開発支援や便利なサブスクリプションプログラムも。世界が注目する「Raspberry Pi 5®」を支えるArmのテクノロジー。
世界中で人気のあるシングルボードコンピュータ「Raspberry Pi®(ラズベリー パイ)」。2024年2月13日には最新機種である「Raspberry Pi 5」が日本でも発売され、前機種「Raspberry Pi 4」の約2倍の性能があるとエンジニアの注目を集めています。
「Raspberry Pi」を語る上で外せないのが半導体IP(設計資産)設計大手Armの存在です。「Raspberry Pi」にはArmのテクノロジーが搭載されているだけでなく、開発者向けの様々な技術支援も行っています。
今回は「Raspberry Pi」とArmのテクノロジーとの関係や、最新の「Raspberry Pi 5」発売による開発環境の変化などについて、「Raspberry Pi」の国内販売店である株式会社スイッチサイエンス 取締役の菊地仁氏と、アーム株式会社 応用技術部 ディレクターの中島理志氏にお話を伺いました。
* Raspberry Pi はRaspberry Pi財団の登録商標です。
目次
プロフィール
取締役
インドとシリコンバレーでの駐在経験を経て、特にIoTやハードウェア分野において数々のスタートアップ企業との事業開発を精力的に行う。2018年に株式会社スイッチサイエンスの経営に参画し、2021年に独立開業。現在はIoTと事業開発に特化したコンサルティングを手がけている。モノを形にし、挑戦を楽しむ人々を支援することに情熱を注いでいる。
応用技術部 ディレクター
廉価なシングルボードコンピュータ「Raspberry Pi」
――はじめにスイッチサイエンスの事業概要を教えてください。
菊地 : スイッチサイエンスは、ものづくりをする人たちがプロトタイピングに使う電子回路モジュールや電子部品をワンストップで購入できるウェブショップ「スイッチサイエンス」を運営しています。
当社は、2008年に社長(金本茂氏)が電子工作に詳しくない人でも使えるマイクロコンピュータ(以下、マイコン)ボード「Arduino(アルデュイーノ)」をイタリアから個人輸入したところからスタートしました。金本はもともとソフトウェア開発会社の社長だったのですが、別事業としてマイコンボードの輸入販売をマンションの一室から始め、2010年にスイッチサイエンスとして会社を分離独立させました。
スイッチサイエンスでは、Arduino以外にもイギリスの「Raspberry Pi」、アメリカの「SparkFun(スパークファン)」や「Adafruit(エイダフルート)」などを取り扱っていますし、最近では中国深センのハードウェアスタートアップである「M5Stack(エムファイブスタック)」や「Elephant Robotics(エレファント・ロボティクス)」社製品の日本展開を積極的に行っています。
当社では世界中のマイコンボードやシングルボードコンピュータを取り扱っていますが、特にArmの「Cortexシリーズ」が載った製品は創業当初から仕入れており、様々な形でArmさんとは長いお付き合いがあります。
――ありがとうございます。「Cortexシリーズ」が載ったマイコンボードの話が出ましたので、今回のテーマである「Raspberry Pi」がどういうものなのか、改めて教えてください。
中島 : 「Raspberry Pi」はCPUやHDMI、イーサネットなどを、名刺サイズのボードコンピュータの形状に収めたシングルボードコンピュータです。世界中のホビイストや研究者、小ロットでものづくりをしている方、さらにはメーカーにまで「廉価に入手できる使い勝手の良い優秀なボード」として知られています。
菊地 : 初代となる「Raspberry Pi 1 Model B」は2012年の2月にRaspberry Pi財団からリリースされました。Raspberry Pi財団はイギリスのケンブリッジ大学のエンジニアだったEben Upton氏らが「多くの子ども達にコンピューティング教育の機会を与えたい」という思いで創設した財団で、枯れた技術(広く使われることで信頼性が高くなった技術)をうまく使いながら今日までクレジットカードサイズのシングルボードコンピュータの開発・製造を続けています。
「Raspberry Pi」シリーズ別の特徴
――これまでに様々なシリーズが発売されている「Raspberry Pi」ですが、それぞれの特徴を教えてください。
中島 : Armはイギリスに本社を置くプロセッサーの会社ということもあり、イギリスつながりということでRaspberry Pi財団の設立当初から技術提供やソフトウェアの協力をしています。Armのプロセッサーは2~3年おきに新しいものをリリースし、スマートフォンやサーバ、車載向けなど様々な場所で採用されていますが、Raspberry Pi財団では廉価に世の中に出すために、プロセッサーが比較的値ごろな価格になった段階で仕入れて、ボードを開発されています。
