「Rubyの聖地」松江を擁する島根県、そこにあるIT企業の魅力は何か。それを知ればUIターン転職の「ご縁」が高まる?
全国に先駆けてIT産業振興に取り組み、プログラミング言語「Ruby」の活用により「Rubyの聖地」と言われる島根県。IT産業の強化はどのようなきっかけで始まり、どのような施策が打たれてきたのか。そして、全国トップクラスの「IT立県」に成長した島根県の魅力は何か。IT企業誘致やITエンジニアのUIターン転職を支援する「IT WORKS@島根」の立ち上げに携わった島根県商工労働部産業振興課の伊藤暁通氏にお話を伺いました。
――島根県はIT企業の誘致を積極的に行っていますが、どのようなきっかけではじめたのでしょうか。
伊藤暁通氏(以下、伊藤):島根県の県庁所在地である松江市の人口は、2000年代初めまでは増加傾向でしたが、2005年の国勢調査以降は減少傾向に転じました。2007年に島根県知事に就任した溝口善兵衛(みぞぐち ぜんべえ)氏は、その状況を打破するべく、島根県でのIT産業振興をプログラミング言語「Ruby」をキーワードに考えました。彼は財務省や国際金融情報センターなどの出身で海外生活をしていた時期があり、世界的に有名なIT企業が集まる米国のシリコンバレーを訪れた経験もあるそうです。
地方自治体にとって人口減少対策、雇用創出は重要な課題です。そのような課題に対してこれまでも工場を誘致し、その支援制度を充実させようと考えていました。そしてIT企業の誘致でも同じように雇用が生み出せるのではないかと考えたわけです。
一方、松江市も雇用創出の新しい起爆剤になることをしなければと考え、Rubyに注目し、2006年からオープンソースとRubyを掛け合わせた「Ruby City MATSUE プロジェクト」に取り組んでいました。そこで県と市の両トップが「ITでまちをよくしよう」と考えたことがIT WORKS@島根の発足のきっかけです。話し合いを密に進め、県は企業振興を、市はIT産業のコミュニティ形成を分担しながら、各施策に取り組むことになりました。
まつもとゆきひろ氏「シンボルとなる場所が必要」
――最初にRubyの生みの親、まつもとゆきひろ氏にコンタクトを取られたそうですね。
伊藤:はい。まつもとさんは1997年から松江市に住んでいて、「ネットワーク応用通信研究所」にフェローとして勤務していました。県や市の担当者は、上司から「IT産業振興をやってくれ」と言われても、全国に先駆けた取り組みだったので参考となる事例がなく、何をから始めたらいいのか分からないという状況でした。
まつもとさんにアドバイスをもらいに行くと、「シンボルとなる場所が必要」といったお話をいただいたそうです。
そこでオープンソースソフトウェア(OSS)に特化した研究・開発・交流のための拠点「松江オープンソースラボ」を、JR松江駅前につくりました。オープンソースソフトウェアに関わる企業、技術者、学生、ユーザーなら無料で自由に利用できるスペースで、優れたIT人材を育成することを目的にしています。定期的にオープンソースの勉強会や交流会が開かれています。
地域のIT人材をみんなで育てようというムードがある
――魅力的なIT企業を生み出すために、ほかにどのようなIT産業支援を行ってきたのでしょうか。
伊藤:主な支援策は人材育成と企業振興に分かれます。
人材育成では、小学生から大学生を対象にしたRubyの学びと、島根県のIT企業を学生に知ってもらうための接触機会の創出があります。
松江市の小学校で「ルビー」と言えば、宝石ではなく、プログラミング言語Rubyの方を子どもたちはイメージするくらいRubyが浸透しています。県としても、小学生全学年を対象に「小学生Ruby教室」を夏休みに県内7会場で開催しています。島根県在住のエンジニアの方が開発した、子どもたちがプログラミングに触れるための「Smalruby」を利用し、すぐに簡単なプログラミングができるようになります。
さらにステップアップしたい子どもたちは、「NPO法人Rubyプログラミング少年団」等が運営する「プログラミング道場」で、プログラミングを学べます。この無料のプログラミング教室は月に1度のペースで開催されています。
