「Society5.0」の実現をめざす日立製作所の未来創出型オープンイノベーションにダイブ!
道路や鉄道など、日本の社会インフラの多くは高度経済成長期に整備されました。21世紀になった現在も、社会インフラは目視検査や音響検査等、熟練者の経験や勘に頼りながら維持されており、インフラの老朽化や検査員の不足が社会問題となっています。
日立製作所は、このような事例をはじめとする多種多様な社会問題を解決し、あらゆる人が活き活きと快適に暮らせる『Society 5.0』社会の実現を目指しています。そんな未来を創出するために様々なデータを活用し、経済の発展と社会課題の解決を目指すのが、日立製作所のデータサイエンス技術「Lumada(ルマーダ)」です。
先日、日立製作所は、データサイエンスを活用した『Society5.0』社会の実現をテーマに、オープンイノベーションの場としてリクルートキャリアが運営する「サンカク」イベントを開催しました。そこで今回は『Society 5.0』社会を実現する取り組みのひとつである道路設備の保守業務の効率化・高度化プロジェクトとイベント内容について、日立製作所 社会システム事業部の蒲生氏、浦谷氏と参加者の松本氏にお話を伺いました。
目次
プロフィール
「Society 5.0」をキーワードに社会インフラの安全を守る日立の取り組み
――2020年現在の日本で社会インフラは数多くの問題点や課題を抱えていると言われています。どのような状況なのか、概要を教えてください。
蒲生:日本で使われている道路や鉄道など、社会インフラの多くは高度経済成長期に整備されたものです。それから長い年月がたち、現在も熟練した検査員の経験や勘に頼りながら、社会インフラの保守やメンテナンスをすることで維持しています。
しかし、目視検査や音響検査は、人の目や耳を使って行います。膨大な数の社会インフラをチェックするのには非常に多くの工数と時間がかかります。これまでは、検査員一人ひとりが社会の安全を支えてきましたが、時代が進んで人口が減り後継者が確保できないケースが増えています。十分な検査数が確保できない場合、トラブルの増加も予測され、社会インフラの安全性が揺らいでいることが社会問題として認識されています。何か手を打たなければ、より深刻な問題になっていく状況です。
――日立は社会インフラの保守を効率化、高度化する取り組みを進めて、そのような深刻な状況へ対応しているそうですね。
蒲生:日立製作所がモーターづくりから始まって、現在幅広く事業を展開しているのは、これまで数多くの人々や社会インフラによって成長させていただいたからです。そのため、社会の安全性が揺らぐ重大な問題があるのなら、それらを阻止して解決するのが我々の使命であり、社会への恩返しになると信じています。
日立製作所は「Society 5.0」や「デジタルトランスフォーメーション」をキーワードに社会貢献を進めています。我々の部署ではIT技術やデータサイエンス等、様々な手法を活用して社会インフラの安全性の確保や効率的なマネジメントに取り組んでいます。
――社会インフラのマネジメントに、どのような技術が活用されているのでしょうか?
蒲生:まず、「社会インフラの検査業務を自動化することで検査員の負担を減らしていくこと」を目指して、人の目や耳などの代替機能として近年急速に進化しているディープラーニング技術を主に活用することが多いです。ディープラーニングは目視検査、音響検査などにたいへん有効な技術です。検査員がチェックした結果をAIに教師データとして与えて学習させると、AIは人間を凌駕するスピードで大量かつ正確に特定のタスクにおける負荷は判断できるようになります。
検査員は単一タスクだけではなく、様々な点を考慮して検査をしているため、単純にAIと比較はできませんが、少なくともタスクの負荷を減らすことができます。
――AIによって検査担当者の負荷を減らすだけではなく、新しい可能性も出てきていると聞きました。これはどのようなことでしょうか?
蒲生:カメラやセンサーを予め検査が必要となる部分にセットしておくと、常に状況を確認でき、問題や故障が起きた場合すぐに対応できます。センサーデータの解析はディープラーニングの活用が見込まれるホットな領域です。人間が逐一チェックするという工程を踏むことなく、AIによって今までマネジメントできていなかった判別・予測の領域にまで手が届くようになりました。
――故障の確認や修理に行くべきタイミングをAIが判定できるということですか?
