レガシーからオープンへの刷新とともに走った10年。金融系技術者に聞く勘定系システムの裏側
株式会社 日立製作所(以下、日立)は金融機関向けの勘定系システム開発を長らく手がけています。古くは1980年代からメインフレーム向けパッケージを提供しており、今では次世代オープン勘定系パッケージ「OpenStage」を提供しています。
今回は入社時から一貫してOpenStageの開発・導入に携わってきた日立の久保研斗氏に、OpenStageが生まれた背景や金融システム技術者の仕事・やりがい、開発現場の様子を詳しくお聞きしました。
目次
プロフィール
金融ビジネスユニット 金融第一システム事業部 金融ソリューション本部
金融ソリューション開発部 技師
*¹ 日立において、主任級の職名を指す
静岡銀行と進めた勘定系システムのオープン化
――はじめに、自己紹介をお願いします。
久保:新卒で2014年に日立に入社して、今年で10年目になります。大学院は情報科学と生物学を融合した生命人間情報科学専攻で、遺伝子情報解析の研究に携わりました。
入社の時点から金融系業界のシステム開発を志望し、現在はシステム開発現場の取り纏めや、お客さま先での技術説明を行っています。最近はOpenStageのPR活動にも力を入れています。
――なぜ、最初から金融系業界を志望していたのでしょうか?また、これまでどのような開発に携わってきたのかも教えてください。
久保:他業界のシステムと比べて社会的影響が大きく、開発難易度も高いので、自分のレベルアップにつながると思って志望しました。入社してから一貫して地域金融機関のオープン勘定系パッケージ(後のOpenStage)の開発に携わっています。
中でも営業店システムや全銀システムなど他のシステムと勘定系システムを連携させるバンキングハブという機能が専門で、このバンキングハブは私が入社した年から開発が始まりましたので、とても思い入れがあります。
――同じシステムに10年近く携わってきたのですね。これからお話を伺っていくにあたって、そもそもOpenStageとはどのようなものかを教えていただけますしょうか?
久保:OpenStageは日立の地銀向けオープン勘定系パッケージソリューションで、「自ら未来への扉を“Open”し、社会と共に次の“Stage”へ」という思いが込められています。日立には、かつて地銀向けアプリケーションとして、メインフレームで稼働する「EXPERT」というものがありました。世の中のオープン化の流れもあり、日立では2000年代からオープン基盤で稼働する次世代金融ソリューション構想が浮上しました。そして、同時期に勘定系システムの更改を検討されていた静岡銀行さまとの共同プロジェクトとして、2013年からOpenStageの開発が始まりました。同行では2021年1月から本番稼働しています。
――OpenStageの開発によって、どのような課題の解決をめざしていたのでしょうか?
久保:課題は大きく3つありました。「複雑化」「肥大化」「ブラックボックス化」です。古い勘定系システムの多くは1980年代の第3次オンラインシステムの時代に生まれました。COBOLやアセンブラで記述されていて、機能の継ぎ足しを繰り返してきたため、ソースコードが複雑化・肥大化し、誰も読めないブラックボックスのような状態になっていました。そのような状態から、時代に即した新しいサービスを柔軟に開発できるように、構造刷新をめざしていたのです。
「作る」から「使う」勘定系システムへ
――引き続き、OpenStageについて教えてください。OpenStageにはどのような特徴がありますか?
