プロダクトを実際に使えるものへと磨き上げるエバンジェリストの存在

―― まずはじめに、おふたりが担当されていることや、「SmartRelease U」との関わりについて教えてください。
下池:事業部としてはレンタルサーバーCPIという、法人向けレンタルサーバーを扱う組織の中におり、その中の新規事業開発プロジェクトである、「SmartRelease U」のプロダクトオーナーを務めています。
古川:青森県を拠点に、2008年からフリーランスのプログラマーとして活動しています。主な仕事は業務システム開発で、不動産や行政などのシステムを、幅広い業種で手がけてきました。地方では専門分業が難しいこともあり、フロントエンドからバックエンド、サーバー管理、要件定義や企画まで、開発工程を一通り一人で担うスタイルで行っています。「SmartRelease U」との関わりについては、1年ほど前より、プロダクトのエバンジェリストとして活動しております。
―― エバンジェリストとは、どのような存在なのでしょうか?
下池:企画・開発段階から現場の意見を入れ、実際に使えるものへと磨き上げる存在です。最初はKDDIウェブコミュニケーションズ社内だけで骨格を作ったのですが、正直なところ「まだ全然足りない」と思い、誰かに見てもらいたくて、古川さん含む複数名の方々にお声がけしました。初回のフィードバック会では「現場の視点が全然足りない」などの厳しいご指摘が多く、おかげさまで多くの機能をブラッシュアップすることができています。現在は開発面の協力に加え、外部への普及・発信にもご協力いただいています。
―― エバンジェリストになったのは1年ちょっと前とのことですが、下池さんと古川さんはどのようなきっかけでお知り合いになったのでしょうか?
下池:弊社とのお付き合いとしては、もう20年くらいになりますね。実は、「SmartRelease U」の前身である「SmartRelease」の頃からエバンジェリストを務めていただいており、その流れから、今回の「SmartRelease U」についてもお声がけをさせていただきました。
古川:もともとリリースしたての頃からの「SmartRelease」ユーザーで、素晴らしいなと思いながら使っていました。ある時「SmartRelease」発案者とWeb制作者向けのイベントでご一緒する機会があり、そこで私の「SmartRelease」への思いなどをお伝えしたところ、エバンジェリストの役割をいただく流れになりました。
―― 「SmartRelease」と「SmartRelease U」はどのような関係なのでしょうか?単純なバージョンアップ版というわけでもなさそうですね。
下池:「SmartRelease」は法人向けレンタルサーバーCPIに付随した機能として2012年にリリースされたもので、CPI契約者しか使えませんでした。レンタルサーバーCPIを他社と差別化する意味で作られたものです。
実際に利用した制作会社の担当者からも評判が良かったのですが、制作現場ではクライアントの要望などもあり、サーバーを選べないケースも多いという声がありました。そのため、このSmartReleaseの機能を他社のサーバーでも使えるようにしてほしいという要望が多かったのも事実です。
現場が困っているならレンタルサーバーCPIに固執せず、より広く使える別サービスにしよう!という勢いで、2025年9月11日に「SmartRelease U(スマートリリース ユー)」をリリースしました。
テストサーバーの提供からリリース作業までをまとめて支援するために開発

―― 「SmartRelease U」について、まずはサービス概要を教えてください。
下池:「SmartRelease U」はWebサイト運用の現場を想定して構築された、同期やリリース作業を誰でも不安なく行うためのソリューションです。具体的には、複数のテストサーバーの簡単な構築や、テストサーバーと本番サーバーのデータ転送・同期、FTPで本番サーバーに触れないようにする構造、リリース時の自動バックアップなど、Webサイト運用にまつわる複雑化しがちな業務フローを改善し、業務効率向上や品質の安定化、属人化の予防などを実現するためのサービスとなっています。
まとめると、「人がしっかり確認しないと事故になりがちな箇所を取り除くもの」です。このストレスから解放されれば、クリエイターがクリエイティブにより集中できるのではないかという思いで開発しています。

―― 機能について一つずつ教えていただく前に、まず、前身となるSmartReleaseに遡って、どのような背景でサービスが作られたのかを教えてください。
下池:もともとの発想は、従来の「FTPクライアントを使ってローカルから直接アップロードする」運用に対する課題意識でした。「SmartRelease」では、サーバー事業者としてテストサーバーを用意し、そこへのアップロードやファイル管理、さらにテスト環境から公開サーバーへのリリースや、公開サーバーからのデータ取得といったファイル転送を、できるだけ簡単に行えるようにすることを考えていました。
Web運用に慣れている人であれば「FTPの方が早い」と感じる場面もありますが、クライアント企業側にとっては「FTPがよく分からないまま、何となく使っている」というケースも少なくありません。そうした状況では、セキュリティ面も含めて決して健全とは言えない運用になりがちです。
―― たしかに、FTPまわりって事故が発生しやすいですよね。
下池:そこでレンタルサーバー事業者として、テストサーバーの提供からリリース作業までをまとめて支援できないかと考えました。リリースのたびに手動でバックアップを取るのは手間ですし、当時は「リストアは全部手動で、分かる人しかできない」というのが一般的でした。ならば、バックアップも復元もボタン一つでできるようにして、運用で面倒な部分をサービス側が肩代わりしよう、というのが「SmartRelease」の原点です。ただし先ほどもお伝えした通り、この「SmartRelease」はレンタルサーバーCPIの専用機能だったため、「使いたいけれどCPI以外では使えない」というミスマッチがありました。
―― そこで「SmartRelease U」として新たにサービス化したということですね。冒頭で「社内だけで『SmartRelease U』の骨格を作ったが、まだまだ全然足りないと思った」とおっしゃっていましたが、具体的にどのようなことが不足していると感じたのでしょうか?
