——「派遣エンジニアが築くキャリア」には、どのようなケースがありますか?
荒木:機電系のエンジニアの場合ですと、就労経験の浅い方が「実務経験を積む」目的で、派遣社員で働くことを選ぶ方が一定数いらっしゃいます。
20代で業界未経験だったりキャリアにブランクがあったりする方は、経験が浅くても取り組める仕事から職場に入り、まずは働きながら学び、経験を積んでいく。そこで学んだことを「実務経験」としてアピールし、新しい仕事に就いてキャリアアップしていく……という形ですね。
派遣エンジニアとしての経験を生かして正社員になる方もいますが、すべての派遣エンジニアが正社員になることをゴールにしているわけではありません。
最近増えてきているのが、派遣で得た実務経験を生かして、個人事業主になるパターン。最初から「個人事業主になること」を目標にして、派遣で色々な業界や企業の経験を積む方も目立ってきています。派遣で働いて収入を得ながら、副業で個人事業主として働く方もいらっしゃいますね。
そして他に多いのが、現場で設計の仕事を続けるために、派遣エンジニアを選ぶ方です。正社員だと、ベテランの社員は現場職からマネージャー職へと求められる役割が変わっていく場合がありますが、生涯現役のプレイヤーとして第一線で働きたいと、派遣エンジニアを選択し続ける職人気質の方もいらっしゃいます。
後藤:情報系エンジニアでも、自分の価値向上のために派遣社員の働き方を選ぶ方が多い印象です。中でもよく耳にするのが「開発の仕事に専念したい」や「データ活用を極めたい」など、やりたい仕事に専念するため、特定の分野に特化した経験を得るために派遣エンジニアとして働くケースです。
逆に「自分はこの分野の知識が足りていないから」と、専門的なスキルを補うことを意識しながら、案件を選ぶ方もいらっしゃいます。そういった「自分が理想とするキャリアに合わせた案件選び」ができることもあって、IT情報系エンジニアは、派遣の働き方とキャリア構築の相性が良いと私は思っています。
一方で業界未経験の方の場合は、インフラ管理やサーバーの運用といった、学びながら働ける仕事がキャリアの「取っ掛かり」になります。最初から難しい業務を担当できなくても、同じ案件で2年働けば「業務経験2年の経験者」として、次の案件を探すときに自分の経験をアピールできます。これが、今後のキャリアを広げていくきっかけになるのです。
唯一、IT業界の中で未経験でプログラミングに挑戦するのは非常にハードルが高いです。その理由は、就業先も「サポートをせずとも自走できる即戦力」を常に求めている傾向があるから。開発(プログラマー/システムエンジニア)の仕事にチャレンジしたい人は、仕事の場以外で、自ら学んで何らかのプログラミング経験を得ることがより大切になっていくでしょう。
——派遣エンジニアが自主的なキャリアを構築するため、必要な心がけを教えてください。
荒木:大事なことは、自分がやりたいことやなりたい姿が明確に描けているか、それに向かって自発的に進めているか、だと思っています。
そのための最初の一歩としておすすめしたいのが、普段の仕事の中で能動的に取り組むことを意識して増やしていくこと。イメージとしては、自分のやるべき業務の外側へちょっと手を伸ばして触れようとする感覚でしょうか。自分がやれる範囲のことから、ちょっと頑張ればできることを少しずつ増やしていくのです。
そのためにはまず、自分の周りに関心を持ち、そこから視野を広げていくこと。意識して自分の業務外を見るようにすることで、今まで見えていた仕事の枠が自然と広がっていくかと思います。経済新聞を読むとか資格を取るといった大きなアクションよりも、意識改革というスモールステップがとても大切です。
後藤:情報系エンジニアのキャリア構築のためのアプローチとして、まず視野を広げてトレンドをキャッチし続けること、そして市場に求められているスキルを見極めることが大事だと思います。他には自分のできる業務範囲を広げて、日常的にIT技術を身に付けるための学習など、自己研鑽も重要です。
加えてやってみていただきたいのが「キャリアプランを立てる」こと。「キャリア戦略=難しい」と思いがちですが、「何年後に自分がこうなっていたい」などをぼんやりでも良いのでイメージしてみてほしいです。
また、派遣エンジニアとして次の案件を探す際は、新しい技術的なチャレンジがある仕事を選んでみるのはいかがでしょうか。業務的に難しいと思ったことでも、やりたいと思えることであればぜひ挑戦してください。
ポイント
- 「個人事業主」や「ベテランの現場職」など、派遣エンジニアから構築するキャリアには様々な道がある。
- 未経験の場合も、仕事で得た実務経験や「業務の外側へ手を伸ばした」日々の学びが、キャリア構築の起点になる。
- 自主的なキャリア構築のためには、日々の学びの他にキャリアプランを立てることも有効。
派遣エンジニアこそ、意識的なキャリア管理が大切な理由
——キャリアプランを意識することは、どうして大切なのでしょうか?
