ビジネス価値を創出するために、真に使える技術を追求できる。日本総研の「先端技術ラボ」が面白い理由
テクノロジーの進化がますます加速化・高度化する昨今、アカデミアの研究者以外のキャリアとして、企業内研究者を志望する方もいるのではないでしょうか。
企業における研究は、中長期的な利益になるような技術やテーマが優先される傾向にあり、希望とは異なる研究をせざるを得ないケースや、あまり使えない技術であっても、サンクコストなどを発生させないために無理やり導入、実装をするというケースも少なくないと耳にします。
企業内研究者の実態を探るべく、SMBCグループのIT中核企業である株式会社日本総合研究所(以下、日本総研)の研究組織「先端技術ラボ」を訪問しました。同ラボはSMBCグループの技術の目利き役として、先端技術を活用した金融サービスの早期実現のために、IT動向のリサーチや技術検証・業務適用評価などに取り組んでおり、本当に使える技術かどうかを議論し、使えないようであれば使わないという選択ができる組織とのこと。
具体的にどのような技術を扱い、研究活動に取り組んでいるのか。先端技術ラボのメンバー3名にお話を伺いました。
目次
プロフィール
SMBCグループの「技術の目利き役」
――「先端技術ラボ」がどのような組織か教えてください。
田中:簡潔にお伝えすると、SMBCグループの「技術の目利き役」として2017年に設立された組織で、中長期的にビジネスインパクトがありそうな先端技術に対して調査・技術検証を行っています。
先端技術ラボでは、①「先端技術トレンドの調査・提言」、②「技術検証・評価」および③「ビジネス活用の観点からの応用研究」をミッションとしています。
「先端技術トレンドの調査・提言」では、政府や専門機関が発行する各種レポートの調査、カンファレンス・ セミナー等でアカデミアやビジネスサイドの専門家との情報交換を広範に行い、独自の分析・考察を加えたレポートを随時公表しています。学会・研究会、専門委員会、セミナーなどでの発表・講演にも積極的に取り組んでいます。
「技術検証・評価」では、特に今後の実用化が見込まれる先端技術に関する先行研究や先端手法について、技術実装に基づいた実践的な検証・評価を行っています。
私たち3人は主に、②「技術検証・評価」と③「ビジネス活用の観点からの応用研究」を担当しており、SMBCグループ各社への実装支援なども行っています。これらの業務を通じた成果は、学会等での研究発表や技術レポートの公表等、情報発信をしています。
――技術検証や応用研究の業務はどのように行われているのでしょうか?
島津:私はAI技術を活用した推薦システムの研究を行っています。学会への参加や最新の論文や技術ブログをもとに最新の先端技術について調査しています。そこで見つけた技術の中でビジネスインパクトがありそうなものを、実際に自分でも実装して、どれくらいの性能があるのかを検証します。検証結果はレポートや論文でアウトプットしています。
田中:現場の声を収集するために、SMBCグループの各社・各部と頻繁にやりとりもしており、常駐することもあります。私は、三井住友銀行のデータ分析部署に2年間出向していましたが、その経験が今も生きています。
島津:現場の声を反映するだけでなく、例えば銀行業務へ適用する場合は各種法令への準拠など、運用ルールに抵触しないかなども考慮して検証します。
渡邉:またアカデミアと連携して、数年後の実用化が見込まれる分野の先行研究や啓蒙活動にも積極的に取り組んでいます。私は機械学習や数理最適化など複数の技術領域を担当していまして、その中の1テーマである「量子コンピューター」について、東京大学と一緒に量子ソフトウエアハンズオン(産学協働ゼミ)を実施しています(後述)。
――なるほど。グループの企業を中心に社外との連携が結構多いのですね
渡邉:その通りです。先端技術ラボにとって、金融のプロフェッションであるSMBCグループと密に仕事を進められる点がメリットです。調査や研究に必要な先進ビジネスのニーズがたくさんあります。
また、社内の連携も行っています。シンクタンクやエコノミストの部署と共同の調査・分析レポート公表等が行えるのは当社ならでは強みだと思います。
島津:日頃から当社のシステム開発部署とも連携しています。SMBCグループ内のデータ分析を担当する部署も発足しており、先端技術ラボから有用と評価できた先行研究や手法を連携するなど、今後も一緒に仕事する関係先が増えていくことも楽しみにしています。
研究者にとって魅力的な環境!「20%ルール」を活用した自己研鑽・ビッグデータへのアクセス
――先端技術ラボで働く、楽しさ・魅力についても教えてください。
島津:個人的には、研究に注力できる環境が整備されている点に魅力を感じています。例えば出社するか在宅勤務をするかは基本的に自由に選択できます。一人で論文を読みたい時は在宅勤務をして、新しい技術について先輩と話したい時は出社するなどして使い分けています。
田中:私が活用している当社の博士課程取得支援制度も魅力的な制度だと思います。私は現在、大学の博士後期課程に在籍していて、社会人学生として仕事の一環で研究活動をさせていただいています。
――研究者として非常に嬉しい制度ですね!