下池:最初に作ったのは、どのサーバーにも接続できて、ファイル転送ができ、バックアップを取れて、ボタン一つでリストアできるという基本機能だけを搭載した、骨格となるものでした。機能としては一通り揃ってはいたものの、その時の最大の課題はUI(ユーザーインターフェース)でした。設定がかなり難しく、「自分たちエンジニアなら分かるけれど、制作担当者さんやデザイナーさんといった非エンジニアの方がこれを扱えるかと言われると厳しい」という話になったんです。深掘りしていくとUI以外にも細かく足りない部分が次々と見えてきて、これは現場の意見を入れて作り直さないとダメだ、と決意しました。
―― 複数のエバンジェリストの方々にお声がけされたとおっしゃっていましたが、どのような基準で声をかけたのでしょうか。
下池:単にサービスを評価するという立場ではなく、実際にクライアントワークとしてWeb制作や運用に関わりながら、エンジニアの視点で率直な意見を言ってもらえる方に入っていただきたいと考えました。その一人が、古川さんをはじめとするエンジニア系のエバンジェリストです。そしてもう一つの軸が、先ほどお伝えしたUIの視点です。「制作者の立場から見て、本当に使いやすいUIとは何か」という観点から、Webデザイナーの方にも参画をお願いしました。あとは、社内で一番のヘビーユーザーである人間にも声がけをし、エンジニアの視点、UI・制作者の視点、そして内部からの視点という三方向からサービスを見てもらえる体制を作りました。
あえて「FTP風の見た目」に寄せられたUI

―― 古川さんから見た「SmartRelease U」の感想を教えてください。
古川:私はエンジニアではありますが、実際には保守や運用まで含めて面倒を見る立場です。そうなると、「人が操作する以上、必ずミスは起きる」という前提で設計されているかどうかが重要になります。その意味で、エバンジェリストという立場以前に、もともと「SmartRelease」のファンとして見ていました。
今回、特に大きく変わっていてすごいと感じたのは、本番サーバーを選ばなくなった点です。クライアントが様々な事情でそのサーバーを使いつづけなければならない場合でも、サーバー自体を動かさずに済むのが非常に良いと思いました。ホスティング事業は本来「自社のサーバーを使ってほしい」という思想になりがちですが、あえて囲い込まず「どの会社のサーバーでも良い」というスタンスを取っている。その思想自体がすごいと感じています。
―― やはり、そこが大きいわけですね。
古川:あと、もう一つ大きなポイントが、リリース時に自動でバックアップを取ってくれる機能です。Web制作の現場では、いまだに手作業でリリースするケースが多く、エンジニアであればスクリプトを書いて自動化しますが、そこまでできない方もたくさんいます。
例えばFTPでCSSを1ファイル上書きしただけで画面が崩れ、しかもバックアップを取っていなかった、という怖いパターンが考えられます。「SmartRelease U」では「バックアップを取り忘れることもある」という前提に立ち、アップロード時点で自動的にバックアップを取る。人は必ずミスするものだからこそ、そのミスを先回りして潰す設計になっているわけです。
サーバーを選ばず使えること、そして手動作業であっても安全にリリースできること。この2点は本当に価値が高いと感じています。私自身、過去に失敗して痛い目を見てきたので、よく分かります。
バックアップ機能画面例
―― 先ほど、最初の骨格プロダクトではUIの課題が出ていましたが、エバンジェリストとしては、どのような印象だったか覚えていますか?
