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QAエンジニアにおススメするイノベーションマネジメント

Last updated at Posted at 2025-09-23

1. はじめに

標準化と品質管理 Vol.75 2024年春号を眺めていたところ「ISO 56002の概要とそのビジネスへの影響(真野 毅・尾﨑 弘之 著)」の次の記述が目に留まりました。

このように多くの組織で,品質とイノベーションの両方をマネジメントすることが求められているため,この二つを両立させるには,その共通点と相違点を理解し,運用することが重要となる。共通点は,互いに補強し合うことで強化できることであり,相違点は矛盾して対立することがある点である。共通点については,どちらも価値の実現を目指しており,マネジメントシステムと指揮・管理することの違いは,この規格の中で説明されている。

ただ,相違点については,少し説明を加えておく必要がある。例えば,品質マネジメントは不確実性,ばらつき,リスクの低減を目指すが,イノベーション・マネジメントではばらつきを活用し,不確実性を積極的に受け入れ,リスクに挑戦することが求められる。このことは,組織の中で意思決定をするときに,このISOマネジメントシステムの違いにより,状況に応じて矛盾する指示を出さなければならないこともあるということを意味する。

品質マネジメントとイノベーションマネジメントはどちらも価値創造を目指す点で共通していて、かつ、一般論としてソフトウェア開発は前者を志向するものもあれば後者を志向するものもあります。

  • 派生開発の既存機能のような仕様が固まっているソフトウェア
  • ベータ版のようなベータテストのフィードバック次第で仕様から変わる可能性のあるソフトウェア
  • PoCの「動くモックアップ」のような価値検証のためのソフトウェア

それにも関わらずもしソフトウェア品質保証が前者の志向性のみで活動していたらそれでは足りないといえ、少なくとも後者の志向も尊重してイノベーションを後押しするようなふるまいも求められると思いました。

ソフトウェアのタイプとマネジメントの志向性

2. 品質マネジメントとイノベーションマネジメントの両立

今どきのQAエンジニアにとって品質マネジメントとイノベーションマネジメントは「うまく両立すべきもの」です。

まず、2015年のISO 9000シリーズの改訂で「革新(innovation)」が新たに定義されました。

JIS Q 9000:2015
3.6.15
革新(innovation)
価値を実現する又は再配分する,新しい又は変更された対象(3.6.1)。
注記1 革新を結果として生む活動は,一般に,マネジメントされている。
注記2 革新は,一般に,その影響が大きい。

併せてQMSにおいて考慮すべき属性の一つに革新が挙げられています。

JIS Q 9000:2015
2.4.3 QMSの規格,他のマネジメントシステム及び卓越モデル
・・・今日の状況では,革新,倫理,信頼及び評判のような多くの課題は,QMSにおいて考慮すべき属性とみなされ得る。品質マネジメントに関する規格(ISO 9001など),環境マネジメントに関する規格(ISO 14001など),エネルギーマネジメントに関する規格(ISO 50001など)及びその他のマネジメント規格,並びに組織の卓越モデルがこれに対応してきた。・・・

続いて、ISO 56002:2019にてイノベーションマネジメントシステム規格はほかの規格とともに適用できるように作られていることが示されています。

JIS Q 56002:2023(ISO 56002:2019)
0.4 他のマネジメントシステム規格との関係
・・・マネジメントシステム規格は,相互に補完し合うものだが,独立して使用することも可能である。この規格は,組織が,既存の製品・サービス及び活動の利用と,新規の製品・サービスを探求及び導入することとのバランスに役立たせながら,その他のマネジメントシステム規格とともに適用することが可能である。組織は,イノベーション・マネジメントの手引と,その他のマネジメントシステム規格とのバランスを取ることが可能である。・・・

その後、2023年に改訂されたJIS Q 9005は組織を取り巻く事業環境の変化の一つに技術革新という表記でイノベーションを挙げ、迅速に察知し対応することを求めています。また、「箇条8(製品・サービス実現)を中心に,顧客及びパートナとの“共創”(顧客との共創,オープンイノベーション的共創)に関する規定が追加1」されています。

JIS Q 9005:2023
0.1 一般
組織がその使命を果たし,競争優位を維持して持続的成功を実現するためには,組織の提供する製品・サービスの価値が顧客,社会及びその他の利害関係者に満足を与えることによって,組織の存在意義を高めることが不可欠である。

そのために,組織は,効果的かつ効率的に組織の総合的なパフォーマンスを継続的に改善し,顧客,社会及びその他の利害関係者のニーズ及び期待に応えて,価値を創造していくことが必要である。また,高い価値を創造し続けるためには,組織は市場のニーズの多様化,技術革新など組織を取り巻く事業環境の変化を迅速に察知し,対応することが必要である。