蒲生:そうです。ディープラーニングをはじめとする機械学習技術は状態の判別にも使われますが、故障や問題の予兆を発見することにも応用が見込まれています。当社もいくつか予兆検知のソリューションを持っていますが、それらを活用して「いつ壊れるのか」「前もって、いつ現場に行けば事故を防げるのか」といった視点からも社会インフラの効率の良いマネジメントにつなげています。
――日立のSociety 5.0の実現に向けた取り組みの具体例を教えてください。
蒲生:具体例としては、道路整備に関わる保守業務の効率化・高度化プロジェクトがあります。本プロジェクトは、道路やコンクリート壁面、構造物の異常を検知することを目的としていますが、ディープラーニングだけではなく、その周辺にある古典的な統計学やベイズ推論といった幅広いデータサイエンス技術を使いながら、社会インフラの問題解決に取り組んでいます。
道路設備の保守業務の効率化・高度化プロジェクトを通じて社会問題の解決へ
――先ほど話された、プロジェクトについて教えてください。どのような経緯でこのプロジェクトはスタートしたのでしょうか?
浦谷:当プロジェクトは、年間数万枚にもおよぶ道路の画像を目視で分析、分類していた業務を効率化したいとの相談を受けたことからスタートしました。数万枚もの画像を目視で確認し、道路がひび割れていたり、劣化していたりする部分を手作業でマークすることは多大な工数や時間がかかります。この手間を削減することが当初の目的でした。
――このような課題に対して、ディープラーニングが有効な領域はどこでしょうか。
浦谷:ディープラーニングは、熟練した検査員が目や耳を使い、良し悪しを判断していた業務の代替になります。「人員不足を解消したい」「検査員の後継者問題を解決したい」といったお客様はインフラ分野ではとても多く、そういった課題領域に対して、ディープラーニングはとても有効だと思います。AIといっても種類はたくさんあるので、今回のプロジェクトでは、お客様の課題感に対して一歩先の提案をすることで、より業務を効率よく進めていただきたいと考えました。
――お客様に対して、一歩先の回答をしようと考えられた理由は何ですか?
浦谷:日立は長年SI事業に取り組んできました。そのため、お客様が業務をどう効率化したいのかといった目的を的確に理解し、システムをどう構築していくべきか踏み込んで考えられる強みを持っています。
今回は当初、画像を分類するご相談でしたが、聞き取り調査の結果、分類だけでは業務の効率化にはつながらない可能性があることがわかりました。そこで、物体検出やセグメンテーションといったディープラーニングの技術を使い、画像に写っている道路や構造物の劣化部分をピクセル単位で示すことを考えたのです。
セグメンテーションモデルの構築自体は難しいものではありませんでしたが、業務のTo BEをよく考えてモデルを構築するのが大事だということを改めて認識したプロジェクトでした。
蒲生:今回のプロジェクトでは、日立が持っている技術も当然ありますが、個人が培ってきた技術を含めて提供できたことが大きかったと思っています。
――今回のメンテナンスプロジェクトの狙いは他にもあったのでしょうか?
浦谷:プロジェクトの目的は道路や構造物の劣化を機械学習で予測・分析することでしたが、このような構造物の劣化状況はお客様ごとに大きく変わらないケースも多々あります。SI的なプロジェクトとするのではなく、汎用性を高めて社会全体で活用できるようにする狙いもありました。
蒲生:今回のプロジェクトに限らず、これまではシステムを個別で立てていましたが、今後はサービスの形で、様々なお客様に提供することを考えています。
――道路や構造物の状況を学習させたら、他の地域などでも適用可能ということですか?
蒲生:そうですね。道路だけではなく他の構造物で学習しなおせば、様々なものに適用可能になるので、高い汎用性が見込めるプロジェクトについては、他の領域でも活用できるよう対応していきます。
――今回のプロジェクトで、こだわったポイントと面白さを感じたことを教えてください。
浦谷:先ほどお話しした、オーダーメイドで個社に合わせたものを作るのではなく、汎用的なものを作ることに面白さを感じました。
蒲生:お客様のご要望に沿った形で提供できるよう、アーキテクチャの構築にあたって様々な工夫をすることにこだわりました。
また、ディープラーニングは一般のサーバーで使われているCPUとは違い、計算の都合上、GPUが必要になります。クラウドで提供すると多大なコストがかかってしまうため、そのコストを回避し、安価に提供する方法を考えるのもプロジェクト的には面白いと感じました。
――ここまで伺ってきた社会インフラ課題への取り組みなど、データサイエンスを活用した事業を新規でやっていく風土が日立にはあるのでしょうか?