古川:かなり鮮明に覚えています。最初に集まったのはエンジニア3人、デザイナー1人でした。最初に画面を見せられたとき、私の第一声は「AWSのコンソールみたいですね」でした。
―― かなりエンジニア向けな印象だったんですね。
古川:そうです。「エンジニアにはいいけど、デザイナーは使わないと思います」と、率直に伝えました。そこから一気に、各メンバーからの要望が噴き出しましたね。
議論の中で見えてきたのは、「SmartRelease U」がめざしているのは「FTPを直接触らなくて良いリリースフロー」なのに、見た目がFTPツールからかけ離れていたことです。多くの人が慣れているのは、Finderやエクスプローラーのような見た目で、2ペイン構成で左から右にドラッグする、というメンタルモデルです。その人たちにAWS的なコンソールUIを出しても、直感的に使えないわけです。
リリース前、最初に構築された「SmartRelease U」のUI案の一部
古川:見た目は「慣れたFTPツール風」にして、裏側の動きだけを先進的にすれば良い、見慣れていて学習しなくても想像できるUIにすることが重要だ、という意見で一致しました。今回集まったエバンジェリスト陣が単に開発だけを見る人ではなく、「サービスとして使われるか」「マーケットに受け入れられるか」までを考えることのできる人たちだったからこそ、分かりやすさよりも「悩まないこと」が一番大事だと理解していました。結果として、「FTP風の見た目に寄せる」という結論に至り、新たにUIの専門家をエバンジェリストとしてお迎えしました。
テストサーバーは最短6秒で構築可能

―― エバンジェリストの方々からの指摘を受けて、実際のリリースまではどれくらいの期間で、どのように進んだのでしょうか。
下池:最初に皆さんに集まっていただいたのが2024年10月です。ただ、その直後の11月からすぐに開発を再開できたわけではなく、いったん設計を全面的に見直す期間に入りました。翌1月頃には「ここまではやろう」という到達点が定まり、実際の開発着手は2025年4月からで、同年9月11日にはリリースまで持っていきました。現在も細かな積み残しを修正しながら改善を続けています。
古川:基本的には週1回の頻度でレビューしていました。毎週のように「ここは良いけれど、これでは足りない」「優先順位を変えた方がいい」と、いわば「週1回のちゃぶ台返し」をしていましたね(笑)
―― 週1回とは、かなり高い頻度ですね。
古川:真剣に作ってくれているからこそ出てくる指摘なんですよね。デザイナーさんも含めて本当によく作ってくれていました。特に操作感や見た目の部分では、エンジニアが一番細かいと思います。
―― せっかくなので、「SmartRelease U」の他の機能についても教えてください。
下池:サービスを使っていただいてよく驚かれるのが「テストサーバー構築の速さ」ですね。従来は、テスト環境を用意するだけでエンジニア作業が必要になり、「エンジニア待ち」が発生したり、クライアントがサーバーを用意するまで案件が止まることもありました。
「SmartRelease U」では、条件が揃っていれば、テストサーバーの構築は最短6秒で完了します。ボタンを押したら即座にテストサーバーが立ち上がる、というスピード感を実現しています。テストサーバーは「プロジェクト」単位で管理され、プロジェクト期間中は使いつづけられますし、途中で削除することも可能です。6秒で作って、1日だけ使って消す、という柔軟な使い方もできるので、準備工数を考えるとかなり楽になると思います。
―― 6秒でテストサーバー構築は、非常に早くて助かりますね。
下池:他にも評価されている点がありまして、リリース作業の安全性を評価いただけることも多いです。「SmartRelease U」では、テストサーバーと本番サーバーのデータ差分を自動で識別して、データを転送・同期できます。その際、「テスト側で新規追加されたもの」「上書きされるもの」「本番側の方が新しいもの(先祖返り防止)」を区別し、必要な差分だけをアップロードする仕組みになっています。そのため、まとめてリリース操作をしても、不要なファイルが誤って上がるリスクを抑えられる設計になっています。UIを作り直す議論の中で生まれた機能で、あまり目立たないものの、実務では非常に効くポイントだと考えています。これらの安全設計がテストサーバー構築時に組み込まれているため、ユーザーが煩わしい設定をする必要がありません。
―― 最近だと、セキュリティの観点で同期したくないファイル群などもありそうですね。
下池:そうなんです。ここで、意外と重要なのが「除外リスト」 です。おっしゃる通り、公開サーバー上には個人情報や機密情報など「バックアップも、転送もしたくないファイル」が存在することがあります。「SmartRelease U」では「転送」「取得」「バックアップ」それぞれについて、対象外にしたいファイルを細かく指定できます。
ファイル転送機能画面例
