この記事の前提
- Linuxの基本コマンドを少し使ったことがある方を想定します
- Raspberry Piの購入経験や実機はなくても読めます
- この記事では、個別モデルの性能比較より「学習用SBCを選ぶ物差し」を扱います
はじめに
前回(C-1)では、組み込みLinuxの世界地図と「Linuxが動くボードはRaspberry Piだけではない」という話をしました。今回はその上で、Raspberry Piが学習と試作の入口として選びやすい理由を、製品開発者の目線で分解します。
「便利なのは知っている」で終わらせず、何がどう便利なのかを言語化しておくと、C-3以降でほかのボードを評価するときの物差しになります。
強み1:情報量と「動く前例」の多さ
組み込み開発で高くつくのは、部品代よりもハマっている時間です。Raspberry Piは利用者層が広く、公式ドキュメント、書籍、フォーラム、周辺機器の作例が豊富です。典型的なトラブルなら、検索で前例にたどり着ける可能性が高いのが強みです。
これは初心者だけの利点ではありません。試作段階で「カメラをつなぎたい」「この液晶を動かしたい」となったとき、前例の有無で立ち上げ工数が数日単位で変わることがあります。
強み2:公式OSと初期設定ツールの整備
Raspberry Pi OSはRaspberry Pi向けの公式OSで、次のような導入経路が整っています。
- Raspberry Pi ImagerでOSを書き込み、Wi-FiやSSHなどの初期設定も事前入力できる
- Debianベースなので、
aptでパッケージを導入できる - OSやカーネル関連パッケージの更新経路が用意されている
-
raspi-configでI2CやSPIなどの設定を変更できる
C-1で挙げた組み込みLinuxの面倒ごと、たとえばブートやDevice Treeを、最初からすべて理解しなくても使い始められるようにしてくれています。
このシリーズでは後半、あえてそのラップを剥がし、config.txt、Device Tree overlay、ブートシーケンスを見に行きます。「隠されているだけで、仕組み自体は存在する」ことが、教材としての良さです。
強み3:学習に使いやすいI/O
基板を眺めると、組み込みLinuxの学習に使いやすいI/Oが一通りそろっています。ただし、端子数やコネクタ形状はモデルによって異なります。
| I/O | 用途 | 確認ポイント |
|---|---|---|
| 40ピンGPIOヘッダ | UART/I2C/SPI/GPIO実験 | 現行の主要モデルで共通の配置。Zero系は未実装品あり |
| USB | キーボード、ストレージ、USB-LAN | ポート数・速度・給電上限はモデルごとに異なる |
| 有線LAN | ネットワーク実験 | 搭載有無、速度、内部接続を確認する |
| HDMI | モニタ接続 | コネクタ形状と最大解像度はモデルごとに異なる |
| microSD | OS格納 | 差し替えて学習環境を切り替えやすい |
| CSI/DSI | カメラ/液晶 | コネクタ形状やレーン構成に世代差がある |
40ピンヘッダでは、I2C、SPI、UARTを同じコネクタから試せます。代表的な学習用ピンを図にまとめました。
UARTコンソールでよく使うのはGPIO14(TX)とGPIO15(RX)です。C-6では、ここにUSB-UART変換器を接続してブートログを読みます。GPIOは3.3V系であり、5V信号を直接入力しない点にも注意してください。
強み4:世代とフォームファクタの選択肢
同じRaspberry Piの系統でも、性能と形態には幅があります。表は代表例であり、販売中の容量や仕様は購入時に公式情報を確認してください。
| モデル | SoC | RAM | 学習時の見どころ |
|---|---|---|---|
| Pi 3 Model B | BCM2837 | 1GB | 旧世代構成を含む情報が多い |
| Pi 4 Model B | BCM2711 | 1〜8GB | USB 3.0とGigabit Ethernetを搭載 |
| Pi 5 | BCM2712 | 1〜16GB | RP1経由のI/Oと外部PCIeを学べる |
| Pi Zero W | BCM2835 | 512MB | 小型・低リソース構成を試せる |
| Compute Module 4 | BCM2711 | 1〜8GB | SoMとキャリアボードの考え方へ進める |
すべてに同一のOSイメージを使える、という意味ではありません。モデルごとに対応状況を確認する必要があります。それでも、Raspberry Pi OS、GPIOの考え方、設定方法、周辺ツールなど、学んだ知識を別の形態へ持ち越しやすいのがポイントです。
一方で:製品にそのまま使う前に考えること
入口として扱いやすい一方、量産品への採用では別の評価が必要です。
- ストレージ:一般的なSBCモデルではmicroSDが手軽ですが、書き込み寿命や電源断時の破損を評価する。USBストレージ、NVMe、Compute ModuleのeMMCも選択肢になる
- 供給と改版:生産継続期間、基板リビジョン、代替調達、変更通知の扱いを確認する
- 使用環境と認証:動作温度、EMC、振動、搭載無線の認証など、完成品として必要な条件を別途評価する
- 公開情報の範囲:公開される回路情報や設計資料の範囲を確認し、必要な解析・保守ができるか判断する
- 不要I/O:HDMIやUSBなど、製品では使わない回路もコスト、消費電力、筐体設計の対象になる
これらへの進み方は大きく2つあります。ひとつは「用途に合ったSBCを選ぶ」(次回C-3)、もうひとつは「Compute ModuleのようなSoMと自前のキャリアボードを組み合わせる」(C-4)です。
ハマりどころ
- 電源仕様をモデル別に確認する:公式推奨はPi 3系が5.1V/2.5A、Pi 4が5.1V/3A、Pi 5が5V/5A対応の27W電源です。Pi 5は5V/3Aでも起動できますが、USB周辺機器の電流上限が制限されます
- microSDの品質と電源断:正規流通品を使い、書き込み中の電源断を避けます。常時稼働や製品検討では、読み取り専用化やeMMCなども評価対象です
-
UARTの割り当ては設定と世代で変わる:Bluetoothとの割り当てやDevice Tree overlayにより、GPIO側UARTの実体が変わる場合があります。思い込みではなく設定と
/dev/serial*のリンクを確認します - 古い記事をそのまま使わない:Raspberry Pi OSの世代が変わると、ネットワーク設定やブート関連ファイルの配置も変わります。記事の日付と対象OSを確認します
電源要件とGPIOの注意事項は、Raspberry Pi公式ハードウェア資料でモデルごとに確認できます。
現場コラム:治具・評価環境としてのRaspberry Pi
製品にRaspberry Piを搭載しなくても、開発現場の脇役としては有用です。私の場合、WLANトラブル再現環境で測定ネットワークの構築に使いました。ほかにも、ログ収集サーバー、I2Cデバイスの事前評価、通信相手のダミー装置など、「本番ターゲットの周辺」を固める道具として使えます。
「製品に採用できるか」だけで評価すると、この価値を見落とします。開発プロセス全体で見ると、Raspberry Piは実用的な評価機材です。
WLANトラブル再現環境の構成は、WLANトラブル再現環境を自宅に作ったで紹介しています。
まとめと次回
- 強みは「情報量」「公式OSと初期設定」「学習向けI/O」「世代・形態の選択肢」に分解できる
- 同時に、ストレージ、供給、使用環境、電源仕様など、量産や常時稼働で問われる条件も把握する
- この強みと注意点のリストが、ほかのSBCを評価するときの物差しになる
次回C-3は、その物差しを持って用途特化SBCの世界を歩きます。「LANが2ポートあるボードは何のためにあるのか」から、I/O構成で用途を読む方法を扱います。