初代「Raspberry Pi 1」に搭載されているプロセッサーも2004年にリリースされたもので、様々なバグも出尽くしており、ツールチェーンもそろっている枯れた技術として採用されました。
「Raspberry Pi 3」になると、組み込みプロセッサーが主流だった32bitから64bitの「Cortex-A53」になりました。Armはもともと32bitプロセッサーで事業を始めたのですが、市場要求を鑑みて64bit化しようと新しいアーキテクチャであるArmv8.0-Aを打ち出しました。「Raspberry Pi」もその流れに追従し、64bitで動作可能な環境にそろえていただいた背景があります。
菊地 : 当初は有線LANのみだった「Raspberry Pi」ですが、「Raspberry Pi 3 Model B」からは無線LANやBluetoothが搭載され、非常に用途が広かったタイミングでもあります。
中島 : 「Raspberry Pi 4」になるとさらに機能がリッチになり、「Cortex-A72」という非常にハイエンドなCPUが採用されました。またOSも32bitから64bitにアップグレードされたため「ハイエンドCPUが載った64bitのシングルボードコンピュータが非常に安い値段で手に入る」ということで、ユーザーに注目されました。
菊地 : 2019年発売の「Raspberry Pi 4 Model B」は、メモリ容量が従来の1GBから2GB・4GB・8GBに拡張、ビデオコアのGPUも増強され、動画性能が大きく強化されました。その結果、デジタルサイネージのような用途にも使われ始めました。
「Raspberry Pi」 には「Pico(ピコ)」「Zero(ゼロ)」「Compute Module(コンピュート・モジュール)」という別製品のラインナップもあります。「Raspberry Pi Pico」はシングルボードコンピュータではなくマイコンボードに属する製品で、性能的には大掛かりなことはできませんが、簡単なセンサーやアクチュエータが使えることから、センサーで取得したデータを元に演算をして結果を転送するような、ちょっとした作業が簡単にできます。
中島 : 「Raspberry Pi Pico」については、Raspberry Pi財団が直接マイコンを作っています。それまでの「Raspberry Pi」は他からSoC(System on Chip)を仕入れてボードにしていましたが、「Raspberry Pi Pico」に関してはArmから直接プロセッサーのIPライセンスを取得して、Raspberry Pi財団が自由にマイコンを作っています。
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菊地 : Zeroは初代Raspberry Pi 1と同じCPUを搭載した小型のシングルボードコンピュータで、ライトウェイトかつ低価格が売りです。また「Compute Module 4」は「Raspberry Pi4」と全く同じMCU(Micro Controller Unit)を搭載しつつ形状を小さくして組み込み用途に特化したもので、「Raspberry Pi 4」で開発した産業用プロトタイプを移植して量産する場合に用います。お客さまはモジュールを搭載するための組み込み用基板を新たに設計、プロトタイプ用アプリケーションはそのままで量産する用途で使われています。
「Raspberry Pi 5はRaspberry Pi 4の約2倍の性能」は誇張ではない
――既存のシリーズについてここまでご説明いただきましたが、先日(2024年2月13日)、日本でも「Raspberry Pi 5」が発売開始となりましたね。こちらの特徴も教えてください。
中島 : 「Raspberry Pi 5」はプロセッサーに「Cortex-A76」を搭載しています。これは「Raspberry Pi 4」に搭載されていた「Cortex-A72」の約1.6倍の演算性能を持っています。また、メモリや周波数なども4に比べてアップグレードしているので、オンラインニュースで書かれているような「Raspberry Pi 5はRaspberry Pi 4の約2倍の性能」というのは決して誇張ではないと考えています。
「Cortex-A76」は命令セットに「Armv8.2-A」を採用しています。この命令セットは現在クラウドサービスで提供されているArmインスタンス内で採用されている命令セットと同じものです。つまり、名刺サイズのCPUボードでありながら、中で動いているテクノロジーは高性能なサーバ向けインストラクションセットとまったく同じであり、クラウドの環境が手元に来たと考えていただいても良いと思います。