下池:あともう一つは、公開サーバーへの接続管理です。従来の運用では、FTPアカウントを人ごとに作りつづけ、誰が使っているのか分からなくなり、不要なアカウントが残ってしまうケースがよくあります。これが不正利用や乗っ取りの原因にもなりますが、「SmartRelease U」経由でのみ接続する設計にすれば、本番サーバー側のアカウントを最小限、極端に言えばゼロにすることも可能です。接続やアカウント管理を一元化できる点も、クライアント企業にとっても大きなメリットだと考えています。
「誤って破壊できないようにする」が機能実装の大前提

―― 今後、中長期的には、どのような形でバージョンアップしていく予定でしょうか。
下池:まず、以前から構想はあったもののなかなか実現できていなかった機能として、この春を目処に「リリース予約機能」を提供する予定です。時間を指定してリリースできるようにする機能ですね。例えば「キャンペーン開始は◯日の12時」と指定されると、現状ではその時間に人が張り付く必要がありますが、予約機能があれば事前に設定しておき、あとは別の作業を進めながら、最後に結果を確認するだけで済みます。
古川:運用で「リリースを予約したい」と言うのは簡単なのですが、エンジニアの視点で考えると、実際の運用は意外と複雑です。エンジニアの頭の中では、事前のチェックや確認手順、トラブルが起きた場合の対応まで含めた工程がすべて想定されています。それらを考えると、作業工程の大部分を自動化できる価値は非常に大きいと感じます。手作業をどこまで減らせるかが、「時間の解放」に直結すると考えています。
下池:もちろん、予約したリリースが失敗した場合のフローも設計しています。失敗時には通知が飛びますし、リリース内容に変更があった場合も、関係者全員に共有されるように開発を進めているところです。リリースは技術作業だけでなく、関係者とのコミュニケーションを含む複合的な業務です。「伝わっていない」「抜けていた」が起きないよう、メッセージングの設計にもかなりこだわっていますね。
古川:今お伝えしたリリース予約機能に限らず、基本的には「誤って破壊できないようにする」を大前提として機能を考えてきましたし、これからも考えて実装していくと思います。人は必ず入れ替わるものなので、人が入れ替わって万が一標準外の操作をしても、サイト自体が壊れてしまわないように設計する。ここが非常に大事だと考えています。
―― なるほど、SQLのDelete文みたいなところまで画面上でなんでもできてしまうとサイトが壊れてしまうので、どこまでできるかのバランスを考えるのも非常に大事ですね。想定しているターゲット層についても教えてください。
下池:よく話題に上がるのは、GitHubに挑戦したけれど、エンジニアではないので難しかった、あるいは「難しそう」と感じて最初から触っていない方です。そのような方に、無理なく安全なリリースをしてほしいと思っています。
2026年1月にCPIユーザー向けアンケートを実施したところ、「公開サーバーへの最終アップロード手段」は約50%がFTP、CMS画面経由を含めると70%を超えました。一方で、GitHubを使っている方は約10%に留まっています。GitHubベースのフローを自分で一から構築するのが難しいと感じている方にこそ、その代替として使ってもらえればと考えています。
古川:機能面で特に使っていただきたいのは、Web担当者やマーケティング担当など、非エンジニア層の中でもエンドユーザーや発注者に近い立場の人たちですね。DevOpsという言葉がありますが、その理想的なフローを「エンジニアなしでも使える形」で提供したいという構想があります。最終的に表に出すリリース作業や、バックアップの恩恵を一番受けるのは、マーケターやWeb担当者など、より顧客に近い立場の人たちです。そのような方たちでも迷わず使えることを前提に、UIのシンプルさも含めて設計していきたいと考えています。
―― ありがとうございます。それでは最後に、Qiita読者へのメッセージをお願いします。
古川:リリースに関わるすべての人にとって、使いどころがあるツールにしたいと考えています。競合がほとんどない領域に挑戦している感覚なので、実際に使ってみて「ここがもっとこうだったら良い」という声をいただけるのは、非常にありがたいです。トラブルを経験してからではなく、痛い目を見る前に入れておくツールとして、自然に選ばれる存在になってほしいと思っています。
下池:エンジニアの立場から見ると、「他のツールでもできる」「今はこれで十分」と感じる部分もあるかもしれません。ただ、周囲のメンバーが担える作業が増えれば、その分エンジニアは本来注力すべき設計や実装、より価値の高い仕事に集中できるようになります。チーム全体で見たときに、誰もが安心して使える環境を整えることはとても重要です。「SmartRelease U」が、そのための一助になれば嬉しいですし、ぜひ多くの意見を寄せていただきたいと思っています。