久保:先に挙げた3つの課題を解消するために、「シンプルな勘定系システム」をめざしていました。かつての勘定系システムは複雑で重厚長大なものでしたが、預金、融資、為替など業務ごとにコンポーネント化したり、変更が生じる箇所はパラメータとしてデータを投入できるようにしたりして、自由度や柔軟性を高めています。
コンセプトは、「『作る』から『使う』」です。勘定系システムは作ることが目的化してしまいがちですが、本来システムは目的ではなく手段です。金融機関が優良なサービスを提供するためにシステムを「使う」。あくまで手段として使える勘定系システムにしたい、という目標がありました。
――業務に合わせてシステムを作るのではなくパッケージを使い、業務をシステムに寄せていくのですね。
久保:実は両方できます。パッケージを導入することで、パッケージの仕様通りに業務を進めていくこともできます。しかしOpenStageは自由度が高く、カスタマイズしやすいのも特徴で、自行の業務に合わせた勘定系システムを作ることもできます。
業務をパッケージに寄せれば開発コスト削減や業務標準化などのメリットがありますが、現実的には全部パッケージに合わせられるとは限りません。使うことと作ること、両方できてバランスが取れるようになっています。
――オープン基盤という特徴についても教えてください。
久保:具体的には、OSにRed Hat Enterprise Linux(RHEL)を採用しています。メインフレームではベンダーロックインが発生し、特定のベンダーに選択肢が限られていたのですが、オープン基盤であればお客さまが最適なソフトウェアを導入でき、最新技術にも対応できるなど自由度が高まり、コストも最適化できます。
開発生産性を35%向上、保守費用削減した静岡銀行
――OpenStageは静岡銀行さまと日立で共同開発されたとのことですが、その背景や経緯も教えてください。
久保:第3次オンラインシステムの時代から稼働している勘定系システムは先ほど申し上げたように、肥大化、複雑化、ブラックボックス化が進行していました。さらに高コスト化や技術トレンドからの乖離も課題でした。このままでは「2025年の崖」と呼ばれるように、システム老朽化に伴うDX(デジタルトランスフォーメーション)実現の遅れにもつながりかねません。この課題に対し、静岡銀行さまはソフトウェア・ハードウェアの両面から抜本的に見直し、先進技術を取り入れやすいシステム基盤の実現をめざしました。
静岡銀行さまの次世代勘定系システムの構想と、日立のオープン勘定系パッケージの構想がマッチし、共同プロジェクトで開発を進め、2021年から稼働開始しました。同行の勘定系システム刷新は、実に約30年ぶりのことです。
――どのような導入効果が得られましたか?
久保:業務アプリケーションの刷新と、ハードウェアのオープン化を同時に実現することで先進性を確保できました。金融庁「基幹系システム・フロントランナー・サポートハブ」の第一号支援案件にも選定されています。
稼働後の実績として、ソフトウェアの開発生産性は約35%向上しました。難易度の高いプロジェクトを経験することで専門人財の育成にもつながったことも評価されています。また、システム基盤のオープン化によりハードウェアとソフトウェアの費用やシステム更改時の工数も削減できると見込まれています。
――それだけ実績があると他の地銀にもインパクトがありそうですね。
久保:地域金融機関のなかでも、静岡銀行さまは財務体質や信用格付けでトップレベルです。OpenStageは静岡銀行さまがパッケージ母体行であり、稼働後の導入効果を得られているという点が日立にとっての大きなセールスポイントでもあります。OpenStageは勘定系業務パッケージですので、採用することでシステム刷新できます。それ以外にも、日立は「勘定系システムはそのままで基盤をメインフレームからオープンに移行したい」というリクエストに応えることもできます。実際に業務システムは最小限の変更のみで、オープン基盤に移行したケースもあります。
これらを「リビルド」と「リホスト」と呼ぶこともあります。リビルドは勘定系システムと基盤の両方を入れ替えて刷新します。静岡銀行さまがまさにそうです。一方「リホスト」は基盤のみオープンへと入れ替えます。
上流から下流まで全体を経験したことが今の礎に
――ここからは久保さんのことも聞かせてください。久保さんはこれまでどのような開発経験を積んできましたか?
久保:入社から5年ほどはソフトウェア開発のウォーターフォールモデルで言うところの上流から下流まですべてを体験してきました。これが私の今の礎になっています。
日立の金融システム事業部では入社1年目に「モノづくり実習」という研修があり、現場に混じって作業を手伝わせてもらいます。その時にバンキングハブの一部のコーディングも経験しました。今振り返ると、入社間もない私のコードがバンキングハブの一部にあると思うと愛着がわきます。
入社間もない段階では下流のテストが多かったです。静岡銀行さまでATMの実機テストもやりましたし、他のベンダーと調整や交渉もありました。本当に最初の5年間は様々な経験をし、システムの全体像を把握できるようになりました。
――技師になってからはどう変わりましたか?
久保:2020年から技師になりました。技師になると現場で開発するだけではなく、お客さまと相対する機会が増えてきました。最近ぐんと出張が増えてきましたが、現場からは離れていません。現場の取りまとめをしつつ、お客さまにバンキングハブをご提案したり、開発のお手伝いをしたりしています。
いま仕事が多岐にわたり、責任ある役も任されていますが、なんとかこなせているのは最初の5年間で一通り経験させてもらえたことが大きいと思っています。
――お客さまは静岡銀行さまがメインですか?
久保:いいえ。私が担当させていただいているお客さまは10社ほどで、すべてバンキングハブ絡みです。すでに稼働している銀行さまもありますが、残りは開発中か採用段階です。先日も「バンキングハブの仕組みを説明してほしい」とリクエストがあったお客さまをお伺いするなど、現在はお客さま先に出向き、説明することが増えてきました。
――営業支援もされているのですね。開発と営業支援、どのような配分ですか?