菊地 : 「Raspberry Pi 5」は動画処理能力と産業用向けの設定が非常に強化されているのが特徴です。例えば、動画であればHDMI経由で4K60p動画がデュアルで外部出力できます。また、AIの機能やLLM(Large Language Models:大規模言語モデル)を試してみようとしたときに、「Raspberry Pi 4」では力不足だった部分も解決していくと見ています。
特に、産業用として使う場合に問題となるストレージやメモリについても、「Raspberry Pi 5」ではM.2コネクターを使ったストレージ、いわゆるSSDをPCI Express 2.0規格でつなげられる産業用PCグレードの高速周辺機器用インターフェイスが追加されました。またRaspberry Piを大規模運用する場合の課題であった「シャットダウン操作のための物理ボタンがない」点も、電源ボタンが標準搭載となり、ハードウェアが洗練されてきた印象があります。
一方で、「コンピューティング教育目的の廉価なシングルボードコンピュータ」という当初のコンセプトから考えると搭載する部品の価格も上がっており、子どもたちには手が出しづらくなってきているかもしれません。このあたりについては既存の「Raspberry Pi 4」も継続して生産していくので、用途に応じて棲み分け・使い分けがされていくようになると見ています。
中島 : 「Raspberry Pi 5」からArmとRaspberry Pi財団の関係も少し変わりました。2023年11月にArmが戦略的投資という形でRaspberry Pi財団に出資をしています。これは今回「Cortex-A76」を出荷するにあたって1つのきっかけになっています。また、今後のロードマップについても長期的なパートナーシップとしてArmの高性能なプロセッサーを用意させていただくという形で関係を深めていきます。
ここまで「Raspberry Pi」のハードウェアの話をしてきましたが、ハードウェアの性能だけを求めると、市販の半導体メーカーさんからコア数も多くてソフトウェアもリッチなものがたくさん出ています。しかし、ArmがRaspberry Pi財団とお付き合いを深めている理由の1つに、ソフトウェアのエコシステム、つまりソフトウェアエンジニアに対していかにアクセスを容易にするかというパイロットとしての意味合いもあると思います。
Armというとプロセッサーの会社だという印象が強いですしそれは事実でもありますが、同時に当社は「プロセッサーはソフトウェア実行マシンである」と考えて活動しています。ですので、当社はソフトウェアエコシステム作りに非常に力を入れており、そのための評価ボードの1つとして「Raspberry Pi」を使っています。
――どのような取り組みをしているのか、具体的に教えていただけますか。
中島 : Armは、大きく4方面からソフトウェアを提供してソフトウェアのエコシステムに貢献しています。
1つ目はNPOの「Linaro(リナロ)」です。Arm関係のLinux(リナックス)メンテナンスリリースなどを行なっています。ユーザーやエンジニアが「Raspberry Pi」上で問題なくソースコードをコンパイルしたり、「Raspberry PiのOSそのものをベアメタルビルドしたりするツールチェーンの整備をしています。さらにLinuxのアーキテクチャAArch(エイ・アーチ)64のカーネルチューニングにも積極的に関与しています。
2つ目は「TrustedFirmware.org」です。こちらはArmの「Cortex-A」や「Cortex-M」のTrustZone機能が問題なくセキュアにブートできるファームウェアをオープンソースで提供しています。
3つ目にArmがGitHub(ギットハブ)をホストしてリリースしているオープンソースがあります。例えば「Arm Compute Library」では、現在使われている機械学習向けの数値ライブラリを3ヶ月に1回メンテナンスし、新しいCPUアーキテクチャに対応したものを定期的にリリースしています。
この3つは「Raspberry Pi」にもよく使われている汎用的なオープンソースのソフトウェアですが、それ以外の特殊なセグメント向けの取り組みとして「SOAFEE(ソフィー)」という団体を支援しています。昨今日本の産業界でも叫ばれている自動車の電動化に必要な、いわゆるSoftware Defined Vehicle(SDV:ソフトウェア定義型自動車)に必要な基幹ソフトウェアをオープンソース活動として提供しています。