田中:研究環境の面でも、計算リソースが潤沢にあるというのもうれしいポイントです。高性能なサーバーがあることはもちろん、例えばKaggleのような外部のデータ分析コンペに出場して技術力を磨くなどの自己研鑽をサポートしてくれる制度もあります。
――Kaggleは業務として出場されているのですか?
渡邉:先端技術ラボでは「20%ルール」というものを設けていて、勤務時間のうち20%を担当業務にとらわれず使って良いというルールになっています。「20%ルール」を活用した取り組みについては上司から報告を求められることもないので、興味がある領域のスキル習得や実装に費やせます。この制度を利用して、私たち3人でKaggleに出場したこともあります。ちなみに私自身はKaggleが好きで、Competitions Masterも取得しています。
渡邉:研究成果を導入する上で、顧客基盤、データが充実しているのも研究者として醍醐味を感じられる環境だと思います。例えば銀行における1日の取引データだけでも、細かい数字は言えませんが非常に膨大なトランザクション数になります。
島津:従来、このようなデータにアクセスするのは容易なことではありませんし、アクセスできるとしても契約締結だけで苦労することも多いのではないでしょうか。当社はSMBCグループ内の企業という立場から、データをセキュアに取り扱うスキームが確立されており、効率的かつスピーディーにデータに向き合える点も大きなポイントだと思います。
――たしかに、そのようなデータに触れられる環境は相当レアですね。
島津:レポートの執筆や情報発信ができることも、先端技術ラボならではだと思います。実は当社ホームページに掲載している公表レポート以外にも、SMBCグループ向けに特化したレポートも出しています。具体的なユースケースを盛り込むこともあり、そのレポートをもとに提案を行うことでグループ企業の新たな案件の企画、実施にもつなげています。
田中:情報発信という観点だと新聞などのメディアを通じて、中立の立場で技術に関する見解を発信することもありますね。また、ビジネス活用の観点からの応用研究にも取り組んでいます。先端技術は、想定した形で進化していくばかりでなく、非連続的に急速な成長を遂げ、ビジネスに革新的なインパクトをもたらす存在になることが少なくありません。そうした兆候を的確に捉え、研究機関や大学といったアカデミアが公表する基礎研究を踏まえながら、各専門分野の有識者との協働による応用研究も進めています。
大学との共催講座など、アカデミアとも積極的に連携
――東京大学とハンズオンセミナーを実施しているとお話されていましたが、詳しく教えてください。
渡邉:東京大学(大学院理学系研究科)が主催する「量子ソフトウエア」寄付講座に、立ち上げ当初の2021年から協賛企業として携わっています。学生さんに限らず社会人の方も対象に、さまざまなイベントを企画しています。
中でも、量子ソフトウエアのプログラミングを実際に体験していただけるハンズオン(産学協働ゼミ)は、当社が中核メンバーとして東大の先生方と教材を制作しました。また、セミナーの講師としても登壇させていただいています。半年に1回実施していて、私は2022年から登壇しています。
――どのような方が参加されているのでしょうか?
渡邉:ハンズオンに関しては、ある程度量子コンピューターのことを知っている方向けの内容になっています。それ以外の講座では、初心者の方向けのものもあります。東大の学生さんはもちろん、企業に所属しているエンジニアや研究者など、さまざまな方にご参加いただいています。
――参加者の反応はいかがでしょうか?
渡邉:ありがたいことに、かなり良い反応をいただいています。量子アルゴリズムの実装においては、日本語の資料がほぼ無いのが現状で、学習のハードルを下げることに貢献できていることが評判の良さにつながっていると思っています。
最近の事例では、「量子コンピューターにおける誤り訂正」に関する仕組みについてセミナーを行いました。理論に関する説明資料は存在しますが、プログラムに落としたものは少なくとも国内ではあまり見かけません。他にも、量子コンピューターのシミュレーターを作る演習もしています。
――先端技術ラボで働く上で、どのような考え方や姿勢が必要でしょうか?
渡邉:取り組む領域は自分で見つけて深掘りする進め方が中心となっています。受け身ではなく、能動的に勉強できる方が向いていると思います。
島津:SMBCグループの一員として、研究が好きであると同時にビジネス的な観点も重要だと思います。銀行やクレジットカードなどの金融事業においてビジネス価値を創出することが目的なので、例えば大学の研究室のように1つのテーマにずっと特化して研究したいという方とは、共同研究等で連携させていただけるのではないかと考えます。
田中:技術を目利きして取捨選択しないといけないのですが、数年後には普及に至らずビジネス活用されない可能性もあります。それでも恐れず取り組む姿勢が大事だと思います。また、先端技術ラボは特定のインダストリーを対象に研究をしているわけではありませんが、SMBCグループは金融グループですので金融領域のことが好きだとより楽しく研究できると思います。
無理やり技術を売りにいく必要がなく、かつ影響範囲の大きな仕事ができる
――みなさんのキャリアについても伺いたいのですが、なぜ日本総研に入社されたのでしょうか?