高校ではIT企業の担当者がITの授業を行っています。実践的な課題を用意し、半年から1年をかけてプログラムをつくります。例えば松江商業高校では、学園祭で使う予約システムをこの授業の中で生徒が制作したこともあるそうです。
島根県の特徴は、行政とIT企業の距離が近いことが挙げられます。企業がRuby教室に協力したり、高校の授業を引き受けたりして、地域のIT人材をみんなで育てようといったムードがあります。
――企業振興系の支援についてもお聞かせいただけますか。
伊藤:IT企業への支援は人材確保と売上アップにつながるサービス強化という2つの観点から行っています。人材確保の代表的な例が「IT WORKS@島根」で、これは後ほどご説明します。
売上アップにつながるサービス強化では、「公益財団法人しまね産業振興財団」内に「しまねソフト研究開発センター(ITOC)」を2015年に設立しました。島根県内のIT企業が国内外で売れる商品、サービスを創出するため、その技術的な課題を解決することが目的です。諸機関と連携して「事業創出支援」、「研究開発」、「人材育成」を行っています。研究開発では、最近はAI(人工知能)や、組み込みシステム向けの軽量なRuby言語「mruby/c」の開発などを行っています。
――島根県はIT企業を誘致するための特徴的な優遇制度を設けているそうですね。
伊藤:2009年から「企業立地促進助成金」を設けています。現在も継続しており、例えば県外から新たに島根県に進出する場合、雇用助成として新規学卒者・UIターン就職者を1人採用すると100万円(中山間地域は130万円)、家賃補助として補助率1/2を8年間、航空運賃補助として補助率1/2を5年間、人材の確保育成経費の補助として補助率1/2を3年間継続して助成するといった内容です。
このような手厚い優遇制度は当初、全国一とも言われ、「島根県はすごいらしいぞ」と評判になり、進出を検討するIT企業から問い合わせが相次ぎました。
私は2012年から7年間、企業誘致を担当しましたが、先輩方が盛り上げてくれたおかげで、企業誘致が非常にやりやすい雰囲気だったのを覚えています。普通は企業誘致ってどちらかというとあまり歓迎されないのですが(笑)。
――実際に当時は企業誘致が順調に行われたわけですね。
伊藤:2012年から2014年にかけて企業誘致が活発に行われ、ピークの2014年には、その年だけで進出企業数は10社以上に上りました。
そうなると新たに「進出企業にとっての人材不足」の問題が生じました。この課題を解決するために、最初に実施したのがイベント開催でした。現在、島根県では定期的にIT人材に特化した「転職フェア」を開催していますが、その試験的なイベントを2012年にはじめて開催しました。50人以上の転職希望者が集まり、多くの人がUIターン転職を決めるという素晴らしい結果となりました。
この成功を受け、きちんとした仕組みづくりをしようと決まりました。そうして転職イベントと企業と転職希望者のマッチングサービス「IT WORKS@島根」が2014年に正式に立ち上がりました。
――これまでの話では、産官学でIT人材育成に力を入れ、県は企業誘致のための全国一と言われる優遇制度を設けて、島根県にIT産業の集積を図ってきました。現状ではどれくらいの規模に成長したのでしょうか。
伊藤:島根県のIT企業数は2011年には約40社でしたが、現在では110社を超えています。人口約20万人の松江市だけでも70社以上あり、IT企業の集積度が高いと言えます。業種もウェブサービス系、情報処理(SIer)系、パッケージ/プラットフォーム系、ハードウェア系、サービス系と幅広いです。
加えて進出企業は本社が東京や大阪にある企業も多く、本社と直接仕事を行っています。中には海外の関連企業と一緒に仕事をするケースもあり、地方都市といえども面白い仕事ができます。東京のスタッフとチームを組んで開発にも取り組めるので、ITエンジニアとしてのキャリアが途切れることもありません。
これまで地方へ転職すると給与が下がるケースがほとんどでしたが、島根県のIT企業には現給保証してくれる会社もあるので、それらの会社によって中途採用市場が活性化されると考えています。