荒木:私は、「派遣エンジニアの働き方で、キャリアプランはとても重要」「社員以上にキャリアプランを意識して立てたほうが良い」と思っています。その理由は「派遣エンジニアは、会社がキャリアプランを管理してくれないから」。
正社員であれば、定期的に上司と面談して、今年の目標や自らの課題についてフィードバックを受ける機会がありますよね。しかし派遣エンジニアは、誰かから「目標を立てて」と言われることはありません。だからこそ、目標を立てるのはもちろん、目標に対する進捗度合いを自分で管理しなくてはいけないのです。
特別な意識をせずに仕事をしていると、1年間の自分の成長や、身についたスキルを管理することもできなくなってしまいます。ですので、きちんと習得したスキル、経験を振り返ることが重要だと考えています。加えてその時々にあわせた目標を立てることができれば、市場やトレンドを意識したキャリア構築ができるようになるでしょう。
後藤:「キャリアプランを立てること」と「振り返り」は必ずセットで行うべきですよね。私は、立てたプランの良し悪しよりも、むしろ振り返りのほうを意識すべきだと思っています。
アピールポイントになるスキルや専門性が分かれば、自分の市場価値が分かるようになります。現状を把握すれば目標とのギャップも理解でき、今やるべきことがしっかりと見えてくるでしょう。市場価値の理解は次の仕事探しにも役立ちますし、今後のキャリアプランを考える材料にもつながっていきます。
キャリア振り返りのタイミングを忘れてしまいがちなら、「年末年始やお休みのタイミングで棚卸しをする」など、自分のスケジュールに組み込んでおくとスムーズです。他には、異動や就業先が変わるタイミングといった、仕事の節目ごとでも良いかもしれません。
派遣エンジニアとして働いていると、キャリアプランを意識する場面はどうしても少なくなりがちです。だからこそ、それができるかできないかでキャリアアップの機会に影響が出て、目標の達成度にも差が生じてしまう。
情報系エンジニアであれば知っておきたいトレンドスキルも同じで、外部の環境を意識しつつ、いかにアンテナを張り続けられるかが大切なのだと思います。
——キャリアプランとライフプラン、それぞれの関わりについて教えてください。
後藤:「職業人生の満足度を高める」キャリアプランに対して、ライフプランは「人生の満足度や幸福度を高める」ためのものです。人によって価値観は様々ですが、近年は「キャリアプランとライフプランは、ほぼ同じもの」という捉え方が主流になってきている印象です。
例えば「将来、どうなりたいですか?」と聞かれたとき、「幸せになりたいです」と答える人もいれば、「ミュージシャンになりたいです」と働き方で答える方もいますよね。「ミュージシャンになる」ことを第一の目標とするのであれば、キャリアプラン先行でライフプランを設計することになります。「ライフ」と「キャリア」、どちらを自分の軸とするかは、結局のところその人の人生設計次第なのだと思います。
しかし様々な要素を考慮すると、ライフプランからキャリアプランを立てるほうがスムーズであることには間違いありません。その理由は、ライフステージ次第で本人の仕事への関わり方が大きく変化するから。「家族がいるか」「本人や身近な人の健康状態」等、その時々の状況で、どのくらい深く仕事に関われるかは変わりますよね。
いきなり「どんな人生を送りたい?」と考えるのはハードルが高いと感じる方は、「どんなシステムエンジニアになりたい?」「将来どこに住みたい?」「60歳になったとき、どうしていたい?」といった、具体的に答えやすい、よりフラットな問いを自分に投げかけてみるのはいかがでしょうか。
「ライフプランを立てる」というゴールを決めるのではなく、それをできるだけ噛み砕いて、身近な問いを起点にするのが、考え始めるよいきっかけになると思います。
荒木:ライフプランを立てる際のきっかけとしておすすめしたいのが、自分が好きなものを掘り下げて具体的に考えてみることです。自分が楽しいと思うのはどんなときか、純粋に好きだと感じるものはなにか、何をしている時が幸せか、など、ポジティブな感情にフォーカスして想像してみましょう。
逆に、自分が嫌なものを掘り下げるやり方でも大丈夫です。こういうことは避けたい、やりたくない、と考えることで、自分がありたい姿が見えてくることもあります。
もうひとつライフプランを考えるときに大切なことが、人生のこれから先に起きることをしっかり想像することです。
キャリアカウンセリングで、小学生の子どもを持つ方に「お子さんが中学生になったらどうしますか?」とお聞きすることがあるのですが、「今はまだ、そうなった時のことは考えていない」と答える方が多いです。お子さんの進学など、将来的に必ず起こることに備えられるのも、ライフプランを立てる理由のひとつです。
ポイント
- 会社がキャリアプランを管理してくれないため、派遣エンジニアこそ自立的なキャリア構築が必要。
- キャリアプランは、プラン立て以上に「振り返り」が重要。定期的に目標の達成度を確かめたい。
- 自分へのフラットな問いかけや、好きなもの・嫌いなものの掘り下げが、プラン構築のきっかけになる。