久保:自分でも把握できていないですが、どちらかというと技師の中ではお客さまに近いところで仕事をさせていただいています。もちろん、技師が全てそうではありません。技師の中にはずっと現場にいて開発に関わる方も多くいます。
お客さまに説明するのでプリセールス的な存在に近いですが、あくまでも技術を説明する立場です。営業がOpenStageの詳しい技術的な仕組みを説明することは難しいですよね。
開発と営業支援の両方ができるのは、これまでの経験が生きているからだと感じています。
日立とパートナーがチームとなり、バンキングハブを開発
――チームにはどのようなメンバーがいますか?
久保:バンキングハブの開発現場は全部で25名ほどのメンバーがいます。バンキングハブは勘定系システムを他のシステムとつなげるところですが、接続先のシステムはそれぞれ接続仕様が異なるため、様々なプロトコルの知識が必要になりますし、使用するプログラム言語も異なります。そのため、多方面の専門家が集まってチームを構成しています。
どのメンバーも得意分野は異なりますが、共通して高いスキルをお持ちです。この10年ずっと携わってくださる方もいますし、最近加わった若い方もいます。様々な専門領域を持った、年齢も所属も異なるメンバーが、お互いの強みを生かしあいながら開発に取り組んでおり、いいチームだと日々実感しています。それぞれのメンバーの得意分野をいかに活かすかが日立側のミッションだと感じています。私はチームビルディングやマネジメントの仕事も好きなので、やりがいがありますし、楽しくやらせてもらっています。
――やはりお客さまは金融業界がメインでしょうか?
久保:実はそうでもないのです。銀行以外の会社にもバンキングハブを提案しています。最近では製造系企業への提案もありました。バンキングハブは勘定系システムと他システムを接続すると説明しましたが、技術的にはシステム間のリアルタイムデータ連携なので、勘定系システムである必要はないのです。バンキングハブは金融業界しか使えないということはないので、ぜひ多くのお客さまに使っていただきたいです。
――バンキングハブに技術的な特徴はありますか?
久保:業界や業務によらず、様々なシステム間のリアルタイムデータ連携ができるのが強みです。例えば文字コードにしても片方がUTF-8で、もう片方がShift JISだったりします。このように小さな違いや制約がある中で、リアルタイムにデータ連携できるのは大きなメリットになると思います。また、バンキングハブはお客さまの要件を受けて個別開発することも多いです。
モチベーションの源は、自分の成長
――そうなるとバンキングハブの開発チームに入ると、金融業界に限らず幅広い領域でデータ連携の仕組みに携われるということですね。開発現場ではどのようなことを意識していますか?
久保:銀行向けのシステムは、全体を見渡すととても巨大なシステムです。それは今も昔もこれからも変わらないと思います。巨大ゆえに、システム開発現場では多くの人々が複雑に絡み合い、協力しています。また金融機関のシステムは、入社時の私の想像通り、高い品質を求められます。
そうした中、私は開発推進のリーダー的な立場にいますので、あらゆる情報が私の所に集まってきます。「何かあったら久保さん」ととても頼られており、嬉しさと同時に責任も感じます。
今は25名のチームでやっていますので、情報をきちんと処理して、正確かつスピード感を持ち、チーム内で連携できるようにしています。私は「縦横連携」を意識していますが、この連携の正確性とスピード感は誰にも負けないようにしたいです。そうすれば、チームの課題解決がうまくでき、結果的に良いシステムができると考えています。どうやったらチームがうまくまわるか、日々チームビルディングについて考えをめぐらせています。
――勘定系システム開発の本質は昔から変わらないかもしれませんが、開発現場の文化や習慣は変化していそうですね。
久保:最近の大きな変化としては、やはりテレワークが中心となったことですね。一方で、開発現場では円滑なコミュニケーションが必要ですので、Microsoft TeamsやSharePointなどのツールを活用しています。こうしたツールをうまく使いこなすのもチームビルディングにつながると思い、良い使い方がないかを模索しています。開発で使うツールは基本的に実績があるものを使いますが、中には自分たちで開発することもあります。ツールを開発したい人にはいい機会になるかもしれません。
――開発プロジェクトのタイムスパンはどのくらいですか?
久保:勘定系システムは銀行の心臓部分ですので、プロジェクトは長くなる傾向があります。プロジェクト全体では5~6年かかるものが多いですが、バンキングハブの機能開発だけなら大体1~2年くらいです。バンキングハブの開発後はテスト環境に導入し、プロジェクトのテストを支援することが多いです。「今年、この銀行はこの開発フェーズ」と年単位でスケジュールが組まれますが、お客さまが増えてくるとそれぞれフェーズが異なります。開発チームの人数は限られているので、異なるお客さまの異なるフェーズが入り交じるなか、チーム内でメンバー配置を調整しています。
――久保さんのモチベーションの源はなんですか?