組み込みエンジニアとシステムエンジニアとの垣根を取り払う「Raspberry Pi 5」
――「Raspberry Pi 5」の登場によって開発はどう変わるとお考えでしょうか。
中島 : これまでのRaspberry Piシリーズはどちらかというと組み込みエンジニア向けでしたが、今回の「Raspberry Pi 5」は組み込みエンジニアとシステムエンジニアとの垣根を取り払う、そんなインパクトのあるボードになっています。
通常DevOps(デブオプス)と言われる作業を考えたときに、GitHubの1つのリボジトリに対してエンジニアが作業のチェックイン・チェックアウトをする。そのバックエンドとしてGitHubのActions(アクションズ)やRunner(ランナー)など定期的に実行されるクラウドベースのCI環境があります。
今までの組み込みですと、このバックエンドとつながっておらず、GitHubに対してチェックイン・チェックアウトしたものをクロス環境を作ってリビルドして「Raspberry Pi」にダウンロードし、実機で検証した結果にフィードバックをかけるというループで閉じていました。
今回の「Raspberry Pi 5」は前述の通り命令セットにArmベースのクラウドインスタンスと全く同じ「Armv8.2-A」を採用しています。つまりArm上のインスタンスでバックエンドを組んでいただければ、そこでビルドするレグレッションテストの解析結果はRaspberry Piで実行するものと全く同じになります。Linuxによっては、ツールチェーンやライブラリをすべて合わせることも可能です。
その結果、CI/CDのテストフローで作ったものや、検証済みのものはバイナリでもコンテナでも、そのまま「Raspberry Pi」にデプロイすることができるというわけです。
クロス環境が不要になるというのは、エンジニアから見るとひと手間もふた手間も省けるほどの非常に大きな進歩です。これまで垣根があった組み込みのDevOpsとWeb開発のDevOpsが非常に近い間柄になり、エンジニア同士の交流も広がるのではないかと期待しています。
菊地 : Raspberry PiのEben Upton氏によると、「Raspberry Pi 5」は「Raspberry Pi 4」と並行して2019年から開発に取り組んでいたそうです。その背景にはシングルボードコンピュータの先を見据えたビジョン、具体的には「クラウドの世界で一般的なCI/CDやDevOps環境をRaspberry Piエコシステムの中でどのように対応していくのか」というビジョンがあったのではないでしょうか。
シングルボードコンピュータ上で「コンテナが動く」「OTAでアップデートできる」というようなモダンなスタイルの開発を、1枚1万円台で手に入るマイコンボードで実現できるようになったのは画期的なことだと思います。
2000年代前半に「Raspberry Pi 1」を発表した頃の教育用コンピュータという状況からは大きく景色が変わりました。その裏側にはArmの「Cortex-A76」を含めた技術があるというのを体感しています。今後シングルボードコンピュータを使ったアプリケーション開発が盛んになって、社会実装が進んでいくのではないかと我々も注目しています。
もちろん大量のニーズをカバーするためには、頑張って仕入れてたくさんのお客さまに売っていく必要がありますから、正規国内販売店としてプレッシャーも感じています。
業界を問わず無限に広がる「Raspberry Pi 5」の活用範囲
――「Raspberry Pi 5」の登場によって、今後成長しそうな業種や業界などがあれば教えてください。
菊地 : IT業界の枠を超えて一般の工場や農業の分野において、様々な用途で使われると思います。また、スマートシティのような公共インフラに採用されている事例もあります。どのような業界であっても気軽な形で試せるくらい廉価なシングルボードコンピュータですから、それぞれのプロジェクトのプロトタイピングに活用し、デジタルトランスフォーメーションをめざす展開が多くなるでしょう。
1つ事例を紹介すると、農家を引き継いだ元ITエンジニアがAIを使ってきゅうりの選別を自動化してみようということで、きゅうりの画像を機械学習させ、一種のロボットのような形で自動的にきゅうりの等級を仕分ける機械を1人で作ったケースがあります。草の根的なアプローチですが非常に話題になりました。
「Raspberry Piを使って何ができるか」という話は「スマートフォンを使って何ができるか」という話とほぼ同じです。「Raspberry Pi」は数年から十年前のスマートフォンとほぼ同じスペックです。それくらいのコンピューティングパワーのある機械がいまや1万円台で個人が手にできるわけですから、できることは無限大だと思います。