諦めて地方に帰るのではなく、ポジティブに地方に行ける。そのような環境が島根県にはあると言えます。
エンジニアの勉強会などコミュニティが多いのも特徴です。松江オープンソースラボでは「しまねOSS協議会」が毎月勉強会を開催し、会の後には懇親会も開いています(コロナ禍のため休止中)。そこでエンジニア同士が話し合い、情報交換を行っています。島根県では企業同士の距離も近く、エンジニア同士が仲良くなりやすい環境があります。エンジニア同士の交流はきわめて大切で、スキルアップにもつながると考えています。
――県では文系IT人材の確保も行っているようですね。
伊藤:2022年度から「文系IT人材確保支援事業」を新たに始めました。文系学生がe-Learningでプログラミングを学ぶ機会や企業での開発を体験する機会を提供することで、IT企業に関心を持つ文系学生が増えると期待しています。
――先ほどお話にあったIT WORKS@島根について、その概要を教えてください。
伊藤:IT WORKS@島根は、都市部のITエンジニアが島根県のIT企業にUIターン転職できるように、キャリア相談から内定・移住までをサポートします。現在、登録者数は1,785人で毎年約200人ずつ増えています。島根県内のIT企業の求人数は100件、求人企業社数は80社となっています(2023年1月時点)。
IT WORKS@島根では次の6つのサービスを主に提供しています。
- 求人情報の提供:島根県内のIT企業の最新求人情報を、月に1回メールでお知らせする。
- キャリアの相談:専門のIT人材コーディネーターがヒアリングして転職活動のアドバイスをする。
- 企業とのマッチング:応募者のスキルやタイプに合った企業を紹介する。
- 転職イベントの開催:首都圏・関西圏・オンラインで島根県のIT企業に出会えるイベントを開催する。
- 会社訪問や面接日程の調整:興味を持った企業に対して、会社見学の日取りを調整。採用面接の日程調整も代行する。
- 移住サポート:内定した際に入社時期の調整をするほか、住居などの生活サポートも行う。
IT人材コーディネーターは東京に1人、島根県に3人います。島根県のIT人材コーディネーターは県内IT企業の情報収集を常に行い、最新情報をインプットしています。中途採用で一番大切なのは技術マッチングです。経験年数、キャリアをきちんと理解した上でマッチングを行う必要があります。IT人材コーディネーターは、「このスキルがあるならこの会社が向いている」と逆アドバイスができます。
ですので、どのような内容でもいいからIT人材コーディネーターに相談してみてください。「私に合う会社はどこでしょうか」という問いに対し、紹介できる企業情報をしっかりと押さえています。
IT WORKS@島根は、島根県への移住・定住の相談窓口となっている「公益財団法人ふるさと島根定住財団」と連携しているので、住まいの相談や子ども医療費助成など、様々な支援内容についてご相談いただけます。しまね移住情報ポータルサイト「くらしまねっと」にも支援情報が掲載されていますので、ご覧いただければと思います。
――最後に島根県の魅力を教えてください。あわせてUIターンを希望される方へのメッセージをいただけますか。
伊藤:丸山達也(まるやま たつや)知事が今イチオシなのが「美肌県しまね」です。唐突に感じられるかもしれませんが、自然環境がよく、しかも働くストレスが少なくなければ、美肌は手に入りません。島根県の通勤・通学平均時間は片道29分/日で全国3位、平均帰宅時刻は18時16分で全国2位です。
ある化粧品会社によると、島根県の「皮脂毛穴レスは第1位」で、「全国トップレベルで毛穴の目立ちが少ない島根県」とされています(ポーラ「美肌県グランプリ2022」)。
島根県へのUIターンを検討される方は、まずは島根県のIT企業について調べてほしいです。首都圏と待遇差がない会社や、仕事内容が面白い会社、気になる会社などが見つかるはずです。もし分からないことがありましたら、IT WORKS@島根のサイトからIT人材コーディネーターに連絡をして、いろいろ質問してみてください。
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