1. はじめに
QAエンジニアにおススメするイノベーションマネジメントで次の解説を引用しました。
ただ,相違点については,少し説明を加えておく必要がある。例えば,品質マネジメントは不確実性,ばらつき,リスクの低減を目指すが,イノベーション・マネジメントではばらつきを活用し,不確実性を積極的に受け入れ,リスクに挑戦することが求められる。
出典:標準化と品質管理 Vol.75 2024 年春号・ISO 56002 の概要とそのビジネスへの影響(真野毅・尾﨑弘之著)
ここで、製造工程を持たないソフトウェア開発における品質マネジメントのばらつきの低減はにしさんの次のツイートが参考になります。
言い替えると、ソフトウェアの品質管理とは、エンジニアに賢くなってもらう仕事に他なりません。エンジニアにより賢くなってもらうために、よりよいものの考え方や、ダメな考え方の防止策を提示するのが、ソフトウェア開発における正しいばらつきの低減であり、標準化だと僕は思います。
(略)
まとめましょう。ソフトウェア開発においてばらつきの低減という方向性で品質管理を行うのであれば、ものの考え方に踏み込んでばらつきの低減を行わないといけません。その際には、よりよく考える方向にばらつきを低減させるとともに、もっとよりよく考えられるようにカイゼンやチャレンジが必要です。
出典:西康晴氏のソフトウェア開発における標準化に関するツイート
2. 知識マネジメント
2.1 指針
ベテランのエンジニアが有している情報や知識、技術を共有し改善するといえば、JIS Q 9005:2023の知的資源の指針が参考になります。
7.4 知的資源
7.4.1 一般
組織は,組織が必要とする情報並びに知識及び技術を認識し,獲得し,維持し,保護し,活用し,評価するためのプロセスを構築し,実施し,維持することが望ましい。
組織は,情報並びに知識及び技術を組織内外から獲得することに加え,個人がもつ情報並びに知識及び技術を共有化し,適用するための手順を確立し,実施し,維持することが望ましい。7.4.3 知識及び技術
組織は,知識及び技術を効果的かつ効率的に活用するために,次の事項を考慮することが望ましい。
- 標準化,再利用及び共有
- 選択,識別及び適用
- 更新及び破棄
- 流出防止
- 知的財産化(例えば,特許権,著作権,商標権,実用新案権)
- 提携及び移転
この指針は知識マネジメントの動向を踏まえるとより理解が深まるでしょう。
- 2015年のISO 9001の改正で「7.1.6 組織の知識」が追加された際は知識の獲得、維持、利用がフォーカスされていました
-
ISO 30401:2018(ナレッジマネジメントシステム―要求事項)は、組織の知識による価値創出をナレッジマネジメントシステムが支援するべく、ナレッジマネジメントの活動が拡がるとともに優先順位を付けることを要求しています
- ナレッジマネジメントとは,組織が知識を創出し,活用する方法に焦点を当てた分野である。(0.1 目的)
- 知識は無形の組織資産であり,他の資産と同様に管理する必要がある。労働者が過去の経験と未来への新たな洞察に基づいて問題を解決し,効果的な意思決定を行い,一致した行動を取ることができるように,知識を開発,統合,維持,共有,適応,適用する必要がある。ナレッジマネジメントとは,組織のための価値を創出創造するために,知識の利用を最適化することで,学習及び有効性を向上させるための全体的なアプローチである。(0.2 ナレッジマネジメントの重要性)
- ナレッジマネジメントシステムを適用することが望ましい知識領域を特定し,評価し,優先順位を付けなければならない(4.3 ナレッジマネジメントシステムの適用範囲の決定)
- ISO 56002:2019(イノベーション・マネジメント)は「組織は,イノベーション・マネジメントシステムの効果的な実施のために知識のマネジメントの方法を確立することが望ましい。(7.1.4 知識)」としています
2.2 標準化
「サイロを嫌う 極私的DevOps観(幡ヶ谷亭直吉・著)」に登場する次のエピソードはソフトウェア開発における標準化の例といえます。