我々としても多くのエンジニアが手に取りやすくなるように供給しつつ、活用事例などをYouTubeやSNS、ブログなどで紹介し、コミュニティを熟成していきたいと考えています。
――AIに関する話題が尽きない昨今ですが、Raspberry PiとAIとのシナジーについては、どのようにお考えでしょうか。
中島 : AIといっても非常に範囲が広いですし、日進月歩でいろいろなAIが出てきていますから「このRaspberry PiはこのAIに最適」という正解はおそらくありません。菊地さんもおっしゃっていましたが「スマートフォンで何ができるか」「パソコンで何ができるか」という問いかけに近く、ユーザーのアイデア次第で何でもできるわけです。
ただ、これまでは組み込みボードということで、現場で現物を触りながら作らないと動かせなかった世界が、今回の「Raspberry Pi 5」によってクラウド上のCI/CDパイプラインで得た成果物をそのままデプロイできるフローになったので、あとはクラウド環境をフル動員し、アイデア次第です。きゅうりの選別でも良いですし、LLMの最適化でも構わない。世に出ていない「Software Defined ◯◯」でも良いわけです。
このフローを使うことで組み込みエンジニアの生産性は劇的に向上します。さらに成果物を目の前の機器にデプロイするだけでなく、コンテナ化することで容易に再利用、シェアができます。今までの組み込み開発ではまったく想定されていなかったスピード感、スケール感で自分の成果物を世界中に発信することが可能になります。
我々のような素材を提供する側が思いもしないような、面白い使い方を広めていただければと思います。
菊地 : カメラの画像認識を用いた物体や人物の検出、骨格推定の分野では「Raspberry Pi」上に洗練されたモデルが出ています。それらモデルを使った簡易な学習や、学習済みデータの推論に使うのであれば「Raspberry Pi」は妥当なプラットフォームですが、大量のデータを用いたより高度な機械学習については開発フェーズ・実装フェーズのなかで複数のシングルボードコンピュータを使い分ける必要があります。
例えば、最初はNVIDIA(エヌビディア)社の開発者キットを使って機械学習をし、トライアンドエラーを重ね、ある程度モデルが固まった段階でそれをエッジAIとして活用するときに「Raspberry Pi」を使おうという話になっていくでしょう。
今後はArmさんの提供しているCI環境をうまく使って、トライアンドエラーを重ねながら洗練させ、実装が固まっていくというスタイルになると思います。その上で適切なシングルボードコンピュータを選ぶのが重要です。1台数十万円以上する最先端のCPUを使ってエッジに1台ずつ置いていったらプロジェクトが破綻してしまいますから、適材適所で「Raspberry Pi」をうまく取り入れ、コスト配分しながらAI開発を進めていく流れになると思います。
半導体設計のサブスクリプションプログラム「Arm Flexible Access」で開発を支援
――今回、「Raspberry Pi」にArmの技術が使われていることをお話しいただきましたが、他にも開発にあたってArmのテクノロジーで支援できることがありましたらお聞かせください。
中島 : 当社では「Arm Flexible Access(アーム・フレキシブル・アクセス。以下、AFA)」というライセンスプログラムを提供しています。これはArmの持っている半導体のIP(設計資産)が使い放題になるサブスクリプションサービスです。前述の「Raspberry Pi Pico」の開発にも「AFA」が導入されており、Raspberry Pi財団がMCUを独自に開発しています。
「AFA」を使えば、「Raspberry Pi 2」・「Raspberry Pi 3」・「Raspberry Pi Pico」で使われているものと同じIPが、「Raspberry Pi 4」・「Raspberry Pi 5」で使われているものとバイナリ互換のあるIPを手に入れることもできます。つまり「AFA」を導入いただければ、「Raspberry Piのそっくりさん」を自分たちで作ることも可能です。
特に、ここ数年は半導体業界も世界的なインフレの影響を受けており、今までのように安い値段で半導体を作ることが難しくなっています。また、メーカー側から見ても開発費や材料費が高騰している状況で、1からすべて自社開発で期待通りの性能、機能を持った半導体を作るのはリスクがあります。そのような中、「AFA」には枯れたIPが揃っているため、これを積極的に活用することで半導体の設計・製造コスト、出荷後のソフトウェア開発コストを大幅に抑えることが可能です。
――ArmのIPを活用できるのは、どのような場面でしょうか?