久保:私はズバリ自分の成長です。一担当だった頃は現場の仕事が中心でしたが、今はお客さまの前で説明したり交渉したりしています。入社してから様々な経験をして徐々にできることが増え、成長をダイレクトに実感しています。
――逆に銀行向けシステム開発で大変だと思うのはどんなところですか?
久保:銀行システム開発に携わる人に共通する考えだと思うのですが、銀行の勘定系システムは社会インフラです。ATMでお金が出てくるのは、蛇口をひねったら水が出るくらいの普通のことです。普通なのであまり喜ぶ人はいません。「できて当たり前」の世界なので、その責任感やプレッシャーは大きいですね。
レガシーからオープン、次はクラウド化へ
――今後OpenStageではどのような進展がありそうですか?
久保:OpenStageは静岡銀行さまで稼働開始してから2年半になりました。実績ができたというのは大きいです。これからはコスト削減を進めて、よりサービス開発に注力していきたいという思いがあり、着目しているのがパブリッククラウドの検証です。
具体的には静岡銀行さま、アマゾンウェブサービス(AWS)ジャパンさま、日立の3社で検証を進めています。システム基盤にパブリッククラウドを使えば、利用する銀行さまのコスト削減が見込めますので、次のステップとして成功させていきたいです。
また他企業での採用を広げていきたいです。OpenStageは実績ができた段階で、まだまだ若いパッケージです。より多くの銀行さまや組織でご活用いただき、その中で育てていきたいです。幅広い組織で使われることで、本当に必要な機能も見えてきます。
――久保さんは、今後どのような仲間と仕事をしていきたいですか?
久保:システム開発には大きく分けてプレーヤー型とマネージャー型の2つがあると思います。プレーヤー型は設計や開発、マネージャー型は現場の取り纏めやチームビルディングを進めていきます。どちらかというと日立はマネージャー型が多いですが、どちらでも活躍できると思っています。私自身は広く浅くのマネージャー型ですが、どのような仲間と働きたいかというと、現場の事情もありますが、特定のスキルに特化したプレーヤーですね。何らかのスキルを極めていれば、絶対に輝ける場所があります。
――例えばどのようなスキルがあれば日立で活躍できそうですか?
久保:日立は業務アプリケーションを開発しているので業務知識、特に私たちのチームなら銀行業務に強い方であればすぐにでも活躍できます。これから学びたい方ならいいチャンスになると思います。あと、どの業界でも共通していると思いますが、仕事に積極的な方がいいですね。チームで開発していくので、チームワークの中で働きたい人にはすごく向いています。そのためコミュニケーションスキルが高い方も有利です。
――日立には新しい魅力的な取り組みもありますか?
久保:先ほど申しあげたように、パブリッククラウドの検証はまさに新しい技術となります。
社内では「保守DX」と呼ばれていますが、オープン基盤の製品だと様々なお問い合わせがあり、それを効率的に対応する新しい仕組みを検討しています。例えば、チャットボットやChatGPTなどの生成AIといった最新技術も活用も視野に入れています。
勘定系システムは古くてスパンが長いイメージがあるかもしれませんが、勘定系システムに携わりその改良を模索していく中では最新技術は不可欠ですし、むしろ逃れられません。最新技術を学ぶ機会も最新のスキルを活かす機会も必ずあります。
――最後にメッセージをお願いします。
久保:泥臭く、挑戦と失敗を重ねることが何よりもスキルアップにつながると思っています。そこで、失敗を恐れず挑戦できるところが日立の強みです。日立には創業以来100年以上の歴史で培ってきた人財や技術力、お客さまとの信頼関係があるからです。新しいことに挑戦したいとか、自分のスキルを生かしたいのであれば、日立で輝く場所があります。私も用意しますので、ぜひ興味があれば日立に来てほしいと思います。
編集後記
金融系システム開発の中でも勘定系というとレガシーなイメージを持つ方も多いかもしれませんが、着実に進化を続けて新しい技術とも無関係ではないことが分かりました。久保さんは技術者でありながらプリセールスや技術営業に近い立ち位置でもあり、技術者のキャリアも一様ではないということも興味深いです。久保さんの携わる金融機関のシステムは多くの人々の暮らしを支えるシステムです。大きなシステムに携わり社会に貢献したい方にとって、また技術の知識やスキルを活かし、またマネジメント力を高めてさらなるキャリアアップをしたい方にとって、挑戦しがいのある分野かもしれませんね。
取材/文:加山 恵美
撮影:木村 輝
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