目指すは来期中に合格者1万人!「さくらのクラウド検定」に込められた国内DX人材育成に向けた思い
海外勢のクラウド事業者が国内市場を席巻する中、さくらインターネット株式会社(以下、さくらインターネット)はインターネットの黎明期から事業を展開し、多くの顧客基盤を有しています。
IT業界では珍しく垂直統合型・自前主義のビジネスモデルを展開する同社は、現在、さらなる成長に向けて「教育」を重点テーマに掲げ、その一環として、広範囲に渡るDX人材育成に寄与する「さくらのクラウド検定」を提供しています。
「『クラウドは扱えるだけでなく作れるものだ』ということを、若い人にもっと知ってほしいですね。将来的には、IT系の業務をされている方以外にも受検したいと思っていただけるような検定にしたいと考えています」
このように語るのは、さくらのクラウド検定の立ち上げメンバーの1人である、同社執行役員の髙橋 隆行さんです。
さくらのクラウド検定が、DX推進や次世代育成にどのように寄与し得るのか。髙橋さんと、同じく検定事業の立ち上げから推進までを担当している松田 貴志さんに、具体的な経緯や今後の展望についてお話を伺いました。
目次
プロフィール

執行役員

テクニカルソリューション本部 本部長
クラウドの操作画面を確認しながら学べるようになっている
―― はじめに、おふたりが管掌されている「テクニカルソリューション本部」について教えてください。
松田:大きく3つのミッションを担う部署です。1つ目は教育支援で、私たちが立ち上げに関わった「さくらのクラウド検定」の企画・運営をはじめ、日本全国の高専生に向けたクラウド関連授業の実施などを進める高専支援プロジェクトの推進、小学生向けのプログラミング教室「KidsVenture」の企画・運営を行っております。
2つ目は、クラウドビジネスの加速を支えるパートナープログラムである「さくらのパートナーネットワーク」を提供して、セールスパートナー制度とテクニカルパートナー制度の企画・運営を行っています。そして3つ目は、弊社の技術営業を担当するセールスエンジニアです。
―― 今回は「さくらのクラウド検定」について伺いたく、まずは検定の内容について、教えてください。
髙橋:検定は3章に分かれていて、第1章がデジタル技術の基礎、第2章がさくらインターネットのサービス、第3章がさくらのクラウドでのアーキテクチャ設計です。第2章は主に弊社の商材理解、第3章がメインであるさくらのクラウドを用いたシステム構成の設計方法に関するコンテンツになっているのに対して、第1章はインフラエンジニアとしての普遍的なスキルをたくさん学べる内容になっています。
どれも尽力して作り上げていますが、特に第1章は、インフラエンジニアが学ぶべき内容を分かりやすくまとめられるように、こだわりました。1章だけ学べば、インフラの知識をもって実装できるというレベルにしたいなと。
―― 完全にさくらのクラウドに特化した内容になっているかと思ったのですが、そうではないのですね。
髙橋:はい。弊社ではデータセンターを保有・運営しているので、例えばデータセンターの中での物理的なセキュリティについてなど、国産かつ自前で運営してきた企業だからこそ提供できるコンテンツにしています。
またAWS接続オプションなど、他社さまのクラウドサービスとの接続サービスも提供しているので、検定の試験範囲に含めています。今の時代、1つのクラウドサービスにロックインするものでもないと思いますので。
松田:さくらのクラウドは仮想データセンターのようなサービスですので、検定の第1章で得た知識・スキルをベースに第3章を学ぶことで、よりスムーズに頭に入れられると考えています。例えばロードバランサーやファイヤーウォールの設定方法などを、実際の操作画面を確認しながら学べるようになっています。
―― 実際のものを確認しながら学べるのは有難いですね。
髙橋:これまでの高専支援や子ども達への教育活動、パートナー企業の皆さまに向けた技術支援チームによるオンボーディング活動などを通じて「教えること」に関するナレッジはたくさん溜まっているので、それらの知見を活かしてコンテンツを作成しています。
ビデオ教材・確認テスト、いずれも公式オンライン教材を無償で提供しています。全部で1,500ページほどのボリュームではありますが、隙間時間にも学べるように、1回のコンテンツは5分程度で受講できる設計にしています。
学ぶコストをゼロにするという、オープンソース的な思想で設計
―― 「さくらのクラウド検定」がスタートした経緯を教えてください。
髙橋:きっかけは、ガバメントクラウドの技術要件です。2023年度にデジタル庁が募集した「ガバメントクラウド整備のためのクラウドサービス」に、2025年度末までに技術要件をすべて満たすことを前提とした条件付きで、さくらのクラウドが認定されました。満たすべき条件の1つに、検定制度、トレーニング制度を有していることが含まれているので、作る必要があったという背景があります。
髙橋:ただ検定を作れば良いという話もありますが、それでは面白くない。学習コンテンツをせっかく作るのであれば、様々な人にとっての気づきや、DX文脈でのリスキリングで活用できるようにしたい、社会に対して影響力ある活動にしたいという話が早々にあがり、「さくらっぽさ」 を強調して設計する方針になりました。
―― 「さくらっぽさ」 を体現したポイントも教えてください。
髙橋:一番は、学ぶコストをゼロにするという思想ですね。デジタル技術を学ぶときのコストって、書籍や実機の購入などでかかりますよね。その課題感をいちエンジニアとしてずっと持っていたので、誰もがダウンロードできるクリエイティブ・コモンズとして、オープンソース的な考え方で勉強コンテンツを活用してもらえるようにしています。
また、私たちの部署だけではなく、他本部のメンバーやグループ会社の方など、多様なメンバーが検定の企画・運営に携わっている点もさくらっぽさかなと感じています。検定プロジェクトは2023年10月に発足したあと、おかげさまで半年後の2024年4月にリリースできました。
―― 半年でリリースって、早いですよね! どんな体制で作っていかれたのですか?
髙橋:実は、発足当初のプロジェクトメンバーは、私を入れてたったの4人だったんです。
―― え、そうなんですか!?
髙橋:テクニカルソリューション本部自体には多くのメンバーが在籍しているのですが、検定資格の設立は初めての試みだったので、まずは少数精鋭で進めていくという方針で松田が選抜していきました。最初のほうは、Googleで「検定 作り方」と検索して調べたり、ChatGPTに聞いたりしていましたね(笑)
松田:もちろん、4人でできることは限られているので、4人をコアメンバーとしつつ、様々な方にサポートいただきながら作っていきました。現在は6名に増えていて、2025年4月からは10名ほどに増員されます。
髙橋:特にありがたかったご縁が、現在も教材制作をご一緒しているzero to oneさんです。私がもともと、冒頭でご紹介した小学生向けのプログラミング教室「KidsVenture」の立ち上げを担当していたこともあり、教育関係の活動をされている人たちとの繋がりが多くありました。その方々に相談をしていったところ、zero to oneさんを紹介していただきました。検定制度のノウハウを持っているだけでなく、G検定の理事などもされているということで、早々に協働することになりました。
―― 教材を作っていくにあたって、工夫されたところも教えてください。
髙橋:いくつかありますが、一例として、教材の音声などは試行錯誤しました。最初はアナウンサー業をされている方に依頼し音声収録することを検討していたのですが、アップデートをかけるときに毎回呼ぶのかという気がかりもあり、運用のしやすさを考慮してAI音声に切り替えました。
最初はAI音声のクオリティがイマイチだったのですが、ここ1年でzero to oneさんが急速にチューニングしてくださったので、今では良い感じに活用できるようになっています。多様な方から様々なアドバイスをいただいて、なんとか無事にリリースできました。
同様の仕組みで教育機会を提供する環境になっていくことが理想
―― これまでの受検状況を教えてください。
髙橋:2024年に実施した2回(9月開催・12月開催)の実績ですと、531名が受検し、378名が合格しました。全体の数字としてはある程度想定していた通りではありますが、まだまだ頑張らないとなと感じています。学生の方にもっと受検していただきたい一方で、パートナー企業の皆さまに関してはかなり多く受検いただいていると感じています。
―― 受講者からはどのようなフィードバックが届いていますか?
松田:嬉しいことに、「非常に分かりやすい」「若いメンバーにも受講してほしい」といった声が多く届いています。先日も「今回の検定コンテンツを通じて体系的に学べるようになったので、理解が格段に深まっているし、新たに使えそうな機能の発見にもつながっている」といった声をいただいて、ありがたい限りです。
また、さくらのクラウドに関する共通言語が受講者間で醸成されるので、企業さまへのオンボーディングのスピードもかなり上がってきています。技術支援のメンバーからも、見積もりの段階で提案がしやすくなったという声が届いています。
髙橋:あと、フィードバックではなく副次的な効果にはなるのですが、弊社で2024年4月の新入社員に対して、検定と同じコンテンツで授業を実施しました。すると、彼らの成長が著しく早くなったのです。特に、自分たちで問題集をシェアしながら学びあっている姿を見て、このような効果もあるんだなと実感しました。
「さくらのクラウド」のガバメントクラウド本認定を目指している中で、幸いにも弊社のクラウドを触っていただけるパートナーさまが増えています。そのような状況で「さくらのクラウド検定」に合格していると、さくらのクラウドが使えることの一つの証明になり、強みにもなると考えています。また今後リスキリングを目指す方々にとっての知識のリフトアップにつながると考えているので、結果として日本のDXにも貢献できると思います。
―― そのような活動の社会貢献性は非常に高いなと感じます。
髙橋:私たちだけがクリエイティブ・コモンズの仕組みで教育活動をするだけでは足りないとも感じていまして、本来はもっと、様々なIT企業さまが同様の仕組みで教育機会を提供する環境になっていくことが理想と考えています。日本の少子高齢化が待ったなしの中、デジタルに対するハードルを下げるという意味でも、各社が強みとされている領域をコンテンツ化して自由に学べる環境が整備されれば、日本経済へのインパクトも相当なものになるだろうと想像しています。そのような世界に向けて、先陣を切ってオープンソース的な仕組みでの活動を進めています。
松田:実際、高専支援で感じていることなのですが、学生の皆さんはプログラミングの勉強こそしているもののITインフラに関する学びの機会が少ないことから、同領域に興味を持つきっかけも少ない印象です。授業の中で例えばロードバランサーの仕組みを実際に操作してもらいながら説明すると、皆さん、目をキラキラさせているんですよね。こういう学びの機会が重要だと日々感じているので、自社だけでなく、積極的に企業や団体とコラボしていこうと考えています。
―― 具体的なコラボ事例もあれば、教えていただきたいです。
松田:まだ始まったばかりなのですが、仙台市さんとはクラウド利活用人材育成プログラムの一環として、さくらのクラウド検定の学習カリキュラム提供でご一緒しています。また、ある学術機関とも一緒にコンテンツを作る話を、目下進めているところです。
IT業務従事者以外にも広く認知される 検定にしていきたい
―― さくらのクラウド検定の今後の展望について教えてください。
松田:短中期では、まず、海外展開を想定した学習教材の英語化を進めています。先日も、高専で授業を受け持っていた若手5人と一緒にモンゴルに行ってきて、確かな手応えを感じました。モンゴルに限らず、フィリピンやベトナムなど、日本の文化がある程度浸透しているような国に対して、優先度高くコンテンツを提供していきたいと考えています。
また別の観点として、シラバスの更新にも取り組んでいます。今はITインフラやクラウドの初学者を想定したシラバスになっているのですが、さらに上位の資格もほしいというお声を早々にいただいているので、技術営業レベルの対応や知見が身につくような内容のコンテンツを作り進めています。
髙橋:中長期では、今よりもさらにオープンソース的な運用にしたいと考えています。一般的な教材は、内容が完全に固まってからリリースすることになると思いますが、私たちの場合はベータ版でも良いのでスピード優先で出していきたいと考えています。
先ほどの話にも通じますが、いわゆるオープンソース活動はコミュニティドリブンで進むものであって、それを教育領域にも応用できると考えています。みんながコンテンツ作りに参加して、良いエコシステムを作っていく。そのような未来を見据えてチャレンジしているところです。「クラウドは扱えるだけでなく作れるものだ」ということを、もっと若い人に知ってほしいですね。
―― さくらのクラウド検定は、どのような方に受検してもらいたいですか?
髙橋:一言で表現すると、全方位です。エンジニアであれば、クラウドはほぼ間違いなく触れることになるかと思います。学生さんや企業のエンジニアなど、これまで多くの方々からお問い合わせいただいていますが、まだまだこれからです。目指すは合格者1万人。しかも、できれば来期中に実現したいと考えています。
松田:先ほどもお伝えしたとおり、公式オンライン教材はインターネットで常にオープンになっています。すべて無償ですので、気になった方にはぜひ、気軽に触ってみていただきたいですね。教材はPDFでダウンロードできるようにもなっているので、電車とかでYouTubeを見るような感覚でチェックいただきたいです。
―― 最後に、読者のみなさまへメッセージをお願いします。
松田:Qiitaの読者さまなので、エンジニアの方が多いかと思います。サーバーやネットワークなど、インフラ領域について体系的/網羅的に学習できるコンテンツになっているので、ぜひ、まずは気軽に活用してみてください!
髙橋:検定を受検してくださる方はもちろん、私たちが進めているようなオープンソース的な活動に共感を持ってくださる方がいたら嬉しいです。ぜひ一緒になって、ITの教育領域を盛り上げていければと考えております。
編集後記
クラウドの普及が進むにつれて、実際のマシンと対峙する機会も減ってきた印象です。それ自体が良い/悪いという話ではないと考える一方で、実機を運用している事業者による体系的な学習コンテンツは、これからインフラ領域を学ぶ人にとっては非常に有意義なコンテンツだと感じます。実際に教育コンテンツを見てみると、とても分かりやすく、かつ一区切りが短く学べる仕組みになっているので、興味のある方はぜひ、まずは検定サイトを覗いてみていただきたいと思います。
取材/文:長岡 武司
撮影:伊東 祐輔