田中:私はITと金融の両方をやりたいと思っていたからです。とにかく新しくて面白いことをしたいと考えていたのでITは必須だと思い、大学で数学をやっていたので金融をメインの領域にしたいと思っていました。金融業界のシステムやシンクタンク系を複数見ていた中で、日本総研が一番面白そうだなと思って入社しました。最初はシステム開発のPMをやる!と言って入社したのですが、4年目に先端技術ラボに異動しました。
――システム開発と研究の両方を経験されて、どちらの方がご自身として充実していますか?
田中:今は研究の方が面白いですね。研究を通じて、より影響範囲が広い仕事ができていると実感しています。意思決定権を持つ人に対して情報提供をすることによって、自分が携わった技術を広範囲に適用できます。若手のうちから大きい仕事ができるのは、先端技術ラボの良いところだと思います。
渡邉:学生時代に数理最適化に関する研究をしていた際、理論を突き詰めていくことで実用から離れていく感覚がありました。もっと実用の世界で研究をしたいと考えていたことから、企業の研究開発系の部署を志望しました。
日本総研は機械学習や量子コンピューターなど携わりたい領域が多く、幅広く取り組めそうな点と、自由度が高いところに惹かれて入社しました。
――研究と聞くと一つの分野を深く追求するイメージがありますが、複数の領域にまたがって研究できるのは企業の研究開発機関の良さの一つと言えそうですね。
渡邉:そうですね。一つの分野を深掘りするのは、いわゆる大学の研究室で行うことだと思うのですが、実務ではさまざまな選択肢を持つことが大事だと思っています。例えば大学で数理最適化をやっている人は一つのツールを極めようとすることが多いと思いますが、ビジネスにおける研究は複数のツールの中から一番性能が良いものを選ぶようなイメージです。それができるのが私たちの強みだと思っています。
――なるほど。島津さんはいかがでしょうか?
島津:私は大学でAIの研究をしていて、社会人でも「AI × ◯◯」で何かやりたいと思っていました。かつ社会に対してインパクトが大きいことをしたいと思い、「AI × 金融」で就職先を探すようになりました。メガバンクのグループ企業であれば、外部より生のデータに触れやすいだろうと考え、日本総研に決めました。
――今後のキャリア展望について教えてください。
島津:これまでの経験でAIや機械学習に対する知見は蓄えられたと思っていますので、これからは業務について理解を深め、自分からグループ企業に対していろいろと提案していけたらと思います。
現在は自分の中で仮説を立て、グループ企業の意見をいただきながらブラッシュアップをしているのですが、今後はグループ企業の業務を経験するなどしてより具体的にしたいと思っています。
渡邉:「最適化 × 機械学習」など、広く扱っている技術分野を組み合わせて貢献することでバリューを出したいと思っています。最終的には実務で使えるよう、グループ企業へ積極的に提案していきたいと思います。
田中:中長期的には、海外の企業や研究所などと共同研究をしたいと考えています。現在、博士後期課程で研究をしていますが、博士号を取れれば共同研究もしやすくなると思っています。
――ありがとうございます。それでは最後に、ご自身が思う日本総研の魅力について教えてください。
島津:金融という大きな社会インフラを、システムや技術の観点で支えているのが日本総研の強みだと思います。また、採用面談を通して自分と価値観や雰囲気が合うと感じました。入社前後のギャップはなく、風通しの良さを感じています。
田中:明るくて面白い人が多いですね。関西弁の方も多いですし(笑) 自由で風通しの良いところは、非常に働きやすいと感じています。
渡邉:私も、自分がやりたいと言ったことをやらせてくれるなど自由度が高いと思っています。
私たちのミッションはいわゆる「検証」のため、無理やり技術を売りにいく必要はありません。本当に使える技術かどうかを真剣に議論し、ダメならダメでその技術を使わないという選択をすることもできます。ビジネス価値を創出するために真に使える技術を追求できるのは、研究するフィールドとして非常に心地良いと感じています。
編集後記
最後に渡邉さんがおっしゃったポイントは非常に重要だと感じます。冒頭にも記載した通り、売り上げとの関連性をどうしても考えなければいけない研究開発職が大半な中、資金的に潤沢な基盤があって、ある程度自由に分野を選定して技術の研究ができるという環境は、ある種、研究におけるベーシックインカムのような魅力すらあると感じています。日本有数のメガバンクグループのデータなどアセットをふんだんに活用して研究活動をしてみたいという方にとっては最適なフィールドなのではないでしょうか。
取材/文:長岡 武司
撮影:杉江 拓哉