蒲生:日立では、データ活用から新しい価値を創出し、デジタルイノベーションを加速するソリューションであるLumada(ルマーダ)を事業の中心に据えようとしています。
Lumadaの名前には「illuminate(照らす・輝かせる)+data」といった意味があり、当社の中では一番のテーマ、話題になっています。全社的にデータサイエンスを活用した事業を新たにやっていく空気があります。
――手を上げれば社内の誰もが、データサイエンス事業にチャレンジすることができる環境ということですか?
蒲生:はい、手を上げればチャレンジできます。浦谷も私も元々は違う部署でSEをしていましたが、ふたりともデータサイエンスは独学で勉強をしていました。その後データサイエンティストの社内公募に応募し、現在の部署に異動しています。このように日立には誰もが挑戦できる環境が整っているため、今でも、我々の部署は社内外にデータサイエンス領域で活躍したい人の募集を続けています。
社会イノベーションの最前線でデータサイエンスを活用する難しさと可能性とは?
――話は変わりますが、社会イノベーションの最前線でデータサイエンスを活用する時に難しさを感じることはありますか? ここから、日立が主催したイベント「サンカク」に参加された松本さんにもお話しいただければと思います。
蒲生:社会課題の解決をするプロジェクトでは、多種多様な人が集まります。そのため、ITやデータ活用に関する知識の幅も多種多様で、場合によっては、ほぼゼロベースで話をしていかなければならないことがあります。そこから共通した課題について考えなければならないので、メンバー間で少しずつ共通言語を増やし、徐々に形を作っていく必要があります。ここが、難しさであり面白さであると思っています。
松本さんは、ご自身の事業を推進する中で難しさを感じることはありますか?
松本:私は、機械学習などを活用して人工透析を減らし、医療費削減を目指すビジネスを推進しています。機械学習とビジネスの視点が必要になるのですが、両方を理解している人が少ないという課題があります。最近では機械学習をご存知の方は増えていますが、ビジネスの全体像を行政や他の人に説明するのが難しいケースも多いのです。
蒲生:その課題は、我々とも共通しています。当社も機械学習の説明性を高めて、見た方が理解できる形で示す「XAI(AIを説明するための技術)」を推進しています。すでにAIは「お試し」として使われるものではなく、実際に生活の中に入ってきているので、これからはAIと人間の関係性をはっきり示していくことが重要になってくると感じています。
松本:浦谷さんは今回の道路のメンテナンスプロジェクトで機械学習とビジネスの工程をしっかりイメージして可視化されていると思いました。お客様のことを想像し、考察するビジネス的な視点はどういったところで養われたのでしょうか?
浦谷:SEの経験が大きく効いています。毎日お客様と会話をする中で、業務内容や手順に注目する視点が自然に養われていたのだと思います。
――データサイエンス活用の前部分として、いわば“基礎体力”がついていたというイメージでしょうか?
浦谷:そうですね。SEは、お客様側にいて保守・運用の仕事をしている人が多いので業務視点が身についていることが多いのではないでしょうか。
――業務視点があるとニーズや課題を的確に読み取れるようになるということですね。
浦谷:そういうことは本当に多いです。なぜなら、お客様の要望が実は正解ではないことがあるからです。SEをやっている人なら身に染みていることだと思いますが、要望通りにシステムを作ると破綻してしまうケースがあります。
ここにデータサイエンスが関わってくると、話はより複雑になります。機械学習のモデルやアウトプットを理解している人が業務のことを考えないと答えが出ないからです。そのような人財が不足していることが、データサイエンスを活用したプロジェクトの難しいところです。
日立が注力する社会イノベーションが体感できる「サンカク」イベントについて
――日立は社会イノベーションを加速させるために、オープンイノベーションの場を定期的に開催しています。先日実施した「サンカク」イベント「AI/データサイエンス技術を活用した社会イノベーション事業を体験」についてお聞かせください。松本さんは、なぜ、日立のサンカクイベントに参加しようと考えたのでしょうか?
松本:私は会社を経営していますが、社内だけでは新しい視点を得ることが難しいと感じています。そこで、最先端の取り組みをしている日立のプログラムに参加し、見解を広げたかったのがきっかけです。機械学習とビジネスについて大学院で学び、学会でも発表をしていますが、実務の中でどう活かされているのか学びたいと思いました。
――実際に機械学習が現場でどう活用されているのかをサンカクで体験したかったということですね?