そこで方針を転換し、運用に対する知見があるメンバーを中心に、まずは運用プロセスを整備するようにしました。ある程度の「型」ができあがったところで、他のメンバーにタスクを段階的に共有していく形を取りました。
この運用立ち上げフェーズにおいて必要だったのは、繰り返し可能なプロセスの設計と整備でした。それは一過性の作業であり、全員が同時に携わる必要はありませんでした。むしろ、属人化を一時的に許容してでも、再現性あるプロセスを構築することに集中すべき局面でした。
属人化というとネガティブなイメージがありますが、悪いのは属人化ではなく標準化せずチームの能力をベテランエンジニアのレベルに引き上げずにいることといえます。
2.3 QA部門で試験運用
「2周回遅れのナレッジ・マネジメント④:品質・技術伝承問題の背後にある課題とその処方箋」で紹介されているナレッジマッピングやアフター・アクション・レビュー(AAR)は次の理由でQA部門で試験運用するのに良さそうに思いました。
- QA部門はさまざまな情報や技術、ナレッジが集まっている
- 多様な技術的バックグラウンドを持つエンジニアが集まっている
- 開発者向け情シスとしてQAサービスを提供している
- 共有すると役立つ失敗談がある
- QA部門はその業務の広さ深さから全貌が見えづらい
- QAエンジニアが抜けると組織から情報や技術、ナレッジが失われる恐れ
- 知識マネジメントが現状の棚卸にとどまらず新たな知識創出の機会になる
また、記事中で引用されている「次世代に技術をつなぐ原子力分野でのナレッジマネジメント活動(日立GEニュークリア・エナジー株式会社)」は組織全体へ知識マネジメントを拡大する際の参考になると思いました。
2.4 後の先
「後の先」はにしさんの「Re-collection of embedded software QA in the last decade(JaSST'20 Tokai基調講演)」に登場するワードで、「開発が新しい技術や開発手法や価値などを採り入れたら、すぐにそのQAの技術やプロセスを確立する」というものです。
- 開発がいまどういう状態で、何を目指そうとしていて、何ができていて何ができていないのか、をよく見る
- 開発が採り入れた技術や開発手法や価値について、俊敏に把握してQAの技術やプロセスを確立する
- 開発が何を目指すべきか、何を採り入れるべきか、その時に何が問題になりそうか、を 日頃からアンテナを立てて情報を収集し、QAとしての技術やプロセスを研究開発しておく
日頃からアンテナを立てて情報を収集するのは「ミツバチとしてのQAエンジニア」に通じる話ですが開発や市場の動向から優先順位をつけて取り組むのは知識マネジメントといえます。
2.5 CoE
前出の「属人化を一時的に許容してでも、再現性あるプロセスを構築すること」はCenter of Excellence(CoE)に通じる話と思いました。「組織の成長に有効なセンター・オブ・エクセレンス(CoE)とは?役割やメリットを紹介(三菱電機デジタルイノベーション株式会社)」によるとCoEは次の5つの役割があり、少なからず関係があることがわかります。
- 社内情報の収集・整理
- 企画・戦略の立案
- 効果測定・フィードバック
- 業務プロセスの構築
- 社内イノベーションの促進
また、ソフトウェアプロセス改善カンファレンス2023で発表された「品質CoEによる品質向上の取組み(SOMPOシステムズ株式会社・小林一郎)」によるとイノベーティブな商品開発の障害数の減少およびプロジェクトの品質向上に品質CoEが貢献したとの話です。
3. おわりに
品質マネジメントやイノベーションマネジメントを価値提供マネジメントとすると知識マネジメントは①標準化および改善、②後の先、③CoEといった取り組みを通して両利きの価値提供マネジメントを支援します。
ナレッジの整備はスタッフエンジニアの道(Tanya Reilly著、島田浩二訳)7.5.1節の「組織的な記憶を作る」に通じる話であることや、今どきの品質マネジメントはイノベーションマネジメントへ越境すること、知識マネジメントは新たな知識創出をもたらすことから、手始めにナレッジマッピングやアフター・アクション・レビューをQA部門で小さくスタートするのは良いアイデアと思いました