波数領域で整形(shaping)**され、低周波帯では小さくなる。
3. 数式展開
本文に出てくる基本式は以下。
$$
D_{\text{out}} = V_{\text{in}} + (1 - z^{-1})(V_{N,\text{CMP}}(z) + Q(z)) \tag{10.24}
$$
3.1 各項の意味
- $D_{\text{out}}$:ADC出力
- $V_{\text{in}}$:入力信号
- $V_{N,\text{CMP}}(z)$:比較器雑音(熱雑音など)
- $Q(z)$:量子化誤差(誤差源)
3.2 解釈
-
係数 $(1 - z^{-1})$ は、離散時間における差分演算子。Z領域では
$$
1 - z^{-1} \quad \Longleftrightarrow \quad y[n] = x[n] - x[n-1]
$$これは周波数領域では
$$
|1 - e^{-j\omega}| = 2 \sin!\left(\tfrac{\omega}{2}\right)
$$となり、低周波でゼロ、高周波で大きくなる。
-
つまり、$Q(z)$には**微分(ハイパスフィルタ)**がかかり、量子化ノイズが低周波では抑圧される。
3.3 周波数領域での効果
-
ノイズパワースペクトル密度(PSD)は
$$
S_Q(\omega) \propto \left|1 - e^{-j\omega}\right|^2 = 4 \sin^2!\left(\tfrac{\omega}{2}\right)
$$ -
低周波 ($\omega \to 0$) では $S_Q(\omega) \approx \omega^2$ → ノイズが強く抑えられる。
-
高周波側にシフトするため、ローパスデジタルフィルタ+デシメーションを行えば、低域帯域内で非常に高いSN比が得られる。
4. ΔΣ型との関係
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ΔΣ ADCは「積分器+量子化器+帰還DAC」で構成されるが、Noise-Shaping SAR ADCも「SARに積分器を追加」したことで、基本的にはΔΣの原理を組み込んだSAR ADCとみなせる。
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一般化すると:
- L次のノイズシェーピング → $(1 - z^{-1})^L$ が掛かり、
$$
S_Q(\omega) \propto \omega^{2L}
$$となる。
- これによりOSR(オーバーサンプリング比)を高めると、SN比は
$$
\Delta \mathrm{SNR} \approx (2L+1)\times 3\ \text{dB/倍OSR}
$$改善する。
まとめ
- タイムインタリーブ型SAR ADC:M並列化による高速化。ただしタイミングスキュー補正が必須。
- ノイズシェーピングSAR ADC:残差誤差を積分器でフィードバックし、量子化ノイズを高域に押し出す。式(10.24)で示されるように、誤差に「差分(ハイパスフィルタ)」が掛かる。
- 効果:オーバーサンプリング+デジタルフィルタにより、通常のSARでは不可能だった高分解能を実現可能。