「派遣の自由さ」で迷子になる前に、アドバイザーに相談を
——派遣エンジニアにありがちな「キャリアリスク」について教えてください。
荒木:機電系の派遣エンジニアの働き方は、「自ら選んだ専門性のある仕事に従事できる」「働き方が自由で柔軟性がある」といったメリットの一方で、「最大の契約期間が決まっている」という特性があります。
登録型派遣の場合、継続勤務は基本的に3年間です。機械の設計開発プロジェクトは長期的なものが多く、自分が設計を手掛けたプロジェクトでも、その完成を見届けられずに全体像が掴めないまま業務が終了になってしまうことがあります。
希望する職種で働いていて「もっと今の職場で学びを深めたい」と思っても、就業先の事情で働けなくなってしまい、より専門的な技術の深掘りができないこともあるでしょう。こういった事情によって機電系エンジニアとして得意分野を極めていくことが難しく、知識や技術が「広く浅い」状態に終始してしまう場合があります。
また、業務を通じてどの程度スキルを深めることができるかも、ほとんどが派遣先の企業次第。働いてみないと分からないことが多く、自分自身の成長は、自分自身の取り組みに大きく左右されることを意識しておきたいです。
後藤:情報系エンジニアの場合も、正社員ではない派遣社員は「任せられる仕事の枠が決まっている」ことがメリットでもあり、デメリットでもあります。特定の分野に特化した技術を身に着けたい人にとっては「専門分野に集中できること」が利点ですが、広く技術と知識を身に着けたい人にとっては、その可能性が狭まってしまう場合があります。
また派遣エンジニアのキャリアは、仕事を通してスキルの幅を広げたり、興味のある仕事をあれこれ触ってみたりした結果、全ての分野に関して業務経験が浅く、キャリアの連続性がない、つまり「キャリアパスが不明確」になってしまうこともあります。
エンジニアは、「この人は、何ができるのか」を職務経歴書から想像されます。特定業務に関して短い実務経験があると分かっても、「実際のスキルはどれくらいか」は、実際に本人に働いてもらうまで分かりません。それなら特定のスキルを軸にキャリアを構築していて、より長い実務経験がある人を採用しようと企業は考えるでしょう。
様々な企業・様々なやり方のプロジェクトを経験できるのは派遣で働く醍醐味でもあるのですが、「キャリアの連続性がない」ことが、自分の市場価値にマイナスの影響を与える場合があることは覚えておきたいです。
——キャリアリスクに対して、働きながらできる対策を教えてください。
後藤:キャリアプランを立てて、定期的に自分のスキルや経験を見直し、キャリアの棚卸しをすることがキャリアリスクへの備えになります。
「将来、こうなりたい」と思える姿を掲げて、そのためにはどうすれば良いかを日常的に考えるようにすること。そして自分が立てた目標に対して、今やるべきことを見極めて行動に移すこと。自分に不足しているスキルがあれば、それを率先的に補う努力をすることが大切です。
情報系エンジニアをはじめとした専門職にとって、大事なことはやはり自己研鑽です。業務経験の積み重ねによる学びも大事ですが、ITに関する知識や技術であれば、業務外の時間にツールを触ってみることやeラーニングで継続学習をすることが、キャリアで迷子になっても新しい道を見つける一助になるでしょう。
しかし、その時々のトレンドを見失ったり、自分が努力する方向が合っているのか不安になったりすることもあるかもしれません。そんなときにはぜひ、キャリアアドバイザーに相談をしに来てください。
荒木:機電系エンジニアの場合は、業務時間内にどれだけできる仕事を増やしていくかということが肝だと思います。なぜなら情報系と違って、機電系エンジニアは業務時間外に自己研鑽をするための手段が少ないから。
高額な業務用の設計ソフトを個人で導入するのは現実的でないため、業務時間内にどれだけ吸収できるかがより大事なのです。任せてもらえている業務以外の仕事も担当できるよう上役に働きかけるなど、就業先の方とのコミュニケーションをしっかりとって、自分の経験を少しでも増やそうとする姿勢が大切です。
仕事では、業務を通してスキルや経験を身に着けながら、キャリアプランや目標に向かって、知識や技術を定着させるための努力が必要です。就業先との契約期間を終えたとき、自分が何を身につけて、どうなっている必要があるのかを意識しながら、普段の業務に取り組むようにしましょう。
派遣エンジニアの場合、自己研鑽は絶対に必要なこと。だからこそ、「何を身につけるべきか」「何を努力するべきか」を明らかにするため、定期的にキャリアアドバイザーと話す機会を作っていただきたいです。キャリアアドバイザーはちょうど良い距離感があるからこそ、気楽に話せることもあるかもしれませんね。
ポイント
- 派遣エンジニアならではの自由度の高さが、キャリア構築の際にデメリットになることも。
- 不明瞭なキャリアパスにならないため、自分の方向性やトレンドを見据えて努力する。
- キャリアで迷子になりそうなときは、担当のキャリアアドバイザーに相談したい。
文=大曽根桃子/写真=遠藤素子/編集=伊藤 駿(ノオト)