この規格は,変化する事業環境に組織が俊敏に適応するための品質マネジメントシステムのモデルを提供する。

今どきの品質マネジメントにおいてイノベーションは考慮して対応するものです。

3. 資源の提供

品質マネジメントとイノベーションマネジメントの両方に共通する活動に資源の提供があります。

  • 組織は,プロセスの運用に必要なインフラストラクチャ,並びに製品及びサービスの適合を達成するために必要なインフラストラクチャを明確にし,提供し,維持しなければならない。(JIS Q 9001:2015 7.1.3)
  • 組織は,製品・サービスの実現を効果的かつ効率的に実施するために必要なインフラストラクチャを計画し,整備し,運用管理することが望ましい。(JIS Q 9005:2023 7.5.1)
  • 組織は,イノベーション・マネジメントシステムを有効に実施するために,必要とされる物理的(有形)及びバーチャル(無形)のインフラストラクチャを明確にし,提供し,維持することが望ましい。(JIS Q 56002:2023 7.1.6.1)

ソフトウェア開発で身近な資源にバージョン管理システムがあります。小規模少人数の開発でSubversionのシンプルさがマッチするケースもあれば、組込みLinuxやPC、スマートフォンのアプリのようなそれなりに規模のある開発でブランチ管理のしやすさでGitが欲しくなるケースもあります。また、動くモックアップのような作って試して学習するサイクルを何度も回したいソフトウェアともなれば今どきのAIによるコード作成支援でそのサイクルをより高速に回したくなるものと思います。

バージョン管理システムは多くの開発者が利用することから導入や運用保守、あるいはSubversionからGitへの移行といった業務を開発部門の一部のメンバーで担うのは荷が重いです。特に昨今のバージョン管理システムは多機能で必ずしもすべての機能を使うとは限らず、運用保守している開発部門で利用していない機能について他部署の要求に応じて調査しながら利用できるようにするのは負担が大きいです。

その点、品質部門はさまざまな部門と関わることから部門横断的な取り組みがしやすく品質マネジメント志向とイノベーションマネジメント志向で必ずしも一致しないニーズの両方を満たして提供する業務を担う合理性があります。

4. 両利きのQA

経営学の分野で「両利きの経営」が知られています。これは①知の深化(既存事業の効率化、改善)と②知の探索(新規事業の実験と行動)の両者を同時に行うものです2。この「両利き」のQAへの応用を次の資料でにしさんが解説されています。

両利きのQAは派生開発の新機能を例に次のように考えると理解しやすいです。

  • 新機能は既存機能と結合して製品として一体化するため右利きのQA(品質マネジメント)が求められる
  • 新機能はその不確実性の大きさに応じて左利きのQA(イノベーションマネジメント)が求められる

5. 両利きの価値提供マネジメント

品質マネジメントを顧客価値提供マネジメントと呼ぶ考え方があります。

製品・サービスを通して提供される価値に対する顧客の評価を維持し向上することに焦点をあてたマネジメント、すなわち「品質のためのマネジメント」(=顧客価値提供マネジメント)を品質マネジメントと呼ぶなら、品質マネジメントは経営の広い範囲をカバーするツールとなります。
(出典:真・品質経営 序論 第1回 ISOを超えて(2015-05-05)・飯塚悦功

今どきは顧客価値に限らず社会的価値も重視されることや品質マネジメントとイノベーションマネジメントはどちらも価値提供マネジメントであることから、両利きの価値提供マネジメントとして統合した図を次に示します。

両利きの価値提供マネジメント

6. おわりに

イノベーションマネジメントはトップマネジメントのリーダーシップやコミットメントが注目されがちですが、品質部門は品質マネジメントをしながらイノベーションマネジメントへ越境することで両利きの経営を支えて価値創出を実現する、そういう価値提供戦略を取れるポジションにいます。

ソフトウェア開発はそれ自体に不確実性があることや知の探索は「ミツバチとしてのQAエンジニア」に通じる話であること、そもそも品質マネジメントもイノベーションマネジメントも目的は価値創出――新たな顧客価値や社会的価値の提供――なことから品質エンジニアは品質マネジメントのサイロに閉じこもらずイノベーションマネジメントも取り入れて両利きのQAを目指すのがおススメです。

  1. 出典:JIS Q 9005:2023 p.81 2 今回の改正の趣旨

  2. 第1回 産業構造審議会 成長戦略部会 資料5 p.43

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