松本:はい。私自身は人工透析の予防プログラムを開発おり、社会課題を解決するアプローチを行っています。仕事柄、日立が「データサイエンス✕社会課題の解決」とテーマを出していたことに、たいへん興味を持ちました。日立はハードウェアもソフトウェアもアーキテクチャも全部揃っている会社なので、イベントを体験することで学べることが多いのではないかと考えました。
――今回、実際に参加した側から見たイベントの面白さを教えてください。
松本:課題が良い意味でものすごく難しかったことです。この難しさが、実際の現場のやりがいや、楽しさにつながっていることも学ばせていただきました。課題は限定的なオーダーがある状態からスタートしていて、解決するためにはデータサイエンスのアルゴリズムやネットワークのアーキテクチャに加え、ビジネスモデルや戦略の面まで理解する必要がありました。まるで総合格闘技のようで、そこが難しくもあり面白かったです。
――課題の難易度がかなり高く設定されていたんですね。
松本:はい。どこかひとつのポイントに特化して回答することは容易だったと思います。しかし、全てをつなげて皆が腹落ちできる状態にすること、リアリティを持って説明できるところまでの回答を作ろうとすると一筋縄ではいかないような、難しい課題になっていました。
――イベントに参加して、どんなことに気づきがありましたか?
松本:先ほどのDX時代の人財像にも関わりますが、アルゴリズムがわかるだけではなく、どうシステムの中にアーキテクチャとして落としていくのか、さらに戦略的にビジネスとしてどのようなモデルに持っていくのか、これら全てを理解できる人が現場で求められていくことを実感しました。
――今回のイベントにはどのようなメンバーが参加していたのでしょうか?
松本:参加者にはシステムエンジニアや、データサイエンティスト、経営コンサルタントなど、様々なキャリアの方がいらっしゃいました。
浦谷:日立からは、さまざまな部署にいるデータサイエンティストがメンターとして参加していました。
――イベントに参加したグループからの発表を聞いて、主催者も何かヒントを得ることはできましたか?
浦谷:かなりヒントが得られました。ビジネス寄りの視点で考えてくれたグループの発表に「そういうビジネス方法があるんだ」と感心しました。モデル部分についても、私がやっていなかったアイデアなどが出ていたりして、非常に勉強になりました。
――学びと気づきが多かったサンカクイベントを終えた感想をお一人ずつ教えてください。
松本:参加者は、他の方とのつながりの中で自分の得意な点、苦手な点がわかったのが大きな気づきになったと思います。また、実際の日立での取り組みを知るとともに、そこで働かれている社員の方々の雰囲気を知ることができたことも大きな学びでした。今後、興味を持たれた方はぜひ積極的に参加していただきたいです。
浦谷:色々なバックグラウンドを持つ人が参加してくださって、ビジネスの参考になったというより、勉強させていただいて感謝しています。
蒲生:この企画を進めていた側として、課題の難易度の設定については不安を感じていました。しかし、難しい社会課題に参加者の皆さんがどういう答えを出してくるのかを知りたかったこともあって、あえて高く設定させていただきました。サンカクイベントには最終的に様々な方々に集まっていただいて、主催者としても多くの気づきが得られました。参加者の方には、ちょっと尖った、発見のあったイベントだと感じていただけたら良いと思っています。
金融DXを推し進める金融部門のオープンイノベーションを開催!
次回のオープンイノベーションのテーマは「金融×データサイエンス技術」です。
日立が捉えているリアルな金融業界の課題をテーマにデータサイエンス技術でどう社会イノベーションを巻き起こすのか?日立の社会イノベーション事業の最前線で活躍するデータサイエンティストや、様々なバックグラウンドの方とディスカッションします。松本さんのような新たな自分を発見するきっかけになるかも…!ぜひ、エントリーをお待ちしております。
開催日時:2021年1月31日(日) 13:00~18:00
編集後記
取材を通じて、すでにディープラーニングなどデータサイエンスが社会に浸透し始めており、社会の課題を解決するために必要不可欠のものになっていることが実感できました。同時に「AIに任せればなんとかなる」といった安易なものでないことにも気づかされました。過熱期を過ぎ、社会の側も学びが必要な時期であることを考えると、今回の「サンカク」イベントはとても貴重なものだったのだと思います。
今後、同様のイベントが企画された際は積極的に参加をして、日立の「デジタルイノベーション」が創り出している新しい世界観を体感してみてはいかがでしょうか。
取材/文:神田 富士晴
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