中島 : Arm IP活用には2つの側面があると思います。1つ目は組み込みの最先端プロセッサーテクノロジーを手に入れるための側面、2つ目は、商業SoC(System on Chip)を作る際に設計リスクを低減させるためのリスクヘッジの側面です。「AFA」は後者のリスクヘッジに向いており、Armを使わない場合の半導体設計製造コストと比較するとトータルで40%程度安くなるという試算も出ています。リスク分散・リスク低減にも役立つのが「AFA」の特徴です。
「AFA」は2020年にスタートし、3ヶ月に一度IPリストを見直して、世の中で枯れてきたIPを惜しげもなくリストに追加しています。例えば、「Arm Cortex-Aプロセッサーシリーズ」であれば、今回紹介した「Cortex-A76」とバイナリ互換のある「Cortex-A55」があります。さらに、この「Cortex-A55」を使ってSoCを作るのに必要なAMBAインターコネクトやGPU(Graphics Processing Unit:画像処理装置)・ISP(Image Signal Processor)、デバッグ周りを含めたリファレンスデザインなど様々なIPパーツを用意しています。
「AFA」を採用すれば、「Raspberry Pi」に近いSoCも作れますし、まったく違うものを作る際にもAFAを使わずに設計するよりトータルコストが抑えられ、リスクも軽減できます。
菊地 : 「AFA」を採用すればArmのIPを使って物理的な設計コストを圧縮できるだけでなく、その後のソフトウェア開発テストやシリコンのプロトタイプバリデーションの工数も削減できることを知って驚きました。
例えば、「Raspberry Pi」である程度プロトタイプを作ってみて、「やはり自分で半導体設計から取り組んで量産しよう」という話になったときには、ソフトウェアにかかる工数削減にArmのエコシステムを活用するのは非常に有効だと思います。
――最後にQiitaの読者に向けてメッセージをお願いします。
菊地 : 世界中のエンジニアが「Raspberry Pi 5」を一斉に使い始めているという過去にない状況にあります。そのなかで、スイッチサイエンスとしては社会実装を進めるために、Raspberry Piとともに開発者が必要な情報をタイムリーに提供していきながら、お客さまのプロトタイピングの取り組みを支援していきたいです。
「Raspberry Pi」の活用については、日本からの事例発信が少ないとRaspberry Pi財団からも言われております。ぜひ、皆さんが作ったものをソーシャルメディア経由で発信してみてください。
画期的な「Raspberry Pi」の活用事例が日本発で出てくると、ケンブリッジのEben Upton氏はじめ開発者一同も盛り上がります。まずは、「Raspberry Pi 5」を潤沢に供給できるよう頑張りますのでよろしくお願いします。
中島 : Qiitaに関しては私も個人的に使っていますが、フロントエンドエンジニアやサーバーサイドエンジニアなどのシステムエンジニアが非常に多く、組み込み系のコミュニティはまだまだ活発でない印象があります。「Raspberry Pi 5」の出現によって、システムエンジニアと組み込みエンジニアとの垣根がなくなり、組み込み系のコミュニティが活発になることを期待しています。
菊地さんから日本のエンジニアからの発信が少ないというお話がありましたが、日本のエンジニアは機材や開発環境の面では非常に有利な立場にいると思いますので、今回の「Raspberry Pi 5」をきっかけに「自分は〇〇エンジニアだから」と垣根を作ってしまうのではなく、Qiitaを縦横に活用して知識を結合し、面白いアプリケーションを開発していただければと思います。
Armとしても引き続きオープンソースコミュニティに対して積極的にコントリビューションしていきますので、ぜひ注目してください。
編集後記
「Raspberry Pi 5」が日本でも発売され大きな注目を集めています。しかし、「Raspberry Pi」にArmのテクノロジーが搭載されていることや、開発支援をArmが行っていることは意外と知られていないのではないでしょうか。
今回「Raspberry Pi 5」の登場で従来の組み込み開発とクラウド開発の垣根が取り払われることにより、これまでになかったユニークなアプリケーションが日本から発信されることが期待されます。
中島氏の「Armは組み込みのCPUだけではなく、クラウドと組み込みが混ざり合うところに存在している稀有な企業であることを知っていただき、今後の動きに注目していただければ」の言葉通り、今後も「Raspberry Pi」とArmの動向から目が離せないと感じました。
取材/文:川口 